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【完結】陰陽師のお仕事 〜医術師〜  作者: カズモリ
赤の文書
19/43

19. 赤の文書 撥

 山口(とき)が、昼休みに購買にパンを買いに行っていると背後から「先輩」と聞き慣れた高い声がした。


(そう言えば俺、最低なことしてたな、うん)


 自覚があるだけまだマシだが、頬を、二、三発殴られる覚悟で、声のした方を振り返ると、長身の男子が立っていた。


「え?」


 ミス桜庭だと思っていたから、鴇は思わず呆けた声を出してしまった。


「国見菖蒲(あやめ)です。兄がお世話になっています」

 菖蒲は鴇の目の前に右手を差し出し、握手を求めるが、鴇は何故かその握手に応じるかわりに「こちらこそお世話になってます」無難な返答をする。


(擬似化できるのなんて、トリガーがどこか怖くて握手できねぇよ)


「慎重なんですね」

 菖蒲の言葉に鴇はカチンときたので「どうも。不作法でごめんなさいね」と嫌味を言って、菖蒲の側から離れようと歩く。


 菖蒲はふっと受け流すように笑った後、小走りで鴇の後をついて歩く。

「何?」

 ついてくる菖蒲に鬱陶しそうに鴇が問う。


「昼休み、一緒にどうですか?」

「君とは初対面なので、一緒しません」


 鴇は少し早歩きのスピードを上げる。それでも菖蒲は食い下がる。

 菖蒲が諦めないので、鴇は更にスピードをあげる。すると、菖蒲もスピードを上げる。

 廊下で追いかけっこをしている馬鹿な男子二人、という構図がどうしても否めない。


「そんな、冷たいな。僕はずっと、ずっと先輩に憧れていたんですよ?」

「ストーカーかよ」

 と思った矢先、口にしていた。


 鴇は走りながら視界の端に社会科準備室が見えた。

「じゃあ」

 鴇はそう言うと、社会科準備室の中に入って、ピシャリと締めた。


 息を切らして鴇が入ってきたので、中で待っていた碧は目を丸くして「どうしたの?」と覗き込む。


 鴇は肩で息をしながら近場の椅子に座って「ちょっと、ストーカーが」と言った。

 

 その時、社会科準備室のドアを叩く音と同時に「先輩」と声がするので、鴇を見ると鴇は首を横に振っているが、そもそもここに入っているのは知っているわけで、隠れるよりも話した方が早い。

 碧はそう考えてドアを開けた。


 すると、国見菖蒲が立っていた。

 何故だろうか、頬がピンク色に染まっているような気がする。


 国見菖蒲はニコニコしながらパンを口に頬張り「本当に、嬉しいです! 英先輩!」と明るい声で碧を呼ぶ。

 実際には見えないがピンクの花やらハートが飛んでいそうな雰囲気である。


 どうやら国見の憧れは碧だったらしい。


 何故、分かったか、って?


