西村秀智と『静原の呪い』57
息子達との対面を無事終えた。
息子は元気でしあわせそうだった。奥様改め竹ちゃんはかわいい良い子だった。守り役様こと黒陽さんも頼もしい良いひとだった。「よかったね」と全員で喜んだ。
昼飯を終えたあとは青眼寺へ。麻比古と久十郎もそのまま一緒に向かった。
久々の鳴滝は変わっていなかった。まあ一年しか経ってないからな。
迎えに出てくれた義弟に本堂に連れて行かれ御本尊様にご挨拶。プライベートエリアに移動し、ご先祖様と両親にご挨拶。トモに会ったこと、『奥様』も連れて来ていて、ふたりの結婚を認めたことを伝えた。義弟も由樹も喜んでくれた。
『奥様』と呼んでいた童地蔵をなんかの対価として手放したこと、『奥様』が『異世界のお姫様』であることは対外的には内緒にしておいて欲しいことなど、聞いたことを明かしていく。
「またトモから説明があると思うけど、先に伝えておくよ」と言えば「義兄さんにしては気が利くね」「誰に言われたの?」と笑われた。なんでだよ。失礼だな。
法事の日の流れと段取りを確認。「こことここで挨拶しろ」と義弟が言う。へいへい。わかりましたよ。
こちらの近況報告をし、竹ちゃんの可愛らしさとトモの変わりようを伝え、黒陽さんのカッコよさを語った。
義弟夫婦からも近況報告を聞く。ウチの連中も寺の連中も勢ぞろいでワイワイと賑やかな時間を過ごした。
「――実は、ひとつ迷惑をかけることがある」
改まった義弟が言うには、今度の法事に「勘当した息子を出席させる」「そこで何らかの結論を出させる」と。
「正樹だっけ?」「結局なにして勘当したんだっけ?」
「これだから義兄さんは」ため息まじりの義弟にウチの連中が追随して俺をディスりやがる。くそう。
義弟である洋一と嫁の由樹の間には子供が三人。長女の沙樹の下に双子の息子の正樹と直樹。一応正樹が兄。
沙樹は祓い師で他の寺に嫁に出た。子供が三人。全員能力者。正樹と直樹は退魔師。直樹は沙樹の友達の美波と結婚して今はふたりの子供がいる。そのふたりも能力者で、術者と退魔師として活動中。洋一達と同居はせず、近くに暮らしている。
で、問題の正樹。
こいつが十五年前、性質の悪い女に引っかかった。
正樹の両親である洋一と由樹をはじめ、俺の両親、直樹達、寺の妖達、『西村のきょうだい』達、正樹の友人知人、寄ってたかって説教したり説得したり泣き落としたりとしたけれど、頑固者の正樹は己の信念を曲げなかった。結果、勘当。籍を抜き相手方の名字を名乗らせ、退魔師も引退させ、『西村』とも寺とも「無関係」と広く周知した。
以降身内のどんな集まりにも呼ばず、一切関わらせず、他人として過ごしてきた。
双子の片割れの直樹はこっそりと連絡を取り合っているが、死んだ両親も洋一達も知った上で黙認していた。
その正樹を、正確には正樹とその妻と一人娘を、今度の法事に呼ぶと。そこで「なんらかの結論を出す」と。
「これ、義母さんから義兄さんへ」
義弟が出してきた封筒は母のお気に入りのもの。糊とテープと術でしっかりと封がされているそれを開封し、中をザッと読む。
「………また面倒なことを………」
ついぼやく。
「これ、おまえら見たのか?」
「義母さんがそれだけ厳重に封をしているものを見れるわけがないじゃないか」
「………母さんからなんて聞いてる?」
「『自分の三回忌がタイムリミットだ』と」「三回忌に呼んで、そこで『決着をつける』と」「『細かいことは安倍家の晴臣さんに頼む』って」
「………ふーん………」
便箋に目を落とし、洋一と由樹に目を向ける。ふたりはいつもどおりの落ち着いたたたずまいで座っていた。
寺の連中もウチの連中も俺を注視している。心配を隠さないもの、冷静を取り繕っているもの、『決着』の意味がわかって諦念を浮かべるもの。
俺の留学についてきてくれた暁月達以外はずっと寺に居着いていて、正樹のことを生まれる前から見てきた。だからこそ気にかけているし、予想できる『決着』に胸を痛めているんだろう。ウチの呉羽と碓水も目を伏せたまま。
「……………まったく、母さんは……………」
「死んでもこき使うんだからな……………」
ふう、とため息を落とし、手の中の便箋を『火』の術で燃やす。灰ひとつ残さず消えた便箋。わずかな煤のニオイも『風』の術で散らす。
「―――おまえらは」
「いいのか?」
洋一と由樹に問えば、ふたりとも静かにうなずいた。
それこそ母さんになんか聞いていたんだろう。もうすでに覚悟を決めていた。
「―――わかった」
「ただし、条件がある」
なにを言い出すのかとこわばる一同に、わざと軽ーく告げた。
