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西村秀智と『静原の呪い』56

「はあぁぁあ! かわいいぃぃぃ!! かわいいぃぃぃい!!!」


 震えていたマコが頬を押さえたまま叫んだ。

 びっくりする竹ちゃんに気付かないままマコは叫ぶ。


「こぉんなにかわいい()が『奥様』だったなんて!」「よかったねえトモくん!」

「そうだね」


 マコのあまりのテンションに息子の嫉妬も吹っ飛んだらしい。いつもの調子で返していた。


「いやあぁぁあ! かわいいぃぃぃ! もお、かわいいぃぃい!! ハグして撫で回したいぃぃい!!」

「それは駄目」

「えええええ!? いいじゃない!」「『家族』になったんだよ!?」「『おかあさん』て呼んでくれるんだよ!?」

「落ち着け」

「ハッ! そうだよ!」「つまり、このかわいい()、ボクの『娘』になったんだよ!!」


「はわわわわ」喜びに震えるマコ。ますます興奮してしまった。


「『娘』!」「ボク、『娘』ができた!!」


「やったあぁぁあ!!!」


 バンザイと同時に立ち上がり、マコがローテーブルを回り込んだ。すぐさま察した息子が立ち上がり肩を押さえ(とど)める。


「どいてよトモくん!」

「落ち着け」「その手はなんだ」

「ハグするんだよ!」

「駄目」

「えー! なんで!?」「いいじゃない!」

「竹さんがこわがるから駄目」

「そんなことないよ! ね!? いいよね!?」

「え、えと、あの」


 マコの勢いに竹ちゃんは完全に引いている。が、それでも生真面目に立ち上がり「ど、どうぞ?」と腕を広げた。


 その様子に息子のほうが折れた。押さえる腕をゆるめれば「キャー!」とマコが竹ちゃんに飛びついた。

「キャー! かわいいかわいいかわいい!!」「夢みたい! こんなかわいい娘ができるなんて!」「トモくんありがとおぉぉお!!」


 抱き着かれ頭を撫で回され、竹ちゃんは目を白黒させ固まってしまった。息子は「ハイハイ落ち着け」と呆れ顔。


「竹ちゃん! 今度一緒におでかけしよ!」

「予定が合えばな」

「学会連れてっていい!?『ウチの娘』って自慢したい!」

「それは駄目」

「じゃあお買い物!」「服買おう服!」「アクセも!」

「それなら、まあ」


 竹ちゃん本人でなく息子が全部答えてるんだが。


「このホテル、ケーキバイキングがあるんだって!」「今日行こ!」

「今日はもう駄目」「また後日な」

「じゃあじゃあ、明日の『御神木様』へのご挨拶、トモくんと竹ちゃんも一緒に行こ!」


 それまでは苦笑で答えていた息子が、その提案には真顔になった。


「………それはやめたほうがいい」

「なんで?」


 キョトンとしたマコの問いに、息子は言おうか言うまいか一瞬迷いを見せた。が、黒陽さんのうなずきに押されるように口を開いた。


「『お袋の御神木』は、そこまで神格が高くない」

「それなのに『黒の姫』が『特別に』参拝したとなると――」


「――間違いなく、あちこちから嫉妬される」


「……………『嫉妬』……………」


 竹ちゃんを抱き締めたままマコが呆然と繰り返す。そろりと腕をゆるめ竹ちゃんをのぞき込む。竹ちゃんは申し訳なさそうに顔を伏せていた。


「下手したら嫉妬に駆られた他の神々に潰される」

「却って御迷惑をかけることになる」

「やめておいたほうがいい」


 真剣な様子に『あり得ること』だと理解させられる。ゆるりと腕を下ろしたマコは呆然としたまま。そんなマコに、立ち尽くした竹ちゃんが絞り出すような声を発した。


「……………ごめんなさい……………」


「い、いいよ竹ちゃん! ゴメンね!?」「ちょっと思いついただけだから!」「ボクこそゴメンね!? 調子に乗っちゃったね!」


 あわあわと手を動かしどうしようか戸惑った結果、必死で竹ちゃんの頭を撫で回すマコ。

「大丈夫。大丈夫だよ!?」「ホラ。お顔上げて?」

 竹ちゃんの頬に手を添え顔を上げさせる。変顔にさせられてもされるがまま申し訳なさそうな竹ちゃん。そろそろマコを回収すべきかと考えていたら、それより早く息子がマコを()いだ。


