西村秀智と『静原の呪い』64
息子によって強制的に『跳ばされ』、全員で知らない場所に連れてこられた。
当の息子はまともな説明もせず、さっさと部屋を出て行った。
放置された形の俺達に黒陽さんが「まあ座れ」と勧めてくれ、それぞれ座布団に座る。俺が最前列中央、左隣にマコ。その隣に暁月と久十郎。俺の右隣に定兼、麻比古とユイが並ぶ。呉羽達も後列にどうにか収まった。
「説明してくれないの?」ここ数日の朝の修行で親しくなった黒陽さんにジト目で問いかけたが首をかしげるだけ。くそう。非常識人め。
「言っただろう?『褒賞の話をする』と」
「それは聞いてたよ」「それじゃなくて、ここはどこかって聞いてんの」
「今トモが言っただろう」「安倍家の離れだ」
「だからどうやってそこに連れてきたのかって聞いてんの」
「転移だが?」
しれっと、さも当然のことだと言いたげな答え。
「………『てんい』?」
「そうだが?」
「………なにそれ」
「いわゆるテレポーテーション」
明けっ放しだった襖から息子が再び現れた。手にお盆を持って。
「黒陽、いわゆる超能力と言われること、たいていできるんだよ」
息子の雑な説明に混乱が加速する。『てんい』って、『転移』か!? 陣も詠唱もなにもなしに!? それもこれだけの人数を、いっぺんに!?
「まあまあ」「気にすんな」「とりあえずお茶どうぞ」「これ飲んで落ち着きな」
息子に続いて晃くんとひなちゃんもお盆を持って入室してきた。「こんばんは」「遅い時間にお呼び立てしてすみません」襖を締め、お盆を置いてキチンと一礼し挨拶をしてくるふたり。こちらもどうにか姿勢を正してお辞儀をした。
その間にもテキパキとお茶を配る息子。ひなちゃん晃くんもお茶とお茶請けをそれぞれに渡してくれた。
そうして全員に茶と菓子が行き渡った。俺達の向かいに座った黒陽さんの横に息子とひなちゃん晃くんが座る。
自分達の前にもお茶とお茶請けを並べ、口にする四人。あまりにも普通すぎる。頭痛くなってきた。
正座で座っていたが足を崩して座り直し、お茶をいただく。……美味すぎるぞ。これ例の『竹ちゃんの水』使ってるだろ。今はありがたいが。
俺が口をつけたことをきっかけに、ウチの連中もお茶にお茶請けにと手が伸びた。美味いものを腹に入れると少し落ち着いた。
「『褒賞』の件だけど」少し落ち着いたところで息子が食いながら話しかけてくる。
「一応それぞれの希望を聞こうって話になった」
「……………」
説明、雑。どうしてくれようかこいつ。
「トモさん。それじゃあわかりません」「ちょっと黙っててください」
ひなちゃんがピシャリと息子を制してくれた。頼もしい。
息子は不満気に、それでも口を閉じた。替わるようにひなちゃんが姿勢を正し一礼した。
「改めまして皆様。本日はお呼び立てして申し訳ありません」
そう言って再び一礼。隣の晃くんも一緒に頭を下げる。あわててこちらも姿勢を正し返礼した。
「先日ご紹介いただきましたが、改めて名乗らせていただきます」
そう前置きしたひなちゃんがピッと隣の晃くんに手のひらを向ける。
「こちら、トモさんと同じ霊玉守護者の日村晃」
「日村晃です。『火』の霊玉守護者です」
晃くんのお辞儀に全員が会釈を返す。
「そして私は晃の幼馴染で『半身』の久木陽菜と申します」
「………『はんしん』?」
麻比古のつぶやきが落ちた。久十郎とユイも内心首を傾げているのがわかる。俺達は昔帰国したときに主座様から色々聞いているから『半身』という存在を知ってるが、そういやあのときふたりは同席してなかったな。だから『半身』を知らないのか。
三人の疑問を見透かしたかのようにひなちゃんがそれぞれに顔を向け、説明した。
「『半身』というのは、魂が強く結びついている男女のことです」
「皆様が『運命の番』と呼んでいる存在です」
