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西村秀智と『静原の呪い』59

性行為、堕胎などの表現があります

苦手な方はご注意いただくか、飛ばしてください

 正樹が小娘を抱えて消えた。それを確認し、洋一が前に出てきて全体に向け謝罪。

「大変お騒がせ致しました」「申し訳ございません」


「ひと通り報告したいことは済んだ」と話を締め、最後に経をあげて法要を終わらせた。


「長時間にわたりありがとうございました」

「ご臨席の皆様には別会場にてお(とき)をご用意しております」

「大変恐れ入りますが、ご移動をお願い致します」


「尚、近親者は引き続き遺言等の話に移りたいと存じます」

「皆様どうぞお先にお始めください」


 洋一にうながされザワザワと場が動く。俺とマコは再び入口に立ち、皆様をお見送り。僧衣のままの蓮が凛と並んでお(とき)会場である近所の料亭へと先導する。先頭は静原の勇おじさん。静原一族に続き洋一の長女の嫁ぎ先の一族、『西村の子供』の家族。茶道関係者に寺の関係者、友人知人などがその後に続く。なっちゃんと佑輝くんも先に料亭へ行った。


 トモと竹ちゃんも俺達と一緒にお見送りに立った。すれ違うたびに声をかけられ会話を交わしていた。


 先に行ってもらう方々がすべて出られた。

「じゃあマコ」「竹ちゃんを頼むな」

「まかせて!」張り切るマコが竹ちゃんとトモに「行こ!」と誘う。トモがいるから護衛はいらないだろうが、念には念を入れてミナ達が見える状態でついている。他の連中は道中と料亭の警備。おかしなのがいれば即時対応できる体制。マコと竹ちゃんが振り返って手を振ってくるのに応えて手を振り返し、三人を見送った。



 本堂に戻ると並べられていた椅子が片付けられ、座布団が並べられていた。残った面々がキビキビと働いたらしい。僧衣だった洋一と直樹も黒スーツになっていた。


 残っているのは洋一夫婦、その子供の沙樹と直樹、『西村の子供』達、静原の現当主である俺の従弟(いとこ)とその息子。それぞれ配偶者と子供は料亭へ先行させている。


 弁護士の晴臣くんが御本尊様の前に座り、その横に晃くんとひなちゃんが助手のような顔をして座っている。洋一達は二手に分かれ左右に二列で並ぶ。


 ヒロくんが消えた正樹と小娘を連れて戻り、大きな顔をして座っていた女の横に座るよううながした。晴臣くん達に正対した、入口すぐの位置。


 四角を描くように座った、わかりやすい断罪の状況。なのに小娘も女も気付かない。西村の、青眼寺の財産をもらえると信じて疑っていない、欲にまみれた顔をしている。


 各出入口に、壁際に、本堂のあちこちに(あやかし)達が立つ。見えるようにして警備員然としている者、見えないまま見守っている者。どいつもこいつも生まれる前から正樹と過ごしてきて、正樹を心配している。直樹が同じ場にいることで正樹の変貌はわかりやすくなり、そこまで追い込んだ元凶である女と小娘に怒りを向けている。


 ちなみにウチの連中で残っているのは呉羽と碓水のふたりだけ。暁月達は俺が高校卒業して留学したのについてきてくれたから正樹と親しくないし、十五年前に採用した連中は言わずもがな。なので料亭警備とマコの護衛にあたってくれている。


 入るなり大勢の視線にさらされた正樹と小娘。「こちらへ」とヒロくんに指し示され、小娘は偉そうに座布団に座った。が、正樹は座布団からはずれた位置に正座をし、土下座をした。

「申し訳ありませんでした」


 なにひとつ弁明せず、ただ深々と頭を下げる正樹。なるほど母と父が気にかけるだけはあると感心した。


 横側に並ぶ一同は、表面上は無表情を貫いている。が、元特級退魔師の俺には連中の胸中が読める。どいつもこいつも正樹にココロを痛めてやがる。


 特に双子の片割れの直樹、一昨日直談判に来たミホとサトルは必死で霊力を抑えている。膝に置いた拳を固く固く握り、ギリリと歯を食いしばっている。そして元凶である女と小娘をにらみつけていた。


