西村秀智と『静原の呪い』62
今回二万字近くなりましたが、ひっぱりたくないので一気にいきます
長いですがお付き合いくださいませ
暴力・暴行・残虐な行為を連想させる表現があります
苦手な方はご注意くださいませ
洋一家族から『自分の霊力を分けたら昏睡期間が短くならないか』との質問があったことが晴臣くんから主座様に伝えられた。
主座様も思いもよらなかったらしい。細いおとがいに手を当て、検討を始められた。
「――しばし待て」
そのまま晃くんひなちゃんを手招きし、後ろにおられた『明らかに違うおふたり』と五人でこしょこしょ話し合いを始められた。
円陣が解かれ、皆様が再びこちらに向かれる。その中からひなちゃんが半歩分にじり出て、手を付き一礼した。
「――失礼致します。ただいまのご質問に対し、いくつか補足説明をさせていただきます」
淡々とした、事務官然とした態度。そんな態度がどういうわけかしっくりとはまっていて、知らず話を聞く体勢になった。
「今回必要とされる『霊力譲渡』は、通常のものとは根本から異なります」ひなちゃんは淡々と説明する。
「皆様が認識しておられる『霊力譲渡』は、おそらく『減った霊力を補充する』というものだと思います」
「いかがですか?」ひなちゃんの問いかけに洋一達がうなずく。『違うの?』とその顔に書いてある。
「このたび正樹氏に執り行うのは『御魂分け』という術です」
「文字通り魂を分割するものです」
「そのときに霊力をためる『器』も分けられます」
「通常の霊力譲渡は、『器』の大きさは変わらない状態です」
「『器』の大きさはそのまま、減った中身を補充するのが、皆様が認識しておられる『霊力譲渡』です」
うなずくことで理解を示す。一拍置いてひなちゃんは説明を再開した。
「このたび正樹氏の『御魂分け』にあたり、魂はふたつに致しますが、霊力の『器』は偏りを持たせて分割致します」
「魂が天へと還るときに、霊力量はともかく『器』の大きさと質があまりにも違うと『別人』と判定されてしまうためです」
「現世に残す魂は『主座様により新たに生み出された存在』として新規登録されますので、『器』の大きさを気にする必要はございません」
「ですが、あまりにも元の大きさと違うので、元々の肉体に戻したときに肉体からの反発が起こると予測されております」
「肉体は元の『器』の大きさを覚えております」
サッと晃くんがひなちゃんの前に箱を置いた。なにかと思えば、トモも赤ん坊の頃に遊んだ型はめパズルだった。
「例えますと」ひなちゃんは当然の顔をしてその型はめパズルを手に取る。
「こちらの本体が元々の肉体、こちらのピースが魂であり霊力をためる『器』です」
「霊力をためる『器』は、基本的に魂とつながっています」
「基本的にひとつの肉体にはひとつの魂が宿ります」
「成長につれ肉体と魂と『器』は密接になり、このようにピタリとはまるようになります」
丸型のピースを丸い穴に当ててみせる。
「『御魂分け』にも色々とございまして、その対象に応じてそれぞれ条件や手順があるのですが、その話は置いておきまして」
「今回行う『ヒトの御魂分け』に関してご説明致します」
「『御魂分け』でふたつに分かれても、魂の本質も総量も変わりません」
「魂に関しては『分割』というよりは『複製』という表現が近いと感じます」
「ですが『器』は違います」
「『器』は『分割』です」
「過去に『やらかし』があったとかで、ヒトに関してはそのような条件付けが課せられました」
「『御魂分け』により突然『器』の大きさが変わったら」
ひと回りちいさな丸型のピースを手に取り、全員に見せる。
「このように合わなくなります」
ピースを穴に当て、上下左右に動かしてみせる。
「そうなると、肉体は『違う魂だ』と判断し、拒絶するというわけです」
「例えは悪いですが、他人のベッドに入った感じとか――他人の靴を履いた感じとか――」
「そういう『自分のじゃない』感や気持ち悪さから、拒絶反応が出るようです」
「とはいえ中身の魂と霊力は慣れ親しんだものですから、生命活動として霊力を循環することは問題なくできます」
「霊力循環をしているうちに肉体が『器』の大きさに慣れていき、問題なく馴染んだら昏睡状態から覚醒するという流れです」
俺達が説明を咀嚼していると、晃くんが型はめパズルを回収し、何故かパウンドケーキをひなちゃんの前に置いた。ご丁寧にまな板の上に包丁と一緒に。
「こちらが正樹氏の『器』だとします」
両手を広げパウンドケーキの長さを示すひなちゃん。
「今回の『御魂分け』では、9.5対0.5に分割予定です」
スコン。端を落とすようにひなちゃんが包丁を入れる。
「これは先程もご説明致しましたが、魂が天へと還るときに『器』の大きさと質があまりにも違うと『別人』と判定されてしまうためです」
「正樹氏の霊力量と『器』の大きさは、能力者の中でも多めです」
「修行を重ね退魔師として活躍しておられたからでしょうね」
「ですので、この割合で分割しても生命活動に問題はありません」
ちいさいほうのパウンドケーキを指し示しひなちゃんが言う。
「が」
「さすがに一般人レベルには届きません。『霊力なし』レベルになります」
「ですが、これならば天に還る魂は『正樹氏』と判定されます」
大きいほうのパウンドケーキを指し示しひなちゃんが言う。
「そして、こちらの『元の肉体に戻すほう』は『新たな存在』として新規登録されますので、大きさは問題視されません」
「覚醒以降に修行で『器』を大きくすることは可能です」
「その過程も記録されますから」
どうも『御魂分け』で魂を分けたとき――『新たな存在』が生まれたタイミングで、改めて倶生神が付くらしい。そのへんが主座様が言っておられた『調整』なんだろう。
