西村秀智と『静原の呪い』53
八月になった。
両親の法要のために長期休みを取った。「じゃあついでに」と物理学部長と研究所所長と副所長がいくつも用事を言いつけてきやがった。学会出席。対談。親交を深めるなんちゃら。などなど。などなど。
「今回の帰国はプライベートだっつっただろ」「面倒を押し付けるな」
「おまえがあんまりにも引きこもっているのが悪いんだろう」「文句があるならこまめに学会に出ろ。普段から他の研究者と交流をしろ」
「そんな時間どこにあるんだよ」
「ここからここまでって話だったけど、ここまで休暇でいいから」
「学会やなんかは『休暇』とは言わない」
「じゃあこの日の分は給料だすから」
「金よりこれをキャンセルさせろ」
「残念でしたー。もう断れませーん」
「このやろう」
マコはマコで色々押し付けられていた。くそう。研究所の連中め。あとで覚えてやがれ。
◇ ◇ ◇
どうにかこうにかスケジュールを組み、いよいよ帰国となり準備をしていたら息子から連絡が入った。ちょうど自宅でマコもいた。
あの騒動のあと、晴臣くんから「特別任務に当たっている」と聞いたことで無事なのは理解していた。が、本人からの連絡は皆無。「ホントに無事なのかな」「ホントは寝込んでて、ごまかすために『特別任務』なんて言われたんじゃないのかな」とマコは心配を募らせていた。こちらから電話をかけてもメッセージを送っても一切つながらなかったから尚更。
その息子が、騒動などなかったかのようにいつもどおりの調子で連絡してきた。
「トモくん!」「無事!?」俺から携帯端末を奪うように画面にかじりつくマコに息子は苦笑している。
「無事だよ」「大袈裟だな」笑うその顔が大人びてみえる。またどっかの『異界』だか『異世界』だかに『跳んで』いたんだろう。
「今いい?」と言う息子に、マコとふたり携帯端末画面をのぞき込んだ。
「今度法事で帰国するだろ?」「何日から何日までいるの?」
予定している日程を伝えると息子はメモを取った。
「その日程の中で、どっか時間とれない?」
「俺の? マコの?」
「ふたりとも」
「なんだよ」「法事の日じゃいけない話か?」
問えば、息子はそっと目を逸らした。がすぐに意を決したようにこちらにまっすぐな目を向け、言った。
「………紹介したいひとが、いるんだ」
その言い方に。赤く染まった耳に。
察した。
「―――『奥様』!?」
喜色満面とはこのことですと見本になりそうなくらい喜びを爆発させたマコが叫ぶ。
「『奥様』だね!?『奥様』でしょ!!」「やったね!! おめでとう!!」
興奮しすぎて英語になってるぞマコ。
「いやまあそうなんだけど」ぼそぼそと答える息子。いつもの飄々とした様子はどこに行ったのか、頭を掻きながら言いにくそうにしている。
「その、だから、ふたりに紹介したくて」「彼女のご両親にはもうご挨拶したんだ」「できればふたりが日本にいる間に彼女のご家族と顔合わせしたいと思ってる」「結婚には年齢が足りないから、せめて結納して婚約したい」
「結納!? 婚約!?」
マコのテンションが上昇の一途をたどっている。「やったあああ!」「おめでとおおお!!」叫び涙を浮かべるマコ。後ろで暁月がシャンパンを開けた。ポンという軽快な音のあとシュワシュワと鳴り、さっとグラスがふたつ差し出された。
「トモくんおめでとー!」「「「おめでとー!!!」」」
「かんぱーい!」シャンパンの入ったグラスがあちこちで打ち鳴らされる。俺にもウチの連中がグラスを合わせに来る。「お祝いメニューに変更だ!」新八郎がグラスを一気に空けキッチンに走る。「刺身作ろう!」定兼まで。
「いいからスケジュール教えろ!」照れているのか半ギレの息子。いったん通話を切り、現段階で確定しているスケジュールを送る。すぐに電話がかかってきた。
「ギチギチじゃないか」
「仕方ないだろ。あちこちから押し付けられたんだよ」