 その女と小娘は正樹が頭を下げていても我関せすのしらけた態度。なんで正樹が頭を下げているかもわかってないんだろう。ここまで腐ったヤツ、トリアンムの王子と侍女以来だな。


 洋一と反対側の上座側に座り観察に徹する俺は当然として、誰も正樹に声をかけない。

「頭をお上げください」「このままではお話が進みません」晴臣くんがうながし、正樹はしぶしぶという様子で頭を上げた。それでも座布団には座らない。こういうところが「頑固」とあちこちから言われる所以(ゆえん)だろう。


「では、皆様お揃いになられましたので、遺言書の開示を始めさせていただきます」


 晴臣くんの宣言に女が目をギラつかせる。


「こちらが西村智子(さとこ)様よりお預かりしておりました遺言書です」「『三回忌で公表するように』と指示されておりました」


 取り出した母お気に入りの封筒を畳の上に置く。ヒロくんが進み出て畳に置かれた封筒を手に取り、綺麗な所作で洋一に渡す。「智子(さとこ)様の筆跡にお間違えございませんか」受け取った洋一が「相違ございません」と答える。

「未開封なことをご確認ください」うながされた洋一がこちらも確認。ヒロくん経由で晴臣くんに封筒を返した。視線で確認を求められたのでうなずきを返す。由樹も、他の面々もうなずきを返した。


「では、開封致します」


 晴臣くんが丁寧な手つきで封筒を開封し便箋を取り出す。それを広げ、ザッと目を通した。


「―――『西村智子(さとこ)が内藤春美に命ずる』」

 晴臣くんの言葉を鍵に、便箋に込められていた母の術が発動する。


「『十五年前の十二月十八日夜から翌十九日朝にかけて、西村正樹になにをしたのか、正直に述べよ』」


 息を飲む正樹。首をかしげる小娘。

 晴臣くんに見据えられた女は目を丸くし固まっていた。


 はくりと、女の口が動いた。


「―――あの日私は」

 自分の声に女が驚いている。あわてて口を押さえるもその手を下ろし、再び喋り始めた。なんでそんなことを自分が言っているのか理解できない顔をしている。次第に涙を浮かべ顔色が悪くなる。それでもその口は止まらない。


 正樹の飲み物に薬を入れ意識を混濁させ、ラブホテルに連れ込んだ。朦朧とした正樹に色々と質問をして弱みを握った。正樹が意識を失ったあとは服をゆるめ放置。ベッドのシーツを乱し明け方に裸で隣に横になっただけで、行為には至っていない。


「何故そんなことを?」晴臣くんの質問に女はさらに答える。

 正樹が『西村』と『青眼寺』の跡取りだと聞いたからの行動だったこと。目的は西村家と青眼寺の財産だったこと。それが思惑がはずれ「失敗だったと思っている」こと。


「正樹さんに恋愛感情を持っていたからではないのですか?」

「こんな冴えない男に恋愛感情なんて持つわけないじゃない」


 断言したあとで「あっ」という顔をする女。あわてて口を押さえるが、出て行った言葉は戻らない。横に並ぶヤツらから威圧が漏れる。周囲の(あやかし)達からも。それでも抑え黙っている。いや中には他のヤツに押さえられているのもいる。「落ち着け」「まだだ」「全部吐かせないと」押さえるほうも怒りに染まっている。愛されてんな正樹。


「なるほど」「つまりあなたは」

 ニンマリと狐が(わら)う。


「こちらの正樹さんを騙したのですね?」

「そうよ!」


 叫んだ女が「ひっ」と悲鳴をあげる。自分の意思に反して喋ってしまうことに恐怖している。そんな女に小娘はただ驚いている。が、言われた正樹はその目に諦念と落胆を浮かべるだけで黙っていた。


