西村秀智と『静原の呪い』55
マコの話を聞いた息子はまた頭を抱えてしまった。もう何度目かわからない。いつも飄々としてエラそうな息子がこの態度。愉快でたまらない。
「なんだよもう……」「報告事項ありすぎじゃないか……」
復活した息子は鎧姿からスーツ姿に戻った。それに合わせ奥様と守り役様も元の服に戻られる。
「ちょっと、メモさせてくれ」
そう言い、息子は無限収納からレポート用紙とペンを出した。
「そのトリアンム? の話から聞かせてくれ」
聞き取りモードになった息子に答えていく。トリアンムの歴史。神様達のこと。伊佐治やリディ、レイのこと。俺達が過ごした一年一か月のこと。伊佐治と入れ替わりで『落ちた』新井太助のこと。『マコの御神木』と呼んでいる祠と御神木の『守護者』だったこと。
芋づる式にマコのことも話す。生まれた病院を退院直後に妖魔に襲われた。赤ん坊のマコを『御神木』に隠し、ご両親はおそらく亡くなった。マコは児童養護施設で育ったが、低級や『ナリソコナイ』にからまれ苦労した。偶然出会った道具屋が眼鏡をくれたおかげで以降はからまれることが減った。そして勉強に励み進学し、数学オリンピックでマットと出逢いアメリカに留学。マットの友人だった俺と出逢った。
俺を得るために努力を重ね、『看破分析』という特殊能力を得た。おそらくは『マコの御神木』から『愛し児』認定されている。ついでに母方が巫女の家系らしいことも伝えておく。
トリアンムでは転移陣をはじめとする陣の解析復活に活躍した。京都に戻ってすぐマコ狙いのヤツに襲われたことをきっかけにアメリカに戻った。
「おまえがマコに『アメリカに帰れ』って帰したんだぞ?」そう説明したが息子は覚えていなかった。
三年前の『禍』のとき。今回。なにをどうしていたのか。どんな状態だったか。
他にもウチの連中のことや『生活向上委員会』のことなどを問われるままに話す。『奥様』や『守り役様』について聞いたことも。
「………ありがとう」ペンを置いた息子は深く深ぁくため息を吐き出した。
「これらはこっちの関係者にも共有させてもらってもいいか?」
「『こっちの関係者』って?」
「安倍家主座とその直属」
「もっと具体的に」
「ハルと四人の保護者、霊玉守護者の連中とその彼女、それと竹さん黒陽と同じ高間原縁のひと」
その説明に、引っかかった。
「『霊玉守護者の彼女』てのは晃くんの彼女のことか? 確か……『ひな』ちゃん?」
「ひなさんまで知ってんのかよ……」
「母さんが死んだときも親父のときも晃くんから色々聞いたぞ」
額に手を当てる息子に「他の子も彼女できたのか?」と質問。
「まだ」
「主座様は?」
「ハルは高校に入ってすぐ婚約者ができた」
「へー!」「初耳!」
「………それだけが『初耳』なのかよ……」
ガックリする息子。奥様と守り役様は苦笑いだ。
「『たかまがはら縁のひと』というのは?」
「………俺だけの判断で情報開示していいかわからないから、確認してからにさせてくれ」
なんか事情があるらしい。「わかった」と引けばホッとされた。
「ともかく」息子は自分の書いた紙に目を落とし、ザッと文字を追った。
「非常に、非ッ常〜に、世話になったことは理解した」
吐き出すようにそう言い、息子はソファに座ったまま姿勢を正した。あわてて奥様も、守り役様も姿勢を正される。
「皆様。これまでのご助力、心より感謝申し上げます」「言葉では足りませんが、申し上げます」「本当に、本当に、ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
頭を下げる息子に合わせ、奥様と守り役様も頭を下げられる。
「俺と竹さんが生きているのは、多分間違いなく皆様のおかげです」
「お役に立てたならよかった!」
吐息まじりの言葉をマコにあっけらかんと返され、息子が苦笑を浮かべる。
「リディとレイにも御礼言っとくんだよ! きっとトリアンムから助けてくれてたに違いないんだから!」
「そうする」
素直にうなずく息子にマコが満足げに微笑んだ。
「トモくんもリディの御守り着けとけばいいのに」
「学校があるからいつもってわけにはいかないってわかるけど、おやすみのときとか、おでかけのときとかは着けたら?」
「そうだな…」改めてリディの御守りを手に取る息子。
「これ、紐足してんの?」