「ハイハイ。ちょっと落ち着け」

 マコの背中を押して元の位置に座らせる息子。流れるように竹ちゃんの手を取りこちらも座らせた。


「代わりといってはなんだけど」

 自分も元の位置に座った息子が、無限収納からペットボトルを取り出した


「これ、竹さんの生成した水」

 五百ミリペットボトルを次々に取り出し、最終的に十本がローテーブルに並んだ。


「これを『お袋の御神木』に差し上げて」

「『お袋からだ』って言って」


 言われたマコは首を傾げ、竹ちゃんと息子を交互に見た。


「………ええと………??」


 詳しい説明を求める態度のマコに、トモが「これは知らないのか」と苦笑した。


「彼女、水属性特化なんだ」

「『属性特化』……ええと、トモくんみたいな?」

「そうそう」


 マコのためにだろう。息子が丁寧に説明をする。


「この『世界』には木火土金水五つの属性がある」「その五つが影響を与え合って『世界』は成立していると言われている」「この五つの属性は生き物には必ずある」「けれど、たいていは五つのバランスがいい」「時々ふたつとかみっつとか特出してることもある」

「そんな中、ひとつの属性が特出してるのが『属性特化』と呼ばれる」

「俺は『金属性特化』、その中でも『風』特化」

「で、彼女は『水属性特化』の『水』特化」


「ひとつの属性の中にいろんな属性があるってことだね」

「そう」

 マコの理解に息子がうなずく。


「彼女は『水』特化だから、大気中の水分子を使って水を生成することができる」

「そのときに、さっきみたいに彼女の霊力と『祈り』を込めてしまう」

「で、『彼女印の特別な水』に成る」


「それがこれ」息子がペットボトルの一本をポンと示す。


「水分補給たけでなく霊力も補給できる」「『場』を清めたり、瘴気に(おか)されたヒトやモノを浄化したりもできる」

「料理に使えば回復効果がつくし、製薬に使えば効果が上がる」


「すごいんだね!?」思わずこぼすマコに、当の竹ちゃんは「そんな」とちいさくなっている。


「この『竹さんの水』、今回の騒動で安倍家から京都中の能力者達や神社仏閣に配られてる」

「俺が安倍家主座直属の能力者であること、親父とお袋がその俺の両親であることはわりと知られてるから、お袋が『竹さんの水』を持っててもそこまで悪目立ちしないと思う」


「これは竹さんが『俺に』って作ってくれたもの」「だから、一般能力者向けに配付されたものよりも『チカラ』が強い」

「だから、十分『御神木』への御礼になると思う」


「そもそも配られた『水』を御神木やら神様仏様に差し上げるヤツはいないだろうし」

「もう自分達で使ってるか、『イザ』というときのために取っておくかだと思う」


 だからこそ『マコの御神木』に「どうぞ」と差し出してきたと。


「今回の事件のために、彼女、京都中の神社仏閣や『(ヌシ)』のところに参拝に行ったんだ」

「『運』を操作する相手だったから、少しでもこちらに『運』が向くようにって」

「そのおかげもあって悲願が果たせた」


「ね」竹ちゃんに向けやさしく微笑む息子。竹ちゃんは俺達に向け生真面目にうなずいた。


「で、その御礼のために、改めてあちこちにおうかがいしてるんだ」

「そのときには竹さんが霊力やらなんやら奉納してる」

「希望されるところには『水』も」


「『お袋の御神木』とそこの神様にもご挨拶に行ってる」

「そのときはそんなご縁があるなんて知らなかったから、普通にご挨拶してお願いした」

「暑い日だったから、竹さんが『水』を差し上げたんだ」

「すごく喜んでくださったよ」

「だから、これも喜んでいただけると思う」


 息子の説明に納得したマコ。「じゃあ、お預かりします」と頭を下げた。


「『トモくんと竹ちゃんからもらった』って言ってもいい?」

「『息子とその妻』なら、いいよ」


 答えた息子が「ついでに」と教えてくれた。



『異世界の姫様と守り役様』の話は京都のあちこちに伝わっていた。ヒトにも、ヒトならざるモノにも。


 今年の春に竹ちゃんは前世の記憶と霊力を取り戻した。覚醒した竹ちゃんは主座様からの依頼で京都中の結界の点検へと向かった。そのときついでにとあちこちの神仏や『(ヌシ)』のところに顔を出しご挨拶をした。そこで神使達や神職僧侶『守護者』達に目撃された。竹ちゃんはそのときから霊力を抑え普通の娘さんとしか見えないようにしていたのに、上の方々はご丁寧に「あれが『黒の姫』だ」と教えた。