「『決着』をつけるのは、竹ちゃんが帰ってから」
「あのお人好しのお姫様に、俗世の汚いモノは見せられない」
「そんなことしたらトモが怒り狂う」
そこからいかにトモが過保護に竹ちゃんを構っているか、どれだけ甘くデレデレと接しているか聞かせた。
「あのトモが!?」と驚くもの、「さすがは玄治の孫」「玄治と同じことしてる」と笑うものもいた。
そうして両親の思い出話になり、重苦しい空気が薄まった。
「法事より先に挨拶に連れて来るよ」「明日静原に行くからその帰りにでも」と約束した。
◇ ◇ ◇
それから次々とひとが来て、夕方には賑やかな歓迎会が始まった。仕事や学校が終わって駆けつけた洋一の家族。『西村の子供』達。『生活向上委員会』のメンバー。一年ぶりの再会に共に喜び、近況を報告しあい、うまい料理に舌鼓を打った。
長命種や付喪神は外見年齢が変わらないが、成長期の子供は一年会わなかっただけでガラッと変わる。一昨年は数年ぶりに会った蓮と誠一郎の変わり様にたまげたが、今年はその弟妹達の変化に驚いた。「一年でこんなに変わるか!?」とつい口にして笑われた。
それぞれに土産をたんまりと渡し、ねだられるままにアメリカの話をし、英語習得の方法なんかも話した。
緊急呼出に備えて酒を口にしないヤツもいれば浴びるように酒を流し込むヤツもいる。ワイワイと楽しい時間を過ごさせてもらった。
◇ ◇ ◇
翌日も忙しくあちこちに顔を出した。
トモと竹ちゃんと一緒に静原に挨拶に行った。黒陽さんは隠形でついてきた。静原の誰にも、俺達にも悟らせない隠形なんて初めてで「さすがは『異世界の姫様の守り役様』」と全員が舌を巻いた。
静原では予想どおり勇おじさんが頭を抱え、対面した全員がトモの変わり様に絶句すると同時に納得。竹ちゃんの礼儀正しさと可愛らしさとトモを大切にしてくれる様子にこれまた全員が感動し、ふたりのお付き合いと婚約と結婚を祝福してくれた。
竹ちゃんが『黒の姫様』ということはナイショのまま説明。
「ばーさんの知り合いの教授に呼び出された帰りに偶然出逢った」「主座様直属の俺が同じ直属のところに呼び出されたときに、そこで眠り続ける竹さんに再会」「霊力過多症で意識のない状態になって保護されてた」「最初に出逢ったときは霊力過多症で肉体から離れてる魂の状態だった」「色々あって、どうにか魂が肉体に戻った」「霊力は一般人並になった」「まだ不安定でいつ発熱するかわからない」「一般人向けには『手術が成功して元気になった』って話してる」
トモが安倍家の主座様直属ということは周知の事実。安倍家が高霊力保持者を保護する活動をしていることも広く知られているので、この説明に全員が納得。
「静原を納得させられたら他も納得させられるだろう」確かな手応えに息子は満足そうだった。
一旦トモ達と別れ、『マコの御神木』にご挨拶。『守護者』にも挨拶をし、そのまま世話になった神職の神社へ。挨拶を済ませ墓参りも済ませた。昼食を済ませてから義弟夫婦のところへ。寺の駐車場でトモと竹ちゃん、今度はちゃんと見えるようにした黒陽さんと合流。全員揃って玄関をくぐった。
本堂で御本尊様にご挨拶をし、プライベートスペースへ移動。改めてトモから紹介とあれこれ説明を受け、竹ちゃんも挨拶をし、洋一も由樹もふたりのお付き合いと婚約と結婚を祝福した。
ふたりは母からトモが『開祖様』であることを聞いていた。母が「いつか『奥様』に逢えますように」とずっと願っていたことも。加えて俺が事前に話を通していた。
だから「俺、『呪われた』」「このひとが俺の『唯一』」そんな雑な説明ですべてを理解し、諸手を挙げて喜んだ。
こちらには『奥様』が『異世界のお姫様』と知られているので、ある程度の情報を開示。黒陽さんも「守り役」と紹介。一般人向け、能力者向けの説明も明かし、他にも色々説明し「『黒の姫』と『神宮寺竹』は別人てことでよろしく」と頭を下げた。
諸々の話を義弟夫婦は納得し、ふたりを祝福。息子達はホッと息をつき、しあわせいっぱいの顔で微笑みあった。
今後の話になったときに由樹から「できれば今後も茶室スペースを使わせてもらいたい」と申し出があった。
あの家は茶道家の母のために父が建てた家で「茶道家の夢が詰まっている」。いつか母も由樹もそう言っていた。
母の存命中はそこでお稽古も行事も行っていたが、母の没後は「喪に服す」として寺で代替していた。
それは住人であるトモに配慮してのこと。母がいたときならともかく、自分の家に知らない人間が出入りするのは嫌だろうという配慮から。