 あからさまに碧と話す時に頬を赤らめるからだ。

 それに国見藤が以前『弟が碧さんを気にしている』って言っていたからだ。


 碧と食事をしたいが、声をかける勇気がない。それならば同性の俺を籠絡してから、本丸である碧を攻めたいと思ったのだろう。


 将を射んと欲っすれば先ず馬を射よ、と言うことか。


 まあ、射させはしないけど。馬も将も。


 鴇は菖蒲を睨みながらパンをむしゃむしゃ食べる。


「国見くんって、藤さんの弟だよね? それなら、何故、この間来なかったの?」


 碧はコンビニで買ったチャーハンを口に運びながら、質問をした。


 碧の隣に鴇が座り、鴇の向かい側に国見菖蒲が座っている。


「用事があったんですよ」

 碧は菖蒲の顔を見て「部活とか?」と素知らぬ風に尋ねる。


 碧はどこまで菖蒲の話を信じているかはわからない。それは菖蒲も知っているはずだ。

「そのことで、呼んでたんです」

「なら、普通の声にしろよ」

「男の声だと、認識しないかもしれないので」


 菖蒲の反論に鴇はいちいち腹を立てているのか、眉間が険しくなっていく。

「女の声でも逃げ出す、と言う選択肢はないのか?」

「あー、ないです。だって、ドキリとしたでしょ? 実際」


 的を射ている返答に鴇はぐうの音も出なくなった。


「ちょっと、本題からずれていますけど」


 碧が逸れていく話を元に戻す。

「それで、話したいこととは?」


「魂だけ死なないけれど、魂だけ呼び戻せる人たちがいるってのは知っていますか?」

 碧も鴇も首を横に振るが、碧の式のハクは固まっていた。

「土御門」


 鴇がパンを食べ終わり、紙パックのジュースを飲みながら答える。その言葉にハクはピクリ、と肩を動かした。


(ハク?)


「そうです」

 鴇の言葉に菖蒲が拍手つきで応える。いちいちリアクションがオーバーなので鴇はイラッときて飲み終わったジュースやパンのゴミを袋にまとめる。

「アホか。土御門に今、そんな反乱分子残ってねぇよ」

 ゴミをゴミ箱に捨てにいきながら鴇は続ける。

「本家は杏さんだけだし、分家から養子をとってまで残したい、と思ってるなら、既に手を打っているはずだけもそれもない。仮に分家に誰か残ってると仮定しても、既に(はなぶさ)青が調べているだろ」


 菖蒲は目で鴇の様子を追いながら、小さくなった残りのパンを口に放り込む。

「そうですか。なら、心配無用ですね」


 碧に先刻のハクの様子も気になり、菖蒲に質問をする。

「けれど土御門って、確か、平安から続くよね? それって分家とか複雑なんじゃないのかな」


 菖蒲は碧の顔を見て少し頬を赤らめる。

「いや、ほんと、そうなんです。複雑なんです。碧先輩のおじいさまも土御門の出ですし、昔からある家は序列がうるさいですし」

「そうだよ。うちだって一枚岩ってわけではないし。俺はお飾りの当主だから尚更」


 鴇ほ言葉に碧は「え?」と反応し、鴇を見る。

 すると頭の中に突然鴇の声が響く。

『聞こえる? 聞こえるならまばたきを2回して』


 碧はまばたきを二度する。

 その間、菖蒲が「歴史あるところって大変ですね」と返答していた。

「分家が多いと分家の中でも順位付けがあるから、そう言う争いに、仲裁で入ることもあるし、くだらない」


『菖蒲は信用できない』


 碧は「目にゴミが入った」と言ってまばたきを二度行う。


 鴇は碧の動作を確認し、首を縦に振る。

『攻撃するから準備して』

「力業で押さえつけても解決しないから、アプローチを変えることにした」

「アプローチ?」

 碧は自然な会話を装い、質問をする。


「そう。例えば菖蒲が僕らと接触したように」

 

 鴇の言葉に緊張が走った。1秒にも満たない時間、菖蒲は窓から逃走しようと足のつま先、指を動かそうとした。

 だが、見えない縄で縛り上げられているかのように、椅子から離れることはできなかった。


「これは俺の医術師としての術。一糸不苟(いっしふこう)。見えない糸が体に巻き付いて繋ぎ合わせる。本来は臓器の縫合や皮膚縫合に使うが、こう言う使い方もできる」


 燈のような派手さはないし、青のような奇抜な術でもない。だが、細かな技術を要するこの術は、繊細であり、周囲の状況に気を配る鴇らしい術だと、碧は思った。


(空間作るだけでもすごいのに、私の脳内に直接話しかけたり、こんな術もあるの)


「さすがは当主、と言うところですか」

「腐っても鯛、なんで」


 鴇は糸を締め上げたのか、菖蒲は、うっ、と息を洩らす。

「誰が、菖蒲の仲間だ?」


 鴇が更に糸を締め上げる。

「鴇くん、ごめん」

 突然、藤の声が聞こえてきて、鴇と碧はハッとした。

「鴇、ストップ」


 青の声だった。

 碧と鴇は顔を見合わせた。


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