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西村秀智と『静原の呪い』61

 前日準備に忙しく働きホテルに戻り、翌日の法事に備えて早くベッドに入った。どのくらい経ったのか、ふと気付いたら昨夜と同じ場所にいた。


「連日すまんな」軽くお声がけくださる主座様。今日は黒髪黒目の青年――現世のいつものお姿。が、なんだかぐったりしておられる。なんかあったのか?


「こちらこそ、連日のお運びありがとうございます」「このたびはお世話になります」正座で手を付き頭を下げる。


 姿勢を戻せば昨夜同様胡座(あぐら)の主座様が珍しく膝に肘をつき頬杖をついておられた。いつもキチンとしておられる方が、めずらしい。


「―――ああ、すまん。ちょっと、調整で疲れてな………」

 はあぁ。深いため息を落とされた主座様に申し訳なさが先に立った。


「………主座様には、ご迷惑を………」土下座すれば「気にするな」と主座様はおっしゃる。


「どちらかと言うと――というか、全面的に別の『とある方々』のせいだ」


 ため息を落とされた主座様が『どうにか』というように姿勢をまっすぐに戻された。


「昨夜『夢渡り』でおまえと話をしたあと、話し合った案で問題ないかウチの者達と再検討してみたんだ」

「そしたら………」


「はあぁ」またため息。なんか眉間のシワが増えておられる。

 

「………妻と娘への報復に関して『協力を惜しまない』と名乗りを上げられた方々がいらっしゃってな………」


 ……………敬語……………主座様が……………。


 なんと言っていいのかわからず黙っていたら、主座様は淡々とご説明くださった。


「今回協力を申し出てくださった方々は医術薬術に詳しい方々で」

「『薬が悪用されたためにひとりの人生が台無しにされた』というのが逆鱗に触れたらしくて……」

「おまけに『式神で作った依代(よりしろ)に魂を移し、繰り返し報復する』という説明に食い付いてしまわれたんだ」


「その方々によると、そもそも『式神』とは、はるか昔のとある『世界』で、薬の臨床試験や医師の技術向上の練習のために開発されたのが起源らしい」


 毛髪など対象者の一部と人形(ひとがた)にした特別な用紙を、これまた特別な試薬に()けて一定時間放置。試薬を吸い込んで用紙がふっくらしたところで取り出し、(しゅ)を唱えながら霊力を込めれば完成。対象者と遺伝情報も細胞配列もまったく同じ肉体の出来上がり。

 出来上がった患者と同じ肉体を使い、投薬実験や手術演習をする。失敗しても本人じゃないから大丈夫。何度も何度もトライアンドエラーを繰り返し、最良の治療を検討するためのものだった。


 それが時代が進むと、個人の治療を対象としたものから不特定多数を対象としたものにも用いられるようになった。

 新薬の臨床試験。医学生の演習。他にも教育や研究に多く使われた。


 そのノウハウがこの『世界』に伝わり、紆余曲折があって現在の式神になったと。


 現在この『世界』において、かの『世界』で用いられていた『式神』の再現は「不可能」らしい。「『世界』の霊力量が絶対的に足りない」「材料がない」と。

 それでも工夫を凝らし「限りなく本人に近い式神はできる」と、『とある方々』はおっしゃった。


 昔、なっちゃんが遺伝子上の父親に誘拐されほぼ監禁状態で虐待されていたときに、主座様ヒロくんは「どうにか助け出そう」と苦心していた。そのときに「ナツそっくりの式神を身代わりにする」「ナツが死んだことにして式神を遺体として残す」などの計画を立て、いくつかは実行した。が、主座様が前世で生きておられた頃と違い科学技術も科学捜査も発展した現代において、式神では『本人』と断定できなかった。たとえ主座様のお作りになったものでも。

 遺伝子情報。血液情報。そんなものを再現することができなかった。歯並びや骨格、髪などは再現できたけれど、実際何度かは騙せたけれど、司法解剖などに回され失敗した。

 その頃はまだ安倍家の発言力と影響力が回復していなかった。なので警察や病院に手を回して…というのができなかった。その悔しさと反省を活かして各方面への影響力拡大を計り、成し遂げた結果が現在の安倍家であり京都市なわけだが、それは置いといて。