 竹ちゃんは竹ちゃんで「どうせもうすぐ死ぬから」と『黒の姫』と知られても気にしなかった。


 ところが『悪しきモノ』の討伐が果たせた。『呪い』が解けた。竹ちゃんは二十歳過ぎても生きていられることになった。


 そうなると今生のご実家に迷惑がかかる可能性が高くなった。なんの関係もない一般人が有名人の実家を見に行くノリで、色々なモノがご実家に、ご家族に迷惑をかける可能性がある。だから竹ちゃんはご実家を出て安倍家の離れで暮らしている。


 春に覚醒するまでは竹ちゃんの記憶と霊力を封じた上で黒陽さんが結界で守っていた。だからそこに『黒の姫』がいるとは誰も気付かなかった。

 覚醒したのは安倍家の離れ。だからご実家にはこれまでに影響はなかった。

 けどあちこちで顔を姿を目撃された。京都は狭い街だから、どこで『神宮寺 竹』を知っているモノにイコールでつなげられるかわからない。


 そこで現在、「『黒の姫』が街を出歩く際、安倍家で療養していた娘の姿を借りていた」という話を広めている。「姿を借りてただけで別人ですよ」と。

 ちなみにトモは『黒の姫の伴侶』とされ、「『黒の姫の伴侶』は、療養していた娘の恋人の姿を借りた」とこちらも別人扱いになるよう情報を操作している。


 神仏や『(ヌシ)』などの『ヒトならざるモノ』が仮の姿を取ることは「よくあること」とかで、その説明であっちもこっちも納得しておられるらしい。

「じゃあ本来の姿を見せろ」と言ってくるモノも当然いる。基本的には「なんで『仮の姿』を取っているか、ご理解いただけますよね?」とお断りしている。が、どうしても断われない相手には『人化の術』で変えた姿をご披露している。


 その姿は竹ちゃん最初の生――『たかまがはら』という『世界』のときの姿。息子も同時代に生きていて黒陽さんの知り合いだった。なので黒陽さんの記憶を晃くん経由で『視て』その姿を取っていると。


「どんな姿!?」「見たい見たい!」マコのワガママに応えてふたりが『黒の姫とその伴侶』として対外的に使う姿を披露してくれた。ふたりともそこまで変わらない。雰囲気が同じだからか?

 竹ちゃんの明るい茶髪は艷やかな黒髪に、息子は前髪の一部が白髪になっている。

「竹ちゃん綺麗!」「トモくんもカッコイイ!」マコは拍手までして手放しで喜んでいる。マコがいいなら問題ない。


「だからみんなも俺のことは『安倍家主座直属の能力者』ってことを徹底して欲しい」

「もちろん竹さんのことも」

「俺達は『黒の姫』『黒の姫の伴侶』とは別人てことで、よろしく」


 ぐるりと全員に告げ頭を下げる息子。「りょーかい」軽く了承する俺に他の連中も続けて了承してくれた。


「そうは言っても、どれだけ姿を変えても、どれだけ情報操作しても、わかるヒトにはわかるんだけどね」

 諦めの混じった声でため息をつく息子。「それでもなにもしないよりはマシだから」と肩をすくめた。


「彼女は覚醒前に霊力過多症を発症して安倍家で療養してたんだ」

「彼女のお祖母(ばあ)さんが上賀茂の社家の出で、その伝手で安倍家に依頼を出した」

「そのご実家の社家に丁度いいネタがあるから『そのために彼女の霊力は献上されて、もう一般人並の霊力しか残ってない』って広める予定」

「で、安倍家主座直属の俺が安倍家で療養中の彼女に一目惚れした話も、『霊力がなくなっても好き』で『今すぐ結婚したい』ってワガママ言ってる話も同時に広める」


「能力者でない一般人向けには『病気で死を待つしかない彼女がヒロのところで療養していたところ、ヒロの友達である俺がたまたま遊びに行ったときに一目惚れした』『猛アタックの末結ばれ彼女は手術を決意』『手術が成功して元気になった』って広める」