「元の『器』の大きさがこちら」
「ここからこれだけになるわけですから、当然馴染むまでに時間がかかります」
「そして当然体内に循環させる霊力の量も減るので、こちらも馴染むまでに時間がかかります」
「私共は覚醒までに六年弱と予測しております」
昨夜主座様は『五年』と言っておられたが……。
「本日改めて正樹氏を確認させていただきましたところ、想定よりも魂が疲弊しておられました」
「事前確認させていただいたときはお休み中だったので、魂の疲弊度合いまで計りきれませんでした」
「精神的に相当負担を抱えておられます」
俺の考えを見透かしたようにひなちゃんが説明してくれる。ていうか、してたのかよ『事前確認』。いつの間に。
「ここまでご理解いただけましたでしょうか」
ひなちゃんがぐるりと全員を見回す。誰もが『どうにか』という様子ではあるがうなずいた。
「西村家の皆様からご質問いただいた『自分の霊力を分けたら昏睡期間が短くならないか』という件ですが」
「『霊力を分ける』ことは確かに回復の一助にはなります」
「ですが、問題は『器』になります」
「『器』の大きさに影響を与えない限り、昏睡期間が短くなることはないと考えます」
なるほど。納得していたら、苦悶していた直樹が口を開いた。
「………『器』の大きさに『影響を与える方法』はありますか?」
ひなちゃんは黙って目を動かした。主座様に、『明らかに違うおふたり』に視線で問いかける。
しばらく四人が視線のやりとりをするのを見守った。
どのくらい待ったのか。ようやくひなちゃんの視線がこちらに戻った。
「―――ないことはございません」
つぶやくような回答に、直樹が、他のヤツらが期待を向ける。
そんな視線と気配を受けたひなちゃんがチラリと主座様に視線で問いかけ。うなずきを返され、ひなちゃんは目礼した。
視線を伏せたひなちゃん。どう説明するか考えているんだろう。やがて顔を上げ、全員を見回した。
「こちらが正樹氏の『器』」
「これを『御魂分け』でこのように分けるのが今回の計画です」
大きいパウンドケーキから切り分けた端っこを少し離して置く。
「この残すほうの『器』があまりにもちいさいことが昏睡の長期化となります」
「ここまでよろしいですか?」問いかけに全員がうなずく。
「これを解消するためには」
指を広げながらひなちゃんが説明する。
「一。事前に『器』を大きくしてから術に臨む」
「これはもう時間がないため実行不可能です」
「二。魂を肉体から取り出したあと、『器』の大きさを誤認するような薬を残された肉体に投与する」
「これは残念ながら薬の用意がありません」
「在庫もなく、現代は材料不足から再現不可能となっております」
「三。いわゆる『外部タンク』にあたるものを取り付ける」
「霊力の込められた霊玉などが『外部タンク』に当たります」
「霊玉などの『外部タンク』を使うためには、魂と結びつける必要があります」
「ですが、『御魂分け』における『器』の割譲に使えるほどにするには、長期間馴染ませることが必要となります」
「故に、こちらも今回は実行不可能です」
「四。他者の『器』を譲渡してもらう」
「要は『器』の移植です」
「こちらは現段階での実行は可能です」
これまでダメを繰り返され落胆していた一同が期待を込め顔を上げる。
「ですが」
が、続く言葉にすぐ表情を引き締めた。
「成功率はかなり低いです」
ひなちゃんの説明に全員がじっと耳を傾ける。
「第一に、適応者がいるかどうか」
「骨髄移植や臓器移植を思い浮かべてください」
「誰でも合致するわけではありませんよね」
「それと同じです」
「属性が、霊力の質が合わなければ、移植すら不可能です」
「仮に合致したとしても適応するかはわかりません」
「最悪は反発を起こし、『器』にも肉体にも新しい『器』が馴染まず亡くなる可能性もあります」
理解し納得する面々に落胆の色が浮かぶ。
「今回取れる手段としては、現段階では『四』の移植だけとなります」
「当然ですが提供者にはそれなりの大きさの『器』を提供していただくことになります」
「複数人から提供があれば負担は減るでしょうが、そもそも提供可能な適応者がいるかという問題があります」
そこまで言ってひなちゃんが全員を見回す。理解が浸透したのを確認し、再び口を開いた。
「仮にこのなかに適応者がいらっしゃると仮定してご説明致します」
チラリ。晃くんに視線を向ける。それだけで晃くんはひなちゃんの前に新しいパウンドケーキを置いた。
「こちらが提供者の『器』」
新たに出したパウンドケーキを指し示すひなちゃん。
「この提供者の『器』を分割致しまして」
パウンドケーキをサクッと半分にし、片方の断面をもう一本の切れ端の断面とくっつける。
「このように、正樹氏の残すほうの『器』と融合させる」
「それができたならば、昏睡期間は短くなります」
「さらに言えば『器』を融合できるほど霊力の質が合致しているならば、提供者が昏睡期間中の正樹氏に対して霊力を流しながら循環させれば、より早く覚醒する可能性があります」
「ですが」
「当然ですが、提供者にはかなりのリスクがあります」
「『器』を一部失うということは、量にもよりますが、譲渡した方の霊力は当然減ります」
「睡眠や食事、日々の訓練などで大きくできる可能性はありますが、これまでのようなご活躍は臨めないでしょう」
「場合によっては体調を崩しやすくなったり病気を拾う可能性もございます」
「また、現在知覚できている『ヒトならざるモノ』を認識できなくなる可能性もございます」
黙ってしまった一同に、ひなちゃんが淡々と続けた。
「先程の『器』の大きさに『影響を与える方法』はあるかというご質問の回答と致しましては」