麻比古や久十郎のところにも顔を出す予定だし、『マコの御神木』にも世話になった神職の神社も墓参りも行く予定。そんなもともとの予定に加えて学会やらなんやら突っ込まれてしまった。滞在期間は昨年よりも長いけれど、そんなわけで自由にできる時間は少ない。
そうは言っても「俺がもう高齢だから」と休養日が数日設けてある。俺もう七十歳だから。自分では全然そんな感じしないけど。
そんな休養日を全部トモ関係に回すことになった。京都に着いてすぐトモと『奥様』と面会。「結納したい」という日がちょうど休養日だったからその日を仮押さえ。予定どおりに進むかは飛行機次第。うまく予定どおりに着けばいいが、欠航や到着場所変更なんてしょっちゅうだから。
ハードスケジュールにマコの体調が心配だったが「大丈夫!」と張り切っている。これだけテンション高かったら大丈夫かと思いつつ「無理はするなよ」と釘を刺しておいた。
◇ ◇ ◇
トラブルもなく無事京都入りできた。飛行機移動は現地に到着して荷物が手元に戻るまで心配が尽きない。今回は全員帰国だから荷物が多くてより心配だった。
無限収納に入れれば手ぶらで動けるが、一度それをして怪しまれ税関に引っかかって時間を取られたことがある。なのである程度の荷物は普通に持ち運ぶようになった。
大荷物を伴っての移動は正直面倒なんだが、これをしないともっと面倒なことになるので仕方なく荷物と共に移動する。
空港からホテルまではレンタカー。運転は碓水。助手席にオボロ。襲撃対策で公共交通機関を使わないようになり、ウチの連中全員運転免許を取った。大型バスも運転できる。戸籍なんかは安倍家の晴臣くんがうまいことやってくれた。
京都に向かう車の中からトモにメッセージを送る。「無事日本到着」「京都に向かっている」「スケジュールAで進める」
飛行機移動はなにが起こるかわからない。その調整と休養で到着後二日間は本来予定を入れなかった。もしトラブルで到着できなかったときのための調整日。
そこにトモと『奥様』の面会を入れた。飛行機事情によってはキャンセルせざるを得ない可能性もあった。無事に到着できて一安心。
今回はトラブル無くホテルに入れた。部屋に案内され、ウチの連中が室内と周囲を確認してから俺とマコが入室。さすがの俺も気配のない爆弾や隠しカメラや盗聴器は感知できないから。
入室許可が出てぐるりと周囲を確認。うん。まあまあの部屋だな。「おまえはここに座ってろ」言われたとおりにソファに座る。あー疲れた。
「夕ごはんまでに荷解き済ませるわよ」暁月の号令に娘達がテキパキ動く。キッチン周りを確認した新八郎がフロントとやり取り。碓水達見た目のゴツい男達は扉前で警戒中。こういう『見ただけでわかりやすい警備』って案外効くんだよな。
コマネズミのようにウチの連中が働く中、俺とマコは今回の帰国に合わせて出席するあれこれの最終確認。連絡は定兼が請け負ってくれる。各担当者に「無事到着」の連絡を入れ、出席できることを改めて伝え、内容や時間を確認。で、確認が済んだものを俺とマコそれぞれが内容確認。議論するテーマ。講演内容。お互いに確認し合い、おかしなところ、足りないところはないかチェック。
プライベートの知り合いには俺から連絡。静原の叔父とか義弟とか久十郎とか。マコのほうは連絡する知り合いはいない。強いて言えば高校時代に数学オリンピックに導いてくれた教師だけだが、高校卒業以降連絡を取っていない。プライベートの連絡先も知らないし、向こうも連絡を取ってこないから、高校卒業直後から疎遠になった。だから結婚式にも招待しなかったし結婚報告もしていない。向こうはおそらく未だにマコのことを男だと思い込んでいて、世界的に活躍している女性数学者と同一人物だと知らないんだろう。そのまま一生知らないでいればいい。
しばらく暮らす環境が整い、晩飯へ。ホテル内のレストラン。警備員付きは俺達以外にもいる。なのでそこまで悪目立ちしてない。と思う。
連れの半分と一緒に舌鼓を打つ。新八郎が大喜び。ウェイターにあれこれと質問している。よかったな。
