28. 再び
2年ほど、このお話の更新をお休みしておりました。また再開します。
太陰と言う名をあてがわれたのは、かれこれ1000年以上前だったが、なるほど、しっくりくるなと燈は思った。
はるか昔、キナリと呼ばれていた子供は霊魂となり、父に会いに来ていたのを、徐々に思い出していく。
そうだった。
あの霊魂を鎮めたのがこの私だ。
晴明様と二人で時戻りをして、キナリをなだめた。そして、浄化したと思った。
だが、そんなことはなかった。
定期的に襲っては、人を乗っ取ることをしていた。
その度に太陰が封じていた。
そうか………。
紺によって呼び出され、燈として生きてから、キナリを封じることができなかった。
それは幼子が、母に甘えてわがままを言うように、キナリからすれば太陰に甘えていたのだ。
『規格外の甘えだがな』
キナリが燈と碧に固執していたのは、死後に唯一構ってくれたのが太陰であったからだ。
それ故に、太陰の子の碧が憎くて仕方がなかったのだ。唯一構ってくれる存在を一瞬で奪われる恐怖に、キナリの暴走は家族したのだ。
溜飲を下ろすのは私の仕事か。
太陰は暗闇の中で晴明の側に行くと頭を下げた。
「今度こそ、キナリを浄化させます」
晴明は久しぶりに記憶を取り戻した太陰を見つめ、安心したように破顔した。
「戻ってこないかと思いました」
「私もです」
「ですよね」
晴明の嫌味に太陰は慣れたあしらい方をしたので、晴明はさて、と言って術をかけて、暗闇にぽっと光を灯し、正座をした。
ここは晴明の意識で作られた空間で晴明が思うままに空間を作り出せる。いつもは平安時代の屋敷風であることが多いが、太陰が燈としての生を終えて戻ってきた時は、なぜか真っ暗であった。
「あなたの娘さんを助けて欲しいのですが、構わないですよね?」
なるほど……。
晴明様は異常なほど嫉妬深い。これは、三十年間、晴明様の式であることを忘れていた私への悪趣味な歓迎ですか。
太陰は暗闇の中で浮かび上がる晴明の顔をじっと見つめる。
「はい。私はあなたの式ですから。しかし、元の燈のままというのもどうかと思いますし」
晴明は確かにまずい、と思った。燈が太陰ということを碧は知らない。
いや、それよりも、なんとなく、歯切れの悪い回答のように思える。それが、やたらと引っかかる。
「術をかけますよ。見た目の問題ならそれで解決ですよね」
「見た目はそうですね」
晴明は太陰の表情を読もうと彼女の目をじっと見る。元々無表情な上に頑なに無表情であろうとしているのだろう。感情の起伏が全く読めない。
「あなたが英燈として生きてきたのはたった30年です」
「はい。30分の1にも満たない僅かな期間です」
「たったそれだけの期間です」
本人もわかっているではないか。
「それでも、その僅かな期間で、私は子をなし、その子の成長を見守りました。それは何ものにも変え難い経験です。あなたと過ごした波風のない千五百年より、この僅かなひと時の方が私には価値があるのです」
式には感情などないと思っていた。感情があっても、それは大したことなどないと思っていた。
こうも反論するとは、思いもよらなかった。
晴明は、一度人の生を経験した太陰は二度と想いのままに使役できないと悟り、深く息を吐いた。
「そうですか……」
「ですが、私は晴明様の式なので、仕事は致します」
意外な答えに晴明は目を見開いた。
やはり、式は自分に従う。それは正しい。けれどその腹の中は?
太陰の心を探ろうと顔をじっと見たものの、やはり無表情だった。
「わかりました。術をかけますよ、太陰」
「……はい」
正座から立ち上がる太陰の姿は優雅だった。そして、頬に一筋の涙が落ちるのが見えたが、晴明は見えていないふりをした。
私にとってもあなたは大事な存在なのです。手放すことはできない。
私はもう千五百年以上、波風のない水面が揺れることもない場所で生きています。
ほんの少しだけ、あなたが羨ましい。
晴明はゆっくりと太陰の頭上に手を置き、彼女の涙の跡を視線に入れないようにした。