母が亡くなる前に道具類やらなんやらを寺に移し、稽古できる体勢は作っていた。母が亡くなる直前から寺であれこれやっていた。けれどやっぱり「あのお稽古場があれば」と思うことが多いし、門弟達からも「あちらは使えないか」と問い合わせを受けることも多い。
そんな話をグチグチグチグチとし、「プライベートスペースとは別になるように工事したらどうか」という提案もしてきた。
「じゃああの家、全部おばさんに譲るよ」
あっさりとトモは決めた。
「俺は竹さんがいてくれればどこでもいい」「今のまま安倍家の離れに住まわせてもらう」
由樹と洋一が戸惑っている間にあちこちに電話をかけ、トモが安倍家の離れに正式に住むことが決まった。
「引っ越しするから数日ちょうだい」「生前贈与になるから弁護士連れて来る」
テキパキと決めていく息子はイキイキしている。竹ちゃんとの新生活にウキウキしているのは誰の目にも明らか。そんな息子に義弟夫婦は「まさかトモが義父さんみたいになるなんて」「やっぱりお義父さんの孫ね」と驚きとともに深く理解をしていた。
なっちゃんにもその場で連絡。近々残っている荷物を取りにくることになった。息子は俺にも「残している荷物を整理しろ」と命じてきた。「全部捨てていいよ」と言ったが「自分で処理しろ」「おじさん達に迷惑をかけるな」と説教してくる。面倒。無限収納に全部突っ込もう。
そう考えたのもお見通しで、今日も同行してくれている久十郎に俺の見張りと片付けの完遂を命じていた。くそう。
「おばさんならあの家を活かすことができる」「俺じゃあ宝の持ち腐れだ」「俺も気にはなってたから、おばさんが言ってくれてよかった」トモにそう言われ、恐縮していた由樹もようやく肩の力を抜いた。
「それならいっそ」と洋一と由樹があの家に引っ越すことも決めた。「蓮の結婚に合わせて引っ越そう」と。
適正や本人の希望やあれやこれやを鑑みた結果、寺の後継者は洋一の孫の蓮にお願いすることが決まっている。母が亡くなる前に決めた。母が。
洋一の息子であり蓮の父親の直樹は中学校の教師をしている。夜は退魔師。寺が忙しい期間は学校が休みだから寺の手伝い。
「今のままでいい」と直樹本人が希望した。「寺を継ぐよりも生徒達に向き合いたい」「自分は補佐向きだ」と。
蓮には高校時代から彼女がいる。なんと静原の勇おじさんの曾孫。退魔師をしているバリバリ現役の武闘派。初めて聞いたときは耳を疑ったが、ふたりが並んでるのを見ればなるほどお似合いだと納得した。
そのふたりが高校三年生のときに母に呼び出され色々発破をかけられ、結婚することを決めた。と聞いている。が、俺は「母にゴリ押しされた」んだと思う。あの母の圧に若造があらがえるわけがない。
ともかく、現在ふたりは大学生。卒業後すぐに結婚するか、数年社会経験を積んでからがいいかと言っていたが、両親の家に引っ越すならば「隠居しよう!」と義弟夫婦は言い出した。「蓮が大学卒業したらすぐに跡を任せよう」「凛ちゃんと結婚してもらって、凛ちゃんにも奥向きのことを引き継いでもらおう」と。
「今大学二年生」「卒業まであと二年ある」「その間に少しずつ引き継ぎして、卒業後すぐに結婚して住職になってもらおう」
寺に居着いている連中まで大喜び。やんややんやの大騒ぎになってしまった。
「ちゃんと本人の意思を確認しなよ?」「無理矢理やらせんなよ?」トモの忠告を一応は聞いていた。が、由樹が乗り気になってるからもう確定だなこれ。がんばれ蓮。南無。
なにはともあれ顔合わせはひとまず済んだ。蓮をはじめとする義弟夫婦の子世代孫世代は「法要のときに紹介しよう」「話だけはしておく」と義弟が約束してくれた。細かいところを打ち合わせして、寺を後にした。
そのまま息子達を俺達が泊まるホテルに連行。部屋に備え付けのキッチンで新八郎達が作ってくれた夕食をみんなで囲んだ。ルームサービスも頼みワインも開け、賑やかな夕食になった。竹ちゃんは賑やかさに目を白黒させていた。マコが大喜びで竹ちゃんを構い倒しては息子に叱られていた。他愛もない話をし、一緒に飲み食いし、帰る頃には竹ちゃんも黒陽さんも笑顔がやわらかくなっていた。
◇ ◇ ◇
日中は学会だ対談だ講演会だと忙しい俺達。日によっては夜も食事会やら懇親会やらが入れられている。そんな隙間に息子達との時間を作る。『ねじ込む』と言ったほうがいいような短時間。食事を一緒に取ったり。講演会会場まで来てもらって一緒にお茶したり。ホテルのケーキバイキングを楽しんだり。
短時間でも毎日顔を合わせているからか、こちらが最初から好感度MAXだからか、竹ちゃんと黒陽さんから次第に力みが抜けてきた。
そうして迎えた結納。
いやあ、良かった。
