西村秀智と『静原の呪い』60
時間を少し戻して
57の続きにあたります
お話の構成上このような順にしております
実家で母からの手紙を受け取って一週間。
誰一人母からの手紙のことに触れない。表面上は普段どおりに過ごしている。けれど呉羽が、碓水が目に見えて沈んでいる。そのせいでウチの連中全員が落ち着かない。
そんな折にやって来て好き勝手言って帰ったミホとサトル。もう明後日が母の指定した実行日だってのに、考えること増やしやがって。ああもう。
まったく、母さんは。
面倒ばかり押し付けて。
そう思いながら寝たからか。
その日の夜、思いもよらぬ来客があった。
◇ ◇ ◇
「―――と」
「秀智」
誰かに呼ばれていると気付き意識が覚醒していく。瞼を開くと見覚えのない空間に立っていた。
まず目に入ったのは艷やかな床板。そこに映る自分の姿は現在よりも若く見えた。はて何歳頃の姿だと考えさらに視線を下げれば、現役時代の戦闘服だった。
太刀は佩いていない。それでも篭手に脛当て胸当てもつけている。その状態でただ立っていた。
ビリビリと痺れるような圧が正面から当たっている。それで戦闘モードになってこんな姿になっているのかとぼんやりする頭で分析する。
「ああ。すまん。おまえが敏感なのを忘れていた」
どこからか声が聞こえる。途端に圧が消えた。
「これでどうだ?」
「―――」
どうにか声の主を確認しようと顔を上げ目を凝らす。正面には神棚。――神社の内陣?
「ここだ」
声をかけられ、さらに目を凝らす。ゴシゴシと目をこする。やがて現れたのは、白銀の長髪に白い装束の若い男。切れ長の目。形の良い鼻。ほっそりとした輪郭。どこをとっても見覚えがない。
「―――どちら様で?」
「晴明だ」
初見の、それでも一目で只者ではないとわかる男性に問いかければそんな答えが返ってきた。
せいめい。――晴明?
「―――主座様?」
「そうだ」
あっさりと返ってきた答えにスコンと納得した。普段から外見が変化する連中に囲まれてるから、多少姿かたちが変わっても『はあそうですか』としか思わない。
「―――ご無沙汰しております」「また本日はえらく趣きの変わったお姿で………」
「ん?」ちいさく首をかしげる主座様はご自分の姿がおわかりになられないらしい。
「俺の目には白銀の長髪の若者に見えます」「白の狩衣をお召しになっておられます」
「違いますか?」
「ちなみに俺は高校生くらいですね」「当時の退魔師の戦闘服です」
俺の説明に「ほう」と主座様は楽しそうに考察を始められた。
「認識の差か? それとも高霊力保持者には『夢渡り』がおかしな作用をするのか?」
「『夢渡り』?」
「ああ」
つぶやきの中の気になる単語を復唱すれば主座様はあっさりとお教えくださった。
「今私は、おまえの夢に入り込んでいる」
「はあ」「またなんで」
「おまえは忙しいと聞いた」
「息子であるトモ達との交流ならいざ知らず、対外的にはなんの関わりもない一高校生が訪ねていくのも呼び出すのもマズいだろう」
「俺に御用がおありで?」
問えば「ああ」と返ってくる。
「主座様がお呼びとあれば駆けつけますよ」
「それかトモ達と一緒に遊びに来てくだされば」
「トモにも姫宮にも聞かせたくない話なんだ」
………それは一体………。
警戒を上げる俺にお気付きだろうに、主座様はなんてことない調子で「おまえにだけに話があるんだ」とおっしゃった。
「おまえの妻は『半身』だろう」「今も横にいるのか?」
「一緒のベッドで寝てますので、おそらくそうですね」
トモがマコの腹にいるときは、一緒にくっついて寝ていた俺がマコの夢に入り込んでいた。となると、今回はマコが俺の夢に入り込む可能性があるんじゃないか?
