35.黒幕
桜が鴇にわざわざ連絡をして、碧を呼び寄せた理由は一つだった。
紺が調べていた万川集会の解析が終わったこと、鴇がナツに預けた真珠の指輪は晴明の式の玄武から、土御門に渡され、こちらも解析が終わったようで、杏から鴇に返すために場を設けたらしいことはわかった。
杏はおずおずと、指輪を鴇の手に戻し「確認が終わりましたので、お返しします」と一言添えた。
当主の指輪か。このタイミングで戻ってきたのはありがたい。
この指輪ひとつで首を縦にする人間も少なくない。権威さえあればそれに従うものがいるのも事実だ。
右の中指にはめながら、鴇は杏が口を開くのを待ったので、杏は気まずそうにゆっくりと口を開きはじめた。
杏が言うには、臙脂の術の痕と共に、弓削白百合の術痕もあったとのことだ。
「しかし、なんだって山口当主の指輪をはめたんだか」
杏は桜が用意した茶をすすって一息つくと、ゆっくりと話しはじめた。
「当主の指輪には特権がありますから。山口家の場合、現存する家門の他の者の術を使えますのよ。私のように」
杏は土御門の魂を自身に憑依させて、その者の術を使える。
土御門は陰陽師の名家中の名家だから、チート能力なのだが、山口当主の指輪はそこまでではないものの、他者の能力が使えるのは大きなメリットだ。
鴇はそんな話は聞いたことがなかったから、鴇は目を丸くする。
「知りませんでした」
「あなたはお若かったから」
あえてこの話しをしなかったのか。それで合点がいったことがある。
「では、臙脂は私の力を使ってナツを拘束しているのですね」
「はい。そう考えて良いかと」
「ナツが消された気配はなかったのですが、どこにも見つからなかったので、聞けたのは朗報です。臙脂をつぶせば良い。実にシンプルですね」
言葉とは裏腹ににこやかに微笑む鴇を桜は冷めた目で見ていた。
「それだけじゃないわよ」
「何?」
「弓削白百合ちゃんが、今回関与していることがわかったのよ」
鴇が目を丸くして「はあ? あの子にそんな力はなかった」と抗議すると、桜は首を振り、杏は固まっていた。碧は黙って、周囲の様子を窺っている。
鴇の元婚約者。
「葛木の体から白百合の体にキナリが入ったのか、白百合自体が強くなったのかはわからないけれど、今はそういう状況」
「だから? 白百合を拘束すれば終わりの話だろ?」
「鴇さん、落ち着いてください」
感情が露わになった鴇を杏がなだめる。鴇は少し冷静になったが、桜には効果がなかった。
「あんたがここまで勘が働かない子だと思わなかった」
「どういう意味?」
「鴇がちょっかいかけてた女の子、あの子、なんだっけ? 巨乳の目がくりっとした子」
突然の桜の会話の方向転換に、鴇は慌てた。
「今関係ある? それに俺からじゃない」
あ、これ、ただの姉弟喧嘩。碧と杏がいたたまれず、二人を見ているが、杏は続けた。
「その子が、白百合でも?」
破壊力のある言葉に、桜以外の皆の時間がピタリと止まったので、桜は少し息を整えて、続けた。まるで皆を説得するように。
「あの子、弓削白百合なのよ。調べるのに時間がかかったけれど」
碧は顔から血の気が引いていくのを感じ、ゆるりと立ちながら、「ちょっとトイレ」と断りをいれたのだが、足がふらつきバランスを崩した。
碧を支えようと、鴇が手を伸ばすが、それより早く、碧碧の中にいたハルが、スッと出て彼女を支える。
「俺がやるから」
「ああ」
引っ込みのつかない手を握りしめて、ハルに抱かれる碧をじっと見ることしかできなかった。
ハルは碧を抱えて、部屋を後にした。だからなのか、空気が重たくなっている。
ハルと碧は喧嘩していると思っていた。ハルは碧の中に収まることが嫌いで、碧もまだ統率が取れないと思っていた。
そうじゃない。
碧はとっくに俺より力のある陰陽師で、それでも命令ではなく、式の意志にあわせて行動しているだけだ。
俺は当主である自分に誇りもあったし、才能もあったから、研鑽を積むことをしてこなかった。
だから、山口家は割れ、臙脂のような裏切り者も出るし、ナツは拘束されている。
かつての天才はもういないのに、まだ自分に才があると思ってしまっていた。
挙げ句の果てに、碧をおとしめる人間に俺は、隙を見せていた。大好きだと大切にしたいと思っているあの子を傷つけるようなことをしていた。
俺が立ち止まっている時間に白百合も成長を遂げてたっておかしくはないのに。なぜ自分だけが特別と思ってしまったのだろうか。
碧が去った後、桜は鴇の顔をじっと見て、続けた。
「青くんがね、AIを使って調べてくれて、でも、バグもあるかもしれない。だから、鴇が渡してくれた指輪を使って杏さんが力を貸してくれたのよ。それから、空ちゃんと若菜ちゃんが、召喚してくれて、過去を探ってわかったのよ」
鴇は桜をじっと見た。
「もしかして、なぐさめようとしている?」
「………かもね」
杏は「今回のキナリ討伐は、道真様と晴明様のお力も借りれるのですが、晴明様から出されている条件もあって、まずは顔合わせを兼ねて集まることになったのです」と仕切り直した。
「はい」
「私のお家か、青くんのお家か、鴇くんの作る空間か、このどれかがいいなあって思っています。鴇くんの場合は、沢山の人が入るのかしら? と懸念しております。私が来た目的の二つ目はこの交渉です」
「セキュリティを気にしているってことですよね? スパイが誰かもわからないから、それを排除したいとか、そこら辺は大丈夫ですか?」
杏は鴇の質問に首を横に振って否定をした。
「それもありますが、最悪、スパイのことはいてもいなくてもあまり関係ないと考えております。どうせそ圧倒的なスピードと力の差で押し切る予定ですから、あまり気にしていませんから」
杏と桜がニコリと笑って鴇を見た。
「鴇の空間はすぐ作り直せるけれど、他の二つを作り直すのはお金と時間が必要でしょ?」
なるほど。そういうことか。
スパイがいてもフィードバックする時間さえ与えない。集まってすぐ攻撃をするということか。
俺に求められているのは俺の作る空間の耐久性、持久性、サイズ、個数だ。
「問題ないよ」
鴇は自信に満ちた笑みをして、そう言った。
杏はふふっと笑った後、また話しを変えた。
「それは良かったです。さて、解析の終わった万川集会についてですが、やはり、キナリの攻撃の体術スタイルはこの本に基づいていました。この体術をAIに組み込みましたので、碧ちゃんがコウを使って伝播してくれれば、皆対処できると考えています」
「なるほど。それで碧を呼んだのですね」
「はい。突然で申し訳ございません」
杏が礼儀正しく頭を下げたとき、碧が丁度戻ってきた。




