16.赤の文書 伍
鴇が白の文書を探すために書庫の中を散策したが、白の文書は移動されているのか、山口の家にはなかった。
考えてみれば容易いことだが、ナツを捉える前から実はなかったのかもしれない。
自分が当主だから、白の文書を簡単にくれると思っていた。だが、実際は当主の力などなく、一族は白の文書を隠してしまった。
それどころか、当主の式を破壊するという所業をしたのだ。
確かに、鴇は本家にはあまり顔を出さなかったが、本家の人間がそこまでフラストレーションが溜まっているとは思わなかったことと、自分がお飾りの当主であることを、今回、初めて悟った。
そしてこのことが、ある仮説を肯定することとなった。
白の文書は陰陽師に対して呪術を施した内容が記録されている。
鴇は滋岳キナリが何度も生まれ変わっている可能性が上がった際、かつての医術師がキナリに何か施したのではないか、と考えたため、ナツに山口本家に確認に行かせたわけだが、状況を鑑みるとナツは殺されている。
そして、8年前の英燈殺人事件に関していえば、小豆のニュアンスから推察するに、山口本家が関わっているのは確かだ。
そしてその証拠は、おそらく白の文書に記されている。
赤の文書や黒の文書とは違い、白の文書は状元、榜眼、探花と情報を共有していない。
もともと医術師自体、数が少ないのもそうだが、医術とは門外不出とされていたので、共有するする必要がなかったからだ。
鴇は当主の指輪に視線を落としてため息をつく。
(国見さんが言う通り、陰陽師なんていなければ、碧のお母さんは死ななかったのか?)
ずっと自分の中で問いかけていた。うっすらと思っていたからだ。
おそらく、山口本家が英紺と燈兄妹を殺したのだ。
認めたくなかった。
術で殺人に加担するような薄汚い血が、鴇にも流れている。自分もその薄汚い人間なのだと否が応でも思わされる。
(ああ、やはり、碧のお母さんを殺したのはの俺の一族だ。そして、その一族の当主が俺)
鴇は鳩尾からふつふつと湧き上がる怒りをどこにぶつけたら良いものかと思ったが、拳を握り息を整えた。
頭にふと、太常と話した時の会話が浮かんだ。
『碧を支えたい』
汚い血だとしても、それは事実で、過去は変えられない。
(それならば、自分のすべきことはひとつ)
鴇の脳裏に国見藤の言葉がチラついた。
『陰陽師を失くす』
解体しなければ、この特殊な世界を守るために、また殺人を犯していく。国見の言っていることは実に的を得ている。
ただ、このようなことになる可能性を鴇自身も想定はしていた。それ故に、ナツには別れ際にもう一つの役目を頼んだのだ。
♢♦︎♢
「もう一つとはなんですか?」
ナツが首を傾げる。
「もし、ナツが無理だと思ったらすぐひくこと。それから、これを持っていなさない」
鴇はそういうとナツの手の上に小さな真珠の指輪を置く。
「これは?」
「この指輪の中に滋岳キナリの器であった弓削白百合の遺品が入っている。微かだが、臙脂の術のような残痕があった。これを太常に渡して欲しい」
ナツが首を横にふる。
「大切な取引材料がなくなってしまいます」
ナツの言っていることは最もだ。山口家を一つに統べることができなければ、鴇はその権力を失う。
そうすれば白の文書を鴇が見ることはできなくなってしまう。
この指輪を元に一族をゆすり、従わせることに可能だが、そんなことをしても、別の場所ですぐ火種が生まれる。
それならば。
「8年前、臙脂があそこにいたのかはわからない。何故臙脂の術痕があるのかもわからない。大切な証拠だからこそ、黒の文書の責任者に渡す。そして、調べてもらうきっかけを作る」
ナツは膝を折り、わかりました、と回答をすると、消えていった。
♢♦︎♢
ナツが白の文書の中身を確認したか、それすらわからない。だが、鴇にはこれしかない、と思い、書庫の中を探る。
「ないわよ。白の文書はおじいさまが………」
小豆が最後まで口を動かす前に、鴇が術を発動し、小豆の姿を消してしまった。
小豆をとったところで、祖父母、臙脂が動くとは思えない。だが、小豆を消すことになんの躊躇もない、という牽制には使える。
鴇は目を見開き、深呼吸をした。
あるか、ないか、わからない。そうであれば………。
10分後、鴇は山口本家の門扉をくぐった。その姿を二階の窓から見ていた臙脂は、薄く笑い、書庫へと歩いた。
臙脂が見ると書庫には何もなくなっていた。ここにあった図書を全て持ち去り、ここにいたはずの妹、小豆もいなくなっていた。
さらに屋敷内を歩くと、先ほどまでいたはずの祖母も姿を消していた。
「は。鴇くんは、面白いねえ」
臙脂は笑って、廊下にドタッと胡座をかく。
祖母も小豆も、図書も全て別のところに移動したのだろう。話すなら拷問をするか、いや、それすらせずに食事も与えず、餓死させる気かーーー。
いずれにせよ、牽制をしてきた。
臙脂の面白そうに笑う声だけが、がらんとした屋敷の中に響いていた。