笑顔しかない、素晴らしい時間だった。
結納なんて初めてでなにをどうしたらいいのかさっぱりだったが、安倍家の晴臣くんがなにからなにまで手配してくれ指示してくれたのでどうにかなった。
竹ちゃんの祖父母が結ばれたきっかけがウチの両親らしい。どうせ余計なことに首を突っ込んでお節介したんだろう。あのふたり、いや、あの母らしい。
仕事の手伝いに来てくれていたヒロくんからトモのことを聞き、青眼寺の関係者であること、両親は亡くなったことを聞いた竹ちゃんの祖父母とご両親。わざわざ線香をあげに鳴滝まで行ってくれていた。
そのとき対応した義弟夫婦が言っていたとおり、竹ちゃんのご両親も祖父母も善良ないいひとだった。
結納を交わし書面も交わし「これにておふたりは正式に婚約者となられました」と弁護士でもある仲人役の晴臣くんが宣言。息子も竹ちゃんもホッとしたようだったが、俺もなんかホッとした。
「ようやく結ばれた」「母さんの、ご先祖様の悲願が叶った」そう感じ、なんだか胸が熱くなった。
「竹を頼む」「よろしくね」息子に語る竹ちゃんのご両親が息子を頼りにしてくれているのも、大事な大事な娘さんのお相手として認めてくれているのも伝わって、ああありがたいなあと感じた。
このご両親ならば息子もかわいがってもらえる。息子も竹ちゃんもしあわせに暮らせる。それが確信できた。
マコも同じように理解したらしい。目を潤ませて息子達と竹ちゃん家族のやりとりを見つめていた。
「竹さんのご両親だけは俺達の事情全部知ってる」息子が事前に言っていた。
竹ちゃんを『黒の姫』と知っても変わらず竹ちゃんを『ただの自分達の娘』として接し、トモを『主座様直属の能力者』『青眼寺の関係者』『西村智子の孫』『有名研究者の息子』と知ってもただ『大事な娘のお相手』としてくれるご両親。『霊力なし』で能力者とは無縁なことを除いても、なかなかの人物だと言える。
普通はチカラのある者と縁続きになったら大なり小なり態度が変わる。俺自身『青眼寺の子』『西村智子の子』『有名研究者』と知られたことで対応を変えられたことは腐るほどある。なのに竹ちゃんのご両親も祖父母も態度が変わらない。
『西村』を、『青眼寺』を、『西村智子』を知っていて、その縁者である俺を目の前にしてこの態度。根が善良なんだろう。
ひとをみる『目』があると定評のある俺が見ても嫌悪感をまったく抱かせない。そういう人間は貴重。いいひと達と知り合えたと、俺のほうがうれしくなった。
中学生の息子さんはちょっと腐りかけてるけど、まあ中坊なんてこんなもんだ。通過儀礼通過儀礼。数年後に黒歴史にのたうちまわれ。
◇ ◇ ◇
楽しく食事をして神宮寺家の皆さんと現地解散したあとはそのまま晴臣くん夫婦に連行された。トモも竹ちゃんも一緒に行動。ホテルで待機していたメンバーを回収し、隠形で護衛してくれていたメンバーも合わせた全員で安倍家の本拠地へ。麻比古久十郎も一緒。
「どうぞどうぞ」と勧められるままに移動した先で主座様をはじめとする安倍家の皆さんと再会。諸々の御礼を申し上げればむこうからもこれまでのあれこれの御礼を言われた。
そのままトモと竹ちゃんの『婚約おめでとうパーティー』を開催してくれ、ウチの連中とともに参加した。
安倍家側のメンバーには一年ぶりの霊玉守護者達に加え、噂の晃くんの彼女のひなちゃんもいた。
そのひなちゃんから根掘り葉掘り話を聞かれる。能力者としてどんなことができるのか、研究していること、退魔師現役時代のあれこれ、トリアンムのこと、マコと結ばれるまでのあれこれ。
ひなちゃんの話の向け方がうまいこと、興味津々なのを隠すことなく目をキラキラさせて聞いてくれることから、つい口が軽くなり、あれもこれもと喋っていた。
ひなちゃんはマコにもウチの連中にも色々聞いていた。そのおかげもあって初対面のひと達とも親しく会話を楽しめた。
噂の白露様にご挨拶できた。白い虎と聞いていたが長い銀髪の超絶美女だった。ウチも似たような存在ばっかりなので「今日は虎じゃないんですねー」としか思わなかった。そのまま口にすれば「そうなのー」と楽しそうに笑っておられた。
他にも美女がわらわらいた。まとめて「主座様直属」「『能力者』なので身分を明かせない」と、お名前だけうかがった。が、周囲の様子から竹ちゃんと同じ『異世界の姫様』と黒陽さんと同じ『守り役様』だとわかった。
マコもウチの連中も薄っすら気付いている。が、竹ちゃん黒陽さんに慣れたせいで他の『姫様』『守り役様』にもフランクに接している。当の『姫様』『守り役様』が気にしておられないからまあいいだろう。