「秀智さんと真さん、サトさんと玄治さんのような関係です」
「そして、トモさんと竹さんも『半身』です」
全員がなるほどと納得したところでひなちゃんが続けた。
「皆様は『姫様と守り役様』についてご存知とうかがっておりますが、改めてご説明させていただきます」
そう前置きし、ひなちゃんは事務官然として話を始めた。
「約五千年前、こことは違う『世界』で姫様と守り役様はお産まれになられました」
「その『世界』の名が『高間原』」
「高間原の北に『紫黒』という国がありました」
「通称『黒の国』」
「そこの王の娘だったのが竹さん。その守り役となられたのが、こちらの黒陽様です」
「なので、竹さんは『北の姫』『黒の姫』と呼ばれているというわけです」
なるほどと納得する俺達。ひなちゃんはさらに続ける。
「姫様方がおられた高間原に、とある『悪しきモノ』が封じられていました」
「その『悪しきモノ』の封印を竹さんが解いてしまった」
「封印を解いた罰として、姫様と守り役様はこの『世界』に『落ちて』きました」
「そのときに『呪い』を刻まれました」
「姫様は『二十歳まで生きられず』『記憶を持ったまま何度も転生する』呪いを。守り役様は『獣の姿になり』『死ねない』呪いを」
「そのために黒陽様は黒い亀の姿となり、死ぬこともできず五千年の長きを生き、竹さんは何度も死を重ねてきました」
淡々とひなちゃんは語る。当事者の黒陽さんもただ静かに座っている。
マコが膝の上の手をぎゅっと拳にした。きっと竹ちゃん達の苦しさに思いを馳せている。
「竹さんが封印を解いた『悪しきモノ』は高間原を滅ぼしました」
「そうして次のターゲットを求め『世界』を渡り、この『世界』にやってきました」
「『悪しきモノ』はこの『世界』でもそれまでと同じように霊力を集めヒトを喰いました」
「それに気付かれた姫様と守り役様は、『悪しきモノ』を滅することを己の責務と定め、ずっと追っておられました」
「相手は運を操作することができまして、『あと一歩』というところで都合よく逃げられたり、姫様方に不幸が降りかかって追えなくなったりといったことがしょっちゅうだったそうです」
そういや息子もそんな話してたな。内心でうなずいた。そんな俺に構わずひなちゃんは話を続ける。
「千年ほど前に竹さんが、皆様もご存知の安倍家の主座様をお助けしました」
「恩義に報いたいとお考えになられた主座様は、自ら『転生の秘術』を習得され、現代までに何度も転生し姫様方をお助けしておられます」
「竹さんは非常にお人好しで善良なお人柄なもので、あちこちで人助けをしてこられました」
「ですが、なんと申しますか………非常に運の悪い方でもありまして………」
「『運が悪い』というか『間が悪い』というか、『良かれと思ったことが裏目に出る』というか……」
……………。
事務官然としていたひなちゃんの視線が泳ぐ。そっと目を逸らす黒陽さん。苦笑の晃くん。息子はちいさく眉を寄せている。
ふと昨日の法事での騒動を思い出した。
………苦労してんだな……。
知らず憐憫の眼差しになっていたらしい。ひなちゃんが声の調子を戻し、話を続けた。
「ただまあ結果的にそれが『必然だったのでは』ということも多々多々ありまして……」
「その最たるものが霊玉守護者です」
意味がわからず視線で話の先をうながす。ひなちゃんはひとつうなずき、話を続けた。
「約千二百年前。『禍』と成った者が討伐され、今まさに『悪しき場』に成ろうとしていたところにたまたま竹さんと黒陽様が行き合ったそうです」
「黒陽様は即座に滅するように進言したのに、お人好しのお姫様が『禍』をあわれんで、滅しなくても浄化できる方法を考えました」
「その方法が『魂と霊力を切り離してそれぞれに封じる』というもの」
「霊力を霊玉に固め、清らかな『場』に長く置くことで浄化をしようとしました」
