西村秀智と『静原の呪い』58
盆の賑やかさにも一区切りついたその日が法事の日だった。
母の三回忌と父の一周忌。ふたりの法要とあり、かなりの人数が参列してくれた。
母は一人娘だったため親類は少ないが、父は実の弟妹だけでなく従弟妹達も「きょうだい」として面倒みていたために親類が多い。加えて『西村の子供』達もいる。それぞれに家庭ができ子供が生まれ、その子供も孫も曾孫までも両親に恩義を感じているもんだから、それだけでも参列者は多い。そのうえに茶道関係者、寺の関係者まで参列くださった。葬式もすごい規模だったし昨年の母の一周忌もなかなかの規模だったが、今回も普通見かけないレベルの規模。俺達は昨日しか手伝っていないが、ずっと前から準備してきた義弟夫婦はさぞ大変だったことだろう。
直孫であるトモ、『西村の子供』であるなっちゃんだけでなく、他の霊玉守護者三人と晃くんの彼女のひなちゃんも参列。主座様は隠形でお出ましくださっている。その保護者も四人全員が参列。「なんで部外者が?」と言われてもおかしくなさそうだが、あまりにも参列人数が多すぎて誰一人おかしさに気付いていない。母のときも父のときも葬儀に参列してくれてたからもあるかも。
俺とマコは入口でお越しくださった皆様をお出迎え。同時に帰国の挨拶をし、一年ぶりの再会を喜び合った。
ヒトでない面々も次々とやって来ては挨拶をしてくれる。こっそりと話を伝えておいた道具屋が来たのでトモに連絡。打ち合わせどおりひとの少ないところへトモが竹ちゃんと黒陽さんを誘導し、マコが道具屋を案内。トモが結界を展開した気配がした。しばらくしたら目を赤くした道具屋がマコと共に戻って来て、俺の手を取って感謝してくれた。遠くから竹ちゃんと黒陽さんも俺に向けてお辞儀をしてくれている。「ちょっとは恩返しになったか?」わざと茶化して問いかければ道具屋は「お釣りが必要だ」と笑っていた。
法要が始まるまで、久しぶりに顔を合わせた者同士の歓談があちこちで行われている。竹ちゃんを連れたトモもあちこちに顔を出しては愛しい妻を紹介している。それぞれの家の長から話が行っていたようで、どこからも祝福を受けていた。
そんな大人数の集まる本堂の隅に隠れるように座っている三人がいた。問題の正樹とその妻と娘。周囲の誰からも声をかけられることなく、ただじっと座っている。いや、妻と娘はなにか言いたそうに落ち着かない様子を見せているが、誰からも相手にされず不満顔になっている。
正樹と直樹は一卵性の双子で幼い頃は外見はそっくりだった。が、四十歳になった現在は全然似ても似つかない。正樹はやつれ果て目の下に隈もあり、髪にも白いものが目立っている。そのせいなのか直樹よりも十歳は歳上に見える。
そこに正樹がいるとわかっているのに、誰一人気を向けない。まるで透明人間のよう。かく言う俺もまるっと無視。
その一角だけ闇に沈んだよう。『ナリソコナイ』の住処に相応しい空間。
武闘派退魔師集団の静原家、能力者僧侶を擁する洋一の長女の一家、他にも能力者や神社仏閣関係者が集まっているので、若いヤツの中にはその一角が気になる者もいる。が、なにか言い含められているのか、敢えて気にしない素振りをしている。そうすることで余計にその空間が気になるらしく、座りの悪い様子でモゾモゾしていた。
若いなあ。まだまだ修行が足りないぞ。
そんな若造を微笑ましく眺めていたら、由樹に呼ばれた。
所定の位置に座ればすぐに法要が始まる。洋一と息子の直樹、孫の蓮が法要を執り行うから施主は俺。挨拶をし、洋一達の読経に合わせて焼香。正樹達三人も終わりに近いところで焼香した。
読経も終わり、法話になった。時候の挨拶から始まり義両親のために集まってくれた感謝と元気に会えたことを言祝ぐ洋一。さすが現役僧侶。話が上手い。
「さて普段ならばここで仏様にからめたお話などをさせていただくのですが、徳の高い皆様には私のような若輩者の話などつまらないでしょう」
「逆にお若い皆様には、オッサンのつまらない話など眠気を誘うだけでしょう」
クスクスと笑いが起きたところで洋一が話を続ける。
「本日この場をお借りしまして、いくつかご報告させていただきます」
「皆様すでにご承知のこともあるでしょうが、ここでの発表を持って正式に決定とさせていただきます」
「こちらにおります私の孫であります蓮を、この青眼寺の後継者と致します」
「蓮は現在大学二年生。二年後卒業と同時に結婚し、寺を継ぎ住職と致します」