「俺が『静原の系譜の男』ってことは知ってるひとは知ってる話だから、多分納得されると思う」


「また勇おじさんの頭痛の種が増えるな……」

 親父の実弟の勇治おじさんは『静原の呪い』の話が広まることに頭を痛めている。親父が『呪われた』話はそこまで広まらず『静原の呪い』の話が薄れていた。そんな頃に自分の息子と甥と孫がやらかし『呪い』の話が再燃。そこに俺まで年齢差のある結婚をしたもんだから報告に行った当時はえらくガックリしていた。


 なにが問題か。

『静原の呪い』のせいで『静原の人間は重い』と避けられる傾向がある。らしい。

 逆に、勝手に『一途』と決めつけられて知らないうちに恋愛トラブルに巻き込まれることも多いと聞いた。


 そのせいなのか本人の問題なのか理由はわからないが、未だに独身の身内が何人もいる。

 今回トモも『呪われた』となると「静原の直系でなくても『呪われる』」となり、婚期が遅れたり恋愛トラブルに巻き込まれたりする親族が増える可能性がある。

 家長は息子に譲ったものの長老として君臨している勇おじさんには頭の痛い話だろう。



「この『水』は、俺が『主座直属として働いた褒賞』として『異世界の姫様』からたくさんいただいたってことになってるから」

「この『水』を『俺からもらった』としても問題はないと思う」


 色々納得したところで息子からのペットボトル十本を俺の無限収納に納めた。


「おまえ静原には挨拶に行ったのか?」

 ふと気になってたずねれば逆に息子に聞かれた。


「静原までは行かなくていいと思ってたんだが……必要かな?」


「おまえが『静原の呪い』にとらわれたって広まるんなら、勇おじさん達に迷惑かけることになるだろ」「事前に説明して一言謝罪しといたほうがいいと思うぞ」


 そう説明すれば「確かに……」と息子は眉を寄せた。


「一応法事で会ったときに報告するつもりではいた」「竹さんも一緒に行ってもらうから、そのときに挨拶しようかと思ってたんだけど……」


「それじゃマズいかな?」めずらしく心配そうに聞いてくる息子。隣の竹ちゃんも不安顔になっている。


「俺達が帰国の挨拶に行くときに一緒に行ったら?」


 軽い提案に息子は黙った。チラリと黒陽さんと視線で会話する。やがて黒陽さんがちいさくうなずいたのを合図に竹ちゃんへと視線を向けた。


「……どうかな? 竹さん」

「私は構いません」即答する竹ちゃんにマコがピョンと背筋を伸ばす。尻尾があったらピンと立っていることだろう。


「ですが、せっかく久しぶりにお会いする方のところに私がご一緒しては、ご迷惑ではありませんか……?」

「迷惑なんかじゃないよ!」「是非一緒に行こ!」


 遠慮する竹ちゃんだったが、拳をブンブン振って喜ぶマコにキョトンとし、すぐにほにゃりと笑った。


「……では、よろしくお願いします」


 生真面目にお辞儀をする竹ちゃんにマコは大喜び。「一緒にお出かけだ!」「隣に座ろうねえ!」はしゃぎすぎて「落ち着け」と息子にたしなめられていた。


「いつ行く予定?」

「明日の午前」

 予定を告げると息子が携帯端末を操作した。


「ん。大丈夫」「じゃあ、同行させて」

「わあぁい!」

 バンザイして喜ぶマコ。まったく、いつまで経ってもいくつになってもかわいいな。


「この『水』、そんなに特別なら、半分静原への手土産にするか?」


 あの家は現在(いま)でも武闘派退魔師集団だ。なにかと役に立つこともあるだろう。そう思いついて口にしたら「それはそのまま『お袋の御神木』に献上して」と息子。


「静原の分はまた俺から渡すよ」「段ボールで渡す」

 息子がそう言うならと了承した。


「そんなに大盤振る舞いして大丈夫か?」

 麻比古がこっそりと息子に耳打ちする。この『水』のすごさを感じているらしい。久十郎も眉を寄せている。けれど息子は「問題ないよ」とあっさり答えた。


「さっきも言ったとおり、『褒賞』ってことになってるから」「俺、それなりに活躍したのは知られてるから。『姫様の水』を大量に持ってても疑問を持たれることはないと思う」