「切り離しても霊力と魂は影響を与え合うので、霊力を浄化することで魂も浄化しようという計画でした」
昨日受けた特別講義が頭に浮かぶ。なるほどと納得していたらひなちゃんが続けた。
「常人ならば魂と霊力をそれぞれ封じるだけで十分だったのですが、その『禍』の霊力はあまりにも大きすぎため、霊力を五つに分け、五行の理で包み、封じました」
「それが霊玉守護者の持っていた霊玉です」
「基本は五行それぞれの属性が強くて清らかな場所へ渡っていた霊玉ですが、強い属性特化を持った清らかな人物のところにも渡ることがありました」
「そうしていつしかその霊玉を持つ者は『その属性最強の者』と言われるようになり、『聖なる霊玉の守護者』が転じ『霊玉守護者』と呼ばれるようになりました」
ふむふむと興味深く話を聞く。
「約四百年前の霊玉守護者に選ばれたのが前世のトモさん」
「皆様が『開祖様』『青羽様』と呼んでおられる方です」
「縁があり、竹さん達とも主座様ともお知り合いでした」
「竹さん達と主座様の目の前で霊玉守護者に選ばれたそうです」
ひなちゃんの説明に息子と黒陽さんが頷く。
「四百年前にその『禍』の封印が解けたとき、主座様と当時の霊玉守護者達で事を収めました」
「以来主座様はその時々の霊玉守護者と親しくしてこられました」
「そして今生、兄弟同然に生まれたヒロさんが霊玉守護者でした」
「ヒロさんもトモさんと同じく、霊玉を持って生まれ出たそうです」
「そのヒロさんが二歳のとき『十四歳まで生きられない』という『先見』が出まして」
「すぐに『禍』が関係していると判断された主座様は、ヒロさんの余命宣告をくつがえすために奮闘されました」
「そうして他の霊玉守護者と親交を深め、それぞれの保護者に鍛えるようご指示なさいました」
「結果的に『禍』は浄化され、ヒロさんの余命宣告はくつがえされました。集められた霊玉守護者達は五人全員が主座様直属となりました」
そこまでは俺達も知っている。知っていると示すのにうなずいた。
視線だけでそれを確認したひなちゃん。一呼吸置いて再び口を開いた。
「せっかく鍛えた戦力を、主座様は『姫様と守り役様』のために使うことにされました」
「トモさんも、ウチの晃も」
まあ使えるものは使うよな。そう納得してうなずいた。
「その戦闘訓練を私が見る機会がありまして」
「まさかあんな血みどろで半殺しな目に遭ってるなんて知らなくて」
「まあ、泣きました」
晃くんが苦笑を浮かべる。どれだけ泣かれたのか、それだけで察することができる。当のひなちゃんはしれっとしたまま続けた。
「で、私、怒り狂いまして」
「『私が作戦参謀になる!』『晃を守る!』って啖呵を切って、自ら姫様方の戦いに首を突っ込んだんです」
「そうしてなんやかんやありまして、今に至っております」
………作戦参謀に名乗りを挙げるなんて……。
普通の高校生がそんなこと言い出すことはない。例えば常に戦争状態にある場所でそれ用の教育を受けているならばあり得るかもしれないが、現代日本の、それも吉野で『参謀』ができるような教育が施されているとは考えられない。考えられるとすれば、ユイのように異世界で修羅場をくぐってきた者か、戦時の記憶のある転生者。
転生者。―――竹ちゃん達と同じ―――?
もしやひなちゃんも『姫様』のひとりか? これまでひなちゃんにそこまで霊力は感じなかったが、もしかしたら竹ちゃん達みたいに抑えてるだけか?
そう考えていたら、こちらが問いかけるより先にひなちゃんがペロリと明かした。
「実は私『転生者』でして」
やっぱり。思わず気を引き締める俺達に、ひなちゃんはちいさな笑みを浮かべた。
「私が生きていた時代は戦争とかまったく無い時代です」「前世は秀智さんとほぼ同世代でした」
明かされた過去に驚かされる。予想がはずれた?『姫様』ではない?
