12. 赤の文書 壱
土曜日。
碧との待ち合わせ場所である駅に向かうと、そこにはコウと共に碧が花柄のスカートを履いて待っていた。
「可愛いね、その服」
鴇は黒色のキャップの鍔をぎゅっと下に向ける。
「恥ずかしいなら、そんなこと言わなくても良いのに」
碧の言葉が的を射ていたため、鴇は耳まで真っ赤になった。
「そうだね」
碧と電車に乗りながら、鴇はナツが戻ってこなかったことを思っていた。
祖父母の家にある白の文書を確認するようナツに頼んだが、報告がない。ナツの性格を思うと全く返信がないことが珍しいので、鴇は気になっていた。
(ナツ……)
「あ、鴇、知っている? うちの学校の一つ下に【国見菖蒲】と言う名前のイケメンがいるらしいよ」
鴇はスマホをいじる碧を見る。
「へぇ。兄弟いるってことかな? 従兄弟とか? 国見家は一枚岩ではないのかな」
「かもね」
碧の言葉はもっともだ。
「理由はわからないけれど、試されているのかもしれないね」
「………」
碧が無言で鴇を見上げる。
「なに?」
碧は首を横に振りながら「なんて言うか、そんなふうに言うと思わなかったから」と言った。
「そう? 可能性の話はいくらかは考えるよ」
ナツが戻ってこない今の状況において、鴇には一抹の不安が拭いされてないでいる。
一族の当主から引きづり下ろされる可能性である。
山口家の歴史は古く、ハーフである鴇の血をよく思っていない一族が多くいる。
機会を見て、鴇の寝首をかこうとするものが後をたたない。それでも術で黙らせてきたが、ナツがいなければそうもいかない。
もし、当主でなくなれば、今のように勝手な動きはできなくなる。
一枚岩でないのは山口家も同じ状況なのだ。
電車が目的地に着いたので、鴇が降りると、碧も続いた。ホームから改札へ向かう階段を登る中、碧が鴇の手をぎゅっと握る。
鴇は驚いて碧を見ると、碧は「孤軍奮闘は似合わないよ?」と言って笑った。
碧に繋がれた手から汗が滲み出す。
(そもそも碧は何のつもりで手を握ったんだ。碧のことを好きってことは何度も何度も伝えているし、これは、つまり、そう言う意味なのだろう)
拍動共に思考が駆け巡る。
「俺の気持ちは知っていての行動だよね?」
碧は首を縦に振る。
その意味を知らない鴇ではない。繋がれた手をぎゅっと握り返す。
「嬉しい」
鴇はそう言って赤くなった。
(この流れだと付き合うってことで、ナツが帰ってこないことがむしろgood jobみたいな状況なわけだが……)
改札機前に着くと二人は握った手を離し、互いにスマホを改札機にあてて、改札機をくぐる。
鴇がスマホをデニムのポケットにねじ込むと、碧が「あ」と言ったので、視線を正面に向ける。
そこには腕組みをしながらこちらを睨む太常の姿と、菅原褐の気不味そうな表情が飛び込んできた。
「ずいぶんと楽しそうなことで、安心しました」
「太常」
碧が笑って太常に駆け寄る。
「久しぶり」
太常はにこやかに目を細める。
「本当にね、久しぶり。久しぶりすぎて、意外な展開になっていましたが」
太常は鴇を睨むと鴇は頭を掻きながら「ほんじゃ行くか」と言って歩き出した。
♢♦︎♢
国見藤の家はマンションの一室だった。エントラスのソファで国見藤が待っていたので、4人は会釈をすると、国見はソファから立ち上がった。
「早かったね」
「今日はよろしくお願いします」
鴇が頭を下げると、国見は「こちらこそ」と言って笑った。
♢♦︎♢
国見の一室で出されたのは真紅というよりもなおも赤黒い古びた書物だった。
リビングのテーブルに置いたその書物から、離れると国見はソファに座った。
「召喚師の文書だ」
鴇は恐る恐るページをめくりながら、碧を見る。碧も同じなのか緊張しているように見えた。
おそらく碧はハクに記憶させているところなのだろう。眉間が少しだけ中央に寄っている。
「召喚師は赤の文書に載っている式、術を召喚して、一定時間だけ己のものとして使用できる。つまり、どんな術でも使える一方、己の術はまるでないと言うのが特徴だ」
国見藤の言葉に太常は「種明かしをして良いのですか?」と問う。
「別に大したことではないよ。ある一定のレベルに達すれば誰でも知っていることだからね。それに、キナリを止めたいのは君らだけではなく、こちらも同じ状況だから」
国見はベランダに出るとタバコに火をつけた。
「失礼」
褐と碧がページを捲る中、鴇は国見藤の動向を伺う。
「本当は陰陽師なんてくだらない時代錯誤だと思っていてね、淘汰されるべきだと思っている」
国見はふーと空に向けて息を吐く。
白い煙が上がっていく。
「じゃあ、何故、未だになくならないか? 一つは我々、召喚師の存在だ。赤の文書は一部を除いた過去に陰陽師としていたものの術が登録されている。召喚師はそれをほじくり返して術として使う。自分で力がないくせに、他者の褌をつけ、強くなった気でいる。そうやって、赤の文書が途絶えることなく、受け継がれていくのが、原因だ」
碧は赤の文書を捲るのをやめた。
「あった」
「え?」
鴇が視線を国見から碧に移す。
褐が「滋丘キナリ……。術が書いてない」と呟いた。
「ああ、彼は正確には死んでないからね」
国見はクスッと笑って、タバコの火を消した。
「どう言う意味ですか?」
太常が眉間に皺をよせる。
「彼は魂の入れ替えをすることで何千年も生きている。肉体は死んでも、魂が死んでいないから、彼は赤の文書に書かれない」
ベランダの扉を閉め、国見藤が再びソファに座った。
「彼はここに書かれない一部の人だ」
「ーーと言われている」
碧はそう言って国見藤を見る。
「魂の浄化、それをすればキナリは滅びる。そして、その浄化ができるのは医術師のみ」
碧が付け足した言葉に国見はクスリと笑った。鴇はこめかみに汗が流れ落ちるのを感じた。