「そうそう」「おまえデカくなったから、母さんが足したんだよ」
手を出してトモから御守りを受け取り、紐同士をつないでいた留め具をはずす。元の長さに戻ったブレスレットを輪にしてローテーブルに置いた。
「もらったときはこのサイズだったんだよ」
「ちっちゃかったなあ」
「おおきくなったなあ」
横から見ておられた奥様が「かわいい」とちいさなつぶやきを落とされる。ふたり視線を合わせ、息子は困ったような、奥様はぽやぽやとした笑みを浮かべられた。
「じゃあ、こっちの紐を新しく長い紐に変えよう」
「私、作るよ」名乗り出た奥様に息子は思案顔になった。
「もうこれだけの『加護』がかかってるものに、竹さんの作ったものを加えても大丈夫かな…」
息子のつぶやきに守り役様が「フム」と思案される。
「戻って相談してみよう」「もしくは、試しに作って取り付けてみるか」
「竹さんが大変じゃないか」
「大丈夫!」
フンスと張り切る奥様。苦笑していた息子が「あ。そうだ」となにかを思いついた。
「シルバーアクセの職人に同じ見た目の金属片作ってもらって貴女の分も作れば『おそろい』になるね」
これに奥様はパアッと笑顔になられた。息子と『おそろい』を着けることがどれだけ彼女にとってうれしいことか目の前で示され、こちらもなんだかうれしくなる。
「帰って相談してみよう」「うん!」やり取りも微笑ましい。まさかウチの息子がこんな穏やかな表情を浮かべられるとは。つくづく『静原の呪い』は人間を変える。
ニヤニヤと見守っていたら、息子が俺達の視線に気付いた。気まずそうに「ゴホン」とわざとらしい咳払いをし、真面目な表情に戻った。
「もう色々バレてるなら遠慮はいらないな」
「竹さん。御守り渡しちまおう」
ため息をついた息子が奥様に言う。そのままこちらに顔を向ける息子。
「さっき説明したけど――このひと、すごいひとなんだ」
「『すごいひと』で済ませていいのか?」
「まあいいから」と言う息子に口をつぐむ。
「で、少しでも彼女と関わりがあると判断されたら、いろんなモノが寄ってくる」「いいモノも悪いモノも、レベルの低いのから恐ろしく高いモノまで」
幼少期散々な目に遭っていたマコが深い理解を示し、力強くうなずいた。
「だからこそ『道具屋』とやらに『会わない』って言うんだけど」
「それはそれとして、関わりができたひとには『迷惑がかからないように』って御守りを渡してるんだ」
「一応『西村智』と『神宮寺竹』は『黒の姫とその伴侶』とは別人でことで情報操作してるんだけど」
「それでもなにが起こるかわからない」
「そもそも人間でない存在には情報操作なんて意味がないし」
「だから、『西村智』の両親とその家族である皆さんに、できれば『竹さんの御守り』を持ってて欲しい」
「人数分用意してきたから」と言いながら「久十郎さんと麻比古さんが来るとは知らなかったから、ふたりの分はまた後日お渡しします」「ユイさんにもお世話になったとわかったので、ユイさんの分も用意します」と約束していた。
「竹さん」息子の声かけに奥様がローテーブルの上に小袋を出された。小山の数をザッと目算すると、なるほど、今のウチの人数分。
「なに入れてるんです? 札?」
好奇心でたずねる俺に奥様はひとつを手に取り中身を出して差し出してくれた。ビー玉サイズの、透明な石。
パッと見、そんな高霊力は感じない。けれど、元特級退魔師であり祖父と母から術について叩き込まれた俺にはわかる。これはとんでもないモノだと。
「………これ、『奥様』の白毫に使われてたのと同じじゃあ………」
「! ……あれよりは、少し、弱いです……」
俺のつぶやきに、何故か息を飲んだ奥様。申し訳なさそうにお答えになられた。
「あれを作ったときは、青羽さんが『退魔師になる』と決められた翌日だったので、『とにかく守れるものを!』って、いっぱいいっぱい霊力も『念』も込めました」
「こちらはいつも御守りを作るときに込める分しか霊力込めてませんので、あの童地蔵ほどの効果は、申し訳ありませんが期待できないと思います……」
申し訳なさそうに眉を下げる奥様。「イヤイヤそんな期待してないですよ!?」あわてて手を振ったが申し訳なさそうにしておられる。息子からの圧が刺さる。『余計なこと言いやがって!』視線だけで言いたいことが伝わる。ごめんて。悪かったよ。まさかそんな解釈されると思わなかったんだよ!