俺の思考を読んだかのようにひなちゃんは苦笑を浮かべ、続けた。
「転生者ですが『異世界の姫様』ではありませんよ」「『転生者』と明かすとそう思われる方もおられるんですが」「私はただの社会人経験のあるヲタクです」
「………『おたく』」
「はい」
どこか自慢気に、誇らしげにうなずくひなちゃん。
「………ええと………『おたく』、というのは………」
マコの質問にひなちゃんがさらりと答える。
「ひとつの物事に特別にのめり込んで探求を深める人間のことです」「鉄道オタクやアイドルオタクなど、様々なジャンルがあります」「が、私が今使っているのは、漫画やアニメなどのサブカルチャーに傾倒している人種のことです」「漫画やアニメを読み込んだり、二次創作作品に手を出したり、コスプレしたり、グッズを集めたりと、作品を深く深く愛し、熱く支持する者達のことです」
ポンとアンナが浮かんだ。マットの長男の嫁のアンナは漫画やアニメが大好きで、結婚して母親になっても家族でイベントに出かけている。マコをつかまえてはあれこれ喋っているのを何度も何度も見ている。
「前世から筋金入りのヲタクでしたので、戦術とか戦略とかは小説や漫画で履修しておりました」
「ついでに言えば、それなりの年齢を生きた社会人でしたので、根回しとか兵站とかも『おまかせあれ』でした」
つまりは日本版アンナか。なんか納得した。アンナも『なんでそんな知識持ってんだ』と何度ツッコミを入れたかわからないくらい知識豊富。おまけに事務処理能力がクソ高い。なるほど『おたく』という人種はあなどれないな。
「で、そのままこうして事後処理も担当させていただいているわけです」
昨日の事務官然とした態度を思い出し、また納得。つまり今も『事後処理担当事務官』として座っているわけか。
「ここまでよろしいですか?」ひなちゃんの確認に全員がうなずく。
「では改めまして」
「今回お呼び立てしたのは、『姫様と守り役様』が長年追っておられた『悪しきモノ』の討伐を果たせた件についての論功行賞のお話をさせていただくためです」
「『論功行賞』」
思わず復唱すれば「はい」と返ってくる。
「そう言われても、俺達特になにもしてないと思うんだけど?」
腕を組み首をかしげる俺に「そんなことないですよ」とひなちゃんは軽い。
チラリと息子に目を向ければ黙ってうなずきを返してくる。つまりこいつも俺達が『姫様と守り役様』の件に関してなんらかの褒賞があってしかるべきだと考えていると。
チラリと今度は黒陽さんに目を向ける。こちらも息子と同じように、いやむしろ息子より力強くうなずきを返してきた。
あまりにも押し付ける気満々な態度に、思わずげんなりとしてしまう。ついでに表情も姿勢もくずれた。腕を組んだまま「はあぁぁぁ……」と息を吐き出した。
「『論功行賞』なんて言われれも、俺達もらう義理ないよ?」
「そんなことないです。皆様はそれだけの働きをしてくださいました」
「『姫様と守り役様』関連でやったことは確かにあるよ」
「主座様から色々説明されて、『起こり得ること』に対する科学的根拠を考えろと命じられて、いくつか出したよ?」
「けど、それはちゃんと対価もらってるし」
「このまえ竹ちゃんからウチの連中に『お守り』と『加護』もらったし」
「それだけじゃなくて、トモから俺達の関係者に『竹ちゃんの水』もらったよ」
「仮になんかあるとするなら、もうそれで十分じゃない?」
「なあ?」ウチの連中に声をかければ、どいつもこいつも生真面目な顔でうなずいている。あの『竹ちゃんの水』はそれだけの価値がある。特に「静原のついでに用意してきた」「村で使って」と何ケースも渡された麻比古とユイ、久十郎、暁月と妹達が何度も何度もうなずいている。
そんな俺達にひなちゃんと晃くんはただ楽しそうに微笑んだ。
「欲のない方々ですねえ」
「『やる』と言う者がいれば、ここぞとばかりにむしり取る人間もいるというのに」
「そんな汚いことしたくないよ」
ひなちゃんのつぶやきにはっきりと答える。
「そんな汚いことしたら母さんにも親父にも叱られる」
両親は、特に母はそういうのに厳しかった。「なにかをするときに見返りを求めてはいけない」「お礼を言ってくださる方のお気持ちは頂戴しても、過剰な金品はいただいてはいけない」「我欲で動くなどケダモノと同じ」ガキの頃から文字通り骨身に叩きこまれている。
その教えもあってか、これまでの経験のせいか、とにかく過剰に金品を送られるのは俺はイヤ。座りが悪い越えて気持ち悪くなる。
