西村秀智と『静原の呪い』54
道具屋の活躍にキャッキャと喜ぶおふたり。これだけでもおふたりの人柄の良さが垣間見える。
「いいひとたちだね」コソリと耳打ちしてくるマコはうれしそう。黙ってうなずいた。
「知り合いなんだね?」トモが確認を取る。
「うむ」「おそらくは間違いないだろう」「とはいえ、実際会ってみないとわからないが」
守り役様の言葉に「そりゃそうだ」と同意する。
「……会ってみたい?」
トモの質問には慎重さがにじんでいた。警戒するような声に、彼女を守りたいという思いが感じられた。
頼まれたからと気軽に頼んだが、まずかったか? 今更そう感じた。問われた奥様が不安そうな表情になったから尚更。
しばし悩み、奥様はゆるりと首を横に振られた。
「―――あの子が元気でがんばっていることを知れただけで十分」
「私は会わないほうがいい」
目を伏せた奥様は諦めのにじむ笑顔を浮かべられた。
その表情が若い娘さんらしくない、ひどく年齢を重ねた人間のものに見え、なるほど転生者だと理解した。
ゆるりと顔を上げた奥様。俺達に上品な笑顔を向けられた。
「お二方には申し訳ございませんが」「私の都合で、昔の知り合いには会わないことを決めております」「もしあの子に会われることがございましたら『竹が喜んでいた』と、『会えなくて申し訳ない』とお伝えいただけませんでしょうか」
「申し訳ございません」丁寧に頭を下げる奥様。下を向いたまま固まってしまった。
隣の守り役様は困ったように目を伏せ黙り込んでおられる。反対隣のトモはちいさくため息を落とした。
「竹さん」「いいよ」「顔を上げて」やさしいやさしい声でトモが奥様に声をかける。それでどうにか姿勢を戻した奥様だが、頭はうなだれたまま。
「ごめんなさい」ちいさな謝罪がやけに大きく響いた。
「なんで会っちゃいけないの?」マコがまっすぐに問いかける。
「『呪い』があるから?」
ズバリと切り込むマコに、奥様が顔を上げた。驚愕を貼り付けマコを見つめる奥様に、マコは「なんで?」と重ねて問う。
「……なんでお袋が『呪い』のこと知ってんだよ」
ピリピリとしたトモにマコはあっさりと明かす。
「おかあさんと道具屋さんが言ってた」
「ばーさん……」
頭を抱えたトモに「開祖様の手記も書いてあったろ」と指摘すれば「ぐわあぁぁあ」と唸りさらに頭を抱えた。
「青正めえええ!」「恩を仇で返しやがって!!」「くそおぉぉお!」
せっかくビシッと決めていた髪をグシャグシャにする息子。いつも飄々としているヤツのこの取り乱し様。面白い。
そんな息子に奥様は「トモさん!?」「しっかり!」と励ましておられる。息子のあまりの取り乱し様に暗い表情が吹き飛んだらしい。
ぜーはーと肩で息をし、息子がどうにかソファに座る。久十郎も他の連中も必死で笑いをこらえている。
出された紅茶を一気に飲み干し、カップをソーサーに戻した息子。「はあぁぁぁ」と深く深く息を吐き出し、ボソリと言った。
「………『呪い』は、なくなったんだ」「彼女のも、守り役のも」
「「「―――!!!」」」
「―――そっか! このまえの山鉾巡行のとき!」
「首謀者は『姫様と守り役様が追っていた悪しきモノ』だったもんね!」
「あのときに『悪しきモノ』討伐して『呪い』が解けたってこと!?」
マコの、定兼の、暁月の言葉に、またもトモ達が絶句する。
「よかったね! おめでとう!!」
「『呪い』がなくなったということは、二十歳過ぎても生きていられるということか?」
「よかったなトモ! 奥様とずっといられるな!」
バシンと麻比古に背中を叩かれ、ハッとトモが再起動した。
「なんで知ってんだよ!?」
「ん?」
「七月十七日のこと! 親父達アメリカだったろ!?」
「ああ。俺、主座様から直接依頼受けたんだよ」
「はあぁぁあ!?」
「これから起こり得ることを言われて、そのことの科学的な説明を考えてくれって」「それで理論展開して、晴臣くんに報告してる」「当日の桜吹雪の説明も考えたのは俺」
