西村秀智と『静原の呪い』63
忙しい一日がようやく終わった。
鳴滝で夕食まで食ってようやく解散。トモと竹ちゃんとは寺の前で別れた。主座様はじめ安倍家の皆様によろしく伝えておいてもらうよう頼んでおいた。
ホテルに戻って一息ついた。つけっぱなしにしていたテレビがローカルニュースを報じる。車の単独事故を起こした夫婦が死んだらしい。
「―――ヒデ」「みんな」
全員が一部屋に集まったタイミングで呉羽が口を開いた。「話がある」と。
ああ。やっぱりな。わかってたよ。
そう思いながらも呉羽の言葉を待った。
「―――俺は京都に残る」
「ヒデの護衛は辞めさせてくれ」
暁月達は俺と同じく『やっぱり』という顔をして黙っている。が、若いヤツらは驚いていた。
「え」「なんで」思わず出たらしい新八郎の声に呉羽はいつもの穏やかな笑顔を向けた。
「正樹に付いていたい」
十五年前に採用したヤツらは正樹を知らない。だからだろう。呉羽はそいつらに向け説明した。
「俺は久十郎と同じときから青眼寺に世話になってるんだ」
「もう七十年以上前――ヒデが生まれる前から青眼寺で暮らしていた」
「ヒデが生まれて面倒を見ながら一緒に学んだ。洋一が来てヒデが留学してしまったあとは洋一と一緒にいた」
「洋一が由樹と結婚して、三人の子供を授かった」
「そのひとりが正樹」
「正樹と直樹は双子だったから、そりゃあもう大変だった」
「ヒデも大変な赤ん坊で大変な子供だったが、それとは違う大変さがあった」
「手をかけて育てた子供だったのもあって、俺達青眼寺にいた妖は正樹と直樹がかわいくて仕方なかった」
「その正樹と直樹も成長して大人になった。双子の片割れの直樹が結婚して子供もできた。『もう俺達の役目は終わったな』と話していたタイミングでアメリカに戻るヒデに『ついてきてくれ』と言われ、俺は日本を離れたんだ」
「その年の年末に正樹が女に嵌められた」
「気の強い直樹だったらすぐに始末しただろうが、穏やかな正樹は突っぱねられなかった」
「昔色々あって、あいつは他人を『信じる』ことを己の第一義としているから、余計に」
「『騙されている』とわかっていても、『信じる』ことを己に課している正樹には突っぱねられなかった」
「そうして十五年、奴隷のような生活をしていたらしい」
「サトが口外禁止を徹底していたらしい。『正樹は討伐で大怪我をして入院中』『あの男は同姓同名の他人』『当家とは無関係』そう広めていたと」
「寺の連中にサトが命じていた。俺達に『わざわざ知らせる必要はない』と。ただし『俺達から聞かれたら答えていい』と。―――早い話、俺達も試されてたってことだろう」
皮肉に口の端を上げる呉羽。碓水は平然としたまま。感情を読ませない。
「今回帰国して、洋一がヒデに正樹の事情を説明するのを聞いて――正直、自分を殴りたくなったよ」
「十五年前に正樹を『勘当した』と聞いたのはサトからヒデへの電話で、『一応知らせとくけど、正樹くん勘当したから』という軽いものだった」
「ヒデはヒデで『ふーん』『あっそ』といつもどおりで、あまりにもふたりが軽いから俺も『大したことじゃないんだろう』と勝手に判断していた」
「それこそ好きな女ができたとか、正樹らしく信じることを優先した結果、家が邪魔になったとか、そういう、おかしな言い方だが『応援』の意味合いでの『勘当』だと思ったんだ」
「俺はサトのことを知っている。玄治のことを知っている」
「あのふたりなら正樹の不利になることはしないと、思ってたんだ」
「それが洋一の話を聞いて―――」
そこまで言って、呉羽は言葉を詰まらせた。うつむき、肩を震わせた。
「―――俺は、この十五年、なにをしていたのか、と――!」
固く拳を握る呉羽。同じ鳥の新八郎と朱音が眉を寄せる。呉羽に心酔している他のヤツらも。
「―――洋一の話を聞いてすぐ、寺に残っていたヤツらに話を聞いた。直樹にも、沙樹にも」