「蓮の婚約者は、義父の実の弟である静原の勇治叔父さんの曾孫、凛さん」
「どうぞ若いふたりを応援くださいますよう、よろしくお願い致します」
「「よろしくお願い致します」」
洋一の口上に合わせ、並んで立っていた蓮と凛がお辞儀をする。蓮の両親と凛の両親、由樹もその後ろに並び頭を下げている。承認を示す拍手に、一度頭を上げた一同が再び頭を下げる。
「蓮の父親であります直樹はこれまでどおり補佐を致します」
「蓮に住職は譲りますが、私も身体が動く限りは引き続きお勤めに励む所存でございます」
「今後ともよろしくお願い致します」
頭を下げる洋一に合わせ、全員がお辞儀をする。こちらにも承認の拍手が鳴った。
「続きましては茶道関係の話です」
蓮達がもとの位置に戻ったところで洋一が話を続ける。
「義母が亡くなってからは喪に服し、山の隠居屋敷を使わず寺でお稽古などを行っておりました」
「本日三回忌法要を執り行ったことを受け、明日から隠居屋敷でのお稽古その他を再会することと致します」
わっ。ちいさな歓声があがった。
「それに伴い、これまで住んでおりました義母の直孫であるトモが、隠居屋敷を出て別の住まいに引っ越します」
「二年後の蓮と凛の結婚に合わせ、私と妻が隠居屋敷に住まい致します」
「このトモについて、ご報告があります」
「トモはこのたびご縁がありまして、婚約致しました」
親戚関係には洋一経由で連絡が行っていたから周知されていたが、茶道関係や両親の友人知人にまでは伝わっていなかったらしい。「ええっ」と声があがった。
法要前にあちこちで顔見せをし話をしていたからある程度は周知できたが、いかんせん参加人数が多いとあって全てに徹底しきれなかった。そんな事態は事前に予測できていたので、この場で周知しようと決めていた。
「トモ」洋一にうながされトモが立ち上がる。隣に座っていた竹ちゃんも。俺とマコも一緒に立ち上がり横に並んだ。
「改めまして、皆様。本日は祖父母のためにお集まりいただきましてありがとうございます」「ご紹介に預かりました、孫のトモです」卒なく挨拶する息子。
「このたび結納を交わし、こちらの神宮寺 竹と婚約致しましたことをこの場をお借りしてご報告致します」
「今まで住んでおりました家は叔母にお願いすることと致しました」
「あの家は茶道家である祖母の『夢が詰まった家だ』とよく聞いておりました」
「茶道家でもあり祖母の後継者でもある叔母ならば、安心してあの家を任せられます」
「皆様、どうぞあの家を活かしてください」
茶道関係者から拍手が起こる。感動して涙ぐんでいるのもいる。そんなにか。
「僕自身は鳴滝を出ます」
「年齢が足りないので今はまだできませんが、条件が整ったらすぐに彼女と結婚する予定です」
「結婚!?」
叫び声に全員が顔を向ける。隅にいた直樹の娘が立ち上がっていた。
「座りなさい」直樹が小声でたしなめ腕を引っ張っているが娘は構うことなくまくしたてる。
「どういうこと!? トモくんは私と結婚するのよ!」
「は?」
トモの気配が剣呑になる。気配に敏い者はビビって顔色を悪くしたり震えたりしている。
キョトンとしていた竹ちゃんが首をかしげ、そっとトモに顔を向ける。すぐさまそれに気付いたトモは一瞬前の悪鬼のような気配をシュンと収め、とろりとした表情で竹ちゃんにやさしく微笑みかける。
「おかしいのがいるね」「ちょっと待っててね。すぐ始末するから」
表情に似合わない物騒な台詞を吐いた息子。竹ちゃんをマコに預け下がらせた。
「誰だよおまえ」
『悪しきモノ』にでも対峙してんのかと聞きたくなるほどの威圧を小娘にぶつけるトモ。嫌悪が全身から噴き出している。トモの圧に具合悪そうにしはじめたひとが増えた。
「おいトモ」「抑えろ」
声をかけ視線で皆さんの状態に気付かせる。ムッとしたまま、それでも威圧は収めた。
ホッとこわばったチカラを抜くひともいればまだガタガタ震えているひともいる。ひなちゃんと霊玉守護者達が紙コップを配りだした。例の『竹ちゃんの水』で煎れたお茶だろう。あれ回復するからな。
ていうか、用意いいな!? まあこっちは助かるが。
「顔も知らない人間が勝手なことをほざくな」
「夢を見るのは寝てるときだけにしろ」
威圧は収めたものの不機嫌さも嫌悪もそのままに小娘に言葉をぶつけるトモ。固まっていた小娘だったが、声をかけられたことに反応したらしい。思い切った様子で再び叫んだ。!