「おまえの妻にも聞かせたくない」
「おまえが『入れない』『呼ばない』と意識すれば大丈夫だろう」
つまりそうしろと。
「かしこまりました」答える俺に主座様は銀髪姿のままお続けになられた。
「おまえの夢に邪魔したのは、話があるからなんだ」
「はあ」
「サトのことだ」
間抜けな相槌を打つ俺に構わず主座様はマイペースに話を進められる。
「立ったままというのもなんだな」「座ってもいいか?」
ご提案に従い板の間に座る。主座様は胡座。胡座でも全然だらしなくない。むしろ正座よりもキッチリして見える。時代劇でこんな姿見たことある。平安時代の方ならこの座り方が正しいのかも。
片や俺は正座。主座様の前で姿勢を崩すなんてできるわけがない。背筋を伸ばしお話を拝聴した。
「サトがウチのオミに色々言いつけていたのは知っているか?」
「存じております」「晴臣くんには色々とご迷惑をおかけしております」
「それは弁護士の仕事として請け負っていることだ」「おまえが気にすることはない」
頭を下げる俺に主座様はあっさりとおっしゃった。
「もうじきサトの三回忌だろう」
「そこでオミが先日、サトが『三回忌の前に開封すること』としていた書類を開封したんだ」
「はあ」
………もしや。
「三回忌にあたってのあれこれと一緒に、サトの孫だという人物についての依頼があった」
……………あれか。手紙にあった『晴臣くんに頼む』という件か。
ほぼ理解していたが、敢えて言葉にして確認した。
「……………正樹、ですか?」
「そう」
「おまえはなにか聞いているか?」
「……………聞いているというか」
「面倒を押し付けられました」
「具体的には?」
「正樹の首を落とせと」
「ほう」
「主座様はどこまでご存知で?」
問いかけに対してお答えくださった内容は、母からの手紙にあったものとほぼ同じ。だが、内容はより詳細だった。
「―――サトの遺言にあったのは」
そう前置きされた主座様が正樹の現在の家族の罪を並べられる。「西村家の縁者」「青眼寺の縁者」を前面に出し金の無心。「融通を利かせろ」と強要。反発する相手には「西村が黙っていない」「酷い目に遭いたくないだろう」と脅迫。奪い取った金で贅沢三昧。傲慢に振る舞い、傍若無人に好き放題してきた。「西村家の縁者」「青眼寺の縁者」を吹聴して。
それだけでも万事に値する。なんで母はそんなのを放置していたんだ?
「なんでも神仏との『誓約』らしい」
俺の考えを読まれたらしい。主座様がお答えくださった。
「その孫の前世の業を断ち切るための禊として引き寄せられた因縁だと」
「『助けびと』として働かせるようにと」
「この因果をかわしても、また別の因縁が振りかかると」
「それでサトも飲み込んだらしい」
「でなかったら孫に悟らせることなく相手を処分していただろうな」
主座様も母の本性をご存知らしい。「でしょうね」としか言葉がなかった。
「とはいえサトだからな。神仏相手でも交渉して、十五年という期限をつけた」
「その十五年が今年」
「『自分の三回忌を期限とし、決着をつける』とあった」
「自分の三回忌に孫と妻と娘を呼べと」
「そこで妻本人に、なにがあったのか、なにをしたのかを自白させる計画だ」
「オミが読むことを『鍵』とし、別に用意している手紙に込めた『自白の術』を発動させる」
「オミは『霊力なし』だからな。他人の込めた術を発動させるにはもってこいの人材だ」
「相手の意見を尊重し、『相手を信じる』ことを己の第一義としている孫には、本人の口から真実を吐かせる以外に目を覚まさせる方法はないと」
「だが、その妻が――正確には妻と娘と妻の両親が、『西村』と『青眼寺』に対してなにをしたのかを知れば、そして『西村』と『青眼寺』の『名』を穢し続けてきたと知れば、孫は責任を取るべくその場でふたりを手にかけ己も首を切るだろう」
「サトはそう予測している」
「おまえもそう思うか?」
「………俺は正樹とは関わりがなかったので断言はできません」
「が」
「俺と同じ教育を施されていたならば―――やります」
はっきりと申し上げた。
「『西村』と『青眼寺』の『名』を穢す者は赦さない」
「両親は――特に母は、そのことを徹底していました」
「たとえ自分の身内でも、それこそ己の『半身』でも、自分自身でも」「『名』を穢す行いをしたならば、必ず罪を償わせます」「結果、生命を落とすことになろうとも」
「……………サトらしいというか、昔気質というか……………」
はあ。主座様が呆れたようなため息を落とされた。
「妻とその両親、娘にはサトが『呪い』をかけている」
「妻と娘は法事の場で孫が始末する」
「両親は法事の日に事故死する」
決定事項か。さぞかしむごたらしく死ぬことだろう。
「妻とその両親及び娘には多額の保険金がかけてある」
「受取人は孫の正樹」
「サトが手を回したらしい」
あの母ならばそのくらいやってて当然。なので黙ってうなずいた。
「妻と両親は相当な額を孫に貢がせている」