ていうか、『たかまがはら』という『世界』の身分制度や上下関係はどうなってんだ? 俺達みたいな下々が普通に接しても怒らないどころか喜んでるって。
麻比古と久十郎がひどく気にするから主座様にこっそりと確認を取った。「そのまま気にしないでいい」と言われた。主座様がそうおっしゃるならば俺達はそれに従うだけだ。うん。麻比古と久十郎もそれで色々飲み込んだ。
ウチの息子同様、他の霊玉守護者達も成長していた。「いかにも事情聞いてます」という顔でカマをかければ話を聞けた。五人とも同じ『異界』で三年半修行してきたと。
その『世界』について、修行について、色々と話を聞く。なかなか興味深い。
「俺も行きたい」と話していたら耳聡い新八郎に叱られた。
「機会があったら誘いますね」晃くんが約束してくれたのでよーくよーく頼んでおいた。
息子と竹ちゃんの結納の話をしていたら、ヒロくんが美女のひとりとお見合いすることが発表された。家同士の都合で『見合い』の形を取るだけでほぼ決まりだと。ヒロくんからの告白を菊ちゃんが受け入れたと。今日菊ちゃんの親から菊ちゃん本人にようやく話が来たから「見合いを受ける」と答えた話を菊ちゃんが披露した。
梅ちゃんが「おめでとう!」「よかった!」と抱き着くのを「まだ早いわよ」と苦笑で応える菊ちゃん。ヒロくんはなっちゃんに言祝がれ、初めて見るデレデレとした顔で応えていた。
菊ちゃんはスンッとしているけれど、口の端がずっと上がりっぱなし。なにより瞳が喜びに染まっている。なるほどここも相思相愛かと微笑ましく、勝手にゆるむ口元を隠すためにグラスを傾けた。
「きみ達はなんかないのか?」なっちゃんと佑輝くんに話を振る。「ないですー」明るくかわすなっちゃんに対し、佑輝くんは無言を貫いた。けれど一瞬キョドリと動いた目がある人物をとらえたこと、なにより動揺したその表情。他人の感情に疎いと言われる俺でも察することができた。
「はーん」「まあがんばれよ」「来年の親父の三回忌ではいい話が聞けることを期待しとくよ」
わざとふたりに向けて言えば「なんもないですよー」となっちゃんはただ笑い、佑輝くんは黙ったま無理矢理口角を上げていた。
◇ ◇ ◇
毎朝の修行にトモと黒陽さんが顔を出してくれる。黒陽さんは当然のことながら、息子もさすがは開祖様というか主座様直属というか、レベルが格段に違う。一年前の親父の葬儀のあとは同じか俺が少し上だったのに。
「竹さんのために必死で修行してきたんだよ」
その説明になんか納得した。
なにはともあれウチの連中にはいい修行になる。
俺? 俺はいいよ。俺もう七十代だよ? 今更強くなる修行とかいらないだろ。なまらないようにするだけで十分だよ。
「そんな甘いこと言い出したときから衰えが始まるんだぞ」「その油断でお袋を喪うことになっても後悔しないか?」
説得力しかない息子の言葉に重い腰を上げる。どうにか食らいついていく。毎度毎度ヘトヘトにさせられた。
「俺このあと学会なんだけど」文句を言えば息子が回復をかけてくれる。おまけに『竹ちゃんの水』で煎れた茶もくれる。「がんばって行ってこい」息子にケツを叩かれてはしぶしぶ動いた。
学会や講演会への出席はあちこちで公表されていることもあり、知り合いが訪ねてくることも多い。開演前、休憩時間、終演後。なんだかんだとひとと会い話をする。
マコのほうには『西村のきょうだい』達が押しかけているという。マコが喜んでいるからいいが、あいつらにも困ったもんだ。
『西村の子供』『西村のきょうだい』を名乗るヤツらは、幼い頃に妖魔がらみのトラブルに遭ったヤツ。両親や義弟夫婦に救われた行き場のないヤツらが俺の両親と義弟達と暮らし、以降そう名乗っている。
だから、同じように幼い頃に妖魔にちょっかいかけられて苦労したマコは『きょうだい』だし、行き場がなくて両親が引き取ったなっちゃんも『きょうだい』。けれど連中にとって俺は「『きょうだい』じゃない」らしい。意味わからん。
「義兄さんは強いから」義弟の説明も意味わからん。けれど「あっそ」としか思わないから放置している。「『除け者にされてる』とか『マコを取られる』とか思ってない?」暁月に聞かれたこともあるが、どういうわけかそれは思わない。マコは俺のマコだし。俺もマコのだし。マコが俺を愛して大事にしてくれてるから。マコがしあわせで生き生きしてるから。俺はそれだけでしあわせで満たされてる。他のヤツがなにを言おうがどう思おうが関係ない。マコに必要以上の好意を向けるヤツは潰すけどな。
そんな『西村の子供』が俺を訪ねてきた。
学会が終わり取り囲んでいた人間も散ったあと。「お久しぶりです」と寄ってきた。