食事を済ませた俺達が風呂に入っている間に残りの半分が食事へ。先に風呂を済ませたマコの髪を朱音が乾かし整える。俺には「甘えるな」「自分でどうぞ」と言うくせにマコには世話を焼いてやる連中。解せぬ。だがマコが喜んでるから良しとしている。
俺も風呂を済ませ、いい加減に髪を乾かす。さて寝ようとしたら新八郎に叱られた。「ちゃんと乾かして寝ないと風邪ひくだろ!」叱られながら髪を乾かしてもらう。なんだかんだこいつも面倒見がいい。
長時間移動で疲れた。今日は誰にも面会せずさっさと寝る。明日は朝からトモ達と面会だ。「おやすみ」と明かりを消した。
翌朝。
早く寝たことで時差ボケもどうにか対応。朝の修行を軽くこなして朝食。部屋でしっかりといただく。
「そろそろ支度しろ」新八郎にうながされ洗面して着替えていたら新八郎に叱られた。「こっち来い!」と髪を整えられる。「ヒゲ剃り残し」「ああもう!」結局新八郎が面倒見てくれる。さすがは久十郎の同族。面倒見がいい。
「『面倒見がいい』んじゃないよ。おまえがあんまりにもどうしようもないから『仕方なく』だよ!」叱りながらもせっせと整えてくれる。おまえいい婿になるよ。よかったな朱音。
「阿呆なこと言ってないで少しはキチンとしろ!」「それでも大人か!?」「ああもう。くじゅ兄ちゃんが甘やかすから!!」
どうにか体裁が整ったところで時間が近付いてきた。しっかり寝て飯もしっかり食ったことで俺もマコも体調万全。
待ち構えていたら久十郎と麻比古が揃って来た。
「トモくんが『奥様』連れて来るって!」あの日連絡を受けてテンション上がったマコがすぐに久十郎に連絡を入れ、「よかったら同席したい」と希望したふたり。今日は妻子は置いてきている。
麻比古とは一年ぶりの再会。お互いに近況報告をしていたら電話が鳴った。
トモからの到着連絡。暁月がロビーに降りる。ソワソワと落ち着かないマコに「落ち着けよ」と笑いが起きた。
「到着されました」護衛モードの呉羽が扉を開けた。立ち上がって出迎える。
「どうぞ」暁月に勧められ、入ってきたのは三人の人物。
先頭にウチの息子。なんかデカくなって大人びている。続けて入ってきた女性はガチガチに緊張しているというのが丸わかり。最期に背の高い壮年の男が現れた。
このひとが。
思わずじっと見つめてしまう。
このひとが『奥様』。
開祖様がずっと待ち望んでいた、青眼寺のご先祖様がずっと待ち望んでいた女性。
昔トモがマコの腹にいたとき、夢で視た。やわらかな笑顔を浮かべた、穏やかな雰囲気の女性。気品ある立ち居振る舞いで笛を吹いていた。あのときは顔かたちも年齢もわからなかった。なのに目の前に立つ娘さんにそのイメージがカチリとはまった。もうすっかり忘れてたのに。
ああ。このひとが。
感謝か感激か、はたまた歓喜か。フルリと痺れが走る。自然と口角が上がる。
背の高さは普通。むしろ少し低め。いや背の高い男ふたりに挟まれているからそう見えるだけかも。アメリカ暮らしが長くて低めに見えるだけかも。綺麗な立ち姿。明るい色の髪は癖ひとつないストレート。膝よりも長いその髪をひとつに結び、結び目に髪飾りをつけている。明るいベージュのワンピースに真珠のネックレスとイヤリング。清楚で真面目な雰囲気。白い肌。一重の垂れ目。ふっくらとした頬は健康的に染まっている。全体的にふっくらした体型。それもあってかやわらかな印象。今は緊張でガチガチになっているが、きっと笑うと可愛らしいだろう。
パッと見ごく普通の娘さんに見える。が、特級退魔師だった俺にはわかる。魂が恐ろしく清浄。こんなに清らかな人間、異世界で聖女しているリディくらいしか見たことない。
それに瞳が綺麗。こんなに穢れのない瞳は滅多にない。
『開祖様の奥様』で『異世界のお姫様』。だからこの清浄さも当然なのかもしれない。それでも、頭では理解していても、やはり感動する。なんて綺麗な人間だろう。
人間? 人間か? 神使とか精霊とか、そういうのじゃないか?