「それだけでなく、『西村』と『青眼寺』の『名』を出してあちこちから金を巻き上げている」
「金を巻き上げたところへは孫が返金し謝罪している」
「他にも迷惑をかけたところに金や手土産を持って謝罪に行っている」
「孫が補填した分の金はその生命で返してもらう」
「生きていないと受け取りできないから、保険金その他の手続きが終わるまでは孫の死を伏せておいて欲しい」
「保険金その他の手続きが終わり、入金が確認されてから妻と娘の死亡手続きをして欲しい」
「そちらにも多額の保険金がかけてある」
「いきなり家族全員死亡しては孫にあらぬ疑いがかかるから、そのあたりの塩梅は任せる」
「全員分の金が孫の口座に入ったら、西村の籍に戻したい」
「そうすれば孫の金は父親である西村洋一のものになる」
「『西村』と『青眼寺』を虚仮にしてくれた代償としては安いが、払わせないという選択肢はない」
「孫を西村の籍に戻し、『西村の子』として弔ってやりたい」
「それがサトの望み」
……………母らしいと言うか、なるほどなと言うか……………。
主座様のご説明になにもかも腑に落ちた。正樹に自死させない、洋一と直樹に身内殺しをさせないための俺だと理解してはいたが、『その後』についてはなにも指示がなかったからどうすんだと思っていた。が、晴臣くんにすべて手配済だったと。それ弁護士の職分超えてるだろう。まったくあの母は。
「……………晴臣くんにはお手数とご迷惑をおかけします」「ひいては主座様にもご迷惑を……」
申し訳なくて頭を下げれば「それは弁護士の仕事だ」「気にするな」と返される。いや絶対『弁護士の仕事』じゃないでしょうに。ホントあの母は人遣いが荒い。
母のホントウの『願い』。
正樹の尊厳を守る。『西村の子』として正樹を送り、弔う。
『名』を穢した連中への報復は当然のこと。あの母のことだ。もう色々根回し手配済だろう。だが正樹を『救う』ことだけは俺や晴臣くんに託さなければ叶わないと。
ああもう。そんなん、断れないじゃないか。
絶対呉羽と碓水が落ち込むぞ。洋だって寺の連中だって沈むに決まっている。なにより由樹。あいつが母の命令とはいえ自分の息子を手にかけた俺を許すわけがない。これまで以上にネチネチチクチク嫌がらせしてくるぞ。面倒くせえ。心底面倒くせえ。
うんざりしていたら「ところで」と声がかかった。
「『姫様と守り役様の話』は知っているか?」
突然変わった話題にハテナを浮かべながらお答えする。
「竹ちゃんと黒陽さんのことですか?」
「まあそうだな」
曖昧な肯定に、このまえ息子達の結納のあとで出会った美女達を思い出した。が、主座様がぼやかしておられるならばこちらもスルーしておこう。
「姫達は異世界からの落人で、五千年転生を繰り返していたんだ」
「姫達がいた『世界』を滅ぼした、同じく『落ちて』来た『悪しきモノ』を滅することを己の責務と決め奮闘しておられた」
「で、このたびその悲願が果たせた」
「その節はおまえにも助けられた」「ありがとう」
「イエ俺は特に」
理論構築のことだけではなさそう。トモから報告が上がっているんだろう。が、敢えてしれっとかわしておいた。
「でだ」主座様が続けられる。
「その論功行賞を行っているんだ」
「はあ」
「トモからおまえ達が色々と協力してくれていたと聞いた」「そちらはまた後日改めて礼をする」
敢えて流しておいたんですがね。
「お気になさらず」と申し上げたが無視された。
「それはそれとして、今回サトの遺言を受け、『サトにも褒賞があってしかるべきではないか』という意見が出たんだ」
「はあ」
「このたびの姫達の戦い、ウチのタカが参謀として大活躍したんだ」
「はあ」
「ウチのタカがサトに救われた話は聞いているか?」
「聞いてません」
「そうか」「まあいい」
主座様はサラリと流された。ウチの母はあちこちに首を突っ込んでは人助けをしていた。親父は母に巻き込まれただけだと俺は思っている。だからタカくんが『救われた』と聞かされても『はあそうですか』以外の感想はない。どうせ母がお節介で首を突っ込んだんだろ。
「サトはウチのタカを救ってくれた。おかげでタカが作戦参謀となり、姫達の責務が果たせた」「これだけでも十分褒賞を与えるべきなのに加え、タカが救われたおかげでオミが救われ、僕とヒロが生まれた。安倍家の改革もタカがいればこそ可能だった」「他にも色々と、タカがいたからこそ成し得たことがある」
「そして晃」
「サトが晃に修行をつけてくれたおかげで、晃は一人前に成った」「晃は今回の件で大活躍した」「その活躍も本人は『修行をつけてくれたサトさんのおかげ』と言い張っている」
「そんなサトへの褒賞として」
「『孫の生命を助けよう』という案が出ている」
「―――!」
思ってもみなかった提案に息を飲んだ。そんな俺にニンマリと笑みを浮かべられる主座様はなんだか楽しそう。
助ける。正樹を。
そんなこと、できるのか?