「結婚前から結婚後の現在に至るまでに、正樹さんとの肉体関係はありましたか?」

「そんなのあるわけないじゃない」


 これにもあっさりと答える女。驚き自分の口を手で押さえる。が、すぐに手を離し喋り出す。


「そいつもなにも言ってこないし」

「セックスは彼氏達とスるわ」


 言葉をつむぎ出し顔色を悪くする。「なんで」「いや」なんか言ってるが晴臣くんは無視して淡々と質問を重ねた。


「その『彼氏達』とはどなたですが?」「具体的に、お名前とご職業を言ってください」


 首を横に振りながら女は次から次へと名前と職業を明かす。ヒロくんがサラサラとメモを取り晴臣くんに見せた。確認した晴臣くんがさらに女に質問する。


「こちらは『現在お付き合いしている彼氏』ですね」

 その口ぶりから晴臣くんは色々知っているとわかる。女もそれに気付いたのだろう。首を振ったが「はい」と答え、そのことにさらに顔色を悪くし首振りの速度を早めた。


「ではあなたがこれまでの人生で『お付き合い』してきたひとの名前と当時の職業、現在の職業を言ってください」


 涙目になっている女は首を振る。それでもその口から幾人もの名前と職業が吐き出される。こちらもヒロくんがメモを取る。あまりのクズさに聞いているだけで吐き気がする。


「なるほど」

「その中で結婚前から現在まで続いている方が三名。結婚後十年以上続いている方が二名。十年未満の方が三名。いやはやお盛んですね」


 微笑む晴臣くんは爽やかに見える。が、その笑顔の奥に牙が隠れているのがわかる。隣のヒロくんも同じような黒い嘲笑を浮かべている。


「一夜限りの関係は何名ですか?」


「そんなの覚えてない」即答した途端にビシリとなにかに縛られたようになり、うわ言のように日時を羅列していく。ヒロくんがメモを取る。ひいふうみいと数え、総数を晴臣くんに伝えた。

「いやあ。すごいですねえ」感心したように、楽しそうに晴臣くんは笑う。が、こちらの関係者はクソでも見るような目を隠さない。嫌悪を女にぶつけまくっている。


 当の女は言いたくないのに勝手に喋る口にパニックになっている。「なんで」「嫌」ブツブツ口走っている。そんな女に正樹はただ静かに座し、小娘は呆然としていた。


「続いての確認です」

「あなたはこれまでに何回堕胎しましたか?」


「………だたい………?」

「おなかに宿った子供を何回堕ろしましたか?」


 意味がわからなかった女に言い換えた晴臣くん。今度は理解できた女が答える。

「六回」

「それはいつのことですか?」

 口を押さえるも詳細に日にちを答える女。正樹を捕まえる前に二回、その後に四回堕胎していた。ほんとクソだな。


「どうしてそちらのお嬢様は堕ろさなかったのですか?」

「西村家を捕まえるのにちょうどよかったから」

「なるほど」「つまり、正樹さんを陥れていなかったらそのお嬢様も生まれていなかったと」

「そうよ」


 母親の告白に小娘が顔色を変える。クズの発言に正樹はさらに肩を落とした。


「ちなみにこちらの内藤綺羅羅(きらら)さんの本当の父親はわかっていますか?」

「わか、ら、ない」

「おやそうですか? よく似ておられると思いますが」


 ニンマリと(わら)う晴臣くんは心底楽しそう。

 

「大森亮平。旧姓高橋亮平。大森医院の入婿で、現在は内科医として勤務している方ですね」

 サラリと答える晴臣くん。つまりは調査済ということ。明かされた名は先程も出てきた、結婚前から現在まで続いている医者のもの。


「こちら、DNA鑑定の報告書です」

 バサリと書類を女に向ける。――ほぼ百パーセント。

「ご覧のとおり、大森医師と綺羅羅さんの親子関係が証明されました」

「逆にこちらが正樹さんとの結果」

「ゼロパーセント――父性の否定が証明されました」


 DNA鑑定なんていつの間にやったんだよ。どうせ母が手を回したんだろう。ホントあの母は。


「故に、十五年前の正樹さんに綺羅羅さんに対する扶養その他の責任はないと判断致します」

「『子供ができたから結婚しろ』と迫られて婚姻を結ばれたわけですが、正樹さんの子ではないとわかったうえで結婚を迫ったというのは――そもそも肉体関係がない男性に向けてこのような要求をするというのは、さてさてどのような罪状になりますかねえ」


