檄文
《葉山 隼人》
全世界を巻き込んだ“リアル”デスゲームは、いよいよその火蓋が切って落とされ、世は混沌の時代へと突入した。
始まりの日、一ヶ月間という時間停止を解かれた人類はその弊害に混乱し、人々の生活区域に氾濫したモンスターどもは、多くの尊い命を奪った。
それを仕組んだのは、宇宙の遥か彼方のゲーム会社、ポラリス。
到底、許されることじゃない。
立場が違えば守るべきものが変わり、正義が変わる。
例えば戦争なんてものは良くも悪くも互いの正義を掲げ、それをぶつけ合うものだ。
勝者にも敗者にも戦う理由はあるし、敗北し、失ったとしても、納得せざるを得ない部分もあるだろう。
しかし、ポラリスというゲーム会社にそんな正義はない。
ただ単なる侵略。
それどころか、人を殺すことにすら意味はない。ただゲームのコマとして利用し、たまたま人が死んだとしても、彼らにとってそんなことは全くもって無意味なのだ。
俺たちは全体像を構成するだけのパーツであり、彼らが個を見ることなんてないのだから。
※
「俺っすか? いやぁ、ちょっと勇気いるっすよ、それ…………」
現場事務所で、龍平兄貴とマリーベル姐さんに視線を向けられた圭が、困惑したような顔でいう。
「情報は必要だろ? 冒険者ギルドなんてゲームの製作者側が作った施設なんだから別に問題ねェと思うがな」
龍平兄貴。
「でもさ、一応、俺らを討伐しようとしてる側の施設ですよ? そんなところへ“魔王”の眷属が、のこのこと出向いちゃって大丈夫とは思えないっすよ……」
「冒険者ギルド自体は、ただのゲームシステムに過ぎないと思うの。そこの職員も含めて共通イベント的な扱いだわね。仮に正体がバレたからといって、いきなり取っ捕まっちゃうようなことはないと思うんだけど」
マリーベル姐さんがいう。
うーん。それって姐さんの希望的推論でしかないんだよなぁ。
「うーん……」
圭が頭をかきながら、困った顔をする。
「まぁ、いいじゃねェか。冒険者登録ができれば儲けモンだし、出来なくて困るモンでもねェ。もし正体がバレてヤバイ状況になっても逃げてくりゃいいんだョ。今のお前を捕まえれる奴なんてそういないだろ」
兄貴は相変わらずの体育会系理論全開です。
「じゃあ、龍平さんが行ってくださいよ……」
「俺ァ、お前。旅館の切り盛りとかあるしなァ…………あと、めんどくせェし」
「ちょっ、ズルいっすよ、龍平さん! 俺だって嫌ですよ、めんどくせぇって、なんなんすか、それ」
そりゃそうだ。
「わしが行ってやりたいところじゃが、ダンジョンの管理をせねばならんでのぅ……めんどうじゃし」
さすがクァンさん。火に油を注ぐのが上手い。
まぁ、なんだ。
とにかく頑張れ、若人よ。
※
――――とまぁ。そんな会話があったのが二日前のこと。
そして今日。
魔王の眷属という立場でありながら、冒険者ギルドへ追い立てられた圭が、立派に冒険者となって事務所へ帰ってきたのだ。
何だかんだで心根は優しくて面倒見のよいマリーベルが、圭に同行してくれていた。
「それでどうだったんだ? プレイヤーとやらがわんさか居たのか?」
くわえ煙草の兄貴が、紫煙を燻らせながらやって来た。
「いや。それなりに人は居たけど、プレイヤーって感じじゃなかったっすよ。たぶん皆、一般人じゃないかな……」
無茶ぶりなミッションから帰還したばかりの圭は、椅子に深く腰かけ、どっと疲れた様子で兄貴に顔を向ける。
「えっ? 一般人も冒険者ってのに登録できるんですか?」
さくらが不思議そうな顔をする。
「別におかしくはねェだろ。地球にも軍人やら格闘家やら、戦闘に長けた奴らはいる。ただョ、そんな奴らが何人いても、俺らの障害にはならねェと思うがな」
自分で言うのもなんだけど、俺たちはもはや超人だ。
兄貴のいう通り、一般人の冒険者がいくら束になって掛かって来たとしても、ゴブリンを蹴散らす程度の労力でことは収まるだろう。
もちろん、そんなことをするつもりは毛頭ないが、要らぬ心配だ。
兄貴の答えにうなずいていると、
「それがそう楽観してもいられないないのよねぇ。ちょっとこれ見てくれる?」
マリーベル姐さんがパソコンを操作しながら、モニターに視線を促した。
画面には何十枚もの写真のサムネイルが並んでいる。姐さんがスマートフォンで撮影したものだそうだ。
スライドされていく写真には、冒険者ギルドの外観から登録者の様子などが順番に写し出されてゆく。
さすがである。
偵察ってのは、最終的な報告こそが肝心要なのだ。圭が一人で乗り込んでいたとしたら、当然、写真なんか撮ってくるはずもないだろうし、微妙な報告に終始していただろう。
「そうそう、これこれ! この受付の女性なんかは怪しかったっすね。なんていうか、人間じみてないというか、無機質的というか……」
俺が心中で密かにダメ出しをしていると、写真をみて状況を思い出したのか、圭が饒舌に喋り始めた。
「それで、この受付の奥の部屋で冒険者登録をしたんですよ。この台座、触ると前面に電子画面が現れて……」
おいおいおい……ちょっと待てよ、これ。まるっきり“ダンジョンコア”じゃねーか。
「そう。ダンジョンコアと同種のものだわ。正確にいうと、どこかにシステムの中枢があって、ギルドのこれも、ここのダンジョンコアも、端末として繋がっているって考えられるわね」
ふーむ。
いまいちピンとこないが“ゲーム”としての成り立ちを考えれば、まぁ、そういうことなんだろうな。
「冒険者登録はすんなりと終わったんですか?」
さくらが訊く。
「すんなりっていうか、台座に触った瞬間に登録完了したみたいです。レベルだとかが画面に表示されて……俺のレベルを見た職員がちょっと驚いた顔をしてましたね。まぁ、すぐに退室しちゃいましたけど」
魔王の眷属だという属性がバレてしまったのか、フツウの一般人ではないということを察しただけなのかは分からないが、そのまま退室したということは、ギルドの職員はやはり中立であり、ただ運営側の人間ということか。
「なるほどなァ。で、マリーベル。楽観できねェってのは、どういうことなんだ?」
兄貴が尋ねる。
「――冒険者には私たちと同じように“レベル”という概念が発現するってことよ。登録を済ませた冒険者は、人類の限界という制限が外れる。つまり、レベルも20そこそこになれば、私たちと同等になる。そんな危険因子が次々と産まれてるってことね」
……つまり?
同郷の地球人であり、被害者であるはずの一般市民までもが、プレイヤーになれるってこと? 俺らの“敵”ってこと?
いや、皆から敵対される覚悟はもう出来ているつもりだ。魔王なんだから。
だけど、こちら側から敵として認識しなければならない対象になるとは思わなかった。
その内、プレイヤーを殺さなければならない状況が来ることは分かっている。自分なりにもう割りきれている。
だけど。守るべき地球の皆をも……殺す?
できないだろ、そんなこと。
「ほっほ。それはまた、やっかいな話じゃな。これはもう本腰を入れて魔王をやらんと、いつ討伐されるかわからんのぅ」
笑いごとじゃないっつーの。
「で、これを見て。登録後の“お知らせ”画面を撮影した画像データよ」
皆で画面に注目する。
※
【檄】
我々の地球は今、人類の歴史上、かつてない未曾有の危機に直面している。誠に遺憾ながら、ことの真実は未だ解明されていないのが現状である。
だが、もはや手を拱いて傍観している段階ではない。
正体不明の侵略者は、自らを大魔王と名乗り、我々に宣戦布告した。九十九の魔王を従え、人類に滅亡を与えると。
それが根拠のない妄言などではなかったと、皆、すでに思い知らされたことであろう。
多くの犠牲を代償に、ことは一時の収束を思わせたが、現実はなにも終わってなどいない。
山間部へと引っ込んだモンスター共は、日々その勢力を増しており、いつ人々の生活区域を脅かすやも知れないのだ。
全世界の未開地では、もはや世界人口を凌ぐほどの数が跳梁跋扈しているとさえ推測されている。
そもそもの根元である魔王どもは未だ動きを見せず、その存在すらも確認されていない。それはなぜか?
来るべき進攻の時を図っているのか。あるいは、自らの居城に潜み、のうのうと戦力強化に勤しんでいるのか。
そして、我々がそれを待たなければならない理由は、あるのだろうか?
否。
戦争はすでに始まったのだ。
“地球人”同胞よ、今こそ立ち上がる時だ。
国境を超え、民族を超え、我ら地球人として、一となり、この防衛戦に立ち向かおうではないか。そして勝利を勝ち取るのだ。
悠久の歴史とともに築き上げてきた誇り高き人類の文明を。
子々孫々と後世へ繋ぐ平穏で艶やかな未来を。
悪しき侵略者どもに奪われて良いものか。
さて、諸君らは不安であろう。
凶悪なるモンスターや魔王と戦う力など持たぬと思っているであろう。
一つ、安心をして欲しい。
我々、世界政府は“マテリアル・システム”を発動した。
それは、途方もない時間、膨大なる科学探求、技術開発の粋を結晶して産まれた、宇宙の物理法則をさえ覆す革命的な仕組みである。
このシステムにより諸君らは、凶悪なる異類異形を打ち倒せる、超人的な力をその身に得るだろう。
ただし、このシステムは身体強化を加速促進させるものなので、本人の意志と鍛練が当然必要となる。
モンスターを倒して経験を積めば、自ずとレベルは上がっていくので、存分に励んでほしい。
最後に。
冒険者諸君の中から一日も早く“勇者”が誕生することを、切に願うものである。
――――世界政府 カルドウェル・ブラック
※
人類の環境破壊に嘆いた地球は魔王を生んだ。魔王は人類を粛清するべく多くのモンスターを従え、人類に戦争を仕掛けた。
しかし、人類には実は世界政府という地下組織が存在し、それらと戦う力を有していた。
さあ、立ち上がれ、地球の勇士たちよ!
――――と。そういうシナリオだ。
なんともまぁ、壮大な茶番である。
ただし、茶番ではあるが、当事者である地球人にとってはリアルなのだ。
抗わなければ本当に滅亡させられてしまうのだから。
「まいったな……こりャ。一般人までもがどんどん超人化しちまうってことだろ……若いうちに芽を摘むなんて戦法は俺らには取れねーしなァ」
ぼーっとしてたら、レベルだって追い越されて、さっさと討伐されてしまうってことだ。
ダンジョンの奥にこもってるわけにはいかないか……。
うーむ。魔王側からしてみたら、このゲームのプレイスタイルはさっぱり掴めない。
初っぱなからダンジョンに侵入してくる冒険者なんていなさそうだし、何ならウチのダンジョンは難易度Sだ。俺の出番なんてなさそうだし。
やっぱり魔王自ら外に出張って、レベル上げに勤しむしかないのかな。
「あとは、マテリアル・システムの説明が載ってたわね。つまり、私たちと変わらないって感じね」
再び、モニターに目を向ける。
※
【レベルについて】
マテリアル・システムが発動されたことによって、冒険者の皆様にはレベルという概念が付与されました。
以後、何らかの戦闘を行った際にその戦果に見合った“経験値”が取得され、一定の経験値を経ることでレベルが上がっていきます。
1レベル上昇するごとに、ステータス(体力,筋力,耐久力,器用,知力,精神力,魔力,敏捷)の8項目にそれぞれ1ポイントが加算されます。
さらにボーナスポイント2が与えられ、こちらは伸ばしたい能力値に自由に振り分けることができます。
レベルは自動的に上昇していきますが、ボーナスポイントの振り分けは冒険者ギルドでのみ実行可能です。
※所属ギルド以外でも可能です。
HPとSPの最大値は、各能力値より自動計算されます。
HPが0になるとあなたは死んでしまいます。また、SPが0になると昏倒してしまいますので、十分にご注意下さい。
これらは、冒険者登録をした者のみに適応されるシステムですので、未登録の一般人には反映されません。
レベル7に到達した冒険者は、以後“マスター”と称されます。それは、このラインが人類の限界であるという基準からです。
世界トップクラスに優れたアスリートや格闘家であったとしても、マテリアル・システムの影響を受けなければ、マスターレベルを越えた能力を持つことは不可能でしょう。
レベルの最大値は現在100ですが、マテリアル・システムのアップデートに伴い、上限が上がることがあります。
【マテリアルポイントについて】
マテリアルポイントとは、全てのものを購入できる万能通貨とお考えください。
全てのものとは、物理的なものであれば想像力の働く限り“どんなものでも”です。
レベルが1上昇する毎に、マテリアルポイントが1与えられます。冒険者ギルドにてポイントの交換が可能です。
当然、高価値なものを望むならば、多くのポイントが必要となります。
特殊な魔力の籠った自身の得意武器などに交換することが、一般的な用途となるでしょう。
※
――その後もゲームの説明が続いているが、要するに俺らと条件は同じということだ。
マテリアル・システムとやらも、ダンジョンコアと名前が違うだけだわな。
「しかし、どういう人たちが冒険者登録なんてするんですかね? 好き好んで世界大戦に巻き込まれようなんて人は稀少だと思うっすけど」
圭の疑問はもっともだと思う。
冒険者になれば限界を超えて強くなれるんだろうけど、強くなるには戦闘が必須なのだ。
ポラリスからゲームを購入した異星のプレイヤーたちは、死んでもゲーオーバーになるだけだろうけど、地球人冒険者は死んだら本当に死ぬ。
回りくどく当たり前のことを考えてしまったが、他の誰かがやるだろうという思考になれた平和な一般人の、いったい何人が、冒険者などという死と隣り合わせの稼業に身をやつすのか。
案外、心配するほどの脅威にはならないか?