そりゃ助けられたら母も父も由樹達も喜ぶ。それは間違いない。だが。
「―――それは―――」
だが、それは。
「―――確かに母は喜ぶでしょうが―――」
「―――無理だと思います」
「何故?」
断言する俺に主座様は問いかけを返される。
「俺と同じ教育を受けていればの話になりますが」
だから前置きしてお答えした。
「『名』を穢しておいてのうのうと生きるなど、できません」
「己の誇りにかけて」
「己の不始末は己で雪ぐ」
「それが『西村』の、『青眼寺』の人間です」
まっすぐに目を見つめてお答えすれば、主座様はそれは嫌そうに眉を寄せられた。
「……………まったく」「サトめ………」「教育を徹底しているな………」
ため息を落とされる主座様に申し訳なくなった。が、謝罪するのも違うかと思い黙っていた。
「まあ最後まで話を聞け」
そんな俺に主座様が再びお話くださった。
「色々話し合ったり相談した結果、孫の魂は三回忌のタイミングで天に還さなければいけないと判明した」
「では………」
やはり俺が正樹の首を切るしか。そう続けようとしたのに主座様は思わぬことをおっしゃった。
「そこでだ」
「『御魂分け』をしようと思う」
「………『御魂分け』?」
「なんだ知らないか?」
聞き覚えのない単語に復唱すれば、主座様が意外そうにお教えくださった。
「神道ではよくあるだろう」「『分霊』。聞いたことないか?」
「………神様の神霊を分けていただいて、自分の土地にお住まいいただく……」
どうにか答えれば「そうそうそれ」と軽い肯定が返ってきた。
「その術を使って、孫の魂を分けようという案が出ている」
ペロリと。まるで一般常識かのように主座様はおっしゃった。が。
「………魂を、分ける………」
「………そんなこと、できるんですか………?」
意味のわからない説明に混乱し、ついうわ言のようにつぶやいていた。
「できるぞ」
なのに主座様はあっさりと肯定なさる。
「実際あちこちの神社にかつて人間だった者が祀られているじゃないか」
「あれはその人間の魂を分けて、残した一部を神として祀っているんだ」
「あそことかこことか」実例を出されれば納得するしかない。
「霊力とはすなわち生命力」
「孫の霊力を分け、そこに記憶と意識を注げば『御魂分け』完了だ」
そんな簡単に。
「分けた魂の片方を天に還せば、残った肉体と魂はそのまま生きさせてもいいだろう」
あっさりと、至って簡単なことのように主座様はおっしゃる。が、俺はわけわからん。みたまわけ? 魂??
混乱してきたので先程からおうかがいした説明をもう一度頭の中で整理する。順序立てて検討する。
『魂を分ける』。つまりは『魂』というモノの存在が明確に確認できているということ。これまで数多の学者が証明しようとしていまだできていないものを主座様は認識し扱うことがおできになると。
やはり霊力量が関係しているのか? それとも単純に経験値とか実力とかか? そもそもどうやって『魂』を認識しておられるんだ? 存在証明はどうすればできるんだ? なにをもって証明とする? なにかを観測するのか。新たな物質とか? そういえばトリアンムで瘴気を観測する機械があった。あれまだ再現できてないんだよな。トリアンムの瘴気みたいに何らかの物質をとらえることで『魂』も証明できるだろうか。『分ける』とおっしゃるからには物質として存在しているということか? それとも「考察はそのくらいにしておけ」「今は孫の話だろう」
主座様の声に考察が止まる。ハッと焦点を合わせれば呆れを隠さない主座様がこちらを見ておられた。
あわてて頭を下げ、改めて正樹のことを検討する。
正樹の魂を分ける―――頭の中で正樹がむにょんとふたつに分裂する絵が浮かんだ。
そのうちの片方は天に還す――頭に輪っかを乗せた正樹が背中に羽根をつけ飛んでいく。
残った片方は肉体に留まり、これまでどおり生きる。
母の『呪い』で現在の家族は死ぬだろう。ひとり生き残った正樹を西村に連れ帰れば一件落着。万事解決。主座様のおっしゃるのはそういうこと。
―――確かに、問題はないのかもしれない。………だが………。
「………ですが………」
「『名』を穢しておいて、のうのうと生きるのは……」
俺ならできない。己の誇りにかけて『名』を穢した自分を罰しなければならない。生き続けるなど、それこそ生き地獄でしかない。尊厳を守るためにも、これ以上苦しめないためにも、ひとおもいに楽にしてやるほうが正樹のためになる。はず。
俺なら痛みも苦しみも感じるさせることなく首を落とせる。だからこそ母は俺を指名してきた。正樹をこれ以上苦しめないために。正樹を解放するために。
