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【完結】陰陽師のお仕事 〜医術師〜  作者: カズモリ
赤の文書
18/43

18. 赤の文書 漆

 立派な日本家屋の屋敷には不釣り合いな飲み物を玄武はじっと凝視していた。

 クリームがもこもこ盛られた飲み物には太めの真っ直ぐ伸びたストローが刺さっており、目の前に座る人物は美味しそうにそれを啜る。


「マキアートって言いますの。先程、カフェから届けてもらいました」


 玄武はマキアートを見るは初めてだった。見た目の派手さから、歴史の証人として未来に行くことはあまり許されていなかったからだ。


 ただ、ストローはおよそ45年前の任務で一度だけ使用したことがある。最も、その時もこの屋敷に案内されたが、さすがにその頃と屋敷の風貌が所々異なっていた。


「玄武さんは昔、こちらにいらしたことがあるとか。母の代ですか? それとも祖母の代?」


 玄武は声をかけられ、マキアートから、面前に視線を移す。

 目の前の女性は皺もなく、白髪もなく、肌艶も良いから、年齢が読めない。


「お母さまの代」


 女性は嬉しそうに目を細め両手を顔の前で合わせると「まあ、思い出話でも聞けたら、とても嬉しいです」故人を懐かしむように、哀愁深く微笑んだ。


 玄武はマキアートのストローに口をつけると、冷たい氷の粒と甘くて苦い液体が口の中に広がり、想像していた味よりも甘味が多かったことに玄武は驚いた顔を見せる。


 女性は慌てて懐からさっと、ハンカチを取り出す「まあ、初めてでは驚きますよね」と言って玄武へハンカチを手渡そうとするので、玄武は手のひらでそれを制し、不要である旨を伝える。


 女性はハンカチをテーブルの上に置き、軽く会釈をすると、目を細めた。

「時代も、建物も、文明も半世紀も経てば変わりますし、それは土御門も同じことです」


 土御門杏、と名乗る彼女は少しだけ寂しそうに微笑んだ。

「それで、お話とは何ですか?」


 玄武は自身の指に嵌めていた真珠の指輪をスッと取り外し、土御門杏の前に差し出した。


「こちらは?」

「8年前の英燈殺害事件の証拠として、医術師の山口家当主が保管していたものだ。ここに術跡が残っている。その人物は特定できたが、その人物が誰と共闘しているのかはわからない。共闘している人物の特定と、その証拠を見つけて欲しい」


 杏は指輪を取る。

「私に、というより、私の先祖に調べてほしい、と?」

「どちらでも構わないよ」

「有脩さまはもういませんよ?」

「構わないと言っているけど。捕まえることができればそれで良いから」


 なんだろか、ぐいぐい責めてくる雰囲気とねちっこくて暗い雰囲気は。母親の琥珀はもっと子供のような純真さがあったが、現当主である杏は、真逆とも思える。


 玄武はうっすらと目を細めて杏を見る。玄武は感じた違和感の根拠を調べるべく眼前の女の心のうちに触れてみることにした。あまり長い時間、触れることはできないが。


 すると、杏はマキアートを一口飲むと、クスクスと笑い出した。

 玄武が触れた杏の心の内は真っ黒な闇のようだった。

 彼女の心の内では土御門があまりにも哀れな気持ちとなったていた。平安時代からずっと陰陽師として生きてきた土御門にとって有脩の魂を奪われ、当主である祖母は免許を剥奪され幽閉されている。

 家を取り壊されはしなかったが、能無しと言われている私しか継ぐものがいない。

 方やその一方、明治から突然だけど陰陽師として出てきた英は商業でも陰陽師でも名を馳せてきた。

 山口家といえば、土御門と同様、歴史ある陰陽師の一門。その一門の当主が、自分の家を取り壊しても良いと思うほど英は特別なのか。そして、死んでもなお、安倍晴明の特別である燈のことを思うと思わず笑いがこぼれた、といったところだった。

 そして、この腹の声は杏というよりは、別の誰かである可能性がとても高いことを玄武は気がついた。


「私が英を恨んでいる、とは思わなかったのですか?」

 玄武は杏の言葉に首を横に振る。

「琥珀の娘の杏はそんなことを言うわけがないよ。久脩」

 杏は笑うのをやめる。

 暫く間を置き、杏は顎に手を置き「なんだ、気がついていたのか」テーブルに肩肘をついて息を吐く。


「愛した女の娘だから忘れるわけないか」

 久脩の安い挑発に玄武は何も話さない。

「尤も、玄武(あんた)の娘かもしれないしな」

「そうかもな」


 時間が止まったように、即座に空気が凍りついた。玄武はマキアートを飲むと、席を立った。


「馬鹿だな。式と人間では孕むことなど不可能だ。誰でも知っている話だ」

「だが、琥珀に対して恋慕を抱いていたのは本当だ」


 玄武は杏(久脩)の手の中にある指輪を指し「知ってたか? 晴明さまは燈さんを愛していた。お前のこの手の中にある物に関して、協力する以外に選択肢がないということを覚えておくといい」と杏(久脩)の耳元に囁いて微笑んだ。


 苦虫を潰したような顔をすると「すぐに杏を出す」と言って、テーブルに突っ伏した。数秒後、杏の身体から久脩は出ていったのだろう。杏はむくり、と起き上がり、目の前に金髪碧眼の男性がいるので目を何度か瞬きをする。


「どなた様でしょうか?」


 玄武は深く息を吐いた後、爽やかに笑って、椅子に腰を下ろした。

「いえ、安倍晴明の式、玄武。お見知りおきを」

 玄武の挨拶に杏は顔を赤く染めて首をコクコクと縦に振る。



 杏には一通り話をすると、久脩のように性格が捻じ曲がっていないからか、素直ないい子だった。いい子と言うには、随分と歳がいっているから、物分かりのいいご婦人といったところだろう。

 だが、子供のようにコロコロ変わる表情や仕草を見ているとご婦人というよりはいい子の方がしっくりくる。そんな人だ。


「必ず私のご先祖さまと力を併せて、犯人を捕まえて見せます!」

「いや、捕まえるはこちらでやるから、とりあえず、共闘している人とその証拠を集めてくれないかな」

 杏にやんわりと指摘をすると顔を赤くし「やだ、やだ、私ったら」と自身で突っ込みをいれていた。


 うん、こちらの方が琥珀を彷彿とさせる。

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