「とにかく。過剰な『褒賞』なんか断固拒否だから」
『これで話は終わり』そう突きつけたつもりだったのに。
「まあ聞いてください」ひなちゃんはニコニコと話を続けた。
「先日トモさんが皆様からおうかがいしたお話を報告してくれました」
「それを精査した結果、皆様には『姫様と守り役様の件』に対し功績があることが認められました」
「よって、それぞれに褒賞を出すべきだと意見が一致致しました」
『いらねぇよ』と言おうと口を開こうとするより早く「まあ話は最後まで聞いてください」とひなちゃんに制された。
「先程もご説明致しましたが、姫様方が追っておられた相手は『運を操作する能力』を持っていました」
「それこそ『運勝負』と言っていいレベルで『運』というものが勝敗を左右していました」
「『人間万事塞翁が馬』『禍福は糾える縄の如し』そんな言葉を体現するような事態が次々と起こりました」
「リバーシのように白だったものが黒に変わり、黒だったものが白に変化しと、目まぐるしく盤面が変わっていきました」
「五千年前から続いたその勝負が、今年に入り加速し、決着と相成りました」
「その『決着』が今の形に納まったのもまた『運』です」
「ひとつピースが欠けていれば、今のこの結果になっていません」
「そのピースのひとつが、皆様です」
じっとみつめてくるそのまなざしは、とても普通の高校生女子のものではない。笑みを浮かべているのに、どこか威厳と迫力がある。なるほど転生者とはこういうものかと妙に納得してしまい、反論をふさがれてしまった。
「具体的に申し上げますと」
黙った俺達ににっこりと微笑み、ひなちゃんは話を続けた。
「三年前、霊玉守護者達が『禍』の浄化を成し遂げた件」
「この『禍』が『異世界トリアンムからの落人』だったということがこのたび判明致しました」
「皆様とトモさんがトリアンムの神々と聖女の加護を受けていたこと。『聖女のお守り』を通して皆様の『願い』が異世界トリアンムに届き、トリアンムの神々と聖女の加護と祈りが皆様の祈りと共にトモさんに流れ込み、結果『禍』の浄化が成し遂げられたそうです」
………つまり? リディ達も三年前に祈ってくれていたってことか?? そのおかげでトモ達が助かったと???
隣のマコも、暁月達も唖然としている。俺は物心つく前からの訓練でどうにか平静を装ってはいるが内心は動揺しまくり。
そんな俺達に気付いているだろうに、ひなちゃんは淡々と話を続けた。
「トモさんと皆様が事前にトリアンムの神々と聖女と親交を深め加護をいただいていたたからこそ、あの場で『トリアンムからの加護と祈り』が届き、『トリアンムからの落人』に対抗できました」
「加えて、いくつもの『幸運』が発現しました」
「発現した『幸運』は、次のとおりです」
「霊玉守護者達が『禍』の瘴気の炎から護られた」
「晃の特殊能力が発現した」
「『異世界の守り役様』が参戦できた」
「逆に『トリアンムからの加護と祈り』及び皆様の『祈り』がなかったら」
「霊玉守護者達は全員あの場で死んでいました」
「『禍』は霊玉をすべて取り戻し覚醒し、京都は『死の都』『魔都』と成りました」
「京都の人間はすべて死亡」
「主座様を中心に作り直した京都を囲む結界も破壊され、日本は瘴気に侵された人間の住めない島に成りました」
「当然『姫様』方もお亡くなりになります」
「『守り役様』方は『死ねない』『呪い』があるために亡くなることはありませんが、以降ご苦労されることは明白です」
「つまり」
「皆様のおかげで『禍』は浄化され霊玉守護者達は生き残り、『姫様と守り役様』方も無事であったというわけです」
「―――ここまでの功績はご理解いただけましたか?」
あまりの内容に唖然とするしかできない俺達に、ひなちゃんがにっこりと微笑む。ご理解。ご理解って。功績? 意味わからん。俺はただマコにくっついて祈ってただけだ。
頭の中がぐるぐるするのになにひとつ言葉になって出ていかない。『死の都』?『人間の住めない島』? あったかもしれない可能性に、今更怖気が全身を震わせた。
「続いて今年の『姫様と守り役様』の件」
「詳しくは申し上げられませんが、竹さんの危機が何度もありました」
「それを回避し覆すことができたのは、トモさんの努力もありますが、ひとえに『運があった』からです」
「皆様が事前に『祈り』と『願い』を捧げてくださったおかげであり、決戦時に『祈り』と『願い』に加え霊力を捧げてくださったことが、竹さんとトモさんの生命を救いました」