「そこは情報操作をする」
苦悶していたら主座様があっさりとおっしゃった。
「………『情報操作』?」
なんのことかと復唱する俺に、主座様は流れるようなご説明をくださった。
「孫は十五年前に討伐に出て致命傷を負った。相手は精神系の妖魔だったため、幻術に呑み込まれ意識が戻らない状態になった。サトでも幻術を突破できず、入院して生命をつないでいた」
「孫の記憶にある十五年は、妖魔による幻術」
「現実ではない」
「実際は十五年間意識不明で入院し続けていた」
「ゆえに、孫の認識している『名を穢す行為』は存在しない」
「それはあくまでも幻術」
「現実には起こっていない」
ニンマリと狐が嗤う。楽しそうに。
「『御魂分け』をすれば、ほぼ間違いなくしばらく眠り続ける」
「丁度いいだろう」
「入院させて。意識が戻ったところで『おまえは幻術に呑まれていた』『ずっと入院していた』と寄ってたかって説明すれば、本人も信じるだろう」
「最悪は術で洗脳すればいい」
またそんな簡単に。
「……………本人には術で洗脳できても、関わってきた人間すべてに情報操作ができるとは思えません」
会社で。地域で。生活していればあちこちで関わりができる。そんな関わりのできた人間すべての記憶を変えるなど、どれほど困難なことか。ひとりふたりならまだしも、不特定多数に術を施すなど。それとも主座様ほどの方ならば可能なのだろうか。
『無理だろう』と言外に訴えた。が、主座様は眉ひとつ動かすことなくお答えくださった。
「そこは問題ない」
「どうもサトが早いうちから情報操作をしていたらしい」
なんのことかと思えば、主座様がご説明くださった。
「サト達は最初から『孫を除籍した』とは公表していない」
「周囲には『孫の正樹は事故に遭い入院中』『昏睡状態で、いつ目覚めるかわからない』『最悪はそのまま死ぬ可能性もある』と説明している」
「会社の人間には十五年前に孫が『西村の後継者』と噂が出た時点でサト達が術をかけている」
「会社に在籍している『西村正樹』は『鳴滝青眼寺の後継者候補と同姓同名なだけの他人』だと」
「だから孫が青眼寺関係者だとは思っていない」
「『そういう騒ぎが起きた』ことは覚えているが『結局は同姓同名の他人だった』と納得している」
「まあサトの想定以上に噂が広がっていて、末端への対応ができていなかったからおかしな女に嵌められたんだが」
「その末端も、女に強要され孫が付き合いを了承した時点で洗い直している」
「現在は女と家族以外は『旧姓西村正樹は青眼寺の西村家とは無関係』と理解している」
「妻とその両親が『西村の縁者になった』と言いふらしているのは『同姓同名の男性を当家の孫だと思い込んでいる』と説明している」
「当の孫が迷惑をかけた先に謝罪に行った折に『自分は西村家とも青眼寺とも無関係だ』と説明しているのもあって、孫と家族の周囲も、迷惑をかけた者達も、孫のことは『西村家の縁者と同姓同名なだけの他人』だと思っている」
「妻もその両親も娘も、周囲からは『見栄っ張りの嘘つき』で『虚言癖や妄想癖がある』と思われている」
「なので孫や家族の周囲は『あの男は西村の縁者ではなく同姓同名の他人』だと納得している」
「だから改めてこちらから情報操作やらなんやらをする必要はない」
さすが母というかなんというか。
「サト達には『期限の十五年』が来たら孫が『責任を取る』と最初から分かっていたらしいな」
「とはいえ万に一つだが、孫の影響で妻達が真人間になる可能性もわずかだがあった」
「もしも妻と両親が真人間になり孫がしあわせに暮らしていたならば、そのときはそのまま見守り、『青眼寺の西村正樹』は『治療の甲斐なく亡くなった』とする計画だった」
なんで主座様がそんな話をご存知なのかと思ったら「オミへの手紙にそう書いてあった」と明かされた。
「期限より早くサトの寿命が尽きたわけだが」
「『あと二年であの虫達が人間になるとは思えない』と」
「そうは言っても世の中なにが起こるかわからないから、オミに念の為の調査を依頼していた」
「結果はまあ当初の予想どおり」
変わらずクズだと。
「で、サトの遺言に従ってオミが動いているわけだ」
「が、話を聞いたこちらの関係者が思いついてしまったんだ」
「『その孫を助ければサトが喜ぶんじゃないか』『褒賞に、恩返しになるんじゃないか』―――と」
「で、あれこれ検討して、出た案が『御魂分け』だ」
誰だそんなこと思いついたのは。晃くんか? なっちゃんか? 案外主座様だったり……?
