17. 赤の文書 陸
碧と鴇が会い、ハルが碧の元へ戻った夜、ナツは太常の元へ行った。
夜分に現れたその見覚えのある麗人の式に太常は即座に身構えたが、程なくして、その式の主人を思い出し、太常は緊張をほぐした。
麗人は律儀に礼をすると、太常の元へ近づき、懐にしまっていた真珠の指輪を差し出した。
太常は鴇の式であるナツから、真珠の指輪を渡されたとき、現代に伝わる婚姻を結ぶ約束のように思い、ギョッとした。
ナツは太常の意を汲み取ったのか「違いますよ」と首を振り「主人からです」と伝える。
太常は真珠の指輪を受け取ると先刻までの間の抜けた返答から一変し、即座に眼光鋭く表情を変化させた。
その様子を見て、ナツは付け加える。
「8年前に拾ったもののようです」
「なるほど」
太常は指輪を着物の袂にしまい「晴明さまに、ということですね。受け取りましょう」と言った。
ナツは頭を下げると、フッと笑った。
「主人は敢えて太常様に渡すよう伝えました」
「ええ。英を介したくない、という意であると私は思っています」
ナツは頷く。
「これは、主人である鴇様の従兄弟の術の痕跡が残っています。
英家と山口家の距離は少し近いので、英に調べてほしくはない、ということかと…….」
太常はニコリと笑う。
「ですよね、ちょうど、碧の式も返したところですし。いえ、むしろ、それを待っていたと解釈するのが妥当と思われるタイミングですね」
ナツは答える代わりにニコリと笑った。
♢♦︎♢
太常は窓辺にもたれながら、ナツから渡された真珠の指輪を見ていた。
さて、どうしたものか。真珠の指輪を転がしていると、聞き覚えのある声が頭上から響いた。
「あら、とても美しい指輪。それ、太常の?」
会うのは実に100年ぶりかもしれない。艶やかな白に近い金色の長い髪を結い上げたその人物の背丈は、およそ180センチほどで、瞳の色は紫色をしており、人形のような妖艶な美しさを兼ね備えた眉目秀麗である。
その衣は唐と呼ばれた時代の中国の着物をきており、腰には黒曜石でできた玉をつけたその人物こそ、玄武であった。
「ご無沙汰しています」
玄武は腰につけた玉を片方の手で触りながら「ひさしぶり」と言った。
「僕が来た理由、わかる?」
「なんとなく………」
玄武はニコニコ笑い、肩にかかった髪の毛を後ろに払い除ける。
「貴方は状元の家にこだわりすぎだから、僕は榜眼のフォローに来たんだ。ということで、その指輪、もらえる?」
太常は首を横に振る。
「晴明様に見せてからになりますね」
「結果は同じだろ?」
口を尖らせて玄武はそう言った。
「それでも、です」
太常はこれ見よがしに微笑むと、指輪に自身の術を込め、周囲に白色の光が放たれた。
「真面目だね」
「それが取り柄ですから」
「それだけ、だろ?」
「…………」
白い光は徐々に萎んでいく。炎の中を風が通り過ぎるが如く、白い光がゆらめき、中から、晴明の姿が現れた。
「晴明さま、ご無沙汰しております」
太常の声に反応するように白い光の中から、若い男性の声が反響する。
「久しぶり。それで、どうしたんだい?」
此方の事情を把握しているのに敢えて素知らぬふりを決め込む主人に、太常の心持ちはスン、と妙に落ち着き、汚いものを見るように睨め付け、主人に指輪を手渡した。
晴明は太常から真珠の指輪を見せられ「なるほどね」と言って困ったように笑った。
「私は貴方に渡すよう仰せ使ったまで。この後、誰にお願いをするかは私の管轄外なところですが………」
「騰蛇も出払っていますよ」
太常が最後まで話す前に、晴明はかき消した。
「そうですか、承知しました」
太常の飲み込んだ言葉を配慮してか、晴明が付け足す。
「いずれにせよ、これは大事な物的証拠。きちんと調べますので、貴方は気にしないことです。あなたは大春日若菜さんのところに行ってきなさい」
太常は不服そうに「はい」と返答する。
「え? 僕、信用されていないの? 心外だな」
二人のやりとりに割って入った玄武を、太常はジロリと睨む。
「そういうこと…………………ではないです」
「間が長すぎだろ」
太常へ間髪入れずに、玄武が突っ込む。
晴明は太常と玄武のやりとりを微笑ましく見ながら、太常の心配はわかりますけどね、と心中、呟いた。
晴明は「では、よろしくお願いします」と言って、真珠の指輪を玄武へ手渡した。
玄武を信じていないわけではないが、太常が気にしているのは玄武が組む相手であることを晴明は気がついていた。
「問題ないと判断しましたよ」
太常は晴明の言葉に応えるように一礼をした。