「それに、無くなったらまた竹さんに作ってもらうから」


「いい?」やさしい表情でねだる息子に竹ちゃんはうれしそう。「うん」とうなずきふたり微笑み合う。

 こちらに戻した息子の顔には『俺、愛されてるから』と書いてある。彼女からの愛を疑うことなど一切なく、愛されている自信に満ちあふれている。まさかウチの息子がこんなふうになるとは。つくづく『静原の呪い』は人間(ひと)を変える。


「あ。そうだ」「ついでだからみんなにも渡しとこう」


 無限収納から次々にペットボトルを出し「はい。ひとり二本ね」と配り出した。俺とマコにも。ホントに大量に持ってんだなこいつ。


「麻比古さんと久十郎さんのところはまた別途追加で渡すね」「子供達や村のひとにもあげるでしょ?」

「い、いや! ウチはそんな」

「ウチも、こんなものをもらう義理がない」


 麻比古と久十郎が恐縮するのを竹ちゃんが勘違いしたらしい。傷付いたようなショックを受けたような表情(かお)になり、目を伏せた。

 すぐさま気付いた息子。「遠慮しないで」とフォローを入れる。


「帰ってあちこちに報告した上での評価になるけど、今聞いただけでもみんなは相当評価されてしかるべき働きをしてくれてる」「その褒賞だから」

「『リディさんの御守り』? に『祈り』を込めてくれなかったら、俺、三年前に死んでた可能性が高い」「今回も、ものすっごい綱渡りだったんだ」「間違いなくみんなの『祈り』のおかげで生き残れてる」

「だから、逆に受け取ってもらわないと困る」「働きに対する正当な『対価』だから」


 そこまで言われ、ふたりはようやく納得した。それでも恐縮しまくっているが。

 というか、今の息子の口ぶり。相当ヤバかったんだな。


「ごめんね竹さん」「そういうわけで、また今度『水』作ってくれる?」「貴女の『水』、みんな喜ぶから」


 わざとそういう言い方をしていると察した。なるほど息子は妻の取り扱いに()けている。それだけの時間と交流を重ねてきたんだろう。


「………ご迷惑じゃない?」

「ないよ」


「俺のほうが貴女に迷惑かけることになるでしょ」「俺の関係者のための『水』作ってもらうんだから」

「そんな」


 ブンブンと首を振った竹ちゃんの目に決意が浮かんだ。


「貴方のためなら全然迷惑じゃない!」「いくらでも作る!」「いつでも、どれだけでも言って!」


 ふんす! と張り切る竹ちゃん。「ありがと」「お願いね」と答える息子のまあだらしないこと。デレッと表情をゆるめ、ぽやぽやした『しあわせいっぱい!』という顔になっている。自分も『呪われた』経験がなかったら『お前別人だろ』とツッコミを入れていたに違いない。


「うん!」と答えた竹ちゃん。と、両手を前に伸ばした。

 途端。


 その手の上に、水球が現れた。


 なんの予兆もなく、詠唱も媒体もなく。


 ポンと、それこそ無限収納から出したかのように。


 コポリと揺らぐ水球は直径一メートルほどの真円。恐ろしい透明度と清浄さ。

 虚を突かれた。この俺が。


 唖然として突然現れた水球に目を向け―――ブワッと、総毛立った。


 え。なんだこれ。なんでこんな、いや、竹ちゃんだ。竹ちゃんが生成した。無詠唱無媒体で。ナニが起こった。どうやった。

 ドッと冷や汗が吹き出す。同時に頭の中は高速で分析をする。


 俺達が固まるのをよそに、当の竹ちゃんは「このくらいで足りる?」とニコニコしている。隣の黒陽さんも同じく。

「……………ここで作っちゃうかあ……………」

 息子は引きつった笑みを浮かべ肩を落とした。


「―――あー……………」

 額に手を当て、目だけでこっちの様子をうかがう息子。マコを含めた全員が固まり冷や汗を浮かべ顔色を悪くしている。もちろん俺も。

 そんな俺達にため息をひとつつき、息子は無限収納から(から)のウォータータンクを出した。何個も、何個も。


「ひとまず、ここに入れてくれる?」

 息子の指示に「うん」と竹ちゃんが軽くうなずく。と、真円だった水球が形を変え、それぞれの注ぎ口へと吸い込まれていった。

 すべてのタンクがいっぱいになった。それでも竹ちゃんの手元にはボーリング玉サイズの水が残っている。


「暁月さん。グラスかなんかない?」

 息子に声をかけられた暁月がハッと再起動する。あわててキッチンへと向かう暁月のあとに新八郎と朱音が続き、備え付けられていたコップをワゴンに乗るだけ乗せて運んできた。