四十歳前後――マコと同年代の男女ふたり。
今日の護衛のひとりである呉羽が反応し、ふたりも呉羽に会釈をしたことで「ああ。『西村のきょうだい』か」と思い出した。
その程度の知り合い。俺と積極的に話をしたこともないし、これまでに俺個人とは関わりがなかった相手。
それがなんでここにいるのか。
「なんだよ」「マコはいないぞ」そう言ったら「マコには内緒で話がしたい」「ちょっとだけでいいので時間をもらえませんか」と言う。
なんか切実そうな、切羽詰まったような顔つき。放っておくのも面倒になりそうだと判断し、戻るところだった控室へ同行させた。打ち合わせ用のテーブルにつけば護衛兼マネージャー役の定兼が茶を出してくれた。念の為にと結界を展開してから話をうながした。
「恥を忍んでお願いがあります」
「正樹のことです」
男のほう――サトルが言う。
「秀智さん、どうにか助けられませんか?」
………また面倒な………。
ふたりともが思い詰めた表情でじっと俺を見つめる。つまりは母のあの手紙の内容を知っている、あるいは予測しているということだろう。
「なんで俺に言うんだよ」「俺関係ないだろ」
面倒なのを隠さず答えれば、ふたりは眉間に不快を乗せた。
「おかあさんが秀智さんになんか頼んだんでしょ?」女のほう――ミホが言う。
「洋一にいさんに聞きました」
洋め。余計なことを。
黙っていたらミホは勝手に続けた。
「おかあさんの三回忌で『決着をつける』って聞きました」
「無理矢理にでも正樹に『真実』を理解させるんでしょう」
「正樹が『真実』を理解したらどうするか、私達には予測できる」
「どうにか助けられませんか」
「知らないよ」
「俺は母さんに言われたことするだけだ」
すがるように言われたが一刀両断すれば、ふたりは傷付いたような、それでいて不快を示す表情で口を引き結んだ。
「おまえら知らないのか?」
「西村では母さんの言うことは『絶対』なんだよ」
「………知ってます」
「知ってるから『お願い』に来たんじゃないですか」
絞り出すようなサトルは俺をにらみつけている。威圧が漏れ出しそうなのを抑えている。
まあまあだな。が、親父の修行を受けたにしては甘いな。そう判じていたらミホがキッとにらんできた。
「だいたい元はと言えば秀智さんのせいなんだから!」
「は?」
意味のわからない文句に怒りよりも呆れが浮かぶ。
「俺関係ないだろ」
「あるもん!」
涙をにじませ怒りのままにミホは叫ぶ。
「十五年前、イサジさん? がいなくなって秀智さんがグズグズメソメソしてたから呉羽と碓水が正樹から離れたんじゃない!」
「秀智さんが仕込んだトモくんに手がかかったから正樹が放っとかれたんじゃない!」
「誰かひとりでも正樹を迎えに行けばこんなことにはならなかった!」
「秀智さんがみんな連れてっちゃったから!」
「おかあさんが! 洋一にいさんが! もっと正樹を構ってたら!」
「そこまで」
ドンドンと机を殴り喚き散らすミホの口をサトルがふさぐ。タイミングといい手の出し方といい、母そっくり。
「もうやめとけ」
「わかってるから」
鎮め方まで母そっくり。俺よりも余程実子のようだ。
目を見つめ頭を撫で、頼もしくうなずくサトル。そのままポンポンとミホの背を叩いてやる。次第に落ち着いたミホはしおしおとしょげ、俺に向けて頭を下げた。深く、深く。
「………お願いです」
「お願いします」
「正樹を、助けてください」
隣のサトルも同じように深く頭を下げる。「よせよ」「顔上げろ」命じてようやく顔を上げたふたり。悲壮感が増した顔で尚もすがりついてきた。
「秀智さんならどうにかできるんでしょう?」
「できるわけないだろうが」
即答する俺に「だって」とミホがしぶとくすがる。
「だっておかあさんが言ってたもん」
「『ヒデさんは優秀だ』って」
「洋一にいさんだって言ってた。『義兄さんはすごいんだ』って」
「おとうさんだって『あいつはなんでもできる』って」
「由樹ねえさんも『人間性に問題はあるけれど優秀』って」
俺には散々にこきおろしてくれた両親だが、外向きにはそれなりに評価してくれていたらしい。洋一は高評価してくれていると知っていたが、まさか由樹までもそう言っていたとは。言い方が由樹らしいといえば由樹らしい。
「正樹は悪くないの」
「馬鹿なだけなの」
「『信じる』と決めたら信じぬく。誰がなにを言っても聞かない。疑問に思うことも考えることもしない。言われたことをそのまんま信じる、馬鹿なの」
「どうしようもない馬鹿なの」
「馬鹿だけど」
「そんな正樹に、救われてきたの」
「馬鹿だけど」
「馬鹿だけど―――私達の『きょうだい』なの」