「結果、姫様方の悲願は果たされ、京都も救われました」
怖気がおさまらないところに恐ろしい話を重ねられる。『竹ちゃんの危機』。それは『生命の』ということだろう。息子も何度も言っていた。「俺達が生きていられるのは皆様のおかげ」
―――唐突に、理解した。俺達のあの『祈り』が、息子を、かわいいお嫁ちゃんを救っていたと。
同時に思い出した。あのときのマコの神憑り状態。霊力を吸い取られるような感覚。そして理解した。あれがきっと息子夫婦を救っていたのだと。本当に一歩違っていたら息子もかわいいお嫁ちゃんも死んでいたのだと。
「皆様の『祈り』と『願い』に応じ、異世界トリアンムでも『祈り』と『願い』が捧げられていました」
「そちらのチカラもあり、このたびの悲願達成が果たせたことが判明致しました」
なんでそんなことがわかったのかは説明せず、ひなちゃんはただ淡々と言葉をつなげた。
「西村秀智様をはじめとするこちらの皆様と、異世界トリアンムの方々へ、姫様方と守り役様方が深く深く感謝しておられます」
「『褒賞を与えて然るべき』だと、『恩に報いなければならない』とのことです」
黒陽さんが力強くうなずく。息子も、晃くんも同様に。
「さきほど秀智さんは『対価やお守りや加護をもらっている』『竹さんの水をもらっている』とおっしゃいましたが」
「それらすでにお渡ししたものも考慮に入れた上で『さらに褒賞を差し上げるべきだ』と仰せです」
―――俺はこれでも結構修羅場をくぐってきている。実戦は若い時から経験しているし、研究者と認められてからはそれなりに立場のある人間と面談することだってあった。その俺が、元とはいえ特級退魔師の俺が、動揺してなにも反論できないとは。
ただただ浅い息を繰り返す俺に気付いているはずなのに、目の前の四人は至って普通の顔をしている。くそう。憎たらしい。勝手に震える手を膝の上でどうにか固く握りこんだ。
「私個人の見解と致しましても、皆様には現在お渡ししている『お守り』と『水』と『現金報酬』だけでは『不足』だと考えます」
「それだけの働きを皆様はしてくださいました」
ひなちゃんがまっすぐに視線を向けてくる。強い、強いまなざし。一条の光のよう。
「皆様がおられなければ――『祈り』と『願い』を捧げてくださらなければ――晃は三年前に死んでいました」
「今回の戦いでも生き残れませんでした」
そう言ったひなちゃんが両手をついた。
「今更かも知れませんが、言わせてください」
「晃を救っていただき、ありがとうございました」
「私に晃を返してくださり、ありがとうございました」
「皆様は私の恩人です」
「久木陽菜の『名』にかけて、この生命ある限り恩をお返ししていく所存です」
深々と頭を下げるひなちゃんに合わせ、隣の晃くんも頭を下げる。息子と黒陽さんまでも!
というか、え!? 今『名』をかけた!?
『名』をかけた『宣誓』をした!?!?
「いやそんな大袈裟な!」
思わず叫んだ。あまりの衝撃に怖気も畏れも吹っ飛んだ。
『名』をかけた『宣誓』なんて、軽々しく行うことじゃない。それだけのものを捧げられても、そんなことされる謂れはない! ―――はずだ。
「俺達なんもしてないよ!?」「ただ祈ってただけだよ!?」
「その『祈り』が重要だったんです」「皆様の『祈り』がなければ晃は死んでいました」
「だからって」「たまたまだよ!」「そんな恩に感じることないよ!」
「いいえ。皆様のおかげです」「間違いありません」
「〜〜〜!」
「ウチの息子のために祈ってただけだ」「たまたま晃くん達にも影響があっただけ」「だからひなちゃんが気にすることじゃない」
「それは確かにそうかもしれませんが」「それでも晃が救われたことに違いはありません」「ありがとうございました」
なにを言ってもニコニコと返される! 助けを求めて晃くんに目を向ければこちらもニコニコとして助けてくれそうにない。ならばと息子に目を向ければ《あきらめろ》と口の動きだけで伝えてくる。役に立たない息子から黒陽さんに目を向ければ。
「私も言わせてくれ」
「我が姫を救っていただき、感謝する」
「責務が果たせたのも、『呪い』が解けたのも、皆様のおかげだとわかった」
「私も我が『名』にか「「「かけないで!!」」」
あわてて黒陽さんの言葉を遮る。俺だけでなく麻比古も久十郎もミナ達までもがあわてふためき叫んでいた。
エライひとの言葉遮るのが無礼だってことはわかってるよ。けどエライひとから『名』をかけた『宣誓』されるなんて、畏れ多すぎで死んじゃうよ!!