「みんな言ってたよ。『呉羽が聞いてきたら教えられた』『自分達から話すのはサトに禁じられていた』」
「気付くチャンスは何度もあったのに。俺が、俺の迂闊さが、正樹を十五年も苦しめた」
「そんなことないよ」定兼が口を挟む。いつもどおりの、平坦な語り口。
「この十五年で何回帰国した? 法事と葬式以外で鳴滝に帰ってないだろ」
「その法事と葬式だって呉羽は毎回正樹を探していたじゃないか。『どうしてるか知ってるか?』って聞いてたじゃないか」
「他のヤツらが話をするより先にサトが止めたんじゃないか。『仕事で外国にいる』って」
「そりゃそれで納得して他のヤツらに確認をとらなかったことは『迂闊』と言えると思うけど」
「それでも、そう仕向けたのはサトだ」
「悪いのはサトだ」
「サト、そういうところあるよね」
「イタズラ好きっていうか、悪だくみ好きって言うか」
ため息まじりの定兼の言葉になんか納得した。そう。母はそういうところがある。で、真実を暴いて指摘したら「あらバレちゃった」って悪びれることなく笑うんだ。ホントあの母は。
母のことを良く知っている暁月と碓水は心底うんざりという顔になった。俺も同じ表情になっていると思う。母が大好きなマコは『そんな、まさか』という顔で黙っている。他の連中は『そうなの?』という顔で俺達の様子を見ていた。
「まあいい勉強になったと思いな」
「これからはひとりの発言を鵜呑みにするんじゃなくて、ふたり三人と裏付けを取ってから判断すること」
「もちろん別方向からの情報収集も忘れちゃダメだよ」
教師然として定兼が忠告する。それを受けた呉羽は笑おうとしたのか悔しいのが残っているのか、くしゃりと顔を歪めた。そのままうなだれ「……ああ」と大人しく返事をした。
「まあ呉羽の悔しさはわかるよ」定兼が変わらぬ調子で続ける。
「サトの手のひらの上で踊らされてたんだもんね。俺達全員」
「完全にしてやられたよね」
腕を組み息を吐く定兼。呉羽は『そうだけど、そうじゃなくて』みたいな複雑な空気を出しうつむいたまま黙っている。
そんな呉羽に定兼がやさしく微笑みかける。
「なにかあったときに『ああしていれば』『こうしていれば』っていうのはつきものだよ」
「どれだけ長く生きても、どれだけ経験を重ねても」
「後悔が『まったくない』ということはないよ」
定兼はこれで長生きだ。この中で一二を争う年長者。その言葉には説得力がある。
「碓水はどう?」
「碓水、俺より長生きだろ」
定兼と一二を争う年長者である碓水は「どうだろうな」と笑ってから「そうだな」と答えた。
「正樹のことは、俺も気にしていなかった」
「もう大人だったし、ヒデよりも正樹のほうがしっかりしていたからな」
「オイ」
どういうことだとツッコミを入れようとしたが『黙ってろ』と定兼に視線で止められた。
「定兼の言うとおりだ」
「どれほど長く生きてもわからないことはある」
「どれほど経験を積んでもできないことはある」
「それを悔しく感じることも、後悔することも、しょっちゅうだ」
「どれほど長く生きても、な」
苦笑の碓水に呉羽がようやく顔を上げた。
「だが、挽回することはできる」
「反省し、次に活かすことはできる」
「そうだろう?」ニッと笑顔を向けられ、呉羽はようやくうなずいた。
「俺にとっては正樹はもういい大人で、どんなことになっても自己責任だと思うが」
「おまえはそうじゃないってことだろ?」
うなずく呉羽に碓水はまた苦笑した。
「まあ仕方ないよな」
「俺達全員伊佐治に影響受けてるから」
「伊佐治は甘やかしの天才だったから」
「五十歳過ぎてたヒデをまだちいさなガキみたいに甘やかしてたんだ」
「影響受けてる呉羽が四十歳の正樹を心配しても仕方ない」
文句を言おうと口を開いたが「確かに」とあちこちから納得されて口出しできなくなった。くそう! 確かに伊佐治は甘やかしてくれてたけど!