「『おなかの子に対して息子が責任を取る(いわ)れはない』ととおっしゃった西村家の皆様に対し、あなたがたがなにを言ったか、覚えておられますか?」

「『言い逃れするのか』『無責任だ』『西村家はそんな家なのか』『恥知らず』―――まあ『どの口が』というヤツですね」

「まさしく厚顔無恥。いやはや恥ずかしいですねえ」


 クスクス嘲笑(わら)う晴臣くん。こちらの関係者は鬼のような形相でうなずいたり(わら)ったりしている。女は汗をダラダラと流しながらただ首を横に振った。


「正樹さんに使用した薬も大森医師から手配したものですか?」

「―――そうよ」

 答え、さらに顔色を悪くする女。逆に晴臣くんは楽しそうに微笑んだ。


「処方箋もなしに薬を渡すのは法律に抵触しますねえ」「これはしかるべきところに報告しなければなりませんねえ」

「ちなみに、正樹さん以外に何人にこの手を使いましたか?」


「使ってな――! ―――二十年前の三月―――六月―――」

 母の術が女に自白させる。まあ出るわ出るわ。汚い人間だとは思っていたが、ここまで穢らわしいとは。なんで母はこれを放置してたんだ?


 そう考えて、そういや神託が降りてきて言いつけられたって遺言に書いてあったなと思い出す。交渉して十五年と期限を切ったことも。その十五年が今なわけで、てことは十五年分の鬱憤(うっぷん)が溜まっている。

 母の鬱憤(うっぷん)。考えただけで恐ろしくて怖気(おぞけ)が走る。


 目の前の女は自分の意思に反してなにもかも喋ってしまうことに恐怖で半狂乱になっている。立ち上がり頭を掻きむしり泣き叫んでいる。「違う」「違う」叫んだ口であれもこれもと余罪を口に乗せる。そしてまた「いやあぁあ!」と叫ぶ。

 そんな女を正樹は憐れみの籠もった目でただ見つめ、小娘は恐ろしげに後ずさっている。こちらの関係者は冷めた目で見るだけ。晃くんとひなちゃんは無言無表情を貫いているが、晴臣くんとヒロくんは楽しいのを隠しもせずニッコニコになっている。


「正樹さんを騙し結婚を強要し、西村家と青眼寺の財産を奪い取ろうとしたと、そういうことですね?」

「ちが―――はい」


 慌てたからだろう。女はペラペラとよく喋った。


「西村家と縁続きになったらどこでも融通が利くと思った! エラいひとにも有名なひとにも知り合えると、お金だっていっぱい入ると思った! チヤホヤしてもらえてなんでも思い通りになると思った!」


「そうしてあちこちで金の無心をしたり、大きな顔で融通を利かせろと脅迫したりしたと」

「『西村』と『青眼寺』の『名』を使って」


「それのなにが悪いの!?」


 晴臣くんの問いかけに女は逆ギレで叫ぶ。


「だってこいつは『西村』の跡取りなんでしょ!? それなら私がその恩恵を受けても問題ないじゃない!」

「こいつの子供ってことにしたら綺羅羅に西村家の財産が転がり込むでしょ!? この子はそのための道具よ!」


「西村家の財産も、青眼寺の名誉も、なにもかも私のものよ!」


 ああ醜い。こんなの見てると人間辞めたくなる。もうこいつ『人間』じゃなくていいんじゃないか? ほぼ『ナリソコナイ』だろう。


 霊力がほぼ無いからトリアンムの王子妃のように瘴気を出してはいないが、汚い気配に染まっている。ここまできたらもう救いようもない。


「ちなみに綺羅羅さん」

 鬼の様相の女を放置し、晴臣くんが小娘に問いかける。母親の変わり様に震えていた小娘が目だけを晴臣くんに向ける。


「あなたは、こちらの正樹さんが父親ではないと知っていましたか?」


「―――知――って、た」


 小娘にも母の術が効いているらしい。ペロリと喋り、あわてて口を手でふさいだ。がすぐにまたペラペラと喋り出す。


「だって全然似てないし」「ママが『あいつとは寝てない』って言ってたし」「おじいちゃんとおばあちゃんも『あいつは奴隷』って」「ママの友達のおじさんのほうがカッコいい」「お小遣いくれるし」「冴えないオジサンよりもお金持ちのパパのほうがいい」

「けどおじいちゃん達が『青眼寺の跡取り』だって言うから」「『キララは青眼寺を継ぐんだよ』って」「トモくんと結婚して、一緒に青眼寺を継ぐの」「私がトモくんの奥さんになるの」