 そこに息子の指示で竹ちゃんが水を入れていく。どうにか竹ちゃんの手元は(から)になった。


「せっかくだからこれ、飲んで」

 いやおまえ、これ浄化とかに使う(もの)だろう。人間が普通に飲用すんのもったいなさすぎるだろう。

 そりゃこれなら神様への献上に使えるよ。むしろ十分すぎるほどだよ。ペットボトルはそこまでの霊力感じなかったが、もしかしてあのペットボトルに時間停止とかなんとか術がかかってんのか? それで気配がわかんないのか??


 あれこれ考え冷や汗を流し固まったままの俺達に、竹ちやんは首を傾げるだけ。どれだけすごい(もの)なのかまったく理解していないのがわかる。


 手を出さない俺達に首を傾げていた黒陽さんがポンと手を叩いた。

「おお」「冷えてないと飲みにくいな」「すまんすまん」


 次の瞬間。

 それぞれのコップの上に氷が現れた。


 コップの中の水を一滴も()ねさせることなくトプンと沈む氷。その体積で水面がコップのフチギリギリまで上がる。


 ちょっと待て。今なにが起こった。黒陽さん!? 黒陽さんが生成したのか!? 無詠唱無媒体で!?


「増えたな」「これでは飲みにくいな」つぶやいた黒陽さん。指をくるりと動かした。

 シュルリとコップから水が竜巻のように伸び、空いたコップへと移動する。そこにも氷を落とし、氷水がバランス良く入ったコップがいくつもできた。


「「「……………」」」


 唖然としてコップを見つめ、のろりと首を動かして息子に説明を求める。

 全員の注目を集めた息子は苦笑し、口の動きだけで説明した。

(ご覧のとおり)(このふたり、常識がおかしいんだ)


「「「……………」」」


 絶句する俺達に、竹ちゃんと黒陽さんは首を傾げるだけ。なにを固まっているのか、なにに(おそ)れおののいているのか理解していない。


「………なるほど………」こぼしたのは久十郎。

「久々に『じょ……』ゴホン、『文化の違い』を感じたな………」


『常識の違い』と明言してはこの非常識なおふたりが落ち込んでしまうと久十郎にも察せられたらしい。わざと言い換え、ため息を吐き出した。


「渡米してすぐは驚きしかなかったのを思い出した」

「そういやそうだったね」

「そうね。ベースになる文化の違いに毎回毎回驚いてたわよね」


 定兼、暁月も同意する。その言葉にウチの連中のこわばりが徐々にほどけていった。

 俺もなんか納得した。そうだ。異文化には異文化の常識がある。だからこれがこのひと達にとって『普通』のことなら、こちらが飲み込まなくては。


「………じゃあ、お言葉に甘えて、いただくね」

 立ち上がりワゴンからグラスをひとつ取る。そのままゴクリと一口。


「―――!!!?」


「「「ヒデ!?」」」

 驚愕に目を見張る俺に全員が気色ばむ。それを片手で押しとどめ、どうにか口を開いた。


「―――()()あぁあ!」

 プハー! 感嘆の息とともに叫んでしまった。そのままゴッゴッと飲んでしまう。

 俺の勢いに興味を惹かれたウチの連中もそれぞれにコップを手に取り、恐る恐る口をつけた。


「―――!!!」

「―――おい、し……!」


 声にならない者、目を丸くして固まる者、チビチビ口に含む者、一気に飲み干してしまう者、それぞれに反応した。


「これホントに飲んでいいのか? 神仏にお供えすべきじゃないのか? バチあたらないか??」麻比古はチビチビ飲みながらブツブツ。「水割りにしたらどうだろう」と話し合っているのは碓水と新八郎。マコは「美味しいねえ!」と喜んでいた。 