「おまけに正樹の変わり様といったら」
「俺でも最初は誰かわからなかった」
それは確かにそのとおり。俺達がアメリカに戻ってから十五年が経過したが、年月を重ねたからというだけでなく正樹はやつれ果てていた。心労がひどいのは一目瞭然。霊力もかなり薄くなっていた。
「呉羽が『正樹についていたい』というならばついていたらいい」
「いいだろう? ヒデ」
碓水の言葉に呉羽も、他の連中も一斉に俺に目を向けてきた。
「十五年前とは状況が違う」
「オボロ達はもう一人前と言っていいレベルになった」
「マコ狙いの襲撃も最近は少ない」
「そもそもミナ達だけで十分対処できるようになった」
「おまえも皆に慣れただろう」
「呉羽ひとりが抜けてもさびしくないだろ?」
碓水の言葉に、反論をすべて封じられた。
「……おまえはいいのかよ」
つい拗ねて口にすれば「俺はいいよ」とあっさりと返ってきた。
「正樹はいい大人だ」
「あいつは信念のあるヤツだ」
「己の信念を賭けて行動した結果だと俺はわかる」
「だから、どんな結果になろうとも、正樹がどんな状態になろうとも、それは正樹の判断であり正樹の決めたことだ」
「俺がどうこう言うことじゃない」
「けど呉羽は違う」
「そうなんだろ?」
碓水の問いかけに呉羽は黙ってうなずいた。
「呉羽は正樹が生まれたときから専任で守ってきたから、余計に気になるんだろ」
「伊佐治と同じだよ」
「伊佐治もヒデのことがかわいくて仕方なかったろ」
「伊佐治にとってのヒデが、呉羽にとっての正樹ってだけだ」
そう言われたら余計になにも言えない。あのでっかい笑顔にどれだけ守られてきたか身に沁みてるから。あのでっかい笑顔が無くなったときの喪失感を覚えているから。
「呉羽を行かせてやってくれよ」
「俺は残るから」
「おまえには定兼も暁月も他のみんなもいるだろう」
「なによりマコがいるだろう」
「それなのに『呉羽もいないとヤダ!』なんて駄々こねたら、それこそ赤ん坊だぞ?」
「もう『いいジジイ』なんだろ?」
「正樹に呉羽を返してやれ」
碓水の言うことはいちいち正論で、文句も言えずただ不貞腐れて無言でいた。そんな俺に苦笑を浮かべた碓水は、同じようにぶすくれている新八郎に顔を向けた。
「新八郎」
「おまえはもう一人前だ」
「呉羽がいなくても大丈夫」
「それに久十郎がしょっちゅう来るじゃないか」
「おまえにもいい機会だよ」
「いい加減に独り立ちしろ」
「でないと朱音をしあわせにしてやれないぞ?」
わざととわかる茶化した言い方に、新八郎はさらに口を曲げた。
「朱音」
「新八郎を支えられるな?」
碓水の問いかけに朱音は表情を引き締めた。「はい」と答えた朱音に、碓水は満足そうにうなずいた。
「マコ」
突然声をかけられたマコは、それでも「なに?」と応じた。
「呉羽がいなくても大丈夫だな?」
「………大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら、大丈夫じゃない」
「けど」
「それが呉羽さんの希望なら、喜んで送り出すよ」
マコの言葉に俺も新八郎も顔を上げた。マコはさっぱりとした笑顔を浮かべていた。
「十五年ずっと一緒だった呉羽さんがいなくなるのは、正直さびしい」
「けど、ここ数日の呉羽さんはすごく苦しそうだった」
「ボクは呉羽さんにそんな想いをさせていたくない」
「呉羽さんの『しあわせ』のためなら、ボクは我慢する」
「伊佐治さんやリディと同じ」
「『離れても家族だ』って、今のボクは知ってるから」
経験を重ねた人間独特の余裕ある笑みを見せるマコ。いつの間にそんなに頼もしくなったんだ。俺のマコ、素晴らしい。惚れ直しちまう。
