【短編】青によし
山口青 26歳。
顔よし、知性よし、家柄よし、性格よし。
俺ほど全てを兼ね備えている男はいない。だから、(妹はいないから正直わからないが)妹のように可愛がってきた碧に変な虫がぷーんとやってきた時、俺は自制心が外れかけた。
碧が年頃になると、色は白くて艶々の黒髪、赤い唇、スッと伸びた目元が美しく、周りの男どもが色めきだった。
思春期の男なんて大抵、野生動物と変わらない。動物園と化した学舎にうら若き乙女がいるのだ。危険極まれり。
せめて俺が行きの電車を同じにすることで、防虫スプレーの役目ができたらと思って、遠くから見守っている。
ストーカーの心理を正当化しているだけ。
桜は侮蔑の目でそう言うが、俺は従兄妹だし。そういう枠から外れる。
そもそも、桜は俺の婚約者なんじゃないのか。
なんだってそういうゲテモノでも見るような、そんな感情なんだ。それもそれで傷つく。
まあ、俺の機嫌は俺が取ればいいからな。そんなことより、桜の弟の鴇が、チョロチョロ飛び回っていて、本当うざい。
あいつはなんたって【人畜無害】みたいな顔で、びたーっと、碧にひっつきやがる。しかも、【同級生】というプラチナカードを存分に使ってくる。
「気持ち悪い」
桜とランチをしている時にそんなことを言われた。
「ん? トイレなら、そこの廊下を曲がって右にある」
親切に説明していると、桜から深いため息が溢れた。
「ちがう。そのシスコンぶりが気持ち悪いの。あ、いとこだからカズコンか」
またかよ。また、俺をディスるのか。慣れたけども。
青は、ナイフとフォークを皿の両端に置くと、ワインを口元に運ぶ。
「俺は兄かわりだからな。碧の貞操を守らないと」
「………」
「間違っている?」
「たぶんね」
桜は眉をくいっとあげて、そう言うと、パンをちぎって口の中にいれた。
「たまには私とのことを考えたら?」
青はナイフとフォークを握ると、クスッと笑った。
桜の耳が少しだけいつもより赤いことに気がつきながら。
「それもそうだな」
たぶんこうやって時間が過ぎていくのだと思う。
時々ディスられて、丸く収まって、多少の波風はあるものの、大波などなく穏やかな雰囲気のまま歳を重ねていくのだと想像できる。
「いつ買ったら良いんだ? 指輪」
ふと、そんなことを言っていた。
プレッシャーになる。まずい、と思い訂正しようかと、目が泳いだが、やめることにした。
桜の驚いた顔から、少しだけ目が細められ、青の手をギュッと握ったから。
「え?」
桜が動揺して、恥じらうように確認するように声が漏れていた。
たぶん、青の表情が見たことないようなものだったからだろう。
青は自分で言って赤面していることに気がついた。照れ隠しに「少し酔ったな」とワイングラスを見ているが、苦し紛れだったようだ。
桜は青の耳どころか、顔が赤くなっているのを見て充足感で、ふふっと笑った。
高校生の時に婚約をした。けれども、互いに顔すら見たこともない人との婚約で、何が何だかよくわからなかった。
お互いを知るために、こうやって何度も食事をし、過ごしてきた。
共に過ごした時間が人を変えていく。
桜は懐かしそうにさらに目を細め、くすりと笑い、左手の甲を青に見せるので、青は一瞬ひるむ。
ん? なんだ?
「開けといてよ、スケジュール。今年中に買うから」
青はワイングラスを持って、一口喉に流し込む。
「言うね」
「まあね。言ったもん勝ちだからね」
なんとも言えない雰囲気と心持ちで、青は充足感でいっぱいになる。
俺は結構桜のことを気に入っている。けれど、桜は俺がなぜか碧を好きだと思っているんだよな。
ま、碧のことは好きだ。けれど、妹みたいなもんで、恋愛感情はない。
碧が鴇に恋愛感情がない期間は、鴇の碧を好きと言っておきながら、別の女と関係を持つところが、俺は許せなくて、だから認めてない。
碧がなんとなく、鴇に恋愛感情を抱いていそうだな、と気がついてから、俺は口数を減らしてきた。
人の感情はどうこう言って変わるもんじゃない。変わるなら、俺はすでに鴇をがっつり変えているだろう。
碧の望むことを尊重するのが、俺のできることなんだ。
レストランを後にしようと会計をしている際、ズボンのポケットに入れている青のスマホが震えた。
手首につけているスマートウォッチを見ると、碧からSNSを通じてメッセージが入ったようだ。
あたふたして、いつもの青に戻っていた。
それで良いよ、うん。
桜はくすりと笑った。