「遺伝子情報まで再現した式神」に主座様とヒロくんが食いついた。「あの頃のリベンジ」とご指導をたまわり練習。習得に成功した。

 

 そこで「解散」となるはずだったのに、その『医術薬術に詳しいとある方々』が、出来上がった式神の検証をはじめられた。色々な数値を計り、投薬しては反応を()、術をかけては反応を()た。わざと傷付けて治療を施し効果を検証。そうして「魂の入ってない式神と、魂の入った式神で違いがあるか調べたい」「他にも確認したい術や薬がある」「高霊力保持者でない一般人が魂を別の肉体に入れられてどんな反応があるのかみたい」などなど、次から次へと『やりたいこと』『確認したいこと』を並べられた。



 さらに『とある方々』はご提案くださった。


「アンタ達は『孫が手にかける前に時間停止かけた結界の中で報復して、最後は孫が始末して終わり』にするつもりでしょ?」

「生ぬるくない?」

「『生き地獄』って知ってる?」

「『報復』って言うんならそこまでしなきゃ!」

「第一、薬を悪用しといて死に逃げなんて許さない」

「罪を明らかにして警察に突き出して刑務所にぶち込んで、世間に(さら)して死ぬまで後ろ指さされないと」

「二度と同じ馬鹿が出ないように警鐘として広く知らしめないと」



 ……………。


 ………俺は母ほど性格悪くて腹黒でえげつない人間はいないと思っていたんだが………母はまだ甘かったんだなあ………。上には上がいるということか………?



『とある方々』の策を主座様が並べられる。


 法要のあと、関係者だけが本堂に残り話し合いを行う。

 タイミングを見計らい時間停止の結界を展開。正樹と妻と娘の時間を止めておいて、その間にヒロくんが依代(よりしろ)を作る。


 俺はここで妻と娘の魂を依代(よりしろ)に入れて報復するつもりだった。気晴らしに付き合わせて、気が済んだら結界を解除して『御魂(みたま)分け』をした正樹が始末すればいいと。で、そのあと俺が依代(よりしろ)に入った正樹の首を落とす。残った肉体のほうの正樹はそのまま入院させて、数年後に目を覚ます――と。


 ところが『とある方々』は「甘い」とおっしゃった。らしい。


 主座様がお調べくださった結果、母の『呪い』の内容がわかった。妻の両親は『娘の死亡を鍵として厄災を引き寄せる』厄災――低級以下の『悪しきモノ』が誘蛾灯に誘われる蛾の如く一斉に集まるよう『呪い』をかけた。そりゃ『事故死』するわ。死ぬ寸前まで恐怖に泣き叫ぶことだろう。


 妻と娘は正樹が始末すると母は予測していた。なので死後に発動する『呪い』をかけた。「ついでだから」と妻の両親にも死後に同じ『呪い』がかかるようにした。


 その『呪い』とは『今生の死後、千五百回生を繰り返さない限り「正しい道」に進めない』。


『千五百回』と決めたのは、奪われた十五年に百を掛けた数字。正樹本人、両親、洋一と由樹……と、妻のせいで正樹との時間を奪われた人間と(あやかし)が百名はいると。「『四捨五入したら百になる』と言い切ったらしいぞ」と主座様。さすが母。いいかげん。で、十五年かける百名で千五百回。

 その千五百回の生にも『呪い』をかけている。他人を食い物にしてきた連中は虫や魚など『被捕食者』に生まれ変わり、喰われる。堕胎を繰り返した妻は何度母胎に宿っても堕胎される。妄言を吐きトモにストーカー行為をしていた娘はストーカーや性犯罪の被害者に。周囲にありもしない噂を立てられたりイジメを受けたりも。他人に暴言吐いたり偉そうにしてきた両親は他人から迫害される。要は自分が今生やってきたことを受ける。ちょっとばかり増幅されるかもしれないが、基本は自分の行いが返ってくる。それらを千五百回繰り返したら『正しい道』に進める。