ペロッと明かしたら息子はまたも絶句した。奥様も守り役様も呆然としておられる。
そうして息子は再び頭を抱え、机に突っ伏した。
「……………どうなってんだよ………なにもかも筒抜けじゃないか……………」
「フム」ひとつうなずかれた守り役様。俺を見、マコを見、全員をご覧になった。
「つまり、ここにいる方々は皆様、我らの事情に通じておられるということですね?」
「全部かどうかは知りませんが」と前置きし、知っていることを並べる。
『異世界のお姫様』とその『守り役様』であること。『お姫様』は四百年前の霊玉守護者だった青眼寺の開祖様の妻であったこと。開祖様の前世でも結ばれていたこと。『呪い』のせいで『二十歳まで生きられず』『記憶を持って転生する』こと。道具屋の恩人。他にもあちこちで人助けをしていたこと。なにやら『責務』があり『悪しきモノ』を追っていること。先月の十七日にその『悪しきモノ』の討伐を果たしたこと。
「このくらいか?」
「あ。あと『守り役様は黒い亀』てのがあったよね」
「ほぼ全部じゃないか……」
またも頭を抱えうなだれる息子。奥様はポカンとしたまま。「フム」守り役様がまたひとつうなずき、「姫」と声をかけられた。
「こちらの皆様にならば我らのことを明かしても良いのではないでしょうか」
表情だけで驚愕を示す奥様に、守り役様は淡々とご説明される。
「これから『家族』となる者に、わずかでも隠し事があるのは、姫にとっても皆様にとってもよろしくないでしょう」
「しかもどうやら我らの責務にかなり協力していただいていた様子。ならばこそすべて明かすことが誠意であり、皆様を守ることにもつながりましょう」
『守る』という単語に奥様が反応された。表情が変わり、なにかを思い詰めだされた。しばし葛藤をされ、チラリとトモに視線を向けられる。
すぐに視線を受け止めたトモは疲れ果てたような表情で頭を下げた。
「ごめん竹さん。俺のミスだ」
「そ」
「あんな泣き言、紙にでも吐き出すべきじゃなかった」「言い訳させてもらえば、毎回紙に吐き出して燃やしてたんだ」「誰にも見せなかった」「なのに……。……そうだ。一度だけ燃やそうとしたときに青正のヤツが呼びに来て………あのときだな。あの野郎………」
「とにかく、俺の泣き言が後世に伝わっていたんだ」「ゴメン」
「それと、あの童地蔵」「あれも、俺が貴女がいないことに耐えられなくて作らせたんだ」「それを弟子が『生まれ変わった俺に返す』と決めて、後継に伝えたらしいんだ。俺達の話と一緒に」「しかも晴明が律儀に俺の墓参りに行ってたとかで、晴明経由でも俺達の話が青眼寺に伝わった」
「けどまさか、俺が青眼寺に転生するとは……」「しかも精神系能力者で有能な術者の孫として」「そりゃあのばーさんにかかったら、俺のことなんか丸裸だよな」
「ハハ」と乾いた笑いを落とし「ゴメン」と謝罪する息子。「そんな」「えと」「あの」奥様はどうしていいのかわからないらしくただ戸惑っておられる。
「それほど辛かったのだろう?」
守り役様の一言に、息子も奥様も顔を向けた。
「おまえほどの男が、紙に吐き出さねばならぬほど、形代を作らねばならぬほど、辛かったのだろう?」
「『半身』を喪ったのだ」
「理解できる」
「むしろ、そのくらいでよく耐えた」
慈愛に満ちた眼差しを向けられ、息子の目がじわりとにじむ。あわてて目を片手で覆い、うつむいた。そのまま固まってしまった息子。
「トモさん」奥様が情けない表情で息子にすがられる。
「ごめんなさいトモさん」「ごめんなさい」
泣きそうな声に、息子がようやく手を離し顔を向けた。
「今ならわかる」「私、ひどいことした」
「でも、あのときは他にどうしようもなかった」
「貴方を死なせたくなかった」「生きててほしかった」「もし今同じ選択を迫られても、私は同じことをする」「貴方を死なせたくないから」