ジトリと見つめれば、主座様はケロリとされたまま問いかけてこられた。
「どうだ?」
「サトへの褒美になるだろうか」
「………なると、思います」
俺の返答にニンマリと笑う狐のような青年。絶対尻尾ついてるだろう。なんだか化かされた心持ちになってきた。
だってそうだろう。どうにもならないことだったはずなのに、いとも簡単に解決策を提示されたんだ。それも誰もが喜ぶ結果になることが予測される策を。
ホントに化かされてんじゃないだろうな? なんか裏があるんじゃないか?
ふとそう思いつき、再度主座様のお話を検討した。ああでこうで、こうだからこうなって。
と、疑問がひとつ浮かんだ。
「俺にわざわざ言いにこられたのは何故ですか?」
「主座様ならば勝手に行動されるのでは?」
思いつきを口に乗せれば主座様はちいさく目を見開き、楽しそうに口の端を上げられた。
「ずいぶんと傲慢に思われているんだな」
「いくら私でも他家のことに勝手に首を突っ込むことはないぞ」
………それにしては色々逸話をうかがってますけど? そう思ったが黙っておいた。
「『御魂分け』で分けた魂をそのまま天に還せるならそれが一番なのだが、それはできないんだ」
主座様は変わらずケロリと説明される。
「『とある部署』が『内藤正樹』の死亡に関する報告書を作るのに『御魂分けによる』というのは『マズい』とおっしゃるんだ」
……………主座様が敬語……………。
それ、現実世界の『部署』ですか?
「なので、分けた魂を依代に宿し、死亡させる必要がある」
「その依代はヒロが式神で作る」
「サトの計画ではおまえが孫の首を落とすとあった」
「依代の首をおまえが落とせば、それで分けた片方の魂は天に還る」
「残った肉体と魂は『安倍晴明により新たに生み出された存在』として新規登録される」
「現世の戸籍その他の手続きはオミがうまいことするから大丈夫だ」
………『報告書』とか『登録』とか………なんかえらく現実的というか、事務的というか………。
「サトの遺言書にあったんだ」
「『孫に自死させるのも、子に孫に子殺し兄弟殺しをさせるのも嫌だから、孫の首を切るのは息子に頼む』と」
「おまえほどの実力者ならば、首を斬る距離まで近付けば『依代だ』と気付くだろう」
「気付けばまた揉めるだろう?」
「だからこうして事前に明かしに来たというわけだ」
「………はあ………」
ツッコミたいところが多すぎてまとまらない。ちょっと頭の中で整理しないと。ええと、まず正樹の魂を分けて――そもそも魂を認識しているというところからツッコミたいんだが――で、その分けた魂の片方は元々の肉体に入れて、もう片方は主座様が作る依代に入れる――そんな簡単に入れられるもんなのか? そもそも『魂を分ける』っていつ分けるんだ? そんな簡単にできるもんなのか??
パン。
主座様が手を打たれた。
その音に驚き考察が止まる。
ニンマリと笑みを作られた主座様。
「つまり、こうだ」
俺の疑問に気付かれたのだろう。主座様が指を一本ずつ立てながらご説明くださった。
「法要のあと、関係者だけが本堂に残り話し合いを行う」
「これは既に関係者には連絡済だ」
「おまえも聞いているだろう」問われ「はい」と答える。
「タイミングを見計らい時間停止の結界を展開」
「孫とその妻と娘の時間を止めておいて、その間にヒロが依代を作る」
「次に孫の『御魂分け』をする」
「分けた魂の片方を依代――仮の肉体に入れる」
「依代――仮の肉体のほうに霊力を多く分け、元の肉体のほうは生命活動ができるギリギリだけの霊力を残す」
「だから元の肉体のほうは急激な霊力減少で意識を失うはずだ」
「意識を失った元の肉体は隅にでも隠しておく」
「霊力量を多くした依代のほうは意識があるはずだ」
「その依代を元の位置に戻してから時間停止の結界を解除する」
「おまえが依代の首を落とし、そこに宿した魂は天に還る」
「『御魂分け』で分かたれても魂はつながっているから、依代の魂が経験したことは元の肉体の魂も記憶する」
「『御魂分け』で急激に霊力が減る上に、意識がつながっている『分かたれた魂』が首を斬られたら――『死んだ』と認識したら、残されたほうもしばらくは昏睡状態に陥るだろう」
「なので、残った魂が宿る元の肉体は入院させる」
「安倍家の系列の病院だ」
「細かいことはオミに任せてくれ」
「数年後に意識が戻ったら『孫の記憶にある十数年は妖魔による幻術』『現実ではない』と説明し納得させる」
「……………」
「理解したか?」
「……………しました」
見事な計画に知らずため息を吐き出した。色々気になることもツッコミたいところもあるが一旦飲み込もう。グシャグシャと頭を掻きむしり額を押さえ、思考リセットのルーティンである経を一節頭の中で唱える。
「つまり俺は」
どうにか頭を切り替え、姿勢を正して主座様に目を向けた。
「なにも考えず『正樹』の首を落とせばいい、と」
「そういうことだ」
ニンマリと狐が笑う。
「ついでに西村家の面々に説明してもらえると助かる」
「一応オミが法要の直前に明かすことになっているが、おまえから事前にさわりでも聞いておけばば安心するだろう」
もう明後日なんですが。夜が明けたら翌日なんですが。いつ言えと?