 妄言に変わってきたぞ。


「ちなみに先程もお伝えしましたが」晴臣くんはマイペース。肝が据わっている。

「あなたが行ってきたイジメをはじめとする行為は、こちらに証拠が揃っております」「被害者が希望すればいつでも告訴できます」

 ニッコニコで書類の束をポンと出す晴臣くん。

「ちなみにこちらが春美さんとご両親が行ってきた脅迫や金の無心、借金その他の証拠です」「そのうち正樹さんが補填したものがこちら」

 ポンポンと書類を並べる晴臣くん。どんだけ準備がいいんだ。どうせ母だろう。ホントあの母は恐ろしい。


「どうぞご確認ください」晴臣くんの言葉にヒロくんが動き、書類の束を正樹の前に並べた。

 一礼するヒロくんに対し、正樹は幼い頃から叩き込まれたであろう所作で手をつき一礼。そうして書類を手に取った。パラパラと目を通していく。そんな正樹に女も小娘もなにか言いたげにしているがなにも声になっていない。さすが母。うるさいことを予測して制限付きの術かけたな。『聞いたことに対する発言しか許さない』てとこか。思わず漏れるつぶやきや小娘の妄言はギリギリ範囲内だったんだろう。


 ザッと目を通し、正樹は書類を元の位置に戻した。膝に手を置き、立ったままの女を見つめた。


「―――きみは」


「『西村』と『青眼寺』を、騙したんだね?」

「『西村』を、『青眼寺』を、利用し搾取しようとしたんだね?」

「最初から」


「ちが―――そうよ」

 淡々とした正樹の質問に女は否定しようとしたんだろう。が、母の術がそれを許さない。さらになにか言おうとした女だったが、声にならない。おそらくは『嘘だ』とか『信じて』とか言おうとしたんだろう。往生際が悪いというか、汚いというか穢らわしいというか。ここまで腐ってんのはなかなかいないだろう。


「綺羅羅」「きみは?」


「きみも、『西村』と『青眼寺』を自分のものにしようとしたのかい?」


 小娘にもわかるようにと言い方を変えて質問した正樹に、小娘は心底わからないという顔をした。


「『西村』も『青眼寺』も私のものよ」

「トモくんと結婚して私が継ぐの」


 正樹はため息を吐き出した。深く、深く。


「―――僕はいくら騙されても構わない」「騙されているとわかったうえで『信じる』と決めたのは僕だから」

「けれど」


「『西村』と『青眼寺』を利用し搾取しようとすることは――」

「『西村』の、『青眼寺』の『名』を穢すことは―――」


「―――(ゆる)されない」


 うつむいていた顔を上げた正樹に、女と小娘が「ヒッ」とちいさな悲鳴を上げた。据わった昏い目つきでふたりを見据える正樹は、それまでの気の弱そうなオッサンではなかった。覚悟を定めた、強者の威厳を漂わせていた。


「おまえも『西村』の、『青眼寺』の人間だ」

 それまで無言に徹していた洋一が口を開いた。


「おまえが軽んじられるということは、『西村』と『青眼寺』が軽く扱われているということと同義だ」


 洋一の静かな声に、正樹は息を飲んだ。瞳に逡巡が走る。ぎゅっと瞼を閉じ、歯を食いしばった。


「―――おっしゃるとおりです」


 正樹は洋一に向かって手をつき、深く頭を下げた。


「僕が軽率でした」

「申し訳ありませんでした」


 多くを語らず、ただそれだけを口にする正樹。ホントどうしようもねえなあ。

 こういうクソ真面目で背負(しょい)い込むヤツは両親の好きなタイプ。だからこそ死んでも気にかけたんだろう。


 ウチの両親、特に母は『自分で気付かないと成長しない』という教育方針。その方針で教育された洋一と由樹もそういう教育方針になった。その分言葉足らずというか、『自分で気付け』『自分で考えろ』『察しろ』ということが多い。それすらも言葉にしない。俺が言える立場じゃないが、十五年前におまえらが今みたいに教えてうまく説得すればこんな問題にならなかったんじゃないのか?