『正しい道』とはまあ早い話が成仏。ひとによって死後の裁判を受け罰を受け生まれ変わったり極楽浄土へ行ったりと色々ある。らしい。


 地獄と言われる場所も『新たな生となるための(みそぎ)の場』。逆に言えば地獄道や修羅道で過ごすことは『次がある』ということ。そうやって輪廻を繰り返す。魂が、生命エネルギーが循環する。それが『世の(ことわり)』であり『正しい道』。


 母の『呪い』は、この『正しい道』への道に迂回路を作った形。千五百回分の迂回路に『条件付け』をしただけ。『だけ』と言っていいのかはわからないが。


 さらに主座様が「教えていただいた」ところによると、妻と娘、そして妻の両親は『執行猶予扱い』だったらしい。

 何度生まれ変わっても同じ罪を犯す。法に則り罰を与えても同じことを繰り返す。「反省してないじゃん」と『あちらの担当者様方』はプンプン。で、最後の救いとして『助けびと』を遣わした。それが正樹。

「これで変わらなければそこまで」と『あちら』で決定している。結果的に巻き込まれた母が抵抗したが『あちら』から「いやホント困ってんですよ」「今回だけ! 今回だけ助けてください!」「これでダメだったらもう破棄することに決まってるんで!」と懇願され「おたくのお孫さんの(みそぎ)にもなりますから!」と正樹の前世の(ごう)について説明され、飲み込んだ。それでも「十五年」と期限を切ったのはさすが母。最初聞いたときは「もっと短くできなかったのかよ」と思ったが、先方が最初提示してきたのが「五十年」だったと聞けば「よく勝ち取ったな」と感心しかない。


 というわけで、母の『呪い』で千五百回の地獄の生を経験したのちは四人とも消滅することは決定事項。真摯に向き合ってくれた正樹に応えて真人間になっていたら別の道があったのに。それを潰したのは自分だから仕方ないよな。


 説明を聞けば納得の報復内容だと俺は思ったが、『医術薬術に詳しいとある方々』は「ぬるい」「甘い」とおっしゃった。「キチンと罪を白日のもとに(さら)さないと」「薬を悪用したヤツには生き地獄を味わわせないと」とのこと。それ絶対正樹がどうこうじゃなくて薬を悪用されたことだけをお怒りですよね?


 で、策をご提案くださった。


 まず法要のあと、関係者だけが本堂に残り話し合いを行う。このときに参加希望者も本堂に集まってもらい、本堂に結界を展開する。

 タイミングを見計らい正樹と妻と娘に対して時間停止の結界を展開。三人の時間を止めておいて、その間にヒロくんが依代(よりしろ)を作る。


 ここで正樹だけ『御魂(みたま)分け』をし、依代(よりしろ)に霊力の多い魂を、元の肉体には霊力の少ない魂を戻す。

 妻と娘は肉体から魂を取り出し、そのまま依代(よりしろ)に入れる。


 元の肉体は隅にでも隠しておいてから正樹達の時間停止を解除。そうすれば元の肉体のほうの正樹は急激な霊力減少で気を失う。依代(よりしろ)の正樹は魂が分けられたことなど気付かず話を聞き、妻と娘の始末をする。その正樹の首を俺が落とす。


 本堂の結界を解除しないと正樹の魂は成仏できない。なので正樹の魂は一旦特別な容器に入れておいて、結界を解除したあとで解放する。解放すれば勝手に成仏するだろうけど「サトさんへの恩返しに」と晃くんが『魂送り』をすると名乗り出てくれているらしい。ありがたい。


 で、正樹に殺された妻と娘の魂は、依代(よりしろ)から離れたところで新しい依代(よりしろ)に入れる。


 そこからは報復タイム。(うら)みをつのらせた当家のヤツらが好きにする。

 どのくらいで依代(よりしろ)が壊れるか。術や技の効果は。治療の効果は。「色々と検証したい項目がある」と主座様。

「おまえ達も試したいことがあったらこの機会に試すといい」

 なんと返したらいいのか困ったが「ありがとうございます」とだけ返しておいた。


 ヒロくん以外の安倍家の術者も同席し、依代(よりしろ)作りや『御魂(みたま)移し』、回復をはじめとした術などの実践をする。もちろん『医術薬術に詳しいとある方々』もご同席くださる。