「だけど、そのことがどれだけ貴方を苦しめるか、知らなかった」「ひとり遺されるのがどれだけ辛いか」
「ごめんなさい」「私の身勝手な我儘で、貴方を長年苦しめた」「ごめんなさい」
膝の上で拳を作り、うなだれる奥様。そんな奥様を息子は見たことのないやさしい表情で見つめ、奥様の拳に自分の手を重ねた。
「……………そこはさ」
「『よくがんばった』って褒めてよ」
やさしいやさしい声をかける息子。そろりと顔を上げる奥様をのぞき込むようにし、息子が続けた。
「俺、結構長生きしたんだよ」
「ずっと貴女を待ってた」
「その間、貴女に恥ずかしくないように生きた」
「そりゃ辛かったし苦しかった。けど」
「けど、貴女の『願う』ように生きたと思う」
「だからさ」
「褒めてよ」
「『よく生きた』って」「『よくがんばった』って」
「『願い』を叶えてくれてありがとう」って、褒めてよ」
「ね?」
甘えるように、ねだるように微笑む息子に、奥様はくしゃりと顔をゆがめられた。
そのままうつむき拳をゆるめ、その手を返して重ねられた息子の手を握られた。
「……………ありがとう」「ありがとうトモさん」
「うん」
「がんばってくれて。生きてくれて。ありがとう」
「うん」
「ごめんなさい」「私のせいで」
「それはもう言わない約束でしょ?」
「でも」
「いいんだよ。もう生まれ変わったんだから」
息子が奥様のもう片方の手も取る。両手をぎゅうっと握り、その目をまっすぐに息子は見つめる。
「これからはずっと一緒だからね」「今度置いて行ったら許さないよ?」「地獄の果てまででも追いかけるからね?」
「わかった?」わざととわかる怒り顔で、それでもどこかおかしそうに言い聞かせる息子。奥様はようやく笑顔になられた。
「我が姫が地獄になど落ちるわけがなかろう」
守り役様。今言うことはそれじゃないと思います。
「それもそうか」
おまえも納得すんな。
「じゃあ『あの世の果て』?『天国』?『極楽浄土』?」
真面目に並べる息子に奥様はクスクスと笑い出された。そんな奥様に息子がニヤリと笑う。
「なんでもいいよ」「とにかく、もう離さないから」「覚悟しておいてね」
「うん」「ありがとう」「お願いします」
ニコニコ微笑み合うふたり。イチャイチャしてるのに微笑ましさしかない。なんだろうな。ずっと結ばれることを願っていたからかな?
マコは目の前のふたりの仲の良い様子に感極まってしまったらしい。なんか涙ぐんでる。困った妻だ。
しかし結ばれてよかった。母さんと親父にも見せてやりたかったな。じーちゃん達西村のご先祖様達にも。ずっと『奥様』と一緒に開祖様の話を伝えてきたんだもんな。
そう考え、ふと思い出した。
「そうだ」
『奥様』に御礼を言わないと。ふたりを出逢わせてくれた御礼を。ふたりを結び付けてくれた御礼を。
俺のつぶやきにふたりはようやく俺達の存在を思い出したらしい。わかりやすくビクッと反応し、息子は赤く、奥様は青くなった。パッとつないでいた手を離し、俺達にキチンと向き直り姿勢を正すふたり。今更な態度に苦笑が浮かぶ。
「おまえ、『奥様』――童地蔵様のほうな。『奥様』にもしっかり御礼を申し上げろよ?」
「ん?」
俺の言葉の意味がわからないらしい息子。仕方ねぇなあ。
「俺達もだけど、親父と母さんをはじめとして、ご先祖様がずーっとずーっと『開祖様と奥様がまた逢えますように』って『願い』をかけてたんだよ」
「きっとおまえがまた結ばれたのは『奥様』が協力してくださったからだ」
「帰ったら丁寧に磨いて、花と菓子をお供えしろよ」
「わかったか?」説教モードで言い付ければ、息子は気まずそうに目を逸らした。
「………あー………その………」
「……………童地蔵、もうないんだ……………」
「「「は??」」」
「『対価に』と望まれて、渡した……」
「ごめんなさい」奥様まで謝罪するということは、なにか奥様絡みだったんだろう。なにか必要なことだったんだろう。瞬時にそう理解した。