「『方法はある』『ただし適応者がいれば』同時に『適応者が提供に同意すれば』となります」
なるほど。確かに。
「再度申しますが」
「正樹氏への『器』の譲渡は、可能性だけを言えば不可能ではございません」
「ですが、提供者にかなりのリスクがございます」
「『器を譲渡する』ということは『霊力の減少』であり『生命力の減少』です」
「もちろん現在『能力者』として行っている活動はできなくなります」
「これまでどおりの生活ができるかもわかりません」
「寿命も短くなるでしょう」
「同時に、提供される側である正樹氏にもリスクがあります」
「移植された『器』が適応するかは、やってみないとわかりません」
「たとえ霊力や質が合致したとしても反発を起こす可能性もあります」
「本人の『器』にも肉体にも新しい『器』が馴染まなかった場合、亡くなったり、植物状態が続く可能性もあります」
その説明にこちらの連中は黙り込んだ。顔色を悪くするヤツ、口を引き結ぶヤツ、納得したようにうなずくヤツ、思い詰めうつむくヤツ。
そんなヤツらを気にすることなくひなちゃんはただ淡々と説明を続けた。
「現在ご提案している計画でも、正樹氏がいつか目覚めることは間違いないと考えます」
「ただし、霊力量は一般人以下――『霊力なし』レベルになりますので、『ヒトならざる皆様』は知覚できなくなります」
「それでも、死ぬはずだった運命を歪めるのですから、生命があり日常生活を送れるだけでも十分ではないかと愚考致します」
「いかがでしょうか」
ひなちゃんがそこで口を閉じた。無言が広がる。誰もなにも言えない。『まあ仕方ねぇよな』『生命が助かるだけ上等だろ』俺もそう考えた。
「………わかりました」
ポツリ。落ちた声に誰かと思えば、直樹だった。
伏せていた顔を上げ、まっすぐにひなちゃんを見つめた。
「俺がやります」
「俺の『器』を、正樹に移植してください」
「直樹!」「直樹…」あちこちから声がかかるが無視し、直樹は続けた。
「俺は正樹の双子の兄弟です」
「俺ならば反発なく馴染むと思います」
「「双子!」」直樹の言葉に『明らかに違うおふたり』が反応された。………この声。
「一卵性? 二卵性?」
「一卵性です」
すかさず飛んできた質問に直樹が即答。「おおー!」『明らかに違うおふたり』が喜色をあらわにされる。
「それなら確率は高い!」「案外上手くいくんじゃない!?」おふたりがキャッキャと話しながら前のめりになっていかれる。そんな様子にこちらの関係者は期待を上げ、主座様は苦笑を浮かべられた。
ていうか、この声。……梅ちゃんと蒼真くん……。
「ゴホン」
わざとらしいひなちゃんの咳払いに、推定梅ちゃんと蒼真くんはピッと動きを止めた。そして何事もなかったかのようにしずしずと座り直す。
ドスの効いた笑みを浮かべ、ひなちゃんがおふたりを、こちらの一同を見回す。最後に直樹に視線を固定した。内心を探るような、まるでウチの母のような佇まい。………ひなちゃんも精神系能力者か……?
「貴方は?」
問われた直樹は手を付き一礼。顔を上げ、名乗りをあげた。
「西村直樹と申します。正樹の双子の兄弟です」
「近しい血縁関係にある方ですね?」
「そうです」
安倍家の人間だと思っているからか、ひなちゃんからにじみ出る空気感からか、明らかに歳下相手でも敬語で丁寧に直樹は語る。
「俺の『器』を、正樹に移植してください」
じっと見つめるひなちゃんに押されるように、直樹はさらに言葉を重ねた。
「俺は退魔師引退しても構いません」
「みんなが視えなくなるのは寂しいけれど……それでも」
「それでも、正樹を助けたいんです」
「これまで十五年、俺はなにもできませんでした」
「俺にできることがあるのならば、やらせてください」
「正樹に俺の『器』を渡してください」
「一日でも早く目覚めさせてください」
「『あの十五年は悪い夢だった』と、『幻術だった』としてやってください」
「正樹に『しあわせ』を」
「一日でも早く」「一日でも長く」
「お願いします」
「俺の『器』を、正樹に」
「俺は『霊力なし』になっても構いません」
「お願いします」
直樹は手を付き額を床にこすりつける。
ひなちゃんは黙っていた。じっと直樹を見つめている。真意を探るよう。数多ある未来を検討しているよう。まだ高校生だと聞いているが、その佇まいは九十歳過ぎていたウチの母を思わせる。年齢を、経験を重ねた人間特有の気配。
と、由樹が動いた。
ひなちゃんに向け手を付き、深く平伏した。
「――私は母親です」
「直樹ほどではないかもしれませんが、幾分かは馴染みやすいと思います」
「私の『器』をお使いください」
「どうか息子をお救いください」
「どのような対価も応じます」
「私も」「わたしも」「俺も」「僕も」洋一をはじめとしたほとんどが平伏しちまいやがった。愛されてんな正樹。
一同の反応にもひなちゃんは動じることなく、ただじっと見つめていた。息を詰め反応を待つ一同がわかっているだろうに、ただ無言で全体を見つめていた。
やがてひなちゃんが息をついた。ふぅ、と吐き出すその息で場の空気がゆるんだ。
ドッと肩の力が抜けた。抜けたことで力んでいたことに気が付いた。
ひなちゃんは先程までの達観した様子を消し、事務官然とした表情に戻っていた。その顔で推定梅ちゃん蒼真くんをじっと見つめ、続いて主座様と見つめ合った。
それからゆっくりと直樹に目を向けた。
「―――西村直樹さん」
「はい」
「仮に貴方の『器』を正樹氏に移植したとします」
「移植したせいで正樹さんは死ぬかもしれません」
「余計なことをしなければ正樹さんは生きられたのに」
突きつけられた可能性に直樹が顔色を悪くする。
「それでも、やりますか?」