「それに」
「もう二度と逢えないわけじゃない」
微笑みを浮かべたままマコが続ける。
「トモくんみたいに通信でやり取りもできるだろうし、帰国したら会える。なんなら呉羽さんも久十郎さんみたいに時々来てもらったらいい」
「呉羽さんも新八郎くんのごはん食べたくなるだろうし」
「ね」
マコに笑顔を向けられ、新八郎の目が潤んだ。
そんな新八郎にやさしく目を細めたマコは、続いて碓水に顔を向けた。
「碓水さんはいいの?」
「碓水さん、伊佐治さんのこと尊敬してるじゃない」
「伊佐治さんに倣って正樹さんに付いてようって思わないの?」
余計なこと言うなマコ。
碓水までいなくなる可能性にあわてて口を出そうとしたが、それより早く碓水が「ハハッ」と軽く笑った。
「俺はいいさ」
「このままヒデについてるよ」
ホッとしたのは俺だけじゃなかった。蛇達、狼達、そして鳥達もわかりやすくホッとしていた。
「さっきも言ったが」
「正樹はいい大人だ」
「ヒデよりよっぽどしっかりしている」
「オイ」
ツッコミたかったのにまたしても定兼から『黙ってろ』と視線で叱られる。くそう。
ぶすくれる俺に笑い、碓水はミナ達のそばに歩み寄った。
「多種族のオッサンのそばにいるよりも、同種族の美女達に囲まれてるほうがいいに決まってるだろう」
そう言って右腕でミナとユズを、左腕でサクとシズを抱く碓水。軟派な行動はいつものこと。娘達も「キャア!」と喜んでいる。
暁月の村は人口減少が深刻だった時期があり、必然的に一夫多妻制となった。おまけに妖の世界では強さがなによりも求められていて、強い男の子供を求めて女が群がるのは普通らしい。だもんで暁月の妹達は四人全員が仲良く碓水のハーレムを作っている。
とはいえ大好きで尊敬する姉の暁月が碓水を「まだまだ」としていること、妹達がまだ成熟しきっていないことから「子作りはヒデが死んで村に帰ってから」と厳しく命じている。軽薄な碓水が迂闊に妹達に手を出さないよう時々キツくシメている。
「蛇のまぐわいは人間の常識では理解できないわよ」いつだか遠い目をして言っていた。「だから男女のアレコレは村に落ち着いてからね」「反対はしないから。アメリカではやめときなさい」姉の言葉に妹達は素直に従っている。
「妹達に不埒な真似をしたら即ちょん切るわよ」「定兼がいるからね。私でもできるわよ」「なんなら真っ二つでもぶつ切りでもいいけど?」ドスの効いた笑顔に碓水はちいさくなり土下座をする。それがいつもの光景。
その碓水の調子に乗った言動に「そういうところよ…」と暁月が額を押さえている。「ちょん切る?」定兼が楽しそうに暁月に声をかけた。
そんなやり取りを見てマコが楽しそうに笑う。そのまま俺に顔を向け「ヒデさん」と決断をうながしてくる。
「………呉羽がいなくなるのは正直厳しいんだが………」
上空から、暗闇で、情報収集は呉羽に頼んでいた。周辺警戒や哨戒も。
「情報収集や哨戒はおまえがやれ」「できるだろ?」碓水が断言する。
「これまでが甘えすぎてたんだ」「できることをサボっていたらどんどんなまるぞ」「それこそサトに知られたら叱られるだけじゃ済まないぞ」
これだから長命種は。生まれる前からの付き合いのある碓水は俺になにができるか知っている。碓水は基本俺に厳しい。俺が甘ったれなのを知っているから厳しくしてくる。これが伊佐治だったら甘やかしてくれるのに。
「おまえ達もできるな?」ぶすくれる俺を放置し、碓水がオボロ達に声をかける。
「呉羽ひとり抜けただけで警備が成り立たなくなるなんて甘えたことは言わないな?」