「わ、私! あなたと結婚の約束をしています!」
「妄想も大概にしろ」
バッサリと斬り捨てられ、小娘が絶句する。横で正樹が「座りなさい!」と小声で注意しているが小娘は聞きやしない。立ちすくんだまま震えている。
「………ったく。面倒くせえ」
「これだから女は嫌なんだ」
吐き捨てる息子は心底嫌そう。
「こんなのばっかりだ」
「自分勝手な理屈を平気で押し付けてきやがって。それもなんの根拠もない妄想を」
「警察に突き出すぞ」
トモに嫌悪しかない目を向けられ「そ、そんな…」と小娘が震える。
「どうして?」「私達結婚の約束してるのに」「なんでそんな……」
ブツブツ言う小娘を正樹が引っ張るが小娘は動きやしない。そろそろ強制退場してもらうかと思っていたら。
「……あれ? もしかして」
「きみ、どこ中?」
お茶を配っていたなっちゃんから声があがった。参列してくれている子供達は皆制服なのに、その小娘だけは黒のフリフリの服。だから年齢も出身校もわからない。そんな場違いな服装の小娘が震える声で告げた学校名は地元の中学。トモとなっちゃんの出身校。
「ああ。やっぱり」
「『トモガチ勢』の『困ったちゃん』のひとりだ」
「なんでこんなとこまで来てんの?」「どうやって入ったの?」質問するなっちゃんはなにか事情を知っているらしい。
小娘はなにも答えない。『困ったちゃん』の呼称に戸惑っているのか、はたまたトモに気圧されているのか。
先に反応したのはトモだった。
「なんだよソレ」
不愉快を隠すことなくなっちゃんにぶつける。そんなトモになっちゃんは平気な顔でケロリと明かした。
「トモ気付いてなかったけど」
「トモのことが『ホントの本気で好き!』って娘が何人もいたの」
「その中でもかなりヤバい娘達を『困ったちゃん』て呼んでたの」
「知らないぞ」
「知ったら潰すでしょ?」
「当然だ」
話しながらトモの横まで戻ってきたなっちゃんがコソコソと話を続ける。
「いくら迷惑でも、トモのやり方で潰したら再起不能になっちゃうよ」「だから、なるべくトモから離すように隠すようにしてたの」
「誰が」
「おれ」
「……………あとで話がある」
「うへえ」
地の底から出てんのかという低い声のトモになっちゃんが苦笑で肩をすくめる。このトモ相手に笑っていられるだけでも相当の実力者。それがわかるひとはなっちゃんに対して一目置いたようだ。
トモとなっちゃんがコソコソしている間に洋一が話が中断していることとトモの無礼を謝罪。「ちょっと話が長くなりましたね」「一息入れましょう」と声をかける。ひなちゃん達が引き続きお茶と菓子を配りはじめた。
「で? そこの女は?」
その間もトモの尋問は続く。問われたなっちゃんはもう隠しても仕方ないと判断したのかペロリと明かした。
「この娘、妄想癖がかなりひどくて」「椿ちゃんイジメてたんだよ」
「は!?」
椿は蓮の妹。トモ達の二学年下の現在中学三年生。退魔師として現場にも出る武闘派。その椿が『イジメを受けていた』というのが理解できなくて首をひねる俺と違い、トモは一気に怒りをあらわにした。
「椿ちゃん、正義感強いでしょ?」「昔この娘が勝手な妄想垂れ流してるときに口出したんだって」「『トモくんはあんたのことなんか知らない』『嘘をつくな』って」「そしたらターゲットにされて、そりゃあもう陰湿なイジメをしてきたって」
なっちゃんの説明はやけに大きく響いた。シンとした会場内の温度が下がる。立ち上がったままの小娘に冷たい視線が向く。無言の責めに小娘はただ震え首を振るだけ。隣の正樹が立ち上がり無言で腰を九十度に折り深く深く頭を下げた。
「椿」
「なんで言わなかった」
トモはこれで面倒見がいい。物心つく前から関わっている椿が『イジメを受けていた』と聞き、加害者には当然怒りを抱いているが、黙っていた椿にも腹を立てている。
トモの不機嫌をぶつけられた椿はあわてて起立した。視線で『言い訳があれば言ってみろ』とぶつけるトモにあたふたと視線をさまよわせる。目が合ったなっちゃんに苦笑とともにうなずきを返され、諦めたらしい。ポソポソと言い訳をした。