「む」不満気な黒陽さんにあわてて言い訳をする。
「わかったから! 黒陽さんが感謝してくれてることは十分に伝わったから!!」「だから『名』なんかかけなくていいって!」
「それに『責務』とか『呪い』とかは結果論でしょ!」「俺達はトモのために祈ってただけ!」「だから気にしないでって!」
「そういうわけには「いくの! もういいの!!!」
再度言葉を遮り強制的に会話をぶち切る。
「これ以上言うなら『黒陽様』って呼ぶよ!?」「なに言われても敬語で接するよ!」
『それは嫌だろう』と暗に示せば、俺よりずっとエライはずの男はきょとんとし―――ほにゃりと笑った。
「それは困るな」「わかった」「お言葉に甘えさせてもらうとしよう」
なんだそのかわいい態度。デカいオッサンのくせにかわいいとか、どうなってんだ。
「いい父親だなトモ」じゃないんだよ。あんたのほうが万倍いい人間だろうが。
どっと疲れを感じて頭を抱えた俺に「おつかれさま!」とマコが背を撫でてくれる。「ナイスファイト」「よくやった」麻比古達も小声で健闘をたたえてくれた。
「まあ黒陽様はそれでいいとして」事務官然とした声にどうにか顔を上げる。ひなちゃんがニコニコしていた。
「皆様の功績についてはご理解いただけましたか?」
「は?」
「ということで褒賞ですが」
「なにが?」
「まず皆様の功績別にグループ分けさせていただきました」
「聞いてよ」
「まず秀智さん」「続いて真さん」「おふたりは単独で」
「だから聞いてって」
「続いて定兼さん、暁月さん、麻比古さん、久十郎さんの四人がひとグループ」
「え」「は?」「俺達も?」
「呉羽さん、碓水さんでひとグループ」
「美那月さん、咲来月さん、結月さん、詩月さん、新八郎さん、朱音さん、緒保絽さん、多季さん、真那斗さん、利助さんでひとグループ」
「え!?」「俺達も!?」「は!?」
「そして結依さんは単独で」
「はいぃ!?」
全くこちらの話を聞かず、動揺もまるごと無視したひなちゃんがマイペースに話を進めていく。ていうか『褒賞』の対象に碓水達も入っているとは思わなかった。どういうことだよ。
「ではここからはそれぞれのグループの功績と褒賞についてご説明させていただきます」
俺達の戸惑いをまるっと無視し、ひなちゃんが説明をはじめた。
俺とマコは『禍』のときと今回の『祈り』が高評価された。「『半身』特有の、ふたりの混ざった霊力を神々がとてもお喜びでした」なんて言われても知らないよ。狙ってやったわけじゃないよ。
さらに『リディのお守り』に『祈り』を込めたこと、トリアンムと縁を繋いだことを評価された。こちらは定兼達も。だから狙ってやったわけじゃないって。
「様々な事項を鑑みた結果、秀智さんと真さんが『鍵』だったと判明しました」
俺とマコが結ばれてトモが生まれたというだけでなく、トリアンムと縁を繋ぎ『リディのお守り』を持ち帰ったことが「大きい」とひなちゃんは言う。俺達が『リディのお守り』に『祈り』を込めたことでトリアンムと繫がり、リディ達もトリアンムから『祈り』を捧げてくれていたと。リディと伊佐治、レイの『祈り』のチカラがなかったら「三年前も今回も生き残れなかったことは間違いありません」と。
「それはリディ達の功績じゃないの?」
「あちらには別途褒賞をお贈りします」「こちらはこちらです」なんか丸め込まれてる気がするのは気の所為か??