 面倒くせぇ。ホント面倒くせぇ。


 顔を上げた正樹に向けて直樹が刀を一振り差し出した。


「俺がやろうか?」

「………いや。僕がやるよ」


「最後まで、責任は取らないと」


 そう言って正樹は立ち上がり、直樹の前に座り刀を手に取った。再び立ち上がるその動作で抜刀しストンと娘の首を落とす。

 なかなかの太刀筋。これは毎日の鍛錬は欠かしていなかったと見た。


 切り口から血飛沫が吹き出す。キョトンとしていた女は、すぐに絶叫をあげた。

「ひ、ひ、人殺し―――!」

 逃げようとしているらしいが腰が抜けたのか這いずっている。

「残念だよ」

 一言だけつぶやき、正樹は女の胸を突いた。何度も、何度も。


 そうして女も絶命した。

 正樹は淡々とハンカチで刀をぬぐい納刀する。ふむ。なかなかの動きだな。

 その場に正座で座り自分の前に刀を置き、正樹は平伏した。


「ご迷惑をおかけ致しました」

「申し訳ありませんでした」


 顔を起こし姿勢を正した正樹はさっぱりとした顔をしていた。逆に見届けた面々は痛そうな、泣きそうな顔をしている。表面上は無表情を貫いているが、特級退魔師だった俺にはお見通し。


 正樹はそんな面々をひとりひとり見つめた。別れの言葉の代わりのように。己の記憶に刻むように。

 最後に直樹に微笑みかけた。穏やかな笑顔だった。


「直樹」

「あとは頼む」


 返事を待たず抜刀した正樹。刃を己の首筋に当てる。

 ああ。面倒くせぇ。


 正樹の後ろに立ち、刃をつまんで()めた。元とはいえ特級だったからな。このくらいはできるさ。


 振り返り目をまんまるにする正樹から刀を奪い取る。


「めんどくせぇが」

「母さんの言い付けだ」

「あの世に行ったら俺の代わりに文句言っといてくれ」


 一瞬キョトンとした正樹は、フッと肩の力を抜き――微笑んだ。それはそれは綺麗に。


「ご迷惑をおかけします」

「よろしくお願いします」


 頭を下げ首を差し出す正樹に「おう」とだけ答え、刀を振るった。

 ぐらりと揺らいた頭部を落ちる前にキャッチ。


「よくがんばったな」

「おつかれさん」


 持ち上げ目の高さを合わせてねぎらいの言葉をかけた。

 動かないはずの表情が笑みを作ったように見えた。



   ◇ ◇ ◇



 秀智様


 元気でいることと思います

 少しは落ち着きましたか

 まああなたはいつもマイペースですから心配はしていません

 とはいえいい歳になっているのですから、無茶は控えて身体をいたわるんですよ


 さてこんな手紙を遺すのは、あなたにお願いがあるからです


 死を目前にして、たいていの心残りや気がかりは片付けているのですが、どうしても私の生きている間に片付けられない問題が残ってしまいました


 洋一さんと由樹さんの息子の、正樹くんのことです


 どうせあなたのことですから「誰?」「何?」と思っているでしょう

 ですので、事情を一から説明します


 正樹くんは退魔師として活動しながら大学を卒業して一般の会社で働いていました

 お寺を継いでもいいと言ってくれていたのですが、その時点ではまだ玄さんも洋一さんもいたため、社会勉強として就職しました

 お寺の手伝いと退魔師をしながら一般の会社にお勤めしていたの


 あなた達がアメリカに帰国することを決め、そのために私達がトモくんを育てるために完全引退することにした、あの年は本当にバタバタと大変でした


 その年の年末の、正樹くんの会社の忘年会でのことです


 私達が引退したことで後継者だった洋一さんが正式に跡を継いでくれました

 そのことで、当時まだ未婚で洋一さん夫婦と同居していた正樹くんが『鳴滝青眼寺の跡取り』との噂になってしまったの

 もちろん私達は明言していなかったし、直接聞かれたときには「まだ後継者は決まっていない」とはっきり申しあげていたのだけれど、人間とは自分の解釈したいように受け取るものだから、まあ好き勝手な噂があちこちに流れていました