「喜んでくれてよかったね竹さん」「黒陽も氷ありがとな」

 息子よ。言うべきはそれじゃないだろう。この『世界』のこの国の一般常識をキチンと教えておけ。


「これで話し合うべきは話したかな」「ケーキ食べようか」


 息子が脇に寄せていたケーキの皿を竹ちゃんの前に出す。それに暁月が反応。煎れる支度で止まっていた紅茶を改めて煎れ、全員に出してくれた。


 煎れ直してもらった紅茶を飲み、ケーキを食いながら色々と話をした。ふたりの馴れ初め。今後の計画。


 竹ちゃんは「実家にはもう帰さない」と息子が言う。息子の執着かと思いきや「関係者の総意」だと。あれこれ説明してもらえば納得しかない。

 で「ふたり一緒に暮らしたい」と希望している。正確には守り役様改め黒陽さんと三人で。


「現段階では、このまま安倍家の離れで暮らすか、鳴滝の家に帰るか、安倍家の敷地のどこかに新居を建てるかの三案が出てる」

 なるほどと納得していたらマコが前のめりになった。


「アメリカに来たら!?」

「もう『責務』も『呪い』もないんでしょ!?」「ならボクらと一緒に暮らそうよ!」「日本人も多いし、日本のもの売ってるお店も多いし、暮らしやすいよ!」


「ね!」周囲に同意をうながすマコ。

「悪いけど、それは無理かな」

 竹ちゃんが口を開くより早く、苦笑の息子が答えた。


「今回の件で、あちこちに世話になったんだ」「その『御礼に』って、俺達が死ぬまでは定期的にうかがわないといけない」「だから俺達、京都を離れられないと思うんだ」


「そっかぁ……」

 ショボンとするマコに息子が困った様子で声をかける。


「けどまあ、いつか遊びに行かせてよ」

 途端にマコの機嫌が治る。前のめりの姿勢で叫んだ。


「絶対だよ!」「絶対に来てね!」「久十郎さんは二か月に一回は来てくれてるから」「一緒に来たらいいよ!」


「二か月に一回?」

「そう!」

「それはさすがに厳しいかもな」「まあ、近いうちに一度行かせてよ」


 苦笑で答える息子にマコは大喜び。


「約束だよ!」「絶対だよ!!」

「わあぁあい!!」「トモくんが来てくれる!」「うれしい!!」

「どこ行く!?」「なに食べさせようか!」


 わあわあと騒ぎ、暁月に、他の連中に声をかける。そんなマコを全員が微笑ましげに見守っている。が、竹ちゃんは気圧され呆然としている。


「落ち着けマコ」声をかけたがマコのテンションは収まらない。


「ごめんね。いつまでも子供みたいな母親で」

 竹ちゃんと黒陽さんに息子が謝罪する。


「ちなみに親父も子供(ガキ)だから」「むしろ親父のほうが子供(ガキ)

「なんだとコノヤロウ」


 文句を言ったが同時に笑いが起こった。


「よかったなヒデ。『赤ちゃん』から進歩したじゃないか」

「そうそう。成長したな!」

「おまえらまで!」


 噛み付く俺にまた笑いが起こる。驚いていた竹ちゃんもつられて笑っていた。

 そんな竹ちゃんを息子は信じられないくらいのやさしい目で見つめていた。




 その後も今後の生活についての話を聞く。竹ちゃんは高校は行かないこと。古文書解読ボランティアに参加しようと思っていること。息子の希望進路。安倍家の話。色々、色々。


 こちらのスケジュールも伝える。「時間が合えば一緒にごはん食べよう!」「朝でもお昼でも夜でもいいから!」「ケーキバイキングも行こうね!」マコの言葉に息子がスケジュールを確認し、京都滞在中に共に過ごす予定を組んでいった。


「おまえ修行はしてんの?」問えば毎朝していると言う。どこでしているのかと聞けば今暮らしている安倍家の離れだと。

「俺達も毎朝してんだよ」「俺達がこっちにいる間、指導してくれないか?『開祖様』」


 わざと『開祖様』と呼べば、息子は楽しそうに口の端を上げた。何故か黒陽さんも参加してくれることになり、滞在中の修行が充実することが決まった。

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