11. 前進
山口鴇は電車の中で、碧から衝撃的なことを聞いたため、開いた口が塞がらなかった。
「what! Did Haru come home (ハル、戻ってきた)?」
「Yes. It was suddenly (うん。突然)」
碧は意外にもあっけらかんと話すので、鴇は感情が読み取れなかった。
「Is he stronger more than 8years ago (強くなってた)?」
「I don’t know. Because I do not watch. (どうだろう………。見てないから)」
「I see (だよね)」
碧の回答に納得しつつ、鴇は「Regarding tomorrow is Saturday, will you come with Haru (明日の土曜日は、ハルも来るの)?」と尋ねる。
(確か以前、太常も赤の文書を見るとか言っていたな)
碧は首を横に振る。
「No. I don’t want to go with him. (そのつもりはないよ)」
碧の言葉に鴇はドキリとした。
碧は断言を避ける傾向にある。それでも今回このように言ったのは、ほぼ0%の確率で、ハルを連れてくるつもりがないのだ。
ハルのことをやはり怒ったいるらしい。
「おはようございます」
これ以上話を掘り下げるべきか考えていたところで、ミス桜庭が声をかけてきた。
英語で話している最中に、日本語で声をかけるミス桜庭は強いハートを持っている。
「あ、え、おはよう」
桜庭は鴇と碧の間を割って入るので、鴇は碧の表情を見るが、何にも変わってなさそうだった。
「私、隣の車両に行くから」
碧はそう言って隣の車両に移動した。
(なんだろ。この既視感)
鴇はミス桜庭に「ごめん。好きなこと一緒にいたいから邪魔しないでくれるかな」と言った後、碧を追いかけた。
(俺が追いかけないと、きっと碧は全てを投げ捨てる。昨日少しだけ見せてくれたあの綻びを手繰り寄せないと、きっと碧には辿り着けない)
人の間をすり抜け、停車した隙にホームに降りて、足速に隣の車両に向かう。
(たとえそれが、1キロくらい離れていたとしても)
隣の車両の扉に入ると、碧が立っていた。車両に飛び乗る鴇を見て、少しだけ、驚いたような表情を見せる。
「いいの?」
碧の問いに鴇は頷く。
「いい。俺は碧の方が大事だから」
「ありがとう」
なんとなく甘い雰囲気を醸し出て、鴇はキュンと胸が熱くなる。
それと同時に、冷静に俯瞰している自分もいる。
(これでも付き合っていない俺たち。でも、まあ、今は良い)
♢♦︎♢
鴇が体育のサッカーの授業が終わって、教室に戻ると、教室に碧がいなかった。
周りの女子に尋ねると、サッカーでドリブルをする際、足を捻挫したらしく、保健室に行ったいると言う。
鴇は保健室に向かうと、碧がベッドに座って足首に湿布を貼っているころだった。
「足、平気なの?」
碧は視線を足に落とす。
「まあ、捻挫だから。歩けるよ」
鴇は碧の足元に膝をつく。
「ちょ、なんですか」
「今誰もいないから、速攻で治す」
碧が周囲を見渡すと、鴇の言う通り、保健室には誰もいない。
碧が周囲を確認している隙に鴇はブツブツ小声で「十全健康」と呟き、碧の足首に手を当てる。
碧の足首が白く光り、熱を帯びていく。
「温かい」
碧は思わずつぶやいた。
鴇は「治った」と言って足首を離すと、碧は歩いてみるが足に違和感はなくなっていた。
「痛くない」
「それは、良かった」
鴇は碧の様子をみて、ニコリと笑った。
「本当にすごい術」
鴇は立ち上がりながら「希少術者だからね。身体を治すのはそれだけ大変ってことだ」と、膝についた埃をはらう。
鴇と碧は、保健室を出ると、他愛ない会話を繰り返しながら、教室へと戻っていく。
碧と廊下を歩きながら鴇は役得だな、と思った。
今まで、自分の術は攻撃性に富まない、どちらかと言ったら足手まといとすら思っていたが、好きな子の怪我を治せる自分の術は、案外悪くないかもしれないと思った。
そんな二人の後ろ姿をミス桜庭がじっと見ていた。
ミス桜庭の背後に黒髪長髪の塩顔男子が近づき「追いかけないの?」と挑発する。
桜庭は眼球だけ動かし、声の主を確認する。
「今朝、フラれているからね」
黒髪の塩顔男子は「へー、そりゃまた、もったいないね」と言って茶化すように笑った。
「思ってないでしょ?」
「まあね」
ミス桜庭は黒髪の塩顔男子を睨め付ける。
「腹立つから。そういうの」
ミス桜庭が教室に戻ろうと歩き出した時、黒髪の塩顔男子は、背後から問いかける。
「諦めるの?」
ミス桜庭は一瞬だけ、眉間に皺を寄せ「わからない」と言って、今度は声の主へ振り返る。
「諦め方が、わからない」
その言葉を聞いて、黒髪の塩顔男子は薄く笑った。
「それ、良いね」
「国見君って本当によくわからないよね」
国見、と呼ばれた黒髪の塩顔男子は「案外単純だよ」と言って、保健室に入った。
国見は鼻歌を歌いながら、しゃがんで何かを探しているような様子を見せる。
だが、何にも見つけられなかったのか、保健室のベッドに身を投げるように横になった。
「簡単には証拠を残さないって。合格だよ、山口鴇」
国見はベッドの上で額に手のひらを当て、高笑いをした。