訴えるにつれ視線が下がるミホ。雫がポタリポタリと落ちる。
「『西村のきょうだい』じゃないけど」
「でも、一緒に育ててもらった『きょうだい』なの」
顔を伏せたままミホは再び頭を下げる。
「お願いします」
「お願いします」
「正樹を助けてください」
「洋一にいさんを、由樹ねえさんを、沙樹さんを、直樹を、助けてください」
痛そうな表情でミホを見守っていたサトルは俺に視線を合わせ、同じように頭を下げた。面倒くせえ。
どうしてやろうかと腕と足を組んでふたりの頭頂部を見ていたら、呉羽がふたりの後ろへと移動した。そして俺に向け九十度に腰を折り頭を下げた。
……………。
呉羽の態度に、ウチの連中全員が同情的になっちまった。定兼からの視線が刺さる。他の連中も物言いたげな顔で俺に目を向けてきやがる。
―――ああ。もう。面倒くせえ。
「………俺に言う前に自分が動けよ」
腕と足を組んだまま、投げやりに言葉を放った。
「『頭下げればどうにかなる』なんて、甘いんじゃないのか?」
正直に告げただけなのに、ふたりはピクリと固まった。威圧が、怒りがふたりの身体からにじみ出る。
のろりと顔を上げたサトルが俺をにらみつけてきた。なかなかの威圧だな。まあ俺は平気だけど。
「………これまで十五年、僕達がなにもしなかったとお思いですか?」
「知らないよ」
「俺関係ないもん」
サラリと返せばミホも呉羽も顔を上げた。ミホも憎しみを隠していない。正直に答えたのに、なんでだろうな?
意味がわからなくて答えを求め定兼に視線を向けた。『これだからヒデは』と言いたげな顔でちいさく首を横に振った。解せぬ。
呉羽はといえば、諦めた様子で顔を伏せたまま肩を落としていた。
「―――由樹ねえさんの言うとおりですね」
ギリ。机の下でサトルの拳が固く握り込まれた。
「それでも僕達は、貴方にすがるしかないんです」
「お願いします」
「正樹を助けてください」
「お願いします」
再び頭を下げるサトル。ミホも歯を食いしばり、頭を下げた。面倒。
「マコに言えばよかったじゃないか」
「『マコの頼み』なら、俺はなんでも聞くぞ」
「マコが望むなら、それこそ洋一の首でも取るぞ」
わざとそう提案すれば、ふたりはゆっくりと頭を上げた。俺の真意を探るようにじっと見つめてくる。
「―――そうしてマコを利用した僕達は殺されるんでしょ?」
「当然だろ」
フフンと嘲笑い、ふたりの目をじっと見返す。
「マコを利用するものは許さない」
「それでマコに嫌われても、マコを守るのが俺が第一に優先すべきことだ」
ちょびっとだけ威圧が漏れた。正面から受けたふたりはグッと詰まり、顔色が悪くなった。
心配そうな呉羽が動くよりも早く、サトルがため息と共に答えた。
「―――マコにはなにも言っていません」
「マコは関係ない」
「俺はあるのかよ」
「おかあさんになにか頼まれたんでしょう?」
「関係あるじゃないですか」
………まったく、母さんは。面倒ばかり押し付けてくるんだから。
黙る俺にサトルはさらに続けた。
「『なにか頼まれている』と知った上で、お願いします」
「どうか正樹を、助けてください」
「せめて生命だけは助けてください」
「お願いします」
また頭を下げるサトル。ミホも、呉羽まで。ああもう。
はあぁぁあ。ため息を吐き出し、ガシガシと頭を掻く。面倒くせえ。面倒くせえ。
チラリ。定兼は同情的。『どうにかしてやりなよ』と顔に書いてある。チラリ。他の連中も同情的。『呉羽さんがここまでしてるんだから』と書いてある。
………碓水がいなくて助かったな。あいつまで参戦してこられたらさらに面倒だったに違いない。
護衛は交代制。半分は俺とマコそれぞれの護衛、四分の一は本拠地の警備、残りの四分の一は休み。今日の碓水はホテル警備で残っている。
再び腕を組みふたりの頭頂部を見つめる。情報開示するか? だがそんなことしたら母さんにどやされる。さてどうしたもんか……。
「―――死ぬほうが楽になることもあるぞ?」
「そのほうが尊厳を守ることになることも」
チラリと匂わせる俺の台詞に、ふたりと呉羽はようやく顔を上げた。そのまま真意を探るように見つめてくる。凪の表情で受け流しているうちにふたりは悩みはじめた。苦悩しているとわかるしかめっ面。感情制御がなってないな。そんなんじゃ親父にどやされるぞ。そう教えてやろうかと思ったが俺関係ねぇやと思い直し黙っていた。
「……たとえそうだとしても」
先に口を開いたのはサトル。顔を上げ、俺の目をまっすぐに見つめ、言った。
「僕は――正樹に生きていて欲しい」
「―――それは『おまえの意見』だろ」