「だって」
「言ったらトモくんに迷惑かけると思って……」
「だからっておまえが我慢することないだろう」
「我慢はしてないよ」「ちゃんとやり返した」「藤子ちゃんも助けてくれてたし」
藤子は椿についてる妖。幼い椿が拾って来て、以来直樹の家で一緒に暮らしている。いつも椿にくっついているのでトモとも顔見知り。
今日は裏方として他の妖連中と一緒に人間形態で見えるようにして手伝いをしてくれている。椿と同年代の若い娘の姿。由樹の指示で菓子を配っていたら突然名を出され、ピョコンと反応してしまった。
そんな藤子を目ざとく見つけたトモ。ジトリとにらみつけられ藤子は冷や汗をかいている。
「藤子」
「ハイッ!」
「なんで黙ってた」
「おばあさまに口止めされていました!」
「………ばーさん………」
ペロリと明かす藤子にトモは額を押さえた。
ちなみに椿達曾孫世代は母のことを『おばあさま』と呼んでいる。由樹は『おばあちゃん』。
「なんでナツは知ってんだよ」
「見てたらわかったから」「ばあちゃんに相談したら教えてくれた」
「俺にも言えよ」
「言ったらトモ報復するだろ」
「当然だろ」
「トモがやると過剰報復になるんだよ」「中学時代はトモ、容赦なかったろ?」「まあ容赦ないのは今もかもだけど」
なっちゃんの説明はトモなりに納得できるものがあったらしい。ムスッとしただけで口を閉じた。
「……………で?」「期間は」
「小学一年生から現在に至るまで、約九年間です!」
ジトリとにらみつけられた藤子がペロリと明かす。
一瞬息を飲んだトモ。グッと眉間にシワを寄せ、目を閉じて深呼吸をした。
開いた目で小娘をにらみつける。嫌悪と怒りの混じった目に、小娘はなにも言えなくなっている。
吐き捨てるように小娘に侮蔑を向けたトモは、続いて椿に目を向けた。
「……………椿」
「『このくらい自分で対処できないと』って、おばあさまが!」
「……………ばーさん……………」
トモの言いたいことを先回りして叫ぶ椿。トモはまたしても額に手を当てた。そんなトモに椿があわてて言葉を重ねる。
「ウチの家族だけじゃなくて、サラちゃん家もサクトくん家も助けてくれたし!」「学校ではゆんちゃんものんちゃんも味方してくれてたし!」「そもそもその子、みんなに嫌われてるから誰も相手にしてないし!」
「だから大丈夫!」胸を張る椿にトモはため息を吐き出した。
「……………まあいい。そっちは後で話聞く」
石でも飲み込んだような顔をしつつ、解放されたことにホッとしながら椿は座った。すぐに藤子が近寄り、ふたりで手を取り合ってわちゃわちゃしだした。
「はっきり言っておく」
斬りつけるような声を発し、小娘をにらみつけるトモ。ピリリと凍りつく空気。お茶と菓子でゆるんでいた一同の背筋が伸びる。
「俺の妻はこのひとだ」
「このひと以外いらない」
「おまえなんか知らない」
「気持ち悪い」
「警察沙汰にされたくなければ、今すぐ消えろ」
ズバズバと言葉をぶつけるトモ。俺の後ろのマコから『いいぞ』『やれやれ』という気配を感じる。
それだけの威圧と嫌悪と怒りを向けられている小娘は、ただ呆然と立ちすくんでいた。
「申し訳ありませんでした」隣の正樹がさらに頭を下げてから身体を起こし、小娘の手を引っ張った。その隣の妻も立つよううながしている。退場しようとしているのは誰の目にも明らか。なのに小娘は踏ん張った。乱暴に正樹の腕を振りほどき、なにかに取り憑かれたような目をトモに向けたまま、震える口を開いた。
「なにを、言ってるの?」
うわ言のように小娘は訴える。
「毎日一緒に下校したじゃない」
「毎日寝る前にはお話して」
「『結婚できる年齢になったらすぐに結婚しようね』って」
「『ふたりで青眼寺を継ぎましょう』って話したじゃない」
「娘とそんな話を!」「約束を破るの!?」「無責任じゃない!」
小娘の言葉になにを勘違いしたのか、母親まで喚き散らす。
嫌悪に顔を歪めるトモはなにも言わない。が、不愉快なのは誰が見てもわかる。怒りを抑えているのも。