「無いなら仕方ないな」あっさりと答えた俺に息子も奥様も顔を上げた。申し訳なさそうな顔をしていた。
「それならその分しっかりと心の中で御礼を言っとけ」「たとえ離れていても『想い』は伝わるはずだから」
俺の言葉に息子と奥様は一瞬ポカンとした。がすぐに息子は意を決したように、奥様は感極まったようになり、ふたり一緒にうなずいた。
「俺もこれからは心の中で御礼を伝えるよ」
「なんせ俺が留学できたのは『奥様』のおかげだから」
「「「は??」」」
「麻比古に子供産まれたのも『奥様』のおかげだよな」
「「「は???」」」
「それを言うなら久十郎でしょ」「諏訪の子達、必死に『奥様』に『願い』をかけてたわよ。『くじゅ兄ちゃんとあかり姉ちゃんが結ばれますように』『ふたりに子供ができますように』って」
「はあ!?」「初耳だぞ!?」
「暁月さん! バラしちゃ駄目じゃないか!」
「はあぁぁあ!?」「新八郎! 朱音! ちょっと来い!」「どういうことだ!?」
ドタドタと追いかけっこが始まったところでトモが復活し、また頭を抱えた。
「どんだけ『願い』を叶えてんだよ……」「霊験あらたかすぎだろう……」「え。俺、粗末に扱ってた?」「申し訳ない……」
そんなトモに苦笑しておられた守り役様が「では改めてご挨拶致します」と立ち上がられた。
「失礼とは承知していますが、結界を重ねてもよいでしょうか」
意味がわからないが「どうぞ」とうながす。と、守り役様がチラリと上をご覧になられた。たったそれだけで俺の結界の内側にもう一重結界が展開された。
………おいおいおい。無媒体無詠唱だと!?
しかもなんだこの強度。俺の全力よりも遥かに強いぞ!?
なるほど息子が俺を『まあまあ』と評するわけだ。こんなのを日常的に見ていたら、そりゃあ特級でも『まあまあ』になるよ。
「姫。トモも」うながされ立ち上がるふたり。「ここは一級礼装だろう」「そうだな」ちいさく打ち合わせるふたりに奥様が「でも」と抵抗される。俺達を気にする様子。なんだと首を傾げたら息子が「大丈夫だよ」と奥様に笑いかけた。
「大丈夫。そりゃ、多少畏れ敬うとかビビるとかするかもだけど、最後は受け入れてくれると思うよ」「竹さんのご両親も大丈夫だったでしょ?」
その言葉に奥様はなにか納得されたらしい。決意を込めた表情でうなずかれた。
そうして三人が顔を見合わせ、うなずき合った。
次の瞬間。
三人の衣装が変わった。と同時に高霊力が噴き出す!
スーツ姿だった息子と守り役様は黒い鎧姿に。ワンピースだった奥様は巫女の豪華版みたいな姿になられた。
まるで三尊像のような姿。
高貴さが。神々しさが放出されている。トリアンムで神々が降臨してこられたときのことを思い出した。
「我が名は黒陽。異世界高間原の北に位置する『紫黒』の王族『黒の一族』がひとり」
「そしてこちらは我が姫。『黒の王』の御息女、竹様です」
「先程も申したとおり、私はこちらの姫の守り役を拝命しております」
「五千年前、我らのいた高間原が『悪しきモノ』により滅びました」
「そのときに我らは『呪い』を刻まれこの『世界』に『落とされた』」
「滅びる『世界』から人命を守るため、『落ちた』我らを目印に多くの人々と神々もこの『世界』に渡ってきました」
「このトモもそのときに高間原から渡ってきた男の生まれ変わりだと判明しています」
「そして、我らに『呪い』をかけ『世界』を滅ぼした『悪しきモノ』も、この『世界』に渡ってきました」
「我らはこれまで五千年、『悪しきモノ』を滅するために動いてきました」
「千年前からは安倍家が協力してくれています」
「今年の春にトモと出逢い、多大な協力をいただきました」
「トモのおかげで、五千年果たせなかった『悪しきモノ』の討伐を、ついに先月果たせました」
「どれだけ感謝しても足りません」
「先程から話を伺うに、これまでに皆様もご助力いただいていたとのこと」
「知らなかったとはいえ、御礼が遅くなったことを謝罪致します」