淡々とした問いかけに、直樹は黙り込んでしまった。苦悶の表情で思い悩む。誰も声をかけられない。膝の上の拳を固く固く握り締め、直樹は逡巡した。
「―――やります」
「直樹……」「直樹……」あちこちから声がかかるも直樹はひなちゃんをまっすぐに見つめ、答えた。
「『どんな選択をしても後悔は必ずある』『それならばやれることはすべてやれ』『やらずに後悔するよりも、やれることをすべてやりきってから後悔しろ』――祖父がよく言っていました」
「『可能性がゼロでも絶対にあきらめるな』とも」
「なにが起こるかわかりませんが」
「あきらめることだけはしたくないと、思います」
「安全策を取って正樹が早く目覚める可能性をあきらめたら、祖父に叱られます」
さっぱりと言い切る直樹。言われれば確かに親父の言いそうなこと。仕方ねぇなあと苦笑が浮かんだ。
じっと直樹を見つめていたひなちゃんだったが、ついっと顔を巡らせた。
「――こちらの責任者はどなたですか?」
「私です」
問われ洋一が名乗り出る。
「こちらの直樹さんは退魔師ですね?」
ひなちゃんの質問に「はい」と洋一が答える。
「直樹さんが『器』を提供するとなると、西村家の退魔師がひとり減ることになります」
「これほどの退魔師がひとり抜けたら、かなりの戦力ダウンになります」
「そのことは理解しておられますか?」
指摘されればそのとおり。ウチは武闘派能力者集団。自分のところで対処しきれない事案が起きた場合の救済所。直樹は現役退魔師として戦力の中心となっていると聞いている。その直樹が抜けるのはかなりキツいに違いない。
直樹はそこまで考えていなかったのだろう。痛そうに眉を寄せ、目を伏せた。しばし逡巡し。
「――父さん」
「みんな」
身体を洋一に向け、全員をぐるりと見回し、直樹は手を付いた。
「申し訳ありません」
「退魔師を引退させてください」
「勝手を言っているとは承知しています」
「みんなに迷惑かけることも」
「それでも」
「可能性に賭けさせてください」
「正樹を救わせてください」
「お願いします」
「お願いします」
深く深く頭を下げる直樹。ほとんどは黙り込んでいたが、目を伏せるヤツ、涙ぐむヤツもいた。
「――頭を上げろ」
洋一の声に直樹がのろりと姿勢を戻す。目尻が赤くなっている。そんな直樹にただ微笑んだ洋一は、ひなちゃんにまっすぐに向き合い、答えた。
「理解しております」
熟練僧侶らしい、穏やかな微笑み。ひなちゃんも主座様もただ黙って洋一を見つめ返した。その様子に先をうながされたと判断したらしい。洋一は言葉を続けた。
「それが直樹の望みならば、私は止められません」
「私は直樹と正樹の父親です」
「息子が助かる可能性があるならば、すがりたいです」
「息子に望みがあるならば、叶えるために協力したいと思います」
「父さん……」こぼす直樹ににっこりと微笑み、洋一は再びひなちゃんに語りかけた。
「退魔師の仕事は、後進が育ってきております」
「私もまだ現役で戦えます」
「当家は直樹以外にも強者が多く揃っております」
「確かに直樹が抜けるのは厳しくはなりますが、皆で協力して対応してまいります」
穏やかな笑みを浮かべ言い切る洋一。ひなちゃんは表情を変えず、さらに問いかけた。
「そのせいで正樹さんが死んでも?」
ピリ。空気が凍る。
「このままでも正樹さんは六年後には覚醒する可能性が高いです」
「それが余計なことをしたがために死んだ場合、貴方は後悔しませんか?」
「新しい『器』が馴染まなかった場合、正樹さんは死に、直樹さんは霊力を失う――無駄足を踏んだことになります」
「『やめさせればよかった』『やらせなければよかった』そう言って後悔しませんか?」
洋一はただ黙っていた。無表情で、ただ座っていた。霊力の揺らぎも一切見せず、感情すら読ませない。さすが。俺が見込んだ義弟なだけはある。
隣の由樹も同じ。ただじっとひなちゃんと洋一のやりとりを見守っている。
「―――後悔は、するでしょう」
ポツリ。洋一がこぼした。
「後悔しないわけがありません」
「凡夫ですので」
「ですが」
「ここで妥協したら、義父に叱られます」
「『最善を勝ち取るために動け』『絶対に最後まであきらめるな』――私達はそう言われておりますので」
にっこりと微笑む洋一。ひなちゃんは「なるほど」とちいさくうなずいた。
「貴方のご意見は西村家の総意と判断してよろしいでしょうか」
「構いません」
「わかりました」
洋一とやりとりしたひなちゃんは、再び直樹に顔を向けた。
「―――西村直樹さん」
「はい」
「『器』を提供する過程で、貴方は死ぬかもしれません」
「それでも、やりますか?」
質問しながらじっと直樹を見つめるひなちゃんは感情を一切出さない。良いとも悪いとも、やれともやるなとも言わない。ただ確認している。リスクを理解しているのか。今後を考えているのか。一時の感情で発言していないか。
「やります」
ひなちゃんの質問に、直樹は即答した。一切の迷い無く。
覚悟を決めた、いい表情をしていた。
「退魔師はいつ生命を落とすかわからない」
「いつ死んでもいい覚悟は常にしています」
「たとえ明日死んだとしても」
「正樹を救って死ねるなら」
「そいつらに報復してから死ねるなら、本望です」
覚悟を込めた眼差し。覇気が立ち昇る。そんな直樹にひなちゃんはふっと表情をゆるめた。それまでの事務官然とした様子を消した、高校生の女の子らしい明るい笑顔。
「『明日』は困ります」
「もし成功したならば、昏睡状態の正樹氏に霊力循環してもらなければなりませんから」
ひなちゃんの言葉に直樹はポカンとした。その言葉を咀嚼し、意味を理解し――くしゃりと、笑った。
そんな直樹に微笑んだひなちゃんは、ぐるりと全員を見回した。