「登下校をストーキングすることを『一緒』と言うかは、ひとによるかなあ」「少なくともおれは言わないなあ」
「隠し撮りした写真に向けて話しかけることは『お話』とは言えないよねえ」
「妄想を現実だと思い込んじゃってんだねえ」
「かわいそうにねえ」
ご参列くださった方々に聞かせるためだろう。なっちゃんとヒロくんが説明口調で茶々を入れる。これでおかしな噂になることは可能性すらなくなっただろう。
「………警察よりも精神病院だな」
なっちゃんとヒロくんのやり取りで少し落ち着いたらしいトモが息と一緒に吐き捨てる。
「なんでばーさんはこいつを放置してたんだよ」
「『椿ちゃんのいい修行になる』って」
「……………ばーさん……………」
ぼやくトモにすかさず答えるなっちゃん。トモはまた額を押さえてしまった。
「あと、あまりにも対象者が多すぎて、面倒くさかったみたい」
「……………」
その意味を理解したトモがジロリとなっちゃんをにらみつける。
「おれが知ってる以外にもたくさんあったみたい」
「……………」
にらみつけても平気な顔でニコニコしているなっちゃんに、埒が明かないと判断したらしい。
「………あとで話聞くからな」「覚悟しとけよ」捨て台詞を吐いて小娘に向き直った。
ギロリと小娘をにらみつけるトモ。小娘は周囲から白い目を向けられ、母親とともになんか戯言を喚き散らしている。そこに向け暴言をぶつけようとしたトモが動きを止めた。
竹ちゃんがトモの袖を引っ張っていた。
「トモさん」「私、お話してもいい?」
寄り添いコソッと耳打ちする竹ちゃんにトモの表情がゆるむ。がすぐに眉を寄せる。
無言で反対だと示すトモに、竹ちゃんは困った様子で続けた。
「私が自己紹介するはずだったでしょう?」「まださせてもらってないよ?」
その指摘にトモが「あ」という顔をした。
「このままじゃあお話が進まないから」「『自己紹介だけでも先にしましょう』って、ひなさんが」
マコと共に下がらせた竹ちゃんとひなちゃんがなんかコソコソしていると思ったら、そんな話をしていたのか。
まあ確かに時間かなり押してるしな。
トモもそう思ったらしい。ぐるりと周囲を見回し、申し訳なさそうに眉間を寄せた。
「―――申し訳ありません」「未熟をさらしました」
頭を下げるトモに竹ちゃんが並んで一緒に頭を下げる。
小娘は存在を無視すると決めたらしいトモが話を続けた。
「改めまして。この場をお借りして紹介させていただきます」
「妻の竹です」
「まだ婚約者だよ」コソリとヒロくんがツッコミを入れる。がトモは無視して話を進めた。
「現在十五歳。僕より一歳歳下です」「中学入学前から体調を崩し、中学時代はずっと体調不良と闘っていました」「昨年の末ついに倒れ、以後意識不明が続いていました」「そのために高校受験ができず、現在も療養中です」「意識不明の状態で、僕の友人であるこちらのご家族のもとで療養していた彼女に、僕が一目惚れをしました」「彼女を目覚めさせるために奮闘し、目覚めたあとは必死にアピールをして、ありがたいことに妻となってくれました」
「だからまだ婚約者だって」ヒロくんのツッコミはまたしても無視された。
「ご実家は上賀茂で農業を営んでおられる神宮寺家です」「彼女のご家族との顔合わせも終え、先日は結納を交わしました」「彼女のご家族も僕達を祝福してくれています」「まだ若輩ではありますが、彼女と少しでも離れたくない僕が我儘を言って結納に至りました」「皆様にもご理解いただければ幸いです」
トモと竹ちゃんがふたり揃ってお辞儀をする。その所作を見れば見る目のある人間には人間性が理解できる。「ほう」という感嘆があちこちから感じられた。
視線を交わしたふたり。トモにうながされ、竹ちゃんが半歩前に出た。
「ただいまご紹介にあずかりました、神宮寺 竹と申します」
にっこり微笑む竹ちゃんから高貴さがにじむ。おお。これが『お外モード』か。
立ち姿だけで格の違いがわかる。霊力なしレベルにまで霊力を抑えているのに。
茶道関係者は特にそういうのに敏感。ピッと背筋を伸ばすひとが何人もいた。