ドスの効いた碓水の笑みに、オボロ達が高速うなずきを披露する。
「まあ甘えたことを言うなら訓練をするだけだ」
ボソリと落ちたつぶやきにマナトとリヒトの尻尾がふくれる。
「おまえもな」
こっちにも飛火してきた。くそう。
………ああ。もう。
「………わかった」
はあぁぁあ、と息を吐き出し、意を決して呉羽に対面した。
「呉羽。これまでありがとう」
「明日から――いや、今夜から、正樹についてやってくれ」
俺の言葉に呉羽がパアッと笑顔になる。
「ありがとう」「すまない」そう返すけど言葉と顔が合ってないんだよ。なんだよそのうれしそうな顔。長い付き合いで初めて見たぞ。ああもう。くそう。
「これでいいんだろ!?」
ヤケクソで咆えれば、碓水も定兼も「良く出来ました」とうなずいた。くそう。子供扱いかよ。
「俺達が日本にいる間はここに帰ってくるよね」新八郎が呉羽にすがった。
「朝飯と晩飯、呉羽さんの分も用意するから」「こっちで一緒に食お?」
「いきなり一人分減ったら余っちゃうから」
「そうだな」
「新八郎のメシは美味いから」
「朝と晩はこっちでもらうよ」
「ありがとう」
頭を撫でられ新八郎が泣き笑いの顔になる。十五年ずっと一緒に暮らした呉羽は新八郎にとって久十郎よりも近い兄貴になった。呉羽も同じ鳥の妖の新八郎を特に気にかけていたし。
ぐじぐじしだした新八郎を朱音がなだめる。
「呉羽の退職手続きしないと」定兼はパソコンを出して書類を作りだした。「警備計画練り直すぞ」碓水の号令で他の連中が会議をはじめる。
「今日はもう遅いから、洋一達には明日話しに行きましょう」暁月に言われてようやく洋一に報告しないといけないと思い至った。
「洋一も由樹も喜ぶと思うわ」「呉羽が正樹についてくれたら安心だもの」
正樹が覚醒したときに話を合わせる必要があるから、マコを含めたウチの全員に色々説明していた。今正樹は昏睡状態で入院していることも。半年はそのままなことも。
「しっかりね。呉羽」
「ああ!」
暁月の激に呉羽は力強く返事をし、俺達全員に向けて頭を下げた。
「みんな、ありがとう」
「勝手を言ってすまない」
「『すまない』と思うなら正樹を頼むぞ」
碓水に強く背中を叩かれサムズアップを向けられ、呉羽も笑顔でサムズアップを返した。
◇ ◇ ◇
夜に呉羽が出ていくのはいつものこと。それが今日は正樹のところだというだけ。
呉羽は正樹が病院に運ばれるときから同行していた。晴臣くんが諸手続きをしてくれる間、医師や看護師達が処置していくのを見守り、説明を聞いた。医師達がいなくなったあとに来た安倍家の方(多分梅ちゃんと蒼真くん)に、直樹の作った霊玉から霊力補充をする方法と霊力循環の方法を教わった。呉羽自身で実践し、監督したふたりから合格をもらった。「長期間寝たきりだと筋力が落ちるし関節も固まる」と、それを防ぐためのマッサージも教わりこちらも実践し合格をもらった。
「霊力補充、霊力循環、マッサージを毎日やれ」「可能であれば朝昼晩と三回」「やりすぎは良くないから一日三回に留めるように」「けれど毎日最低一回はするように」そんな注意を受けた呉羽が『夜のルーティン』に出かけた。
呉羽が出て行って新八郎がわかりやすく落ち込んだ。朱音が別室に引っ張って行った。のぞこうとする碓水と娘達を暁月が叱る。オボロとタキ、マナトとリスケの護衛四人組も隅でメソメソしている。どれだけ呉羽に頼り切っていたのかを見せつけられ、呆れるやら同情するやらで俺も落ち着かない。
「ヒデも今日は疲れただろ」「もう寝な」定兼に追い立てられるように寝室へと投げ込まれる。マコも一緒。