十五年前に採用した連中は『鍵』である俺とマコの護衛をし世話をした十五年分が、呉羽と碓水はその十五年に加え生まれる前から留学までの期間が、暁月達は生まれる前から現在までの期間が「評価対象」となった。
ユイは六月の『神託』による警告が「評価対象」。あの警告がなかったら俺達があの時点から『祈り』を込めることはなかった。「あの頃からの『祈り』のおかげということがいくつもありました」と、ひなちゃんだけでなく息子と黒陽さんまでユイに頭を下げ礼を述べていた。そんなにか。
流れるように褒賞の具体的な話になった。ひとりひとりに渡された紙はまるで景品交換リストだった。必要ポイント数と褒賞内容がリスト化してある。例えば一ポイントでもらえるのは現金十万円、霊玉ひとつ、十万円分の酒、十万円分の旅行券、などなど。上のポイント数になれば水源設置型の浄化装置とか村ひとつ囲めるくらいの結界石とか『どこでこんなもんもらえるんだ』と聞きたくなるくらいの神器級アイテムが並んでいた。
「お持ちのポイントを使って複数取得することは可能です」「複数人のポイントを合わせるのもオッケーです」
ちなみに十五年前に採用した連中は一律十五ポイント。一年一ポイントの計算。この計算式で呉羽と碓水は三十四ポイント。俺が母の腹の中にいたときも計算に含まれていると。その理屈で暁月達はトリアンムにいた期間も合わせて七十二ポイントになるはずが『リディのお守り』を持ち『祈り』を込めてくれたことなどが加算され「キリがいいから」と百二十ポイントが与えられていた。ちなみにユイは五十ポイント。
俺とマコは『鍵』としての存在、トリアンムで活躍したこと、『リディのお守り』に込めた『祈り』とその質、ふたりの霊力を混ぜて献上したことなどが評価されたとかで、俺が二百ポイント、マコは二百五十ポイントが与えられた。
『聖女の片翼』と呼ばれるほどにリディと繫がりを持つマコが強く強く『祈り』と『願い』を込めたからこそトリアンムのリディ達がトモの危機に気付けた。「トモのために」と込めたリディ達の『祈り』と『願い』と魔力が『リディのお守り』とマコを通してこちらに届いた。
中継機的役割をしたマコにはその分多くポイントが与えられたと説明される。「はあ」以外言葉がない。もうどこからツッコめばいいのかわからない。
「一応こちらからのご提案としては」ひなちゃんが安倍家が考えているそれぞれの褒賞について教えてくれた。
十五年前に採用した連中と呉羽碓水そしてユイへは現金と高級菓子もしくは高級酒。暁月、麻比古、久十郎の三人は竹ちゃん作の水源設置型浄化装置を各村に設置。普通の水が自動的に聖水になると。それ大丈夫なのか? 周囲の環境や飲んだヤツに影響出るんじゃないのか??
付喪神の定兼には封印石が提案された。器物の壊れた、または壊れかけた付喪神を封じることができると。新しい器物に移す術を教えるのまでがセット。定兼が一気に乗り気になった。が、それ大丈夫か?? SFによくある不老不死の存在作り出すってことだろ。
「封印石のような『術の付与された霊玉』についてはこちらをご参照ください」
ひなちゃん達が次の書類を渡してくる。『一ポイントで交換できる霊玉』のタイトルの下にリストがあった。結界石封印石だけでなく攻撃系防御系支援系定置系各種様々なものがあった。それぞれの効果と使い方も。
『こう使う場合に必要な種類と数』もご丁寧に書いてある。例えば家を囲む結界を作る場合には結界石四つ、村を囲む場合は広さに応じて八個、十六個、といった具合に。
「もちろん皆様が『こんなものが欲しい』『こんなことに困っている』ということがありましたら対応致します」ひなちゃんがそう追加する。
「例えば『京都市内に部屋が欲しい』『村の仲間の戸籍が欲しい』などでも対応可能です」
この意見にミナ達の目の色が変わった。
「他にも『村人全員での旅行』『村の設備の新規整備』なども考えられるかと」
「『整備』、と言うと」期待の籠もった声でミナが問いかける。
「例えばですが」対するひなちゃんは淡々と答える。
「集会所の建設。田んぼや畑、ため池作り。病院を作るのもいいかもしれませんね」
「医師の手配はさすがにできませんが、学びたいひとの受け入れは応じられると思います」
ひなちゃんの話にミナ達新規採用組も暁月達古参組も前のめりになっている。
「ちいさいショベルカーとか耕運機はどうですか!?」
「可能ですね」
興奮する連中。「ただし」ひなちゃんがすぐさま言葉をつなぐ。
「燃料は最初の納品時のみです」「継続して給油する必要があります」「燃料や整備といった維持費用はご自分達で考えていただかなければなりません」
「納品時に使い方の指導もつけます」「必要ポイントは保留させてください」「見積もりを取って計算する必要があります」
ひなちゃんの説明はいちいち納得できる。久十郎がすさまじく計算してるのがわかる。「のちほど皆様でゆっくりと話し合ってください」と勧められ強くうなずいていた。
「そして秀智さん真さん」
パッとこちらに顔を向け、ひなちゃんが続けた。
「おふたりへのおすすめはこちらをご覧ください」
三度渡された書類に目を落とし―――息を飲んだ。