「親父達は戦国時代の退魔師と違うからね。このレベルでも十分すぎるくらいの『護り』になるよ」
「だから大丈夫」やさしく奥様をなだめる息子。守り役様も「そのとおり」と力強くうなずかれる。それに便乗して軽いノリで返した。
「そうそう!」「俺はもう退魔師なんてしてないから、危険なんてそんなにないしね!」「普通に暮らしてる研究者にはもったいないくらいのものですよ!」「いやー、『黒の姫様』直々のお守りなんて、道具屋に知られたら殺されちゃうかも!」「みんな、黙ってような!」
ウチの連中が固い苦笑でうなずく。それでようやく奥様はホッと肩を落とされた。
いやおかしいだろ? あの白毫に使われてた霊玉、それこそ国宝に指定されてしかるべきレベルだったぞ? それより『少し弱い』とおっしゃるが、近いものだろうこれ。それこそ一個で何百万もするだろう。なのに、なんでそんな申し訳なさそうにするんだよ!?
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」て、なんでだよ!? むしろふんぞり返って偉そうにするもんだろう!?
意味がわからず息子に視線で問いかける。息子は困ったような諦めたような顔で、声を出さずに答えた。
(このひと、とにかく自己評価が低いんだ)(自分の作るもののすごさがわかっていない。自分の作るものは『たいしたことのないもの』だと思い込んでる)
口の動きだけで語られる言葉に唖然とする。
(自己肯定感底辺なんだ)
(そのくせ信じられないくらい善良でお人好し。だから自分にできることはなんでもやろうとする。それがどんな高レベルのことか、どれだけあり得ないことか、まったく理解せずに)
(で、やらかしては落ち込んで、自己評価も自己肯定感も下がる)
(五千年その繰り返し)
(このお守りの価値もわかっていない)
(ただただ親父達を『守りたい』という良心だけ)
(けど今、童地蔵を引き合いに出されて『失敗した』と思ってる)
(『童地蔵の白毫レベルのものを用意しないといけなかった』ってヘコんでる)
(ただでさえ『御守りを渡さないといけない』イコール『迷惑をかける』と思ってるから)
(まあ『迷惑をかける』点については、そっちには申し訳ないけど否定できない)
(それくらい、彼女の周りは危険なんだ)
………なるほど。
「この御守りがあれば暁月もおかしな男につきまとわれなくなるかな?」
わざと茶化して話を振る。察した息子が「なに?」と食いついてきた。
「暁月、昔からモテモテなんだよ」「同族の男だけじゃなくて、異種族から『主』から、ときには神レベルまで言い寄ってきたことあったよな」
「アメリカに戻るとき大変だったよね」
(そういうことだろ?)声に出さない問いかけに無言のうなずきが返ってきた。
「……大変なんだね……」
息子が暁月に向けた声には同情が含まれている。奥様も色々あるらしい。
「そうね」「なんでか昔から面倒ばかりで」「だから人間の世界――それもアメリカで暮らせるのは、私にとってはありがたいことなのよ」
暁月の答えに息子は「そうだったんだ…」とこぼした。
「親父が甘えて手放さないんだと思ってた」
「それはそのとおりだぞ」
久十郎の答えにドッと笑いが起こる。場の空気が明るくなったことに奥様はホッとしておられた。
守り役様も読唇術をたしなんでおられるらしい。(すまんな)と口を動かし、息子と俺に目礼された。
「あ。でも」笑っていたマコが口を開いた。