こんな素晴らしい方だったとは。
こんな素晴らしい方が息子の『唯一』だとは。
ありがとうございます。
なにに対してかはわからないが感謝を捧げた。
彼女を息子に逢わせてくれて。彼女を今日まで生かしてくれて。彼女と息子を結んでくれて。
俺が感激に震えている一瞬でマコは息子に飛びついた。
「トモくん!」「久しぶり!」「元気だった!?」「無事でよかったよおぉ!」わあわあと半泣きで英語でまくし立てる。「落ち着けよ」苦笑しながら抱き着く母親の背中をポンポンと叩く息子。
そんなマコとトモに、隣に立つ奥様と壮年の男は目を丸くして固まっている。
「トモくん、背、高くなった?」
「ああ」
「前会ったときより大人になったね。何歳になったの?」
「十六だよ」
マコは『異世界で何年過ごしたのか』と聞きたかったようだが、息子は理解していないのか隠していたいのか戸籍年齢を告げる。そういやこいつ、トリアンムで一年以上過ごしたこと覚えてないんだっけか。
英語でのやりとりを奥様も壮年の男も理解できないらしい。ポカンと目を丸くしたまま。
背の高いトモの頭を撫でようとマコが手を伸ばす。『仕方ない』と言いたげに頭を下げるトモ。息子の頭を撫でられて満足げな母親に、息子は苦笑している。
「お袋」「この女性が『紹介したいひと』」
視線を向けられた奥様がピッと姿勢を正す。
「! きゃああああ!」
奥様が口を開くより早くマコが奥様の正面に移りキラキラした表情で上から下まで見つめる。
「『奥様』!? はじめまして! トモくんの母の真です!」
英語で叫び奥様両手を取りぶんぶんと振るマコ。奥様気圧されてるぞ。
「いやあぁぁん! かわいいぃぃぃ! かわいいぃぃぃ! ハグしていい!? いい!?」
「駄目」
「えー! なんで!?」
「ちょっと落ち着け。座れ」
息子に無理矢理引き剥がされたマコ。「ホラ座れ。暁月さん。お願いします」暁月にパスされそれでもブーブー文句を言う。
「ホラマコ。落ち着きなさいな。『奥様』びっくりしておられるわよ」
暁月にたしなめられてようやくマコも奥様の様子が目に入った。『やっちゃった』と言いたげな顔をしてシュンとする。
「さあさ。マコはここ。トモと『奥様』とお連れ様はこちらへどうぞ」
暁月の指示に「失礼します」と丁寧にお辞儀をした奥様。トモに手を取られソファに進み、会釈してから座った。
ていうかトモ、おまえ、どうした? 表情が全然違うぞ!?
息子はこれまでに一度も見たことのないやわらかな表情で奥様に接している。どれだけ愛おしいのか、それだけで理解できるほどの変貌。『静原の系譜の人間』と知っている者が見たら「ああ、『呪い』ですね」と納得できるほどに。
「トモがケーキ買ってきてくれたから。みんなでいただきましょ」「お茶煎れてくるから。先に自己紹介始めてて」「ヒデ。結界展開して。ドア前の碓水とオボロも入れてみんなでお茶にしましょ」
軽やかな暁月の言葉に、久十郎と新八郎が共にキッチンへと移動する。朱音も手伝いに向かった。呉羽が扉前警備に立っているふたりを呼びに行く。三人が部屋に入ったところで結界を展開した。
俺が結界を展開した途端、奥様と壮年の男が「お?」という表情になった。目だけで結界の様子をうかがっている。―――つまり、結界に詳しい能力者ということ。
チラリとふたりがトモに問いかけの視線を送る。ニヤリと口の端を上げ、トモが口を開いた。
「まあまあだろ?」
「『まあまあ』とか、失礼だなおまえ」
即座にツッコミを入れる俺に、奥様はパチパチとまばたきをし、壮年の男は微笑を浮かべた。
「改めて」
息子が姿勢を正すのに合わせ、奥様も壮年の男も姿勢を正す。
「親父。お袋。今日は時間を取ってくれて感謝します」
「ありがとうございます」
息子が頭を下げるのに合わせ、奥様と壮年の男も頭を下げる。こちらも礼を返す。
「この女性が『紹介したいひと』。俺の妻の竹さん。神宮寺 竹さん。」