「先程名乗りをあげてくださった皆様はいかがでしょうか」
「死ぬかもしれません」
「死なせるかもしれません」
「それでも、やりますか?」
「「「やります!!!」」」
一斉に答えが返ってくる。そんな一同にひなちゃんは楽しそうに微笑んだ。
「良いご家族ですね」
ひなちゃんが晃くんと顔を見合わせ微笑み合う。その様子がなんでか長年連れ添った夫婦のように見え、思わずぱちくりとまばたきをしてしまった。
「さて」
ひなちゃんが一言告げ、ピッと姿勢を正す。自然と全員の背筋が伸びた。
「――皆様のご意思はよくわかりました」
こちらに向けにっこりと微笑んだひなちゃん。続いて主座様に身体を向けた。
「西村家から正樹氏の覚醒を早めるため『器』の移植を希望されたわけですが」
事務官然とした態度に戻ったひなちゃんが主座様に問いかける。
「このたび正樹氏に対し『御魂分け』をすること、片方の魂を入れる依代を作ること、片方の魂を天に還すこと、もう片方の魂は肉体に戻すこと、覚醒まで安倍家の系列病院で入院させること――これらすべて西村智子様への『恩返し』であり『褒賞』です」
「智子様のおかげで救われた者、智子様に指導してもらった者達の活躍により『姫様と守り役様』の責務が果たせた、その『褒賞』として、智子様が生前から気にかけておられ、遺言状に託した正樹氏の生命を救おうと相成ったわけです」
「ですね?」ひなちゃんの問いかけに「うむ」と主座様がお答えになる。
「正樹氏の妻と娘の依代を作ること、報復のために『御魂移し』を行うこと、報復の過程で治癒などを施すことは、安倍家の能力者の教育及び実習を兼ねておりますので『褒賞』には入れておりません」
「安倍家から教育のための謝礼を支払わない代わりに西村家からも報酬をもらわない、いわゆる相互利益――ギブアンドテイクということで了承済です」
「ですね?」確認を向けられた晴臣くんと洋一が肯定を示す。
「ですが、『器』の移植は検討案件に入っていませんでした」
「正確には、提供希望者の『器』が正樹氏に適応するかの調査、適応者がいた場合『器』の切除及び移植、その後の適応者と正樹氏のケア、以上が必要な項目かと」
「これほどの術を展開できる者となると、退魔師で言う特級レベルの方でなければならないでしょう」
「それほどの方のお時間と腕を使うわけですから、対価をはっきりとさせておかなければなりません」
言われてみれば当然のこと。そしてどんな分野でも上のレベルの報酬が高額なのは常識。
「こちらは『褒賞』に入りますか? それとも『褒賞』とは別に西村家から対価を頂戴致しますか?」
「『褒賞』だよ」
ひなちゃんから主座様への問いかけに、主座様が口を開かれるより早く晃くんが口を挟んだ。
「サトさんへの恩返しにはまだ少ないくらいだよ」
ニコニコ答える晃くんに対し、主座様は少し口角が上がっておられる。顔を半分隠しておられても『仕方ない』と思っておられるのが伝わってくる。
「それに、今回のあれこれのこと『サトさんへの褒賞』だって言ってたけど」
「玄さんだって『褒賞』受けるべきだからね?」
「サトさんひとりの功績じゃないよ」
「玄さんがいてこそのサトさんの功績だよ」
「そもそもサトさんを救ったのは玄さんて話だし」
「だから、玄さんのお孫さんために色々するのは『玄さんへの褒賞』にふさわしいよ」
言われれば納得の論理。母への『褒賞』と親父への『褒賞』。ふたりの孫に関する案件ならばふたりの『褒賞』が使われて然るべきだと。
ひなちゃんにも主座様にも納得だったらしい。「なるほど」とちいさくつぶやいておられた。
「それに『褒賞』という点では、おれとタカさんの件以外にもまだまだあるじゃないか」
そう言って晃くんが主座様とひなちゃんに並べていく。
「トモを育ててくれたこと」
「ナツを救ってくれたこと」
「おれ達霊玉守護者に修行をつけてくれたこと」
「そのおかげでおれ達は姫様方の責務に協力できた」
「童地蔵を四百年受け継ぎ、トモに渡してくれたこと」
「あの童地蔵のおかげで『最悪』から逃れられた」
「ほら」
「これだけでも『褒賞』に値するでしょ」
にっこりと得意気に笑う晃くん。「確かに」と主座様も納得された。
「むしろ足りないんじゃない?」
「確かに」
ひなちゃんも納得している。推定梅ちゃん蒼真くんもコクコクうなずいている。そんな動きしたらバレるよ? 他の頭巾は動いてないでしょ。
苦笑でそんなやりとりを眺めていたら、ひなちゃんが主座様に顔を向けた。うなずきを返された主座様がチラリと推定梅ちゃん蒼真くんに目を向けられた。
おふたりからうなずきを返された主座様。すぐに目をひなちゃんに戻し、うなずかれた。
推定梅ちゃん蒼真くんと主座様からの視線を受けたひなちゃんは目礼。なんかやりとりがあったとわかる。
「では、すべて『褒賞』ということでよろしいですか?」
「いいよ!」
主座様でなく晃くんが答える。そんな晃くんに主座様は苦笑され、ひなちゃんに向けうなずかれた。
ひなちゃんも苦笑で応え、一同に向き直った。
再び事務官然となるひなちゃん。こちらの一同はすがるようにひなちゃんを、主座様を見つめた。
「安倍家より『器』の移植に関する事柄は西村智子様玄治様への『褒賞』とすることが承認されました」
「よって、西村家からの対価は不要でございます」
「ありがとうございます」こちらの全員で主座様に向け平伏した。ありがたい。ホントありがたい。今度帰国するときはなんか珍しいものをお贈りしよう。
「それではこれより、『器』の移植が可能かどうか調べさせていただきます」
「対象者である正樹氏と霊力の相性の良い方がおられれば、その方の『器』を正樹氏に移植致しましょう」
わっと、声にならない喜びが上がった。互いに顔を見合わせ笑顔を交わした。