 その噂を聞きかじった女性に、正樹くんが()められたの


 その女性は同じ会社の女性で、正樹くんとは直接面識のない方でした

 具体的には省くけれども、男性との交流がとても盛んな方で、性にも奔放な方でした

 我が家がそれなりに名が知られていること、いわゆる有名な方々に一目置かれていること、大きな敷地に大きな家を持ち、資産も多くあることなどを聞きかじったその女性が、正樹くんを狙い、忘年会で正樹くんの飲み物に薬を入れたの


 正樹くんは退魔師としてはそれなりなんだけど、退魔師なんてものをしている反動からか、現場以外では他人を信じすぎるくらい信じている子なの

 だからでしょうね。飲み物に細工されているなんて考えることも気付くこともなく、飲んでしまった

 そうして意識が朦朧とした正樹くんを「介抱する」と連れ出し、ラブホテルに連れ込んだ

 既成事実を作ろうとしたけれど、当の正樹くんが薬の効果で眠っていたからそれは叶わなかった

 けれど純真で未経験の正樹くんは、目を覚ましたら服を乱した自分と裸の相手が同じベッドにいたというだけで行為に及んだと思い込んでしまった


 すぐに相手に謝罪して、相手の言うままにお金を支払って、「責任を取ってお付き合いする」と決めてきた

 帰宅するなり洋一さん由樹さんに報告した その足で私達にも報告に来たの

 けれど私が視て「行為に及んでいない」とわかったからそう説明して、お相手と縁を切るように言ったの


 けれど真面目な正樹くんは切れなかった

 甘い子だから すがられたら突き放すことができない子だから

 そこが正樹くんの良いところではあるわ そんな正樹くんに救われた子もたくさんいる

 けれど、その女性は正樹くんのそんなところに付け込んで、文字通り喰い物にした

 私達も、他のみんなも正樹くんに忠告したけれど、あの子は「信じる」と決めて縁を切ることをしなかった


 最初の報告から数か月後

 その女性が「子供ができた」と言ってきた

「あのときに授かった子供だ」と


 正樹くんはその嘘を信じて「責任を取って結婚する」と決めてきた

 そうして連れて来たお相手を視て、正樹くんが()められたことがわかったの


 その場で追及したんだけれど、お相手はしらを切っただけでなく「名誉棄損だ」とか泣き出して 正樹くんに対しても「信じてくれ」とすがりついた

 

 お腹に子供がいるのは間違いないけれど、正樹くんの子供じゃなかった

 当時その女性には肉体関係にある男性が五人いたから(視たらわかりました)その誰かの子供だったのでしょう

 そしてその時点でも、正樹くんは女性経験がなかった(これも視たらわかりました)

 それなのにどうして「正樹くんの子供だ」と言い切れるのかと呆れました 厚顔無恥とはこういうものかと


 その場で正樹くんには説明しました

「あなたはまだ清い身体だ」「お腹の赤ちゃんは別の男性の子供だ」と

 ですがしらを切って嘘を並べ泣き落としにかかる女性に「信じてくれ」とすがられ、女性とのご縁が皆無だった正樹くんは、私達がいくら言っても泣く女性を突き放せなくて

 結局私達が認めないまま、正樹くんは女性を取りました


 正義感を持ち、ひとを信じる、信念のある子に育ったのは誇らしいのだけれど、頑固で、真偽を見極めることができない、疑っても嘘だと思ってもすがられたら切り捨てられないのは正樹くんの甘さであり欠点です