「竹と申します。はじめまして。よろしくお願いいたします」
息子の紹介にピシッと背筋を伸ばし、こわばった表情で生真面目に頭を下げる奥様。
「それと妻の守り役の黒陽」
「黒陽と申します。ご子息には大変にお世話になりました。改めて感謝申し上げます」
生真面目に頭を下げる男に隣に座る娘さんもあわてて頭を下げる。
なるほどこの方が『守り役様』か。
『異世界のお姫様』の『守り役様』と説明されれば納得の佇まい。一目見ただけで只者ではないとわかる。おそらくは戦闘職。それもかなりの使い手。俺でもまともにやりあったら無事では済まないだろう。
おまけにこの方も魂が清浄。瞳も綺麗。この方々のおられた『世界』はさぞ清らかな『世界』だったんだろう。
「はじめまして。トモの父の秀智です。こちらは妻の真」
「はじめまして!」
こちらの挨拶に「よろしくお願い致します」と生真面目な挨拶を返してくれる奥様。マコの目がキラキラ越えてギラギラしている。
というか、マコは興奮しすぎて鼻息が荒くなっている。ソファに座っているものの身体が前のめり。『聞きたいことがあります!』『お話したいです!』と全身で示している。
そんな母親に気付いているらしい息子が苦笑で俺達を紹介する。
「昨日も説明したけど、改めて」「親父は物理学、お袋は数学の研究者なんだ」「いつもはアメリカで暮らしてる」「親父がじーさんばーさんの一人息子で元特級の退魔師」「さっきの結界もそうだけど、術もそこそこ使える」
「すごいです」奥様が目を輝かせてお褒めくださる。守り役様も認めるような目をくださる。
「いやいや、現役だったのはもう五十年以上前の話ですよ」謙遜して笑えばそこにタイミング良く暁月達がお茶を持ってきた。手分けして飲み物とケーキをサーブしていく。
「トモ」暁月がトモに声をかけた。「私達も自己紹介してもいい?」
「あ、ごめん」「そうだね。親父の『家族』だもんね」
少し慌て、息子がおふたりに説明する。
「両親がアメリカで一緒に暮らしてるひと達」
「はじめまして『奥様』。お会いできて光栄です」
「はじめまして。竹と申します。よろしくお願い致します」
にっこり微笑む暁月に、ソファから立ち上がり会釈と笑顔を返す奥様。守り役様も一緒に立ち上がり会釈された。
「私は黒蛇族の暁月と申します。こちらは私の妹達。美那月、咲来月、結月、詩月」「この四人はトモの母親のマコトの身辺警護を主にしております」「こちらは…」
次々と紹介していく暁月。お辞儀するひとりひとりにお辞儀を返す奥様と守り役様。
全員の紹介が終わったところでトモが口を開いた。
「『黒蛇族』とか『黒狼族』とかって何?」
「種族名だけど?」
「は??」
「「「は???」」」
疑問を出す息子に全員がキョトンとする。
………もしや。
「トモ。おまえ………暁月達が『人間じゃない』って、知らないわけ、な、い――」
俺の質問に唖然とする息子。そんな息子にこちらも唖然とする。
「―――え!? ウソでしょ!? 知らなかったの!?」
「は!? 知らないよ!」「え!? ウソだろ!? 久十郎さんも麻比古さんも!?」
「そういえばヒデ達がアメリカに行ってからはトモの前で人間形態以外取ったことがなかったな」
「だからって、気配でわかるだろ!?」
「その気配が人間じゃないかあんた達!」
「長年人間の世界で暮らしてたからかしら」
ぎゃあぎゃあと言い合った後「じゃあ手っ取り早く見てもらいましょ」と暁月が言い出し、全員が元の姿を披露した。いや息子の愉快なこと。「はあぁぁあ!?」と叫び、わかりやすく狼狽え、頭を抱えた。
「嘘だろ…」「俺、十六年も気付かなかったのかよ…」「退魔師失格じゃないか…」
ブツブツ言う息子の丸くなった背を奥様が一生懸命に撫でている。
「いや、トモが気付かなかったのも無理はない」守り役様が驚きを隠すことなくおっしゃる。