そうしてひなちゃんは「お願いします」と推定梅ちゃん蒼真くんに声をかけた。立ち上がったおふたりは提供希望者ひとりひとりを調べていく。両手を出させて自分の手を乗せる。額や首筋に手を当てる。下瞼をひっぱってなにかを確認。なるほど医療従事者だと納得できるテキパキとした行動。最終的におふたりの判断は「直樹ひとりが『器』の五分の二を提供」だった。
「一卵性双生児だけあって『器』の質が似ている」
「これだけ近い存在があるらなら他は混ぜないほうがいい」
若い女性の声が言う。さっき聞こえた梅ちゃんの声とは違う声。どうやら術か道具で声を変えているらしい。さっきは想定外の答えにテンション上がって声変えるの忘れてたんだろう。とことん正体を隠したいんだと理解した。
「ただ、ひとりだけで提供するとなると、当然アンタに負担が大きくのしかかる」
「ふたりの負担を考えて『半分』でも『三分の一』」でもなく『五分の二』を移植することにしたわけだけど」
「案外アンタ霊力量があったから日常生活に支障はないだろうけど、半分以上『器』を残したとしても退魔師は続けられない」
「他にもこれまでみたいな動きはできなくなるし、感知能力も落ちる」
「それでもいい?」再度の確認に「構いません」と即答する直樹。
「なら遠慮はいらないわね」
「じゃあ、はじめるわよ!」
その言葉を合図に、推定蒼真くんがどこからか長机を出す。無限収納をお持ちらしい。長机の上に次から次へと様々なものを並べる。さらにホワイトボード、モニター、パソコン、ポータブル電源も。晴臣くんとひなちゃんがテキパキとそれらを使えるようにしていく。
そうして始まった特別講義。講師はひなちゃん。主座様と推定梅ちゃん蒼真くんは横に控えて監督しておられる。資料をモニターに写し、ホワイトボードに書き込み、わかりやすく伝えてくれるひなちゃん。「霊力とは」「魂とは」「『器』とは」「肉体と魂の関係」などなど、などなど。「よかったらどうぞ」と渡されたレポート用紙と筆記具をもらい、もりもりとメモを取っていく。
安倍家の頭巾達は当然受講権利はあるが、俺達はなんか対価が必要なんじゃないだろうか。そもそもこんな話、一族で隠匿すべき話だろう。講義開始前そう心配していたら「よかったら皆様ご一緒にどうぞ」とひなちゃんが誘ってくれた。
「お気になさらず」「この講義も『ギブアンドテイク』に含まれております」「場所をお借りしているわけですし」「気になるようでしたらサトさんと玄治さんへの『褒賞』もしくは『恩返し』として受け取ってください」
「それなら」と遠慮なく受講させてもらった。知っていたこと、知らなかったこと、思ってたのと違ったこと、新たな発見、情報が濁流のように知識として入ってくる。質問にも答えてもらう。非常に有意義な講義だった。
座学のあとは実習。『器』の提供者である直樹の霊力を全員が確認。確認時の注意点注目点を事前に座学で教わっていた。寄ってたかって手を握られ、直樹は無表情になっていた。
次に直樹の『器』を大きくする実践。安倍家から封印石が提供され、そこに直樹が霊力を込めていく。「この出来によって施術後の直樹と正樹の回復に影響が出る」と説明され、必死で霊力を込めていた。「もっとこう」「こういうイメージで」込め方にも指導が入る。その指導も参考にになる。文字通り最後の一滴まで霊力を絞り出した直樹の状態を再び全員で確認。なるほどなるほど。それが終わったら今度は回復薬を飲ませ、再び確認。それから主座様御自ら霊力循環のご指導をくださり、座禅を組んで霊力循環。「一度からっぽにしてから回復をかけ霊力循環することで『器』に元の大きさを誤認させる」「それを何度も繰り返すことで『器』を大きくする」座学でそう教わった。
「そろそろいいだろう」と合格が出たらまた全員で直樹の霊力を確認。なるほどなるほど。実にためになる実習だ。
『「器」を大きくする方法』の実践見学の次は実際に自分達でやってみる。ああだこうだと言いながら『器』を大きくする方法や霊力を増やす訓練をいくつも教わった。非常にためになる講義だった。
特に思春期の子供に関わる仕事をしているヤツらが喜んだ。
思春期は霊力が不安定になる。霊力が急に増えるヤツ、逆に霊力が無くなるヤツ、属性特化が出るヤツなどがいる。そんな不安定な子供達に対し、今回教わった方法や訓練が「効果がある」と聞き、そりゃあもう熱心に教わっていた。
その間直樹はただひたすらに『器』を大きくするルーティンを繰り返す。推定蒼真くんがそばに付き、厳しく見張り……否、指導をしてくれていた。霊力を込める封印石がまだまだ残ってるんだが。あれ全部満タンにすんのか。がんばれ直樹。南無。
そんな直樹は放置して、こちらは続いて依代作りの実習。時間停止で固まっている三人を使い依代を作った。どれだけの精度で作れるか。形状維持時間は。衝撃に耐えられるか。様々に検証しながら追加講義を受けながら、こちらも有意義な講義だった。
完成度の高い依代を使い、術や薬の実験をする方法も教わる。魂だけの存在や霊的存在の依代とする場合の手順なども。
その流れで魂をひっぺがす方法や依代に入れる方法、魂を部分的に切除する方法なども教わる。どれもこれも「そんな方法が」と驚きしかなった。
俺は祖父と母から色々教わって、術者としては物知りなほうだと自負していた。が、俺はまだまだだったと知った。どれもこれも目からウロコが落ちるような話ばかり。世間は広いと久々に実感した。
「こういう、魂や『器』を扱う術は、神道系や陰陽師系に多いですから」「仏教系の西村家に伝わっていないのも無理はないかと」「逆に神道系や陰陽師系に伝わっていないものを西村家がご存知のこともあると思います」