マコにグズグズと愚痴を聞いてもらっているうちに眠りに落ちていった。
◇ ◇ ◇
翌日。
この日は元々休養日になっていた。正確には遺品整理に呼び出されるだろうからと空けていた。実際義弟から呼び出されている。なのにトモに「鳴滝の家の自分の荷物を片付けろ」と命じられてしまった。面倒。グズグズ言い訳していたら俵担ぎで強制連行された。息子が非道い。
全部無限収納に突っ込もうとしたら息子に叱られた。「ちゃんと確認しろ」「腐海を広げるな」
説教を聞き流していたが「本当に必要なときに使えなくなるぞ」の台詞に納得してしまい、仕方なく確認分別していった。
のんびりと追いついてきたマコ達も手伝ってくれてどうにか処分先を振り分けた。ほとんど処分。アルバムと卒業アルバムも捨てようとしたら「さすがにそれは捨てるな」と息子に止められた。他のものは「捨てろ」と言ったくせに。解せぬ。
元住人の息子がテキパキと処分するものを分別しまとめていく。他の部屋も片付けながら俺の面倒までみる息子の有能さに内心で舌を巻いた。
なっちゃんは先週の休日に片付けを済ませていた。息子も済ませていて、俺の荷物が最後だったと。
三回忌と一周忌を終えたことで改めて両親の遺品も片付けることになり、朝から洋一夫婦と孫達も来ていた。寺の連中も。そっちも見ながら俺の面倒も見る息子。「有能に育って…」わざと茶化してそう言えば「おかげさまで」としれっと返された。息子、冷たい。
バタバタと朝一番から働き、どうにか昼すぎに片が付いた。「おつかれー」ヘトヘトで食事をとる座敷に集まれば、洋一夫婦の娘の沙樹が弁当を用意してくれていた。
「手伝えなくてゴメンね」沙樹と子供達が世話してくれて昼食をいただいた。ああだこうだと話をして、息子はさっさと帰って行った。
孫達もそれぞれに解散し、俺達と洋一夫婦、寺の連中と沙樹だけになった。念の為に結界を展開し、正樹関連のことを話し合った。
洋一と由樹に呉羽のことを話す。俺の護衛からはずれること。「正樹についていたい」と言っていること。
「呉羽がついてくれるのなら安心だ」「ありがたい」ふたりは喜んだ。寺の連中も呉羽が戻ってくることに諸手を挙げて喜んだ。
洋一夫婦は朝一番で正樹のところに行っていた。そこで呉羽に会い、話をしていた。
病院には呉羽を「正樹の母方の叔父」として紹介。由樹の歳の離れた弟ということになった。このへんは正樹が運び込まれたときに晴臣くんが決めた。由樹は複雑そうだが、呉羽は普段人間世界では五十代半ばの外見になってるから、四十歳の正樹の「叔父」でも納得されたらしい。
昨夜『夜の散歩』から俺達のホテルに戻った呉羽は、一緒に朝メシを食ったあとは別行動を取っている。行き先は正樹のところ。面会時間ギリギリまで詰めているだろう。「夕食には戻ってくる」と新八郎と約束していた。
その正樹の状態は「安定している」と洋一。「呉羽が直樹の霊玉から霊力補充して循環してくれた」「マッサージもしてくれて」「医師も『問題ない』って」「いつ目覚めるかはわからないけど、今すぐどうこうなる状態じゃないって」
霊玉からの霊力補充と点滴による栄養補給を受けひたすらに寝ていれば「いつか目覚めるだろう」と医師も言っていたと。さすがは安倍家の系列病院だけあって霊力がどうとかいう症状に対処できる医師がいるそうな。それ昨日の頭巾のひとりじゃないのか? 公然と経過観察してんじゃないのか? まあしっかり診てもらえるんだからなんでもいいか。
