世界政府という存在
《夏川 美里》
始まりの日から十日が過ぎた。
当初、北極星の超新星爆発ではないかと報道されていた怪奇現象は、何らかの膨大なエネルギーを地球に照射した直後、何事も無かったかのように消失した。
その後、北の空にはいつも通りの北極星の姿が確認されており、結局のところ光の正体は分からずじまいだ。
そして、光が原因かどうかは分からないのだが、全国各地で不可解な現象が起こった。
大きくは三つ。
まず、全ての生鮮食品が一瞬にして腐ったということ。
そして、家畜やペットが一瞬にして死んだ。全滅である。
もう一つ、全ての電子機器が示す日時表示が一ヶ月進んだ。
これらの現象に対する多くの見解は「人類の時間だけが一ヶ月間停止していた」というものである。
なるほど、そうであれば不可解な現象にも説明がつく。
気象データの観測によると、今現在は明らかに5月なんだそうで。つまり狂ったと思われる日時表示の方が正解なのだ。
逆に説明がつかなくなることも増えるが、絶対的な事実がそう告げているのだから、考えても先に進まない。
それに、そういう検証はそういう分野の人間がすればいいことであって、私の分野はそっちじゃない。
所属は、大阪府警察警備部警備課特殊部隊、通称SAT。
肉体労働者だからな、私は。
女だてらになぜSATに入隊できたのかといえば、答は簡単。入隊試験をクリアしたから。
男より優れていたと、ただそれだけのことだ。
別に、筋骨粒々で鬼みたいな女というつもりはない。むしろ美人の部類だろう。自画自賛ではなく、あくまで客観的視点から。ふむ。
さて、大魔王だのとふざけた自己紹介をかましてくれた女の声は、おそらく全人類の脳へ直接語りかけたらしい。
話の意図をすぐに理解し、実感することは困難だったが、現実は夢でも幻でもなかったのだ。事実として起こっていることを直視せざるをえない中で、人々は酷く恐慌した。
突如として街中に出現したクリーチャーどもが人々を襲い、その犠牲となった者は国内だけでも万を越えると聞き及んでいる。
始まりの日の夜。国民保護サイレンが不快に鳴り響く最中に治安出動した私たちの眼前には、目を疑う光景があった。
――――人々を襲う化け物たち。かつて遭遇したことのない異常な事態だ。
しかし、だからといって、臆するような弱い私たちではない。それに対応できるだけの訓練は積んできている。肉体的にも精神的にも。
小型のクリーチャーは、拳銃弾の一発で十分に殺傷可能だった。動きも大したことはなく、無駄弾を必要とせずに捕捉が可能。ただし、うじゃうじゃと数だけは多い。
個体数こそ少ないものの、中型~大型のクリーチャーについては、拳銃弾ではどうにもならない。
種にもよるが、動きが獣のそれであるので、命中させること自体がまず困難であり、太い骨格と強靭な皮膚にはダメージが通り難い。
複数人でサブマシンガンの弾幕を張りつつ、アサルトライフルの一撃で頭部を射貫いてなんとか仕止めるが、人の何倍もある大型種に対しては、もはや成す術がなかった。
幸いなことにその時の相手は知性に欠け鈍重であったため、上手く誘い込み、先に連携をとっていた陸上自衛隊のライフルグレネードの集中砲火で粉々にした。
文字通り、粉々に。
それは、生命を吹き込まれた巨大な石像のような生物であった。生物であるとする根拠は、硬質でありながら柔軟に可動する間接や、生々しく動く表情。
一体、どんな鉱物から成るのかと思って破片を拾おうとした瞬間、その全てが霧のように消滅してしまった。
これは、他のクリーチャーと同様の現象だ。
全国の市街地に現れたクリーチャーどもは、警察と自衛隊が総出となり、また、一般の有志諸君の協力も得て、翌日中にはそのほとんどが掃討された。
それなりの殉職者も出たし、市民にも多大な被害があった。本当に悔やまれる。
ただ、その後、市街をクリーチャーが脅かすことはほとんどなくなった。
彼らの生息地は、基本的に人里離れた山間部などで、街に出てくることはあまりないようだ。
空白の一ヶ月間とやらが本当にあるのならば、その間に街に迷い込み、繁殖したのかもしれない。
とはいえ、大型の公園や緑地帯にはまだまだ残党も残っているようだし、知性を持った種であれば自らの意思で繰り出してくることもあるだろう。
そもそも、山間部や田舎の方には、いまだ数え切れないほどのクリーチャーが棲息しているのだから、何も解決はしていない。
現状ではそこまで手が回らないし、今後の対策すらまとまっていないのだ。
近年の大地震や原発事故から、政府も危機対策の経験を積んできてはいる。
自衛隊が早々に治安出動している事実からもそうだし、在日米軍への要請やらも迅速に行われたようだ。
警備警察も公安も、政治家も官僚も、さすがに縄張り争いしている余裕はなかったのだろう。
あまりにもイレギュラーな事態に対して、半ば職務放棄しているんじゃないかとさえ感じた。
「美里さん、あそこです」
行動を共にする後輩隊員の相馬銀一が声を掛けてきた。
濃紺のアサルトスーツ上下にタクティカルベストを着込み、ヘルメットの防弾バイザーを深く下ろした物々しい出で立ち。
右上腕部にはSATのチームