13. 赤の文書 弍
山口鴇と菅原褐の横に座っていた安倍晴明の式である太常に視線を向ける。太常は無実だ、と言わんばかりに首を横に振る。
「お忘れかもしれませんが、晴明さまは『歴史の証人』なのです。医術師や召喚師のことは専門外ですよ?」
太常の言葉に菅原褐が「いやいや、そうは言っても、色々専門外のことにも首を突っ込める身分というのも事実」と突っ込みを入れる。
太常は悲しそうに眉尻をさげる。
「そのように思うのは必然かもしれませんが、規則が厳しいのも事実です。互いの分野の始祖を考えていただけたらわかるかと」
太常の問いかけに一同、静かになった。
鴇の頭には伸びたひげを皺々の骨張った手でさすりながら、ほくそ笑んでいる小柄な老人の姿が浮かんだ。
(一度しか会っていない。華岡青洲)
沈黙の時間を碧の鶴の一声が破る。
「太常の言っていることは正しいと仮定して、晴明さまが、キナリが生きている時代に戻って、どうして彼が魂の移動ができるようになったのか、どのような時に魂を移動できるか調べるのはダメなの?」
丁度、碧の前に座っていた菅原褐が興奮して目をキラキラさせながら、勢いよく碧の両手を握り「それ、それだよ」と言った。
その姿を見て、太常と鴇は赤くなって眉をつり上げる。
褐は碧の手を握ったまま、国見に話しかける。
「国見さん! あなたの考えってそれですよね?」
国見は目を細めて頷く。
「そう。今のキナリと真正面から戦うのは、こちらとしてはあまりにも武が悪いからね」
碧は褐の手をゆっくり離すと、のそのそと挙手をした。
「心苦しいのですが、私は歴史の証人ではないです」
国見はニコリと微笑み、キッチンまで歩く。
「大丈夫。ここにいる人はみな、8年前の事件のことを知っているから、碧ちゃんの事情はわかっているよ」
鴇の耳がピクリ、と動いた。
国見は西洋風のヤカンに水を注ぎ、コンロの上に置く。コンロをひねり、火がつくと、換気扇のボタンを押す。
「僕はね、陰陽師という職業を廃止したいんだ。こんな仕事に関わって、取り憑かれて何人が死んだと思う?」
鴇は国見から視線を逸らし、下唇を噛んだ。
(うちの祖父母や一族も似たようなものだしな)
「それって、晴明様は納得してるの?」
褐の言葉に太常は眉を寄せた。
「聞いていませんから……」
(聞かずとも、既に話は筒抜けだろうが………)
太常は赤の文書をめくりながら、碧の表情を伺う。
碧は自身の式と話しているのか、時折り眉を寄せたり、眉尻を下げる。
ハク。隠密を得意とする紺の式で、主に記録を得意とする式である。
コウ。碧の母の式で、主人の記憶を他者へ媒介する時、または他者の知識を主人に伝播する能力を持つ。いわば外付けハードディスクのような存在である。
「ねぇ、キナリって、生きる成りって書くんだよね。彼、本当に名前、生成だったのかな?」
碧の言葉に、ドリップコーヒーのフィルターに湯を注いでいた国見藤の手が一瞬固まった。
「あまりにも彼の今の価値観と名前がマッチしすぎている」
「つまり?」
鴇の問いに碧は「本来の名前は別にあって、術の名前が生成なのかな、とか」と応えて、赤の文書をめくる。
「どうですかね……。禁術はいくつかありますが、そのような術は聞いたことがありません。勿論、滋岳家は元来、忍びの家ですから、純粋な陰陽師というわけではありませんが……」
太常の言葉に碧は食いつこうとしたが、食いつくのをやめた。根拠がないからだ。いまは、仮設を述べるにすぎない。
碧が言葉を飲み込み、赤の文書をめくると、ちょうど、紺の術文字を隠したページにたどり着いた。
滋岳の名前と遁術の記載がある。
このページにおじさんのメッセージがあった。他には? 他に考えうることがないだろうか。
碧がハクに尋ねると、ハクは黙って見ているだけだった。
(あとで聞くか)
碧が記憶していると、コトンと音がしたので音のした方を見るとカフェオレが置かれていた。
置いたのは国見藤だ。
「飲める?」
「………はい。ありがとうございます」
藤の出したカフェオレはミルクが多めで、まろやかな味がした。肩肘が張っていたのか、少し気持ちが落ち着くことができた。
「国見さん、なぜここまでしてくれるのですか?」
鴇の質問に国見はニコリと笑って、コーヒーを一口飲む。
「先ほど、お話した通り、この時代に陰陽師という職は不要だと私は思っているのですよ。陰陽師が消えない理由の一つは、間違いなく『滋岳キナリ』の存在があげられる。そして彼を倒すには、召喚師、医術師、歴史の証人が必要だ。召喚師は私、医術師と歴史の証人がどうしても必要なので、互いの利害の一致と思っています」
国見藤は碧の顔を覗き込む。
「それに、弟が碧さんのことを気になっているようなので、見てみたかった、というのもあります」
藤の行動と言動に鴇はカッと目を見開く。同様に太常も一瞬で殺気を纏ったので、国見は、意地が悪そうにフッと笑うと、碧から離れる。
3人のやり取りを見ていた菅原褐はコーヒーをすする。
(単純にからかっているだけでは?)