「『正樹の希望』は違うかもしれないだろ」
正論を返せばグッと詰まるふたり。迷いが浮かぶ。
「―――それでも」
迷いを残しながらもサトルが口を開く。
「それでも、僕は―――諦めたく、ないんです」
「蜘蛛の糸があるなら、すがりたいんです」
「あの日諦めなければ運命は変わったと思うから」
サトルの言葉にミホが迷いを消し、じっと俺を見つめてきた。
「どうするのが正解なのかわからない」
「『わからないときは自分の気持ちに素直になれ』」
「おかあさんに言われました」
母の言いそうなことをサトルが口にする。ふたりの背後にウフフと微笑む母の幻影が見えた気がしてげんなりした。
「……………まったく、母さんは……………」
「余計なことを……………」
はあぁぁあ。深く深くため息を吐き出す。うつむき考えを巡らせる。さてどうしたもんか………。
どうにか重くなった頭を起こす。ふたりも呉羽もただじっと俺を見つめていた。
「―――言いたいことはそれだけか?」
「はい」
答えを出さない俺に、サトルはただ答えた。引き際をわきまえている。
「―――聞かなくていいのか?『母さんになにを頼まれた』と」
「聞いたら教えてくれますか?」
「教えるわけないだろう」
わざとした提案は苦笑で流された。だからこちらもバッサリと返す。
「そんなことしたら母さんにクソ怒られる」
「おまえら知らないだろう? あのばーさん、怒るとめちゃめちゃこわいんだぞ!?」
「はっきり言って鬼だぞ! 鬼女!」
いかに母が恐ろしいか訴えようとしたのに「それは秀智さんが悪いんでしょ?」と呆れの混じった声でサトルがぶった斬りやがる。
「僕達にはやさしいおかあさんでしたよ」
「そりゃ厳しいところもありましたけど」
「そこも含めて、いいおかあさんでした」
「おかあさん達のおかげで僕もミホも今こうして生きている」
微笑むサトルとうなずくミホ。ホントあの母は外面がいい。
「子供の頃の秀智さんがどれだけ大変だったか聞いてます」
「そりゃああのおかあさんだって怒りますよ」
「ナニ聞いたんだよ」「誹謗中傷だろ。名誉毀損だろ」
「いやいや。ヒデはホントに大変だった」
「そうだったな。次から次へと問題を起こしていた」
ミホの発言に顔をしかめれば、すかさず定兼と呉羽が口を挟む。これだから長命種は。
「ああだった」「こんなことも」とふたりが例を出し「どう思う?」と他の連中に意見を求める。全員が「ヒデが悪い」と判じやがった。解せぬ。
ぶすっとする俺に笑いが起きた。場が緩んだのを見計らった定兼が「もう撤収時間になるから」とふたりを促し帰らせた。
展開していた結界を解除。ふたりは深く一礼して部屋を出た。扉が閉まるより早く呉羽が飛び出し、ハグを交わす。扉明けっ放しでそんなことをしてるから丸見え。勝手に持ち場を離れた呉羽に誰一人不快を見せない。短く言葉を交わし別れる三人に、なにもなかった顔をして持ち場に戻る呉羽に、誰も彼もが同情的な視線を向ける。そうして責めるような、どうにかしてやれよと訴えるような顔を俺に向ける。
そんな視線も無言の圧もまるっと無視し、撤収作業を指示した。
◇ ◇ ◇
実家で母からの手紙を受け取って一週間。
母からの手紙になにが書いてあったのか、あの日以来誰一人聞かない。マコすらも。俺と洋一夫婦の様子から深刻な話だと理解しているのだろう。
ウチの連中のなかでも、正樹を生まれる前から見てきた呉羽と碓水が目に見えて沈んだ。特に呉羽。
もちろん表面上は普段どおりにしている。けれど元特級退魔師の俺にはお見通し。
気付いていて俺もなにも言わない。呉羽もなにも聞かない。けれど、あの日の歓迎会であちこちから色々聞いたらしい。夜にどこかに行っているのも知っている。「夜の散歩」と本人は言っている。実際俺がガキの頃もアメリカに行ってからも夜の散歩は梟の妖魔である呉羽の習性だが、それでも『ただの散歩』でないことは一目瞭然。さてどうしたもんかなあと思うけれど相談できる相手もいない。
そんな折にやって来て好き勝手言って帰ったミホとサトル。もう明後日が母の指定した実行日だってのに、考えること増やしやがって。
おまけに呉羽の沈みようときたら。定兼がなんか言ったらしく碓水も挙動不審。そのせいでウチの連中全員が落ち着かない。
一応トモ達が来たときには普段どおりにしているけれど、身内だけになったら途端に空気が重くなる。
誰もが気付いている。
けれど、誰もなにも言わない。
『鍵』を握らされているのは俺。
まったく、母さんは。
面倒ばかり押し付けて。
そう思いながら寝たからか。
その日の夜、思いもよらぬ来客があった。