「このたび結納を交わし、こちらのトモさんの婚約者となりました」
「本日こうして皆様にご報告できる機会を頂戴致しましたこと、感謝申し上げます」
「若輩者ではございますが、トモさんとふたり、力を合わせて生きて参りたいと存じます」
「どうぞよろしくお願い致します」
再びふたり揃ってお辞儀。息の合った、お似合いとしか表現できないふたりに、わっと拍手が起きる。再度の会釈礼のあと微笑み合うふたりはほんわかとした雰囲気。さっきまでの悪鬼羅刹のような男と同一人物とはとても思えない。それだけでもトモが竹ちゃんにベタ惚れに惚れぬいているのが一目瞭然。「ああ、『呪い』か……」「先代そっくり……」あちこちからつぶやきがもれる。静原の勇おじさんも他の面々も苦笑で拍手していた。
「嘘よ!」
そんな祝福ムードに、またも小娘がヒビを入れる。
「トモくんと結婚するのは私よ!」「ポッと出の女は引っ込んでなさいよ!」
「あ゛?」
ビシリ。空気がひび割れる。さしもの小娘もこの目付きには息を飲んだ。
ガタガタ震えだした小娘。いや、小娘だけでなくほぼ全員が震えている。椿と藤子は抱き合って震えているし、裏方として動いてくれているウチの連中も小刻みに震えている。
一歩踏み出そうとしたトモを竹ちゃんが止める。『なんで止めるの』と言いたげにムッとした顔を見せたトモに、竹ちゃんは困ったように微笑んだ。
「私に言わせて?」小首をかしげかわいくおねだりする竹ちゃん。
「ひなさんに言われたの」「『ここで戦えないようじゃあトモさんの妻失格だ』って」
ギッとひなちゃんをにらみつけるトモ。が、ひなちゃんは平気な顔。おお。すごいなひなちゃん。この地獄の鬼のような男の怒りを受け流すとは。大したもんだ。
晃くんのほうがムッとしてトモからひなちゃんを隠している。
「だから、私に言わせて?」「私は貴方の妻だから」「胸を張って『貴方の妻だ』って言いたいから」
途端にデレッとなるトモ。が、それを必死に隠そうとしている。そのせいで口を引き結んだ怒り顔になった。
不機嫌そうなその顎に竹ちゃんがチョンと触れる。
「ウメボシできてる」
クスリと笑うその笑顔に、トモは陥落した。両手で顔を隠し、ふるふると震える。
「……………俺が貴女を守りたいんだ」
「うん」「ありがとう」
「けど、私も貴方を守りたいの」
決意のこもった笑みを真正面から見たトモは、今度は胸を押さえて震えだした。
「天使」「いや女神」「俺の妻かわいすぎる」「俺愛されてる」おまえ全部口から出てるぞ。壊れたか?
おかしくなったトモに多くが唖然としている。一部は生ぬるい眼差しを送り、一部は静原家の面々に呆れたような憐れみのような視線を送っている。当の静原の面々は目の前で繰り広げられる『呪い』の実例に頭を抱えていた。
そしておかしくなったトモにクスクスと笑っていた竹ちゃんは、すうと息を吸い込んで小娘に向いた。
スッと立つその様子はあきらかに格が違う。上位者特有の気品に、全員が再び息を飲んだ。
「あなたがどれだけトモさんと交流してきたかは知りませんが」
「トモさんの妻は私です」
「絶対に、誰にもゆずりません」
「はあ!?」
竹ちゃんの気品も威厳も小娘には理解できなかったらしい。いや、怒りで判断力がにぶっているのかも。
「ブサイクの分際でナニ言ってんの!?」
「そうよ! このお寺を継ぐのはウチの娘よ!」
小娘とその母親が勝手なことを叫ぶ。「頼むから黙ってくれ!」正樹が押さえようとするが全然聞かないで文句を重ねる。
ギャンギャン騒ぐのを笑顔で受け流していた竹ちゃん。
「ではおうかがいしますが」
文句が途切れた隙に言葉をねじ込んだ。
「あなたは最近いつトモさんとお話しましたか?」
「昨夜だって話をしたわ!」「電話で『明日会えるね』って話したもの!」
冷静に淡々と質問する竹ちゃんに対し、小娘は見苦しく騒ぐ。
「わあ。意味不明」ヒロくんが茶化す。
「妄想癖ってすげーな」なっちゃんが感心したようにつぶやく。