「リディの御守りとぶつからないかな?」
「ホラ。よく言うじゃない?『御守りたくさん持ってたら御守り同士がぶつかる』とか」「そのへんどうなのかな?」「今もトモくんの御守りに『そういう心配がある』って話してたよね?」
問いかけられた奥様は「え。え、えと」と戸惑ってしまわれた。「フム」守り役様も思案顔。
「その御守り、見せてもらうことはできますか」
「いいですよ。どうぞ」
スルリと自分の手首からブレスレットを外し、マコが守り役様に手渡す。受け取った守り役様は裏返したりじっと見つめたりしておられる。横からのぞき込む奥様に見えるようにしながら。
「………これは、かなりのものだな………」
吐息のような言葉。奥様もコクコクとうなずかれる。興奮しておられるように見える。
「これは『御守り』というよりは『神器』だろう……」「神レベルのチカラが込められている」「なるほど……」
うんうん唸りながら検証される守り役様。「他の方のものも見せてもらってもいいでしょうか」と言われ、俺達全員のブレスレットを並べた。トモのものも。
「……………なるほど……………」
じっと見つめておられた守り役様が顔を上げ、マコに声をかけられる。
「母上殿は」
「『マコ』でいいですよ」
すぐさま告げるマコに「では」と守り役様。
「マコ殿は、もしやほぼ毎日この御守りに『祈り』を込めておられるのではないでしょうか?」
「『祈り』とかはわかんないですけど」「毎日話しかけています」
「朝起きたら『おはよう』、寝るときは『おやすみ』。空を見上げたとき、ふとしたとき、つい話しかけています」
「それですね」
納得されたらしくウムウムとうなずかれる。
「マコ殿のものだけ込められている霊力量が桁違いに多いです」
「トモのものが一番少ない」「ずっと無限収納に納めていたからだろうな」
「とはいえ、トモのものも恐ろしいレベルのものだ」
「確かに、迂闊に術式を重ねるのはよしたほうがいいかもしれぬ……」
「うーん」と考え、守り役様は顔を上げられた。
「申し訳ないですが、この件は持ち帰り検討させてください」「術式に詳しい者と検討します」「検討はトモの御守りでしますので、皆様はお納めください」
「ありがとうございます」頭を下げられる守り役様。それぞれ自分のブレスレットを手首に戻す。
「今日のところは御守りを持っていない方にだけ姫の御守りをお渡ししてはどうだろうか」「御守りを持つ方々へは検討の後結論が出てから対応させていただきたい」
トモへ、そして俺達に声をかけられる守り役様に全員が同意を示す。
「じゃあ、竹さん。お願い」
立ち上がる息子に声をかけられた奥様が「はい」とソファからお立ちになられる。
「とりあえず順番に」と、一番近くにいたミナを手招きするトモ。守り役様が御守りの山を手に取られ、息子達三人もソファから離れた。
奥様達と正対したミナはガチガチに緊張している。てっきりあとで俺達から配るんだと思っていたが、この様子では違いそう。
守り役様の持つ御守りからひとつを手に取られた奥様が「どうぞ」と笑顔で差し出される。
「あ、りがとう、ございます」固いまま両手を出したミナの手に御守りを置かれた奥様。そのままぎゅっとミナの両手を握られた。
「守ってくれますように」
目を伏せつぶやかれた、瞬間。
ミナの全身を『加護』が包んだ。
(これでこの御守りは『彼女専用』になった)息子が口の動きで語りかけてくる。
「できれば首に下げるとかして常に身に着けといて」