「ご迷惑でなければいつか互いの術を教え合いましょう」「新たな発見が生まれるかもしれません」
ひなちゃんの提案に「いいの!?」「是非!」と飛びついた。
「おまえは普段アメリカだろう」「いつ交流するというんだ」呉羽にツッコまれ「そういえばそうだった」と落胆した。
「来年の親父の三回忌にはもっと時間取って帰国するから!」「そのときは是非誘って!」必死のお願いに「わかりました」と了承を勝ち取った。
「お義兄さんは放っといて構いません」「私達はいつでも応じますので、是非お声がけくださいませ」
「由樹! 抜け駆けすんな!」
「『抜け駆け』じゃありません」「それでいつにしましょうか」
「このやろう」
生意気な義弟嫁を締めてやろうとしたのに「まあまあ」とあちこちから取り押さえられた。くそう。
魂や『器』を部分的に切除したり一部凍結したりといった方法は「『呪い』にかかったひとにも有効」だと教わった。『呪い』を受けた部分がはっきりしていたら「そこだけを取り除けばいい」と。説明されれば納得の理屈。「ああで」「こうで」「こんな事例が」「こんなのにも有効」色々な話にメモを取る手が止まらない。術者達は前のめりになっている。目が血走っているのも。
ひとりの「あのとき知ってれば」のつぶやきをひなちゃんが拾い詳しく聞き出した。当時の対応も聞き出し「今同じことが起こったらどう対処しましょうか」と問題提起をし全員に考えさせた。白熱したディスカッションになり、非常に良い学びになった。
その流れで霊力譲渡についても教わった。
霊力譲渡は俺達退魔師には馴染みのある手段。現場で霊力を使い果たしたときに応急処置的に霊力を渡す。そいつに馴染むか馴染まないかはひとそれぞれ。それでも治癒師のところまで保たせることはできる。
一番馴染みやすいのは同属性。次に血縁者。近ければ近いほど馴染むと言われている。一卵性双生児の正樹と直樹ならば確かに馴染むだろう。
俺達が使う『直接流し込む』方法を実演し、改良点を検討した。結果、効率が良くなった。
直樹が現在取り組んでいる『封印石に霊力を貯めておいてそこから注ぐ』方法を教わり、他にも色々なやり方を教わった。安倍家が開発したという『霊力補充クリップ』も見せてもらった。その流れで霊玉の作り方も教わった。霊玉作りはかなりの集中力と霊力が必要だった。それでもやり方を知らないのと知っているのとでは雲泥の差。何度も挑戦し、どうにか主座様の合格をいただいた。
他にも色々と教わってヘトヘトになった。晃くんが弁当を用意してくれた。そんなに時間が経っているとは思っておらず慌てたが「時間停止の結界を展開している」「時間は気にせずゆっくりしっかり食え」と主座様直々にお声がけいただいた。安倍家の頭巾達は顔を隠したまま弁当食ってた。同じ講義を受け共に議論を重ね、仲良くなった頭巾達。わいわいと弁当をいただき、どういう理屈かトイレも行かせてもらい、講義再開。
ああだこうだと講義を受け実習をし、としていたら直樹の「準備ができた」と推定蒼真くんから報告があった。
最後の回復薬を飲んだ直樹。いよいよ実際の施術が行われた。
ヒロくんにより正樹の依代が作られる。素っ裸の依代に着せるために元の正樹と同じ服を術で作る。それも実習。主座様が講習と実演をしてくださった。
まったく同じ姿のふたりが並んだところで主座様が『御魂分け』の術を行使。推定梅ちゃんと蒼真くんにより、正樹と直樹の『器』の切断と移植が行われる。どれをとっても見事なもので、感嘆しかなかった。
ふたりになった正樹の状態を全員が確認。なるほど霊力量が違う。それでも同質のものだとわかる。またあれこれと話を聞く。
『器』を譲渡した直樹の状態も確認。素早く対処しながら推定梅ちゃんがここからどういう対処をするか、今後どうなりそのためにどうするかを説明。推定蒼真くんも倒れた直樹に投薬している。
心配された『反発』は「なさそう」とのこと。「これなら半年以内には覚醒するんじゃないか」とのご意見に誰もが喜んだ。
「じゃあ」推定蒼真くんが元の肉体のほうの正樹を素っ裸に剥いて立たせ、正面から斬った。上がる悲鳴をまったく気にせず推定蒼真くんと梅ちゃんがテキパキと処置をする。
「これでどお?」「いいんじゃないでしょうか」主座様とのやりとりに「なんです?」と思わずツッコめば『十五年前に精神系妖魔と戦い昏睡状態になった』の説明に説得力を持たせるために、致命傷だったとわかる傷跡を作ってくれたと。
「本人が説明に疑問を持っても、こうして傷跡が残っていたら『自分が忘れているか記憶違いをしているだけ』って納得するでしょ?」説明されれば納得しかない。その傷も完治してある上にどういう仕組みか古傷にしか見えない。もう「ありがとうございます」しか言葉がない。「ありがとうございます」と全員が頭を下げた。
他にもあれこれと処置をし、元の肉体の正樹は病院の入院着とわかる服を着せて本堂の隅に寝させた。黒い布をかけておけば物陰とありまず目につかない。依代のほうは元の体勢にしておく。
続けて妻と娘の依代作り。こちらは希望者が一斉に作った。術で同じ服を着せるところまでが実習。その講評をひと通りして、一番出来のいい依代にヒロくんが魂を移す。今回のこの特別講義はヒロくんに『御魂移し』を覚えさせるのがメイン。なのでヒロくんが実行。一発合格を出した。すげえ。
妻と娘の元の――魂の入っていない空の肉体は、正樹と並べて本堂の隅。同じように黒い布をかけておく。
妻と娘の依代を元の体勢に戻し、出していた長机やモニターなどを片付けて準備が整った。主座様達は再び隠形を取られ、俺達も元の位置に座り直す。三人と本堂にかけられていた時間停止が解除されれば予想どおりの展開となった。晴臣くんが母の遺言状に込められていた『自白の術』を発動。ベラベラと罪を吐き出す妻と娘を正樹が始末。自分も首を落とそうとするのを止めて俺が正樹の首を落とした。