「併せて、これまでのご助力に感謝申し上げます。ありがとうございました」
丁寧に頭を下げられる守り役様。奥様と息子も一緒に頭を下げる。反射的に返礼を返した。
元の姿勢に戻られた守り役様が話を続けられる。
「このような事情から、我らが関わるモノにはこれまでに多大な迷惑をかけることがありました」「それゆえに我が姫は極力ヒトの世と関わらぬようにして参りました」「縁あって関わったモノもありますが、その後は極力関わらぬようにしておりました」
「それほど我が姫の影響力は大きく、幸運をもたらすこともあれば不運をもたらすこともあったのです」
「このたび我らが事情を明かし本来の姿を明かすことで、あなた方になにか影響がある可能性もあります」
「ご子息と姫が結ばれることで、あなた方に何らかの迷惑をかける可能性も否定できません」
「ですが」
「我が姫は、あなた方のご子息を『唯一』と定めています。ご子息も」
「改めて、『黒の一族』がひとり、黒陽が、西村智殿のご両親及び同席の皆々様にお願い申し上げます」
「ふたりの婚姻をお許し願いたい」
「できるならば、祝福していただきたい」
真摯な眼差し。真剣に、心の底から望んでおられるとわかる。
「あなた方には極力影響がないよう、このあと御守りをお渡しします。守護の術もかけさせていただきます」
「だからどうか、ふたりの婚姻を認めていただきたい」
「ふたりが『夫婦』として生きることを、お許しいただきたい」
「お願い致します」
「「お願いします」」
頭を下げる守り役様に合わせ息子と奥様も頭を下げる。
緊張しまくった、固い拝礼。
それをぶち壊した。マコが。
「―――当ったり前だよ!」
立ち上がり大きな声で叫ぶマコに、三人は顔を上げポカンとしている。
「むしろこっちが『お願いします』だよ!」
「奥様! トモくんをよろしくお願いします!」
「え。えと」
キョトンとした拍子に高貴さが消え、先程の娘さんと同一人物になってしまわれた奥様。こっちが『素』なんだろう。
「……………こわく、ないん、です、か?」
「『こわい』? なんで?」
キョトンと聞き返すマコに、奥様のほうが絶句してしまわれた。
「綺麗だよ! すごく素敵! まさに『お姫様』だね!」
ニッコニコのマコに奥様と守り役様は唖然とされ、息子も呆然としたまま固まっていた。
「これさっき一瞬で服変わったよね。どーやったの?」
「え、えと。そういう術がありまして……」
「普通の服でも変えられる?」
「いえ。この高間原の服には特別な素材が使われておりまして、術を通しやすいんです」「現代の服では素材に術が染み込まなくて」「着ている服を無限収納に納めると同時にこちらの服をまとうとか、こちらの服から無限収納に納めた服にするとかはできますが、現代の服から現代の服というのは、やったことがないので、わかりません」
「素材かあ。どんな素材?」「触ってもいい?」
「は、はい。どうぞ」
「うわあぁぁ。すごい刺繍。すごいねえぇぇ!」
「あ、あの。一応この刺繍も陣になっておりまして……」
「へええええ! なになに。どんな陣!?」
「スケッチブック取ってきて!」マコに命じられミナが動く。
「どうなってるんだろうねえ。元素分解して再構成してんのかな」
「なるほどそれならイケるな」「俺も触ってもいい?」
「あ、はい。どうぞ」
「軽いな……。これ、布が軽いの? この陣で軽くしてんの?」
「え、えと、」
「ここのこれが軽量化の陣。これらは守護陣。姫のこれは物理守護と霊的守護を複合的にしたもの」
「へええええ! ふたつ同時にってこと!?」「そんなことできるんだあ!」「え。じゃあこっちは?」
「こっちは……」
「綺麗綺麗! 写真撮らせて!」
ひとしきり質問をし満足したマコが今度は携帯端末を取り出し写真をバシバシ撮りだした。三人全体も撮りつつ、陣と教えられた文様を中心に。