「私達も同席するわ!」「治療はまかせて!」「治療しながらだったら報復回数増えていいでしょ?」

現代(いま)は昔と比べてまた霊力量が減ってる」「この状況でなにができてなにができないのかも確認したい」

「『霊力なし』レベルの一般人相手に、どれだけの効果があるのかも確認したい」


「ついでだから希望者には教えるわよ」

『医術薬術に詳しいとある方々』にそう言われては参加しない手はない。安倍家内部で教えを請うに足る候補者を選出し、本人の都合と希望を聞き、明日の参加者を決定した。もちろんヒロくんは参加。むしろメインの受講者はヒロくん。主座様もご同席なさり『御魂(みたま)移し』をはじめとした「これまで机上でしか教えられなかったあれこれを実践する」と。


 当家にとってはただの報復だが、安倍家にとっては得がたい実技講習会となるようだ。それなら遠慮はいらないだろう。

「ついでに俺も教えてもらってもいいですか?」「ウチにも医療関係者いるんで、そいつらも知りたいかも」ものは試しにとお願いしてみたら「どうせ同じ場所にいるんだから」「見て聞くだけになるかもしれないが、いくらでも同席したらいい」と許可くださった。あいつらの喜ぶ顔が目に浮かぶ。


「どこまでやるか、落とし所をどこに設定するかは要相談だが、西村家の希望に沿うようにできると思う」と主座様。「ありがとうございます」と頭を下げた。


 で、当家のヤツらが満足するだけ報復し、安倍家の皆様も満足するだけ検証……否、実験……おっと。実技講習ができたならば、結界を解除し正樹の魂を送る。そして妻と娘の魂は元の肉体に戻す。


 おそらくは何度も死を経験した妻と娘はしばらく意識が戻らない。意識のない状態で自宅のベッドに寝させる。目覚めてもどこまでが現実でどこまでが幻かわからない状態になる。はず。


 元の肉体の正樹は安倍家の系列病院へ入院させる。そのときにちょろーっと手を加えて十五年前から入院していたように書類を作る。それ書類偽装じゃあ……。まあ気にしなくていいか。


 で、ここからが『医術薬術に詳しいとある方々』のえげつない作戦。


 明日の法事のあと、妻と娘の死を『鍵』として両親が『事故死』する。これは依代(よりしろ)に入れた魂が死亡条件を満たし肉体から離れた時点――正樹がふたりを始末したときに発動する。

 この『事故死』を「『娘が保険金狙いで殺した』としよう」というのがかの御方の作戦。


「薬を悪用したんだから」「その罪を明らかにしないと」


 妻が昔から使ってきた、十五年前の正樹にも使われた『服用後に意識が朦朧とする薬』を使う。

 ちょうど明日両親は車で出かけるらしい。なんでそんなことわかるんですか。で、女の筆跡で『目に効くサプリ』『運転前に飲んで』のメモと一緒に薬を置いておく。父親は疑うことなく飲む。そういう人間。怪しむとか調べるとかしない。「仕事が楽で助かる」主座様が良いなら俺の言うことはなにもありません。


 事故死したあと司法解剖したら薬の反応が検出される。事故死から殺人事件にシフトチェンジ。


『事故死』が発見されたら、スマホや免許証などの遺留品から娘である妻に連絡が行く。がめつい妻に保険金手続きについて説明すれば、それも書類を全部揃えてあとはサインするだけにしておけば、すぐにサインをする。受取人は正樹になっているが、その頃には正樹はいない。妻の性格的に、いないことを気にすることもなく正樹の名をサインするだろう。


 素早すぎる保険金手続き。夫である正樹の不在。当然警察は妻に疑惑を向ける。そこに『親切な情報提供者』が長く肉体関係にあった医者の名を出す。その病院では薬の数が合わないことがしょっちゅうあることも。


「ついでだから」と残った正樹の依代(よりしろ)も利用する。

 俺が首を落とした正樹の依代(よりしろ)をウチの裏山に埋める。俺が斬ってるから斬り口は綺麗。それをつなぎなおす。苦悶の表情を作らせ、抵抗反応を残す。その細工も講習会のテーマのひとつ。