「人間形態を取れるモノは多くいるが、ここまで妖の気配を抑えることができるモノはそうそうない」「人間の生活に馴染んでおられるのだろう」
「霊力もかなり抑えておられるな?」ニヤリと不敵に笑う守り役様が目を向けているのは麻比古。「そちらほどでは」とこっちも不敵に笑う。
「青眼寺に残ってるヤツらだって妖だぞ」「おまえ知らないか?」
「勘太に宗次郎に……」名を上げていく呉羽に「はあぁぁあ!?」とまたしても悲鳴をあげる息子。
「サトから聞いてないのか?」
「聞いてないよ!!」
「洋も説明しなかったのか?」
「説明なんかないよ!!」
「トモが生まれたときにはもうみんないたからね。改めて説明する機会がなかったんでしょ」
「そういえばトモが生まれてから新しく居着くヤツっていなかったな」
「トモが生まれてみんな忙しくなって、妖魔も人間も受け入れられなくなったもんな」
「じゃあ改めて」とトモ達に説明をする。俺の母がとある妖魔に『呪い』をかけられた。母を救うために親父が主座様にご助力いただいた。母が救われた対価として主座様に『困っているモノを救う』と誓約した。そうして人間も『ヒトならざるモノ』も関係なく手助けしてきた。そのせいで青眼寺は俺が生まれたときには妖怪寺になっていた。俺は生まれる前から妖魔達に育てられ、留学にもついてきてくれ、今に至る。
「ついでに言うと」トモが生まれてすぐの頃、トモの『境界無効』のせいであちこちに『跳ばされた』。それがきっかけであちこちの問題に首を突っ込むことになり、妖魔の村々の生活を向上させることを目的とした勉強会『生活向上委員会』が発足した。それが十五年前のこと。十五年勉強した妖達は人間形態を習得し、今では普通に人間の街で買い物したり生活したりしている。中には妖であることを隠して人間社会で働いているモノもいる。
これには息子だけでなく奥様も守り役様も驚いていた。
「安倍家は知ってるのかよ」
「さあ?」
「特に聞かれたこともないし」
「サトも玄治も洋一達も、どこかに報告とかしてたようには見えなかったな」
「だが安倍家の主座様がトモのところに出入りしておられたろう? 主座様ならば『視れ』ばわかるのではないか?」
「そもそもあいつら寺にしかいないだろ」「主座様にはお会いしていないんじゃないのか?」
「このまえのサトと玄治の葬式には来ておられたよな」
「あのときは他にも妖たくさん出入りしてたから……」
そこまで話してハタと気付いた。そういえば道具屋が『姫様にお会いしたい』『トモにつなぎをつけてくれ』って言ってたんだった。すっかり忘れてた。
「そういえば奥様」
「『おくさま』??」
俺の呼びかけに奥様が首を傾げ、トモが威嚇するような表情になる。
「さっきからなんだよその『奥様』って」
「俺達昔から『奥様』って呼んでたから、つい」
「「「『昔から』???」」」
「あれ? これも覚えてないのか??」
そうしてまた説明。トモがマコの腹に入ったときに母が『視て』「おなかの赤ちゃんは青眼寺の開祖様だ」と判明した。開祖様の手記が残っていたこと、口伝で開祖様と開祖様の奥様のことが伝わっていたことから、開祖様の生まれ変わりであるトモもいつか『異世界のお姫様』と出逢うと待っていた。昔から家にあった童地蔵を『奥様』とお呼びしていた。だから自然と『トモのお相手』の『異世界のお姫様』ことも『奥様』と呼ぶようになった。
「おまえが『とらわれた』って言ってきたから」「てことは、お相手は『奥様』だと判断した」
またも頭を抱える息子。
「違ったか?」心配になり問いかけたら「違わないよ」と絞り出すような声が返ってきた。
「………青正め………余計なことを………」
唸るようなつぶやきに、ふと違和感を感じた。
『青正』という『名』には覚えがある。青眼寺の二代目様。開祖様の直弟子。その方を、まるで知り合いのように――。
「―――青羽様?」
「なんだよ」
かまかけに反応した息子。すぐにハッとし、さらに深く頭を抱えた。