びっくり顔で固まったままのミナに、息子がなんてことないような調子で説明する。が、おまえ、他に言うことあるだろうが。なんだ今の『加護』。
ツッコミを入れようと口を開けるより早く「はい次。次」と息子が仕切る。呆然と固まったままのミナは放置かよ。
同じことを対象者全員にやり、全員を固めた奥様。黒狼族のマナトとリスケは耳と尻尾が出て逆立っているし、蛇達は人間の目から蛇目に戻っている。鳥系のヤツらもくちばしが出てしまっている。そしてそんな全員が目をまんまるにしている。
「皆様!? どうされましたか!?」
ようやくウチの連中の様子に気付かれた奥様があわてふためいておられる。
「びっくりしてるだけだろ」「大丈夫だよ」息子が雑になだめてもオロオロしておられる。
「フム」守り役様がぐるりと全員を眺め、奥様に話しかけられた。
「高レベルだからこそ姫の『護り』に反応しているのでしょう」
「普通のモノには理解できない『護り』ですが、高レベルだからこそそのすごさがわかる」
「わかるからこそのこの反応でしょう」
「………私の御守りのせいで具合が悪くなったんじゃあ………」
「ないない」「ないです」
いやある意味御守りのせいだろうが。
そうツッコミたいけれど、それを口にするとこの気弱そうなお姫様が泣いてしまわれると俺にも予測できて黙っておいた。
「しかし、なかなかの実力者が揃っておられるな」
「ウムウム」とうなずきながら守り役様がウチの連中を見つめられた。
「皆様、最初からこのような実力者だったのですか? それともアメリカには実力を伸ばすような環境があるのですか?」
ソファに戻りながらの質問に「研修はしたよな」と麻比古達に話を振る。
うなずいた麻比古が「アメリカは関係ないですね」とお答えする。
「さっきお話した伊佐治という男が、俺達に色々と指導してくれました」「当時は何故伊佐治にそんな指導ができるのか、疑問にすることすら思いつかずただがむしゃらにくらいついていきました」「今ならば『戦国時代に叩き上げで将軍になった男だったから』と理解できるのですがね」「戦い方だけでなく、霊力操作や日常のちょっとしたこと、日々の訓練など、色々と指導してもらいました」「おかげで俺達は『それなり』になりました」
「こいつらは伊佐治と別れてから採用したので、俺達が指導しました」「元々それぞれの村々の実力者ではありましたから。日々の訓練にもついてこれました」
久十郎と麻比古の説明に「ほう」と守り役様が興味を引かれておられる。伊佐治が褒められ認められたようでうれしくなり、つい口を出した。
「親父も伊佐治が一人前に育てたらしいぞ」
「え!?」
驚く息子に笑いが起きる。
「トモはなんにも知らないな!」
「仕方ないよ。ちいさかったもんな」
「いやいや。玄治が言わなかっただけだろ」
「俺達も言う機会がなかったしな」
そんな話をしているうちにウチの連中のこわばりがゆるんできた。奥様の『加護』が馴染んだからもあるかも。
「―――あの! あの、―――ありがとう、ございます!」
ミナの発言に「「「ありがとうございます!!」」」と全員が唱和する。バッと九十度のお辞儀をする連中に奥様はびっくり顔で固まってしまわれた。
「喜んでくれてよかったね竹さん」
息子の呑気な言葉にようやくこわばりを溶かし、奥様がほにゃりと微笑まれる。息子にちいさくうなずき、奥様はウチの連中に会釈を返された。