「まずは軍隊じゃろうのぅ。日本の自衛隊しかり、アメリカ合衆国軍、中国の人民解放軍、ロシア、インド……と、世界中の軍隊と準組織を合わせれば、一千万人やそこらじゃあきかんの」
クァンさんが答える。
そうだった。
世界政府は各国政府の上位機関なのだから、全軍隊に登録義務を課すのは当たり前じゃないか……。
「あら。やっぱり私たちは敵だらけなのね。ぞくぞくしちゃうわ」
呑気に微笑しているマリーベルの隣で、
「まァ、覚悟はしてたことだしな。今さら別に驚かねェよ」
「頑張って修行しますね」
みんな、神経が太いというか、何というか……。
「――オマエは相変わらずぐだぐた考え込んでんのか? そんな暇があるならレベル上げでもしてこい」
悠々と事務所に戻ってきたドリエルが声を掛けてきた。
「ちょ、ドリエル! たまにはミーティングにも参加してよ。自由すぎるでしょ」
まったく。
「そんなことより、このコアルームの地上部にモンスターがうじゃうじゃ湧いてたぞ。鷲羽山……だったか。デーモンと一緒に500匹ほど狩ってきたんだがな。きりがねぇ。オマエらも行ってこい」
モンスターは山間部に引っ込んだって聞いたし居てもおかしくはないけど、うじゃうじゃ? もしかして魔王の拠点周辺に集まる仕様とかじゃないよなぁ……って、おいおい!
「いま、デーモンと狩りに行ったとか言わなかった?」
「ああ。アイツらにもレベルはあるからな。鍛えたいっていうから連れていっただけだ」
いつの間に悪魔とフレンドリーになっとんねん。つーか、従えてんじゃないだろうな。
「ドリエル殿、悪魔とはアークデーモンか!?」
クァンさんが食いつく。
「いや、グレーターデーモンだ。親玉のアークデーモンは姿を見せないからな。ハヤトに会いたいと言ってるみたいだぜ」
……その課題は失念しているわけじゃない。
先方さんが会いたいって言ってるんだから、会いに行けばいいだけなんだけど……怖ぇーよ。やっぱり。
相手は“悪魔”なんだぜ? 人類にとって恐怖の象徴、その代名詞だ。まぁ、でも……半人半獣の物騒なモンスターなんかもだいぶ見てきたし、そろそろ行けるか?
……うーむ。まぁ、課題にしとこう。
「さくら、圭、レベル上げに行くぞ。付いてこい」
いやいや、あんた今さっき帰ってきたばかりじゃん……。
「はいっ!」
「了解しましたっ」
素直にいい返事を返す一番弟子と二番弟子。
「わしも行こうかのぅ。あまりお主らと差が付いてもよくあるまい。ほっほ」
「よっしゃ、俺も行くぜ。まだまだお前らには負けてらんねェからな」
クァンさんと兄貴もなんかやる気になってる。どうしたんだよ急に。
「じゃ、たまには私も付き合わせてもらうわ。レベルは上げとかなきゃね」
マリーベルまで。
しかし、本来は魔王の側であるモンスターを狩ってレベル上げってのも、よく分からないよな。
プレイヤーの糧となり、俺らの糧となり、そして俺らの盾となる。
損な役回りだ。ちょっと同情。
「隼人様はどうします?」
まぁ、いいや。
「待って待って、俺も行きますってー」