色ボケていた息子もあまりの言い草にお怒りスイッチがガチリと入った。グワッと威圧が立ち昇る。
「おかしいですねえ」
そんな息子を気にすることなく、頬に手を添え小首をかしげる竹ちゃん。のんきな様子に息子のお怒りが少し弱まった。
「トモさんは昨夜、ずっと私と一緒でした」
「どこにも電話をかけていませんでした」
「ね」竹ちゃんに笑顔を向けられた途端にデロリと表情をゆるめうなずくトモ。ああ『静原の呪い』の恐ろしさよ。ここまで人間を変えるとは。
「ですので、あなたの言葉は正しくありません」
「どなたかとお間違えだと思います」
淡々と返す竹ちゃんの横で息子は小娘をにらみつけている。口を出すと竹ちゃんの気持ちに泥を塗ることになると理解しているから黙っているが、なにがあってもすぐ対応できるようにだろう、竹ちゃんにべったりとくっついて腰を抱いている。その状態で小娘に威圧を向けている。誰がどう見てもトモが誰を愛しているのかわかりすぎるほどにわかる。
「―――ど」
「どういう、こと、よ」
震える声で小娘がつぶやく。竹ちゃんは上品な笑みを浮かべたまま答えた。
「言葉のとおりです」
「昨夜は、正確には昨夜も、私達はずっと一緒にいました」
「朝までずっと」
「「「―――!?」」」
爆弾発言に一同が声にならない叫びを上げる。喜色を浮かべる者、赤くなる者、青くなる者、色々な反応がある中、当のトモは顔を伏せ額を押さえた。
「……………竹さん」
「? なあに?」
「『朝まで』というのは、ちょっと………」
しどろもどろなトモの言葉に小首をかしげた竹ちゃんだったが、ハッとなにかに気付いた。
「あ!」「ごめんなさい」
竹ちゃんの謝罪にトモはホッと息をついた。が。
「『朝まで』じゃなかった」「朝起きてからもずっと一緒だもの」
連続爆撃に息を飲む者、口を押さえる者、頭を抱える者、更に顔色を悪くする者、様々な反応を見せる一同に気付くことのないお姫様は「ね?」とトモに笑顔を返す。
「……………ええと、そうじゃなくてね………?」
「?」
トモがなにを言いたいのか竹ちゃんには理解できないらしい。これは相当な純粋培養の箱入りだ。黒陽さん、見るからに過保護そうだもんなあ。
「! あ、そっか!」
ピンときたらしい竹ちゃんにトモが再びホッと表情をゆるめる。
「『寝てるときはそばにいるかわかんないだろ』って言われるかもってことね!」
「確かに私のほうが起きるの遅いから、『絶対か』と言われると言い切れないかも……」
途端にショボンとする竹ちゃんにトモのほうが慌てた。
「そんなこと気にすることないよ!?」「俺誰にも電話なんてしてない!」「貴女から離れたのは仕事と修行だけ!」「こんな女と電話なんてしない!」
「………でも、『証明しろ』って言われたら………」
「通話記録でもなんでも開示してやるよ!」
「通話記録!」「そっか! その手が!」「さすがはトモさん!」
笑顔でトモを褒め讃える竹ちゃん。トモは竹ちゃんに笑顔が戻り自分を褒めてくれることにデレデレしている。
「ど、ど、」「どういうことよ」小娘がようやく再起動した。
「なんであんたが、トモくんと、『朝まで一緒』、なんて――」
「なんでも申されましても」
質問されたお姫様は生真面目に正直に答えた。
「同じお部屋で寝起きしていますから」
「―――は?」
ポカンとする小娘。いや、小娘だけじゃない。あっちもこっちもポカンとしたり赤くなったり青くなったりしている。「同棲……?」「未成年が……」次第にザワついてきた場に竹ちゃんひとりが首をかしげている。トモは顔を伏せ目元を覆い、深く深ぁくため息を吐き出した。
「………竹さん」「それナイショの話」
「え?」
キョトンとするお姫様にトモは苦笑で人差し指を立て自分の口に当てた。
「ナイショ」
「―――!!」
途端に顔色を悪くするお姫様。それまでの威厳や気品をどこに投げ捨ててきたのか、あわあわとうろたえた。
「ご、ごめ……!」
「え!? え、え! ど、どうしよ……!」
あっちを見こっちを見、ひなちゃんに救いを求め顔を向ける竹ちゃん。が、そのひなちゃんが頭を抱え晃くんになだめられているのを見つけ、さらにショックを受けてしまった。