「………おまえ、いつ前世の記憶戻ったんだ?」
確か以前は前世の記憶がなかったはず。母もそう言っていた。
「え?」「そうなの?」ウチの連中が注目する中、奥様と守り役様はオロオロとしておられる。が、トモに前世の記憶があることに戸惑っているのではなく、俺達にそのことがバレたことに戸惑っておられる。つまりこのふたりはトモが前世の記憶を持っていることをご存知だということ。
「………つい最近だよ」
ため息まじりに答える息子。色々諦めたらしい。ガシガシと頭を掻き、深ぁくため息を吐き出した。
「………じゃあ、そっちはみんな俺が『四百年前の青眼寺で開祖と呼ばれてた男』だと知ってるってこと?」
「そう」
「………で? 彼女のことは?」
「『開祖様の奥様』で『異世界のお姫様』ってこと? 知っているが?」
『それがどうかしたか?』と首をひねれば、トモだけでなく奥様も守り役様も目をまんまるにして驚いておられた。
「『黒の姫様』ていうんだよね?」
マコの問いかけに「それも知ってんのか!?」とトモが驚いた。
「道具屋さんがいつも『姫様』のこと話してたから」
「誰だよ『道具屋』って」
「あれ? おまえ、道具屋知らないの?」
「知らない」
「えー。意外」
「あれからサトのところに出入りしてなかったのかな」
「トモが知らないだけじゃないの?」
「可能性はあるな」
ウチの連中に色々言われたトモが「どんなひとだよ」と聞いてきた。
「本名は知らない。なんの妖かも知らない。このくらいの背の、人間の七十代くらいに見えるジジイの姿で……」
どう説明したもんかと困っていたら、マコがサラサラと似顔絵を描いた。
「うまいなマコ」
「似てる似てる」
「で? 知らないか?」
「………知らない」
「知らないなら知らないでいいや」
ムッとする息子を放置し、奥様に話しかけた。
「この道具屋がね。『姫様にお会いしたい』ってずっと言ってるんですよ」「最近京都のあちこちで『黒の姫様』の噂を聞いたらしくて」「同行してる男がトモみたいだから『トモ経由で連絡取れないか』って言われてたんです」
「実はこの道具屋、俺達の恩人なんです」「できれば『願い』を叶えてやりたくて」「奥様、俺達がいる間に会ってやってくれませんか?」
俺のお願いに奥様は「え、ええ、と??」と戸惑っておられる。
「竹さん、知ってる?」息子の質問に「ええと、ええと……」と困り果てている奥様。チラリと隣に目を向ける。が、守り役様も腕を組んで首をひねっておられる。
「………もう少し情報ないか?」
息子の言葉に、昔聞いた道具屋の事情を話す。幼い頃に山に置き去りにされ泣いていたところを姫様と守り役様に救われた。道具作成に適性を見出され、姫様と守り役様に道具作りの指導を受けた。そのまま集落に一切帰ることなくおふたりと数年を過ごした。姫様方の知り合いの道具屋に引き取られてすぐに姫様が亡くなったと知った。それから約五百年、道具作りに邁進してきた。仲間を見送りひとりになっても道具作りを続けてきた。いつか会えることを願って。
「五百年……五百年前……」うーんと唸る奥様。
「山の中……置き去りに……おき………」ブツブツ言っておられた守り役様がハッと気付かれた。
「もしかして、あの猿の子供か?」
「猿?」
「覚えておられませんか姫。ベショベショに泣いていた猿の子供を励まして、数年共に暮らしていた頃があったのを」
「―――泣いて―――」「―――! ああ!!」
ポンと手を打ち、奥様は大きくうなずかれた。
「え!? あの子が!?」「あの子がトモさんのご両親の『恩人』に!?」「一人前に活躍しているということ!?」
「きっとそうでしょう」「よかったですねえ姫」
「うん」「うん。うん!」「よかった。よかったぁ!」
その『よかった』が『道具屋が一人前に活躍している』ことだと、『元気でいること』を喜んでいることが理解できて、このお姫様と守り役様の人柄の良さが垣間見えた。