「親父達のはまた連絡する」「もしかしたら法事の日以降になるかもしれない」「日本滞在中には結論出すよ」
「ごめんな?」謝罪する息子に合わせ、奥様と守り役様も頭を下げられる。
「いいよいいよ」「気にすんな」軽く手を振った拍子にローテーブルが目に入った。
「あ。アルバム。まだ見るか?」
「せっかくだから見せて」
そうしてアルバム鑑賞会になった。
「なんでみんなツノつけてんの」
「そういう人種なんだよ」
「親父がツノついてんのは? ていうか、若くないか?」
「ツノつけるのも若くなるのも『人化の術』でできたぞ」
「『人化の術』!?」「なんで親父が知ってんだよ!?」
「じーちゃん……おまえのひいじいさんに教えてもらった」「おまえ母さんから教わってないの?」
「教わってないよ!」
「トモは戦闘系を中心に叩き込まれてたから」「ヒデほど術を覚えてないぞ」
久十郎の説明にニンマリすれば、息子は嫌そうに顔をしかめた。
「教えてやろうか?」
「……別にいいよ」「別口で教わったから」
「『別口』?」
「どんな術式だよ」「教えろよ」「俺の習ったのと違いがあるか比較してみようぜ」
「そのうちな」
「えー! いいじゃないか!」
「麻比古さん達が人間の姿を取ってるのは『人化の術』を使ってるってこと?」「それともまた別の理由があるの?」
「聞けよオイ」
文句を言う俺を無視し、息子が麻比古に問いかける。
「一応俺達は『術を使おう』として使ってるわけじゃないなあ」「なんていうか……自然に取りたい姿が取れる」
「俺も」
「私達もよ」
麻比古の答えに久十郎と暁月も答える。
「碓水は?」
「俺も同じだな」「取りたい姿を意識すればその姿になる」
碓水は暁月達とは出身が違う。だから暁月が確認したんだろう。
「トリアンムの神様方が、私と久十郎と麻比古三人まとめて『たかまがはらの末裔』っておっしゃってたから、私達の『人化』に共通点があるのは納得なんだけど」「碓水も同じなのね」「他の種族はどうなのかしらね」
「確かに元々ヒトの姿を取れるモノと取れないモノがいたな」「使えなかったモノには『生活向上委員会』でサトとヒデが使ってる術を教えたが」
「ヒト喰ったら人間形態取れるとかも聞くよな」
「あー。あるある」
「だから俺ら人間形態取れる種族は『人間喰い』って思われて迫害されたこともあるって」「それもあって村の結界強くして他所との交流絶ってた時期もあるって」
ウチの連中がやいやいと言い合っていると、息子がそろりと挙手した。
「……………ちょっと、いい?」
「「「ん?」」」
「『高間原の末裔』って……ナニ?」
「さあ?」
「トリアンムの神様方がそうおっしゃってた」
キョトンとしたまま麻比古が、暁月が答える。
「……それぞれの村になんか伝説とか昔話とかない?『なんでこの村ができたのか』とか『子供向けの御伽話』とか」
質問を変えたトモにウチの連中が口々に語る。それをトモがメモしていく。
「………これもこっちの関係者に共有させてもらいたいんだけど……」
「どうですか?」問いかけるのは各一族への配慮からだろう。が、当人達は「別に隠してることじゃないし」「いいですよ」とケロリと承認した。
「ホントにナイショにしないといけないことは長にしか伝えられないらしいし」
「………なるほど………」
次期村長候補だったミナのつぶやきに息子がなにか考える。守り役様と奥様は黙って成り行きを見守っておられた。
「―――俺達の結婚を認めてもらうために来たのに、考えたこともなかった情報がゴロゴロ出てきたな……」