そんなマコに、固まっていた息子がようやく再起動した。呆れ果てたような、理解できないモノを見たような顔で息子がマコに話しかける。
「なんでそんな反応なんだよ」
「ん?」
「もっとこう、畏れ敬うとか、ビビるとか、あるだろう」
「えーでも」
「リディと伊佐治さんもこんな感じだったし」
ケロリと答えるマコにトモが思案顔になる。
「ええと……『リディ』さんと『イサジ』さんてのは、親父達の知り合いだったよな?」
「何言ってんのトモくん」
ムッとしたマコが息子をたしなめる。
「そんな言い方したらリディ達がかなしむよ?」
「トモくんも『家族』じゃない」
「は?」
ポカンとした様子は『意味がわからない』とわかりやすく示していた。
そんな息子にマコのほうが仰天し叫ぶ。
「覚えてないの!?」
「無理もないぞマコ。トモはあのときまだ一歳七か月だった」
「『こっち』に戻ってからは修行と勉強で忙しかったしな」
「御守りも外してしまっているし」
「それにしても…」とマコは不満顔。
がすぐに「そうだ」と思いついた。
「ヒデさん。写真出して」
マコに言われ無限収納からトリアンムで撮った写真のアルバムを出す。ローテーブルに広げたアルバムを見るのに自然と再びソファに座った。
「ほらこれ。これがリディ。こっちが伊佐治さん」
結婚式のときの写真をマコが三人に見せる。
「これがトモくん」
「で、こっちがレイ」
指差し教えるが、息子は首をひねるだけ。
「………まさか、レイも覚えてないの?」
「……………覚えてない」
申し訳なさそうに答える息子にマコはブーブー文句を言う。
「えー。レイ泣くよ?」「『きょうだい』って言ってたじゃない」
「こんな赤ん坊のときのことなんか覚えてるかよ」
「えー。『レイにはずかしくないようにがんばる』って言ってたのに」
「ホントに覚えてないの?」再度の問いかけに気まずそうにうなずくトモ。
「この写真、親父と母さんの部屋に飾ってあっただろ」
「………親父達も写ってるから、なんかの記念写真なんだと……」「まさか俺まで写ってるとは知らなかった……」
俺の問いかけにも申し訳なさそうに答える息子。「まあちいさかったから」「仕方ないよね」ウチの連中も口々になぐさめる。それでマコも「仕方ないないなあ」と文句を収めた。
「覚えてないんなら説明するね」
そうしてマコが話し始めた。
「ええとね。トモくんが生後半年のときに、トリアンムていう異世界に『跳ばされた』の」
「は!?」
「だからこの写真は異世界トリアンムで暮らしてたときのもの」「一年ちょっといたんだよ」
「はあ!?」
「『愛し児』だったリディのピンチに、神様達がリディを助けられる人材を探してて。で、トモくんが『境界無効』持ってる赤ちゃんだったこと、元々この『世界』のひとだった伊佐治さんがいたことでボクらが『跳ばされた』んだ」
「はあぁあ!?」
「その頃のトモくんてば『境界無効』が制御できなくて、しょっちゅういろんなところに『跳ばされ』てたから。ボクらみんなトモくんと一緒に『跳ぶ』ように『紐』を着けてたんだよ」
「道具屋さんが『紐』作ってくれたの」
「で、みんなでトリアンムに行って。リディを助けて、冒険したり研究したりしたの」
「ヒデさんが魔王と邪神を倒して。新しい神様として生まれたのがこのレイ」
「『生まれたばかりだから』って、伊佐治さんとリディがレイの親になることになって。それがきっかけでふたりは結ばれたの」
「リディはとある国のお姫様だった。伊佐治さんは、昔むかしにあった国の将軍様だった」
「そんなふたりが正装して並んだら、そりゃあ素敵だったよ!」
「ボクらみんな『神様の御遣い様』って呼ばれてて、リディは『聖女様』って呼ばれてた」
「トリアンムのたくさんの神様と親しくしていただいてね。御加護もたくさんいただいた」
「だから奥様も守り役様も『綺麗だなあ!』『素敵だなあ!』と思うだけで、こわいとかおそれるとかは、あんまりないなあ」
「……………大物すぎるかよ……………」