仕方ない。時間はひねり出すもんだ。「かしこまりました」と頭を下げた。
「ただし。説明はしっかりと結界を展開してからにしてくれ」
「おまえを含め、聞いた者達は口外禁止を徹底して欲しい」
「『魂の入れ替え』を悪用した事例は数多ある」
「万が一にも話が漏れ、不適切に用いられたら『あちら』の方々に私が叱られてしまう」
………どちらの方々かは知らないほうがよさそう。「かしこまりました」と再度頭を下げた。
「その『昏睡状態』はどのくらいの期間か、お分かりになられますか?」
ふと気になって質問すれば「残した霊力量にもよるが」と前置きしてお答えくださった。
「まあ最低でも五年は昏睡状態だろう」
「……………なるほど……………」
それでも生命が助かるのだから儲けもんだ。ミホもサトルも、呉羽も碓水も、洋一も由樹も直樹も沙樹も納得するだろう。むしろ喜ぶに違いない。
そこまで考えて、ふと思い出した。当家の『名』を穢してくれた連中のこと。母が『呪い』をかけたという話。
「……………ちなみにですが……………」
「母がかけた『呪い』の内容は、おわかりになりますか?」
もしかしたら晴臣くんへの依頼書になんか書いてるかも。なにもなくとも主座様ならば『視通し』ておられるかも。そう思い質問してみた。
「妻の両親は『法事の日に事故に遭い、死ぬ』とだけ書いてあった」「妻と娘にナニをかけたのかはわからない」
主座様のお答えに、知らず落胆する。ううむ。ご存知ないか。
「……………あの母が『ただの事故死』で済ませるわけないと思うんです」
「妻と娘についても、『正樹が始末する』とわかったうえで『呪い』をかけているということは、さぞえげつない『呪い』をかけていると思うのですが………」
それは間違いない。あの母が『名』を穢してきた相手を楽に死なせるわけがない。いやもしかしたら死後に発動する『呪い』かも。えげつない。さすが母。いやまだそうと決まったわけじゃない。
「調べてみようか?」気軽に問われたので「お願いします」と即答した。
「対価は後日」
「気にするな」「おまえへの褒賞のひとつにしておく」
そう言ってくださるなら素直に甘えよう。「ありがとうございます」と頭を下げた。
「それはそれとして」
「『西村』と『青眼寺』を虚仮にしてくれた御礼をする権利は、俺にもあると思うんです」
「もちろん義弟にも」
俺の言葉に主座様はパチリとまばたきをされ―――ニンマリと笑われた。
そんな主座様に、無礼とは承知の上でおうかがいした。
「―――『御魂分け』というのは、難しい術ですか?」
「依代というのは俺でも作れますか?」
「可能であれば、教えていただきたいのですが」
魂をふたつに分け、片方は依代に、片方は元々の肉体に入れる。
片方は正樹が始末し母の『呪い』の対象となる。
もう片方は――俺達の好きにしていいだろう。
『西村』を、『青眼寺』を虚仮にしてくれた報いを。『西村』の身内を虐げてきた報いを。その身に叩き込まないことにはこちらの気が収まらない。
いい考えだと思ったのに。
「おまえには無理だ」
あっさりと主座様に断言された。
「『御魂分け』は神道系の術になる」「おまえは仏教系だから」「いくら霊力量があってセンスがあっても、一朝一夕には習得できまい」
「……………そうですか……………」
ならば別の方法を考えようと思った途端。主座様が楽しそうに声をかけてこられた。
「なんだ? 誰か魂を分けたい人間がいるのか?」
「………おわかりなのでは?」
ついジトリとした目になってしまった。そんな俺を叱るでも不快を示すでもなく、主座様はただ楽しそうに目を細められた。
「そうだなあ―――」
「―――ヒロのいい修行になるな」
「は?」
なんのことかと思ったら、主座様は楽しそうにご説明くださった。
「『御魂移し』というのがあるんだ」
「肉体から、式神や器物などに魂を移す術」
「どんな目に遭っても元の肉体は一切傷付かない。けれど魂は――本人は実体験として経験する」
「痛みも苦しみも、恐怖も死も」
「何度死を経験すれば壊れるかはその人物次第だから、はっきりと『何回』と制限がかけられるものではないが」