ため息まじりに息子がつぶやく。自分の書いたメモに目を走らせ「はあぁぁぁ…」と深く深く息を吐き出した。
「色々、ありがとうございました」
深々と頭を下げる息子。奥様と守り役様も合わせて深々と頭を下げられた。
「はいはい」
「どういたしまして」
マコとふたり微笑ましく感謝を受け取る。顔を上げた息子は困ったような笑みを浮かべていた。
「まあまあトモ。難しい話はそのくらいにして」「ケーキいただきましょ」「せっかく持ってきてくれたんだから」
暁月の声にそういえばと思い出す。手つかずのケーキがローテーブルの隅に追いやられたままだった。
「お茶も煎れ直すわ。新八郎、朱音。手伝って」
「「はい」」動き出した三人。奥様と守り役様があわてて出されたまま手つかずだったティーカップを口に運ばれる。んくんくと飲み干す様子はただただ可愛らしく、ごくフツーの娘さんにしか見えない。
「奥様」
あわてて空のカップを暁月に渡される奥様に声をおかけする。
「今って霊力量、抑えてますよね?」「守り役様も」「さっきの衣装チェンジしたときも、あれが全開じゃないでしょう?」
ズバリ指摘すれば奥様は驚き、守り役様は「ほう」と感心してくださった。
「どうやってそこまで抑えてるんです? なんかの術? それとも『呪い』?」
「長きにわたる修行の賜物です」
エッヘンと守り役様が胸を張られる。
「霊力操作を極めようと修行を重ねれば、できるようになります」
そうして守り役様から霊力操作の訓練方法を教わった。俺らはまだまだ甘かったらしい。なるほど基準が違う。
ウチの連中の霊力操作をご覧になり、ご指導いただいた。「これはすごいな」「まだまだ伸びる」と褒められ、ウチの連中テンション上がった。
俺も挑戦しようとしたら新八郎からストップがかかった。
「おまえは明日からスケジュールが詰まってるだろうが」「調子に乗ってやりすぎて体調崩したらどうすんだ」「アメリカに戻ってからにしろ」
「いやでも、やってみてまた守り役様にご指導いただきたいし」
新八郎にギャンギャン叱られるのに反論していたら、その守り役様が苦笑でお声がけくださった。
「『黒陽』で構いません」「貴殿らは姫の義理の両親となられるのですから」
「皆様も」「どうぞ『黒陽』とお呼びくだされ」「できるならば、我が姫も私も、皆様の『家族』に加えていただけるとうれしいです」
立ち上がり、真摯な態度でお辞儀をされる守り役様。なんだオイめっちゃカッコイイな!
守り役様に釣られたのか、奥様も立ち上がりお辞儀をされる。生真面目な様子にますます好感度が上がる。
反射的にこちらも立ち上がり、お辞儀を返した。
「もちろんです」
「奥様はもうウチの『家族』です」
「もちろん守り役様も」
ニコリと笑みを向ければ「『黒陽』です」と笑顔が返ってきた。
「黒陽様」
「『黒陽』でよいです」
「じゃあ『黒陽さん』で」
「……まあ、いいでしょう」
そこが妥協点だとご理解いただけたらしい。
俺達が座り直せば守り役様改め黒陽さん達も再びソファに座られた。
「私はなんとお呼びすれば良いですか?」「お義母上は『マコ殿』と呼ばせていただいてよろしいですか?」
「『マコ』でいいです!」
前のめりで即答するマコに黒陽さんは目を丸くし、すぐにやさしい笑顔になられた。
「では『マコ』」
「! はい!」
元気の良いお返事をするマコに「よろしく」と微笑む黒陽さん。いい男だな!