 で、裏山に運び「いかにもここで殺しました」と納得できるようさらに細工をする。土をつけたり足跡を作ったり。


 法事が終わって俺達が『話し合い』を始める前に、式神に正樹と妻と娘の三人の姿を取らせて寺から山へ向かわせる。なるべく参列者や近所のひとに見られるように。

 そうして『話し合い』が終わったら正樹の依代(よりしろ)を山へ運ぶ。

 女ひとりが作れる程度の穴を掘り、素人がやりそうな程度に土をかぶせる。殺人と死体遺棄事件の出来上がり。


 犯行の筋書きを主座様がご用意くたさっていた。筋書きというよりサスペンス小説。普通に面白い。この筋書きに準じて姿を変えた式神をうろちょろさせると。徹底してますね。


 妻の捜査が進むにつれ夫の姿が見えないことに当然疑惑を持つ。そこに洋一が「裏山にひとの死体のようなものが」と通報。歯医者のカルテや親子関係を調べたときのDNA鑑定で「内藤正樹」と確定。

「そういえば親子が山に行くのを見た」「ウチの息子と同姓同名で騒ぎを起こした方々だったから覚えていた」「両親の法事で『これまで迷惑をかけた謝罪をしたい』と言われたので参列をお許しした」「そのときにこんな騒ぎを起こして」法事の参列者、近所のひと、証言はいくらでも集まる。ついでに妻と娘の指紋がべったりとついた現場の土付きシャベルを寺の用具置場に準備。物的証拠と状況証拠と証言が揃う。


「知らない」「やってない」といくら言っても誰一人信じないだろう。これまで嘘ついて正樹を喰い物にしてきたヤツにふさわしい意趣返しといえる。

 精神系能力者に犯行の記憶を植え付けさせる案もあったが「なにを訴えても誰にも信じてもらえない」のが「報復になるのでは」と提案が結ばれた。「明日西村家に説明するときに最終決定すればいい」と主座様。ありがとうございます。

 

「薬と毒は裏表紙一重」「たったひとりの馬鹿のせいで薬師全体が忌避され蔑まれる」「薬を悪用するヤツは絶対に許してはいけない」「私達薬師の誇りにかけて」

「自死できない『呪い』」をかけた」

「死に逃げなんて許さない」「薬を悪用した罪は一生涯かけて償ってもらわないと」


『医術薬術に詳しいとある方々』がそうおっしゃったそうな。

 なので、作戦どおりうまくいけば妻は逮捕起訴投獄。余罪もくまなく調べられることだろう。妻と不倫関係にあった薬を横流しした医者も逮捕され、病院も薬の管理体制などを問われる。そしてマスコミがふたりの過去を赤裸々にあばき、面白おかしく公表する。さぞ愉快なことになるだろう。文字通り一生日の目を見ることはないところまで追い込んでくれるに違いない。

 娘は未成年だから死体遺棄の協力程度では少年院送りまでは行かないかも。それでも『母親が祖父母と父を殺した』となれば後ろ指さされまくりの人生だろう。優秀なマスコミ達は娘が妄想癖があり長年にわたりイジメをしてきたことも暴露するに違いない。まあまともな人生はのぞめまい。