ふわりと依代から抜け出た正樹の魂を主座様が行燈のような容器に入れられる。丁寧に御本尊様の前に運び、なにやらしてくださった。
同じく依代から抜け出た妻と娘の魂。こちらは実習の教材となる。
まずはヒロくん。ただよう魂をつかまえて新しい依代へ入れる。こちらも一発合格。すげぇな。
続いて安倍家の術者。こちらはつかまえるのも入れるのも苦戦していた。
「まあ回数を重ねればできるようになるだろう」どうにかギリギリ合格をもらい、再挑戦を命じられていた。
そこからは再び本堂に時間停止をかけ、報復タイム。全員嬉々として取り組んでいた。俺は関係ないから手も口も出さない。阿鼻叫喚の叫びが起こるが無視。それよりも推定梅ちゃんと蒼真くんによる治癒術と回復術のほうが気になる。ひとりを報復している間にもうひとりを教材として講義と実習。講義の合間に推定梅ちゃん蒼真くんの実験も行われる。その実験もとても興味深い。「ああで」「こうで」「こうだから」色々話を聞き、一緒に検証した。『世界』の霊力量の変化。霊力量の個人差。色々話し検討した。
「こんなに話がわかる人間は久しぶり!」「俺も!」すっかり意気投合し盛り上がった。
『西村の子供』の中の医療関係者と安倍家の頭巾も加わり、非常に有意義で楽しい時間を過ごさせてもらった。
肉体戦闘はまったく教わっていない、故に鍛えることなどこれまで一切してこなかった由樹が、妻をボコ殴りにして拳を傷めた。血まみれなのは自分の血なのか相手の血なのかわからない。治療してもらっていたら沙樹も拳を血塗れにしてきた。「母娘で同じことするんだなぁ」と呆れた。
この報復タイムで発生する怪我その他の治療も『安倍家の特別講義』のひとつ。なので、遠慮なく教材を作成していくウチの連中。余程鬱憤が溜まっていたらしい。なかなかの仕上がりになることも。
「これはこれで得がたい教材だ!」何故か主座様が喜んでおられた。
「現代ではこのような教材はあまり手に入らないから」「今回は良い機会をもらった」「おまえ達、しっかり学べよ」
主座様のお役に立てたならよかったです。この汚いヤツらもきっと本望でしょう。南無南無。
そうしてなんだかんだあり、正樹の依代の修理もして血まみれの服を元の正樹が着ていた服に着替えさせ、素人の女が殺したっぽく色々細工をして、予定していた『特別講義』は無事終了。元の肉体に戻した妻と娘は満足げな安倍家の皆様が回収。色々と細工をしたあとで自宅に放り投げてくださる。「ありがとうございます」と全員で頭を下げた。
天に還す正樹の魂を行燈から取り出し、晃くんが『魂送り』をしてくれた。荘厳で美しい様子に経を唱えながら思わず見とれた。
元の肉体のほうの正樹は同じく安倍家の皆様により安倍家系列の病院へ。入院手続きは晴臣くんがしてくれる。なにからなにまでありがたい。
最後に正樹の依代を裏山へ運んだ。
事前に正樹達の姿をした主座様の式神が山に入っていた。頃合いを見て妻と娘の姿を取ったモノだけが一旦寺に戻りシャベルを持って山へ戻った。なるべく多くの人目につくように、それでいて人目を避けるような動きで。
俺と洋一は晴臣くん達に御礼を伝えお見送りをしてから、隠形を取り縮地で駆けて正樹の依代をそこに運んだ。洋一とふたりでほどよい穴を掘り、いかにも素人がどうにか入れたかのように正樹の依代を穴に落とした。
最後に正樹の依代に土をかぶせる。いかにも素人の女がやったように適当に。
姿の見えなくなった土に向け、洋一は経を唱えた。仕方ねぇなあと思いながら唱和した。
正樹の姿をした主座様の式神は「ここまでのことを主座様に報告する」と消えた。妻と娘の姿をした式神は「シナリオに従ってこれからあちこちへ動く」と言う。洋一とふたり「よろしくお願いします」と頭を下げた。
『器』を一部失い急激に霊力が減った直樹は、報復が済み安倍家の皆様が姿を消した途端ぶっ倒れた。『器』を大きくするためのあれこれだけでも「こんなに短時間でやったらあとから発熱したり具合悪くしたりする」と言われていた。推定蒼真くんからもらった解熱剤をどうにか飲んだところで意識を失った直樹は客間に寝かせた。『西村の子供』の医療関係者が看病についてくれているので心配ないだろう。そいつがノートとペンを握り嬉々としているのは見なかったことにした。
◇ ◇ ◇
非常に濃い時間だったからか随分と時間が経った気がする。それでも主座様による時間停止の結界のおかげで、会食会場の料亭に着いたときにはまだどなたもお食事中だった。
「遅くなりまして申し訳ありません」全員で頭を下げ、ご挨拶にそれぞれ散った。なんやかんやと話をし、ようやくマコの隣に座ったときにはクタクタになっていた。
「おつかれさま」愛しい妻が労ってくれる。それだけで回復する気がするんだから我ながら単純だ。
「おなか減ったでしょ」「食べて食べて」「これ美味しかったよ」妻の愛らしさに清められる。俺の妻、最高。
「疲れたよ」「マコ、食わせて」甘えて口を開けたら「いいジジイが甘えたことぬかすな」と息子に叱られた。
「まったく」「ガキか」「しっかりしろ」
「そう言われても」「ホントに疲れたんだよ」「もうジジイなんだから」「労ってくれよ」
「そんなときだけジジイぶるな」
「ジジイだもーん」「マコ。あーん」
クスクス笑いながらマコが巻き寿司をひとつ口に入れてくれる。美味い。懐かしい味がする。
おかずもふたつみっつと口に入れてくれる。マコが甘やかしてくれて少しパワー戻った。残りの食事は自分で食った。どれも美味かった。
「ホント親父は赤ん坊だな」「ゴメンね竹さん」息子がなんか言ってたが無視しておいた。