「俺も『ヒデ』でお願いします」「みんなそう呼んでるんで」
そう頼めば「では、お言葉に甘えます」と返ってきた。
「それと、敬語も不要です」「我が姫がそちらの義理の娘になる立場。その守り役の私に、敬語は不要」
「それは……」
それはそうかもしれないが、どう見てもこのひと達エラいひとだろう。どうだろうかとマコと顔を見合わせ、息子に目を向けた。
俺達の視線を受けた息子は困ったように笑った。
「できればフツーにしてやって」
「公の場とか、他に誰かいるところではさすがにマズいと思うけど、内輪だけの――『家族』だけのところではタメ口にしてやってよ」
(このふたり、物事の基準がおかしいんだ)(自分達の立ち位置がわかってない)(だから、フツーにしてやったほうが喜ぶ)
声のない説明のほうに、なんだか納得した。チラリとおふたりに目を向ければ、なるほど生真面目にこちらをうかがっておられる。
「………じゃあ………」「そうさせて、もらう」
どうにか絞り出した答えに、黒陽さんは満足そうに微笑まれた。
「その代わり」わざとジトリとにらみつけ、強い口調で言った。
「そちらも俺達にタメ口でお願いしますよ!?」
「さっきから俺達に敬語だったよ」
「もう『家族』だからね。敬語禁止!」
わざとエラそうに突き付ければ、黒陽さんは目を白黒させた。が、すぐにくしゃりと破顔した。
「善処しよう」
なんだよその笑顔。男のくせに、オッサンのくせに、カッコ良くてかわいらしいって、どうなってんだよ。
マコもウチの連中も、黒陽さんの笑顔にやられてやがる。いつもならマコが他の男に興味を持つだけで嫉妬してしまうのに、どういうわけかこのひと相手だとそんな気がまったく起きない。これが人徳というヤツか!?
「我が姫も、できれば『名呼び』してもらいたい」
「ですね? 姫」黒陽さんに話を向けられた奥様がピッと姿勢を正し「お願いします」と頭を下げられる。
「じゃあ……『竹ちゃん』と、呼んでも、いい?」
妻の申し出に「もちろんです!」と力んで答える奥様。
「そう呼んでいただけると、うれしいです」
はにかむ笑顔がこれまた可愛らしい。息子と妻が悶え震えているのが手に取るようにわかる。
「俺も『竹ちゃん』と呼ばせてもらいますね」
そう伝えれば「はい!」と元気のよいお返事が笑顔とともに返ってきた。
「敬語もやめてやってよ」息子に言われ「わかった」と答える。奥様改め竹ちゃんもコクコクと生真面目にうなずいた。
「……あの」
そう言った竹ちゃんは息子にチラリと視線を向けた。発言の許可を求める態度に息子はやさしい笑みとともにうなずいた。
息子のうなずきに後押しされるようにちいさくうなずいた竹ちゃん。俺と妻に向け、おずおずと口を開いた。
「――私も『お義父様』『お義母様』とお呼びしても――いい、でしょうか?」
バチン!
マコが自分の頬を両手で叩いた。そのままフルフルと震え、コクコクコクと高速でうなずいた。
まったく、マコは。なんだその反応。嬉しいのか。感動してんのか。目を潤ませて頬を真っ赤にして。いくつになっても可愛いな。
可愛らしい妻の反応についデレッとしてしまう。
それはそれとして、竹ちゃんに返事をしないとな。
「もちろんだよ。こんなジジイが『父』なんておかしいだろうけど、よろしくね竹ちゃん」
わざとそう言って微笑みを向ける。と、竹ちゃんは生真面目に口を引き結びフルフルと首を横に振った。
「おいくつでいらしてもお義父様はトモさんのお父様です。ならば私にとっても『お義父様』です。それに」
そこまで一気に言ったのに急に口ごもり、それでもモゴモゴと言葉を継いだ。
「お義父様は、とても素敵な男性だと思います」「『ジジイ』とかは、ちがうと、思います」
途端にギッと息子からの嫉妬が刺さる。うつむいている竹ちゃんは気付いていない。
狭量な息子におかしくなる。が、同じ経験をしているからその心境が理解できる。
十数年前に俺の父に同じような台詞を言った妻は、そのことにも息子の態度にも気付いていない。ただ俺が褒められて喜んでいる。
「ありがとう」笑顔を向けると、ようやく竹ちゃんは顔を上げた。俺を見、妻を見、嬉しそうにほにゃりと微笑む。そのことにも息子はギリギリと歯を食いしばり嫉妬に悶えている。
まるで十数年前の自分を見せられているようで苦笑しかなかった。