 えげつない。ホントえげつない。


「あちこちに確認を取り、様々な手続きをし、漏れのないよう手配したつもりだ」「なにせ時間がなかったからな。さすがにちょっと大変だった…」

 ため息まじりのお言葉に「ありがとうございます」以外の言葉がない。ホントありがとうございます。


「最終的に決まった流れは、法事のあとの話し合いの直前にでもオミから説明させよう」

「よろしくお願いします」


「じゃあまた明日な」のお声を最後に、ぐらりと意識が沈んでいった。



   ◇ ◇ ◇



 そんなことがあり、当日。

 予定より早く寺へ。マコを暁月達に任せ俺は呉羽と碓水を連れ洋一のところへ。結界を展開して手早く説明。

「作戦が変更になった」「よりえげつない策になった」「詳しくは晴臣くんが直前に説明してくれる」


「で、そのときに医療関係者向けの特別講義を開いてくださる」

「なにそれ?」

 説明を端的にしすぎたか。こわばっていた義弟(おとうと)の顔が間抜けになった。


「『西村の子供』で医療関係者がいたろ」「そいつらは『話し合い』に参加するのか?」

「する子もいるししない子もいるよ」

「あとで『参加したかった』って文句言われたらたまんねえ」「聞きたそうなヤツに、晴臣くんかヒロくんに説明聞きに行けって伝えとけ」


 あとは義弟(おとうと)に丸投げ。俺はそこまで連中と親しくないし。

「また義兄(にい)さんは」「仕事増やして」ブーブー言っていたが無視しておいた。



   ◇ ◇ ◇



 たくさんのご参列の方々をお出迎えし、法要が始まった。例の娘が騒ぎを起こし強制退場。妻も退場するかと思いきや図々しく居座っていた。図々しいな。


 ひとまず解散となり、参列の皆様には別会場へと移動していただく。昔から付き合いのある料亭。寺でなんかするときにはほぼ百パーセント食事をお願いしている。このあとの『報復』に参加しない『西村の子供』も先行。正樹と直接の関わりがないヤツ、洋一に全幅の信頼を寄せているからと参加しないヤツもいる。逆に洋一から話を聞いて急遽残ることにしたヤツも。


 晴臣くんが「このあとの話し合いのための会場作りをしますので、今しばらくこちらでお待ちください」と正樹の妻を本堂から追い出した。ガタガタとわざと音を立てて片付けをしている。ご参列くださった方々が全員出たらすぐに障子を閉め、さらにガタガタ。

 この間に「『最終決定した作戦』を説明する」と晴臣くんから聞いている。なのでウチの呉羽と碓水も片付けに参加している。


 俺はマコと皆様をお見送り。トモと竹ちゃんも一緒にお見送りに立ってくれた。

 その間正樹の妻は廊下の端に立っていた。が、ギラギラとあちこちを舐めるように見ていた。きっと『これが自分のものになる』とでも思っているんだろう。欲にまみれた、汚い顔をしていた。


 全員の背を見送って、最後にマコ達を見送る。ミナ達が護衛について進むのを見つめていたら本堂の障子が開き晴臣くんが出てきた。

 視線だけで『打ち合わせ終わりました』と伝えてくる晴臣くんに、ちいさくうなずきを返す。

 晴臣くんが女に声をかけ入室を勧める。「こちらへ」入口すぐの座布団を示され、女はデカい態度で座布団に乗った。『座った』とは言えない汚い所作。ホント汚い。


 汚いものを見せられてうんざり。綺麗でかわいい存在で口直しならぬ目の保養をしよう。遠くまで進んだマコと竹ちゃんを眺めていたら、俺の視線に気付いたらしいふたりが振り返って手を振ってくれた。かわいい。癒やされる。俺の妻とお嫁ちゃん、最高。息子は苦笑しつつもなごやかな母親と妻にデレデレしている。ミナ達も微笑ましげにふたりを見守る。そんな一同に手を振り返し、見えなくなるまで見送った。



   ◇ ◇ ◇



 本堂に戻り所定の位置に座る。すぐにヒロくんが正樹と娘を連れて戻ってきた。


 タン。ヒロくんが障子を閉めたのを合図に、結界が展開された。これは――主座様か? かなり強い結界。もしかして時間停止かかってんじゃないのか?


 器物に時間停止をかけることは俺もできる。だが、これだけの広さの、これだけの人間がいる空間に時間停止をかけるなんて。


 さすがは主座様。隠形を取っておられるのでどこにいらっしゃるかは全くわからないが、同じ空間にいらっしゃることは間違いない。はず。

 存在自体感知させない、それも元とはいえ特級退魔師だった俺に感知させないというのは、俺からしたら信じられないこと。レベルの違いを見せつけられた。


 冷や汗をかいていても表面上は無表情を貫いた。

「こちらへ」ヒロくんに指し示され正樹と娘が座る。すぐに正樹が土下座で謝罪した。

「頭をお上げください」「このままではお話が進みません」晴臣くんがうながし、正樹はしぶしぶという様子で頭を上げた。


「では、皆様お揃いになられましたので、遺言書の開示を始めさせていただきます」


 晴臣くんが宣言し女が目をギラつかせた。


 途端。


 三人の動きが止まる。―――時間停止。


 ―――聞いてはいたが、ホントにやりやがられた。時間停止の結界を展開してさらに対象者に時間停止かけるなんて。それも三名同時に。どんだけの霊力量持っておられるんだ。絶対俺の倍以上あるだろう。