 私が女性を処分しようと思ったとき、神託が降りてきました

 女性は前世でもその前世でも同じように奔放に男性と交わり、宿った赤子を堕胎し、他人に嘘を重ね罪を重ねていた

 死後に罪を償わせていたけれど、所定の刑期が終わっても変わらない

 規定で生まれ変わってきたけれど、これまでと同じことを繰り返す

 そこで『助けびと』を遣わすことにした と


 これで変わらなければもうそれまで

 その『助けびと』に選ばれてしまったのが正樹くん

 誠実でまっすぐな人間が日々そばにいて諭せば変わるのではないかと

 私達青眼寺の関係者とも関われば変わるのではないかと


 御仏は私達が「困っているものがいれば助ける」と主座様と誓約したことをご存知だから、正樹くんを引き寄せたのでしょう

 私達が「困っているもの」を見捨てないと見越しておられたのでしょう

 当の女性は全く「困って」はいないから見捨てても処分してもよかったのだけれど、あの世の方々が「困っている」と訴えてこられるのを無視して処分はできなかった

 けれどこちらも家も正樹くんも守りたかったから、最低限の条件をつけたの


 結婚は許す けれど「西村」の籍に入ることも「西村」を名乗ることも許さない

「西村」と「青眼寺」の縁者と名乗ることも許さない

 正樹くんは除籍と同時に勘当とする

 今後一切「西村」とも青眼寺とも関わることを禁ずる


 そしてあの世の方々には「正樹くんを拘束する期限」を定めさせてもらいました

 押し問答の末決まった期限が十五年

 その期間内に女性が変わらなければ、それはもう一生変わらない

 それ以上の正樹くんの人生を犠牲にする必要性を感じない

 そうお伝えすればご納得いただけました


 まあ正樹くんも前世の因縁でそんなハズレくじを引くことになったのだけれど


 正樹くんにとってもその女性を押し付けられて面倒見させられることは、前世の贖罪であり(みそぎ)の意味を持っていたの

 それもあってあの世の方々の「お願い」を突っぱねることも無視することもできなくて、交渉の結果が上記のとおりです


 女性はそこではじめて抵抗したわ

 それはそうよね 彼女にとって西村と青眼寺の財産と「名」を自分のものにすることが第一だったのに、それを取り上げられたわけだから

 けれど今更「やっぱり違いました」と逃げることは許さなかった

 正樹くんを騙して陥れたのだから

 ひいては当家に泥をかけたのだから

 無罪放免にするなど、それこそ「名」がすたるというものです

 正樹くんと結婚させることが罰になるというのは、正樹くんの祖母としては複雑ではありましたが


 正樹くんにも良い機会だと思ったの

 世の中にはどれだけ誠意を尽くしても愛情を注いでもまったく無駄な人間がいるということを、身をもって知ることができるのではないか とね


 正樹くんはその日のうちに家を出ました

 お相手のご両親も同席していたから、その場で話し合いを持ったの

 結果、そのおうちに婿入りして同居することになりました


 表面上は無関係を貫いてはいるけれど、時々様子を探っていたの

 お相手のご両親もなかなかの困った人間性をお持ちで、正樹くんは文字通りいいようにこき使われていたわ

 生まれて来た子供も問題のある因縁持ちの子供で、正樹くんのことを馬鹿にしているような子供だった


 それでも正樹くんは誠実に真面目に接していた

 直樹くんや他の子達が時々会っては「もう逃げろ」「捨てろ」と言っていたけれど、正樹くんは逃げなかった

 お相手とそのご両親が「西村」と「青眼寺」の「名」を利用していると知ったときにはしっかりと叱って後始末をしていたけれど、それでもあちらは同じことを繰り返していた


 なにをして、どれだけ借金をして、それを正樹くんがどう補填したかは別紙にまとめています

 こちらは安倍家の晴臣くんにお願いしているのであなたは手出ししなくていいです


 お相手のご両親も、お相手とその娘も、期限が過ぎたら発動する『呪い』を私達がかけています

「西村」と「青眼寺」の「名」を利用していた(むく)いも、当家の大事な子を喰い物にしてくれた報いも、きっちり支払ってもらう予定です


 あなたにお願いしたいのは、正樹くんのことです


 もうすぐ約束の十五年です

 本当はきっちり契約した日に片付けたかったのだけれど、ちょうど私の三回忌という口実ができそうだから、その日に決着をつけたいと思います


 正樹くん家族を呼び出して、これまでの行いを白日のもとにさらします

 こちらも晴臣くんにお願いしています


 おそらくは正樹くんは責任を取って妻と娘を手にかけ、自らも生命を絶つでしょう

 それだけのことをあの一家はやっています


 ですが、正樹くんが自死するのも、洋一さん直樹くんに子殺し兄弟殺しをさせるのも、私は嫌なの


 だから、ヒデさん


 あなたが、正樹くんを解放してください


 あなたならば苦しむことなく首を落とせると信じています


 面倒なことをお願いしているとは承知しています

 けれど、あなた以外に頼めるひとがいないの


 母親の最期のお願いだと思って、きいてくださいね


 追伸

 このことは他言無用です

 読んだらこの手紙は燃やしてください

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