うなだれ頭を抱えた息子に奥様が寄り添い励ましておられる。
「てか、なんだよその『魔王討伐』とか『御遣い』とか!」
「まあ成り行きで」
「『成り行き』で魔王討伐すんな!」
ガバっと顔を上げガアッと叫ぶ息子に答えたのにさらにツッコまれた。
「そうは言うが、そもそもはおまえの特殊能力のせいだからな?」「おまえがしょっちゅう『跳ぶ』からだろ」
「いやいや。トリアンムに『呼ばれた』のは半分は伊佐治のせいだろ」
「あいつが『御遣い様』と入れ替わりでこの『世界』に『落ちた』ヤツだったから『呼べた』っていつか言っておられたろ」
麻比古と久十郎の説明に「そういえば」と思い出す。
「伊佐治と一緒に『落ちた』子供のチカラを固めたのがトモの持ってた霊玉だったな」
「「「は??」」」
俺のつぶやきに息子達がポカンとする。
「霊玉もあって呼ばれたのかもな」
「なんの話だよ!?」
納得しているのは俺達だけ。息子は苛立たしげに噛み付いてきた。
「いやだから」「伊佐治――こいつな。こいつ、三百年前の戦乱時代の、とある国の将軍だったんだよ」「けど嵌められて奴隷にされて、他の奴隷の子供達と一緒に移動させられてたんだと」「そのときに崖から落ちて」「で、この『世界』で川に落ちて死にかけてた太助って男と入れ替わりで『こっち』に来た」「そのときに一緒に落ちた子供が数人、巻き込まれて『こっち』に来たらしい」「そのうちのひとりがおまえ達霊玉守護者の霊玉の元になったヤツ」
ポカンとしたままの息子に、さらに思い出した。
「おまえ、三年前に『禍』を浄化したんだろ」
「あのとき俺達みんなでリディの御守りにおまえの無事を『お願い』してたんだよ」
「おまえの持ってるリディの御守りを通して加護がかかって、守ってくれたんだろうよ」
「リディにもレイにも、トリアンムの神様方にも御礼言っとけよ」
「トリアンムのチカラがあったからこそ、トリアンムからの『落人』に対抗できた可能性も否定できないから」
「………『リディの御守り』って、なんだよ」
「これ」
左手首のブレスレットを見せる。が、「そんなの知らないぞ」と息子は口をへの字にする。
「無限収納に納めてないか?」「ちょっと見てみろよ」
勧めれば、息子は不満そうに目を閉じた。しばらくして「ん?」となにかに気付き、無限収納からお揃いのブレスレットを取り出した。
幼い幼児に合わせた、紐の短いブレスレット。母が紐を足してはいたが、それでも短い。
「………あった………」
呆然と手にしたブレスレットを見つめる息子に、マコがやさしく語りかけた。
「伊佐治さんもリディもトモくんのこと自分の子供みたいに可愛がってくれてたから」「前回も今回も、きっとリディ達が守ってくれたんだと思うよ」
「………『今回も』?」
マコの言葉に反応する息子にマコはあっさりと答えた。
「今回もみんなでリディの御守りにお願いしてたんだよ」「『トモくんを守って』って」「きっとリディ達が守ってくれたんだよ」
「なんでお袋達がそんなことすることになったんだよ」「どこからなにを聞いたんだよ」「ハルか?」
噛み付いてくる息子にマコはあっさりと明かす。
「ユイちゃんから」
「どこの『ゆいちゃん』だよ」
「麻比古さんの奥さんのユイちゃん」
「なんでユイさんが」「なにを言ったの」
「ユイちゃん、異世界で『聖女』やってたから」
「は?」
「だから時々『神託』受けるんだよ」
「知らなかったの?」逆に聞かれた息子は「は??」しか言えていない。
「久十郎さんが六月にウチに来る前に京都に寄って」「あちこちで色々聞いたんだって」「で、『近々ナニカが起こる』って聞いて、ユイちゃんに聞きに行ってくれたんだ」
「そしたらユイちゃんに『神託』が降りて」「『このままでは京都が滅ぶ』って」「で、ボクらみんな『リディの御守りに願いをかけろ』って言われたんだよ」
ただ呆然と話を聞いていた息子だったが、やがて頭を抱えてうなだれた。