 洋一が、由樹が、他のヤツらが息を飲む。俺も知らず息を飲んでいた。

「ホントに……」「すごい……」洋一達物理戦闘系のヤツらは単純に驚いているが、由樹をはじめとした術者達はそのすごさが理解できるので唖然としている。あちこちキョロキョロしたり、人形のように動かない正樹達を観察したり。


 と、御本尊様の前の空間が揺らいだ。

 ハッとして目を向ければ、白い狩衣姿の青年が立っていた。顔の上半分を覆う白狐の面をつけておられる。

 その後ろには何人もの人間。数えたら十二人いた。男か女か、若いのか年配なのかもわらかない。一様に白の着物と袴姿で頭に頭巾を(かぶ)り顔に文様の描かれた紙をつけていた。


「―――そのまえに」晴臣くんが流れるように言葉をつむぐ。

「西村家の皆様。このたびは私共の提案をお聞きくださり、ありがとうございます」

 晴臣くんとヒロくんが頭を下げる。合わせるように晃くんひなちゃんと主座様の後ろの人達も頭を下げた。


 返礼を返していてふと目についた。主座様のすぐ後ろ、ふたりほど頭を下げていない。むしろ主座様よりもえらそう。

 ………つまりこのおふたりが『医術薬術に詳しいとある方々』か。


 気になって見つめていたら、段々と姿がぼやけてきた。おそらくは顔につけておられる紙に認識阻害かなんかかかってる。あの文様が術式なんだろう。


 頭から頭巾をかぶり顔に紙を貼り付けているその姿は他のヤツらと同じなのに、そのふたりだけなんか『違う』。それがわかる。注視するのが無礼になることも。なのであわてて顔を伏せた。


「こちら、当家の主座様。安倍晴明(あべのせいめい)様です」

安倍晴明(あべのせいめい)だ」


 ザッと平伏。今日はほっそりとした輪郭の、銀色の長髪のお姿。それに白狩衣を着て狐面をつけておられるもんだからますます白狐の化身のよう。普段のお姿は隠しておきたいんだなと察した。


「このたびは大恩あるサトと玄治に報いるために来た」「良い機会なので色々と実習させていただく」「よろしく頼む」

 大雑把な説明という名のご挨拶に再び平伏。


「主座様におかれましてはわざわざのお運び、感謝申し上げます」「このたびは当家の者がご迷惑をおかけ致します」「西村家を代表して御礼申し上げます」「どうぞよろしくお願い致します」

 代表して俺がご挨拶。「ウム」と主座様は偉そうにお受けくださった。


「オミ」主座様の呼びかけに晴臣くんが一礼。これからの段取りを改めて説明してくれた。


 今いるヤツらにはさっき片付けのときに説明してくれていた。「先程ご説明致しましたが、改めてもう一度」そう前置きした晴臣くん。依代(よりしろ)を作ること、正樹の魂を分けること、妻と娘の魂を依代(よりしろ)に移し報復すること、その後の計画などを話してくれた。


「以上となりますが――主座様」晴臣くんがこちらに向けていた顔を主座様に向ける。

「先程西村家にご説明差し上げた折に、ひとつ質問がございました」


「正樹氏の魂を分けるにあたり、片方は霊力量を多くし天に還す、必然的に片方は霊力量が少なくなり数年は昏睡状態になる点について」

「『自分の霊力を分けたら昏睡期間が短くならないか』と、ご家族から」


 ほお。考えてもいなかった提案に感心する。向かいの洋一家族を見れば、全員が決意を込めた表情をしていた。

「フム」主座様も思いもよらなかったんだろう。細いおとがいに手を当て、検討を始められた。

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