「まあヒロが満足いくレベルになるまでは耐えられるだろう」
「どのくらい依代を作れるか。依代のレベルを一定に作り続けられるか。『御魂移し』で魂を依代に定着させる術の練習にもなるな」
………つまり………。
依代を何個も何個も作っておいて『御魂移し』とやらで魂をその依代に移す。で、依代が壊れるまで――本人的には死ぬまで好きにして、依代が壊れたら――死んだら次の依代に魂を移す。で、また死ぬまで報復して死んだら再び新しい肉体へ。
えげつないことお考えになられるなあ。ウチの母はこの方に比べたらまだかわいいほうかも。
「依代を作る機会は作れるが、『御魂移し』はまず機会がない。だから依代に魂を定着させる機会もない。なるほど、これは得がたい修行になる」
ウムウムと主座様はどこか満足そう。楽しそうにも見えるのは気のせいか? もしかしてヒロくんに迷惑かけたんじゃあ……いやいや、得がたいレベルアップのチャンスを得られたんだと考えよう。ついでに俺も新しい術覚えられる。
「ヒロだけでなく、他の者にも修行させたいところではあるが……隠形で連れて行ってやらせるか?」
「あのう」
「俺は?」
修行計画をお立てになられているとわかる主座様に思わず口を挟む。安倍家の術者ばかりに修行の機会を使われては俺が習得できない。
「わかったわかった」
「おまえにも教えてやろう」
苦笑の主座様に「ありがとうございます」と頭を下げる。
「とはいえ、おまえならば目の前で何度も何度も術をみたら勝手に習得するだろう」
「まあ実践も必要だから」
「おまえもやってみればいい」
素直に「はい」と答えれば主座様は楽しそうにお笑いになられた。
「こちらでもその案で問題ないか再検討してみる」
「また明日の夜、おまえの夢に来る」
「じゃあな」と主座様が微笑まれたのを最後に意識がぐらりと揺らいだ。そのままどこかに沈む感覚がして、眠りに沈んでいった。
◇ ◇ ◇
翌日。法事前日。
元々準備の手伝いの予定になっていた。葬式も母の一周忌もすごい人数がご参列くださり大変だった。今回は母と父両方の法要とありより一層大変なのはわかりきっている。なのでウチの連中も俺とマコも手伝いに参加することに。
それぞれが由樹の指示で分担された仕事につく。本堂をはじめとしたあちこちの掃除、おもてなしの準備、花を生け果物や酒をお供え、参列くださる方々への引き出物の確認、などなど、などなど。
やることが多すぎて人海戦術が採られている。洋一達の子供家族も『西村の子供』とその家族も忙しく働いている。
そんな中、隙を狙って洋一と由樹を引っ張る。「正樹の件」と言えばすぐに応じた。
結界を展開して主座様に提案されたことを伝えればふたりは『信じられない』という顔をした。「ホントに?」「そんなことできるんですか?」何度も何度も聞いてくる。「俺に聞くなよ」「主座様に聞けよ」「明日晴臣くんとヒロくんが事前説明するらしいぞ」何度も何度もそう返しているうちに由樹は泣き出した。
土下座で「ありがとう」と「お願いします」を何度も繰り返す由樹。いつも嫌みしか言わないヤツの弱りきった様子にこっちが調子狂う。洋一まで土下座で固まってしまった。
「断罪にどいつを同席させんだよ」「事前に言っとくべきか?」相談すれば法要のあとの断罪に同席させる全員を集めてきた。それならとウチの呉羽と碓水も同席させる。
「安倍家の主座様が、ご自身の父親を救った母さんへの恩返しとして正樹を救う段取りをつけてくださった」と前置きし説明。正樹を救える可能性に全員が喜んだ。元凶の妻と娘に報復できると明かせば「是非自分にやらせて欲しい」と全員が名乗りを上げた。
「詳しいことは明日晴臣くんから」「このことは絶対に口外禁止」「結界内以外で絶対に口にするな」「どこに精神系能力者がいるかわからないから、考えることもするな」しつこいくらいに念押し。けど結界解除したら話を聞いたヤツら明らかに態度が変わってる。わかりやすく明るくなったヤツもいれば獰猛な笑みを浮かべているヤツも。未熟者どもめ。親父に言いつけるぞ。




