27.燈と太陰
「正直驚いたよ」
紺はラーメンを啜りながら、自分の妹にそっくりな太陰に目をぱちくりさせてそう言った。
太陰は目の前に差し出されたラーメンを見ながら「そうですか」と事もなげにいう。
ラーメンという食べ物はこうも食欲をそそる香りを放つのか。
「燈さんの記憶はお借りしてますが、お身体は……」
「病院で寝てる」
太陰はこくりと頷く。
「兄弟や家族には折を見て伝えるよ」
「……そうですか」
太陰はラーメンを食べずに、ナルトの渦巻きに目を落としている。何だか目が回りそうだ。
「食べて。伸びるから」
「はい」
パチンと割り箸を割ると麺をスープから掬い上げ、口へ運ぶ。
「!!!」
驚いた太陰が紺を見ると、紺は嬉しそうに満足したように笑った。
「その反応、最高」
熱さと旨さが口に広がり、太陰はハフハフと口で息をしながら、目を細めた。
◆◆◆
太陰と紺が暮らし始めてから1年が経った頃、紺は真っ黒な服に身を包み、太陰にも真っ黒な服に身を包むよう言った。
連れられてきたのは英本家であり、そこには家族写真で見た人が真っ黒な服に身を包み、たたずんでいた。ただ一人を除いては。
(あ)
昭和や平成という年を過ごしていない太陰でもわかる。
これほどまでに真っ黒な服は『葬式』しかありえない。
紺と太陰の姿を目にした家族写真に写っていた女性が、紺の腕を掴み「来なさい」と言って、紺を連れ出す。
紺の母は物陰に隠れ、ピシャリと紺に告げる。紺の後を追いかけて部屋の前まで行くと、紺の母の声が聞こえてきた。
「紺! あの子は死んだんです。あの子の代わりなんかではないのよ。やめてちょうだい」
「母さん、彼女は晴明様の式で」
「どんな理由があろうとも、やめて! 聞きたくない」
紺は必死に母を説得しようとしていた。それを聞きながら太陰は柱の前に膝を抱えて顔を床に落とした。
(当たり前だ。葬式にこんな姿で現れたら、怒って当たり前だ)
「何故、あの子の葬式でこんなこと! 陰陽師なんて頭がおかしいだけよ」
(うんうん、そう思う)
「母さん! 一年も前から、あの姿で生活していたんだ。だけど、僕が、タイミングを逸していただけだし、仕事柄仕方がなかったんだ」
「そうだとしても、今、連れてくること? 非常識極まりない」
(わかってるよ、そんなこと。だけどさあ……、否定されたら、悲しくなるよ)
伏せっていた顔からは涙がこぼれ落ちた。
「こちらにおいで」
優しい声がして顔を上げると、そこには浅葱がいた。浅葱はしゃがみながら優しく手を差し出し、太陰を抱きしめた。
「君のせいではないことは、知っているから」
(私の年齢は1000歳は有に超えていたと思う。でも、おそらくこの時は13歳だった。亡くなったあの子と同じように)
太陰は浅葱にしがみつくと、静かに泣いた。
結局、紺の兄の浅葱が取りなしてくれて、ことなきを得たが、太陰にとってトラウマとなったのも事実であり、浅葱から怒られた紺は、母との関係を取りなしてくれたからか、浅葱に素直だった。
浅葱はニコリと太陰に微笑み「まあ、僕のわがままのせいで紺はああなったから、なんとも言えないところだけど」と悲しく笑ったのが印象的だった。
人間が複雑な生き物だと本当に認識したのはこの時だ。
結局、紺と両親が仲直りをすることはなかったので、太陰は燈として紺と二人で過ごしていた。
表向きは学生として、過ごしていたから保護者として紺はよくしてくれた。
だから、太陰は『式』としての自我をなくし、『燈』として振る舞った。
♦︎♦︎♦︎
それから暫く時は流れ、滋岳透を影で護衛しながら、紺も透も22歳を超えた。
そして、紺は殺された。ひとつのリングを太陰に託してこの世を去った。
太陰は英紺の術により、英紺の式を受け継ぎ、そして自身が本物の英燈と信じきってしまった。
乾坤一擲とは本来、死者の記憶、式全てを受け継ぐ。太陰も気がついていなかったのだ。
英燈から乾坤一擲を受けた英紺が、それを太陰に施すことで、太陰は燈だと誤認したことを。
乾坤一擲という呪いを太陰にかけた。
紺は時戻りをして、燈が元気な時代に戻り、すでに乾坤一擲を偶然ではなく必然として行えるようにしていた。
赤の文書の偽りなど、わざと、英紺が仕向けたに過ぎない。
妹の術を、自分の術を他人に奪われないために。
赤の文書は陰陽師として登録されているものの術を記載されている文書であり、召喚師は赤の文書に記載されている術を用いることができる。
逆に言えば、赤の文書に記載がなされていなければ、その術を使うことができない。
英紺はキナリとの戦いにおいて、彼の異様なまでの太陰と透への執着から自分の命が落ちる事も考えていたのだろう。
それ故に赤の文書を偽造版と正本があるように見せかけ、撹乱し、赤の文書を召喚師の手から遠のけた。
晴明は、にが湯を飲まされたように拳をキツく結び「彼は企画外ですね」と太常に漏らす。
紺が殺され、太陰が燈となってから何度も晴明は燈を呼び出した。
それでも彼女はなにも思い出さなかった。
紺が生きていた時はうっすら記憶があったのかもしれない。けれど、家族、愛情、そういうものを知った自分が、『人間』ではない何か、となることを拒んでいたのだろう。
だから、自分が殺されるまでは、思い出せなかった。
♦︎♦︎♦︎
燈は殺された後、暫く暗闇の中に漂っていた。
晴明に「起きてください」と諭されるまで、ずっと寝ていたかった。
随分と幸せな夢を見ていた。
結婚し、子を宿し、愛し愛された記憶。
兄がいて父がいて母がいた記憶。
本来味わうことのないその感情を体験できた。幸せだった。
眠っている太陰の前に晴明が現れ、太陰の手をとる。
「あれほど言ったじゃないですか………。貴方が好きだと」
太陰の瞳がゆっくりと開き、目の前にはかつて仕えた男の泣きそうな顔が入ってきた。
「私は、夫と子供が1番ですから………」
そう言ってニコリと笑った太陰を見て、晴明は思わず彼女を抱きしめた。
晴明の力により、太陰の体を光で包み、彼女の力はみなぎっていく。