昨日の昼に倒れて熱を出していた直樹は、推定蒼真くんのくれた解熱剤が効いたらしく、夜にはどうにか動けるようになった。自分の霊力を込めた霊玉で霊力補充をし、教わった霊力循環をし、自分の足で自宅に帰って行った。翌日の今日は解熱剤が効いているおかげで熱こそないものの起き上がれないらしい。「霊力補充と霊力循環を繰り返しながらうなっていた」様子を見に行った沙樹が話していた。「あと二、三日は動けないかも」と。
「どのみち直樹は退魔師として戦えなくなるだろう」と、依頼が来たらどうするかの話し合いが始まるところで離脱。俺関係ねぇから。「おまえらの好きにしな」「じゃあな」それだけ告げてさっさと退散した。
◇ ◇ ◇
「明日の夜時間をもらえないか」昨夜トモから連絡が入った。
「親父達への褒賞について話し合いたい」「麻比古さんとユイさん、久十郎さんも同席して欲しい」「連絡頼む」
「なんだよ『褒賞』って」「いらねえよそんなもん」そう返したが「とにかく話し合いをさせてくれ」と押し切られ、仕方なく時間を作ることに了承した。麻比古と久十郎にも連絡し、ホテルの俺達の部屋で合流することにした。
今朝顔を合わせたときに「今夜よろしく」と言われていた。「ホテルの部屋で全員揃って待っててくれたら迎えに行くから」と。
朝の訓練に参加していた全員に頭を下げる息子と黒陽さんに「仕方ねえなあ」「わかったよ」と了承した。
そうして片付けに追われヘトヘトでホテルに戻り、晩メシ食って一息ついていたら麻比古とユイ、久十郎が来た。指定された時間より早く来てくれたのはお互いの近況報告のためだと。さすが。気が利く。それぞれの村の話を聞き、生活向上委員会の話を聞き、こちらも正樹のこと、直樹のこと、呉羽のことを話しているうちに時間になった。
てっきり「ロビーについた」とか連絡が来るのかと思っていたら。
「お待たせ」時間ピッタリに、突然、息子と黒陽さんが現れた。
あまりにも突然に出現され、一瞬とはいえ虚を突かれた。全員がポカンとした一瞬後、息を飲み悲鳴を上げ警戒態勢を取った。
「と、トモ!?」「黒陽さん!?」
悲鳴混じりの問いかけにもふたりは平然としている。
「『迎えに行く』って言ったろ?」
「突然現れるなんて誰が思うかよ!!」
飄々とした息子に思わず怒鳴ったが「言ってなかったか?」と平然としていた。くそう。このやろう。
「俺の結界は無視かよ」
「一度来た場所だからな」「『立入承認済』の場所ならば結界内に転移可能だ」
ぼやく俺に黒陽さんが得意気に答える。非常識人になにを言っても無駄だと肩を落とした。
「ちょっと場所移動するぞ」
「『移動』?」
なんの説明も前置きもなく告げる息子にどういうことかと復唱した、次の瞬間。
「「「―――!!!」」」
周囲の景色が、変わった。
『跳ばされた』!?
十五年ぶりの感覚でも頭はそう判断する。周囲の霊力量が違う。清浄な空気。どこだここ。
瞬時に警戒態勢を取りマコを背にかばう。定兼が、暁月が同じようにマコを囲む。他の連中もそれぞれに警戒態勢を取った。
「ああ。警戒しなくても大丈夫」息子にのんびりと言われても警戒態勢を解くことはできない。正面に神棚。板の間の部屋。そこまで広くない。俺達以外に息子と黒陽さんだけ。
「今お茶出すから」「まあ座って待っててよ」
どこからか取り出した座布団を並べていた息子が、どこまでものんきに告げて部屋を出て行こうとする。
「ちょっと待て」「どこだよここ」
あわてて声をかけ引き留めれば、息子は飄々としたまま答えた。
「安倍家の離れ」
「は?」
「まあ座ってなって」「すぐにお茶持ってくるから」
「茶なんかいらないから説明しろ!」怒鳴る俺を無視し、息子は部屋を出て行った。