「いいからいいから」「大丈夫大丈夫」
「ご、ごめんなさい……」
ショボンとしょげるお姫様。「ダメな子でごめんなさい」「ごめんなさい」何度も何度も謝るから逆に可哀想になってくる。メソメソと泣きそうになるのをトモが頭を撫で手を握り必死でなだめる。ようやく復活したひなちゃんが竹ちゃんを回収。グズグズ言い出したのをなだめていた。
「……………あー……………」
疑惑や呆れやら軽蔑やらの視線を向けられたトモが「ゴホン」とひとつ咳払いをする。
「一応弁解させてください」
キリッとした顔作っても今更だぞ。耳の赤み取れてないぞ。
それからトモは説明をした。
「現在彼女と自分が暮らしているのはこちらのご一家の管理する家です」「その家には他にも大勢の大人が同居しています」「先程彼女が言った部屋もふたりきりではなく、保護者替わりの大人が一緒です」「そのひと達と一緒に彼女の看病にあたっていました」
「先程も説明したとおり、彼女は昨年末から意識不明の状態でした」「現在暮らしている部屋はそのときから使っている部屋です」「彼女を目覚めさせるために看病したり治療したりするのに常駐しはじめました」「意識が戻ったあとも高熱が出たりで看病が必要で、そのために彼女の部屋での寝起きを続け現在に至ります」
「最近ではかなり体調が良くなりましたが、これまでにも突然悪化することもあり、現在も彼女の部屋で俺も寝起きしています」「もちろんふたりきりではなく、他の大人も一緒です」
「誤解を招く言い方をしてすみません」
頭を下げるトモの奥で、申し訳なさそうにしょげかえった竹ちゃんも頭を下げる。ひなちゃんも一緒に頭を下げなっちゃん達もうなずいて話の裏付けをしたおかげか、どうにか疑惑は晴れたらしい。
「そういうわけで、彼女の看病で一緒の部屋にいるだけで、いかがわしい行為はまだしていません」
『まだ』というところが生々しく、それが逆に正直に言っていると理解できた。おまけに先程のお姫様の無自覚っぷり。大人が心配するようなことは一切ないと察せられた。先程からの『呪われた』状態と合わせ、生ぬるい表情を浮かべる者、ホッと胸を撫で下ろす者、憐れみのこもった眼差しを向ける者など、様々な反応があった。
「―――嘘よ!!」
なのに小娘は変わらず騒ぎ立てる。
「私以外の女と『一緒の部屋』なんて!」「なにかの間違いよ!」
話通じねえなあ。正樹がどれだけたしなめても抑えようとしても全然効果なし。
「この女の妄想よ!」「いやらしい! いかがわしい!」「こんな女、トモくんにふさわしくない!」
「どちらかというとトモが離さないんだけど」
「だよねえ」
意味不明なことを言い出した小娘にトモがイラつく横でヒロくんとなっちゃんの軽いやりとりが交わされる。
その奥でひなちゃんが晴臣くんとこしょこしょなんかしている。洋一と由樹を呼び寄せさらにこしょこしょ。話が決まったらしく、晴臣くんがトモの前に出た。
「失礼します。西村家の担当弁護士でございます」
「そこのあなた」
「話が進まないのでご退場願います」
「後ほど精神病院の紹介状を差し上げます」
「それとも警察がよろしいですか?」
にっこり顔の晴臣くんにも噛み付く小娘。その笑顔の質を変え、晴臣くんが獰猛な狐をのぞかせる。
「椿さんへのイジメの証拠はすべて揃っております」
「智子様からお預かりしております」
「当方は刑事でも民事でも、どちらでも構いませんよ」
平謝りに謝る正樹と違い、小娘と母親はギャンギャンとわめく。それをまるっと無視し、晴臣くんがさらに告げた。
「ともかく、この場はご退場ください」
「これ以上進行を妨害されるならば、強制手段を取らせていただきます」
「大変申し訳ありませんでした」深く謝罪した正樹が小娘を抱えて飛び出した。小娘の叫び声が遠ざかっていく。醜悪な顔をしている母親は晴臣くんをにらみつけていたけれど、しれっと無視する晴臣くんになにを言っても無駄と悟ったのか、腹立たしげに座り直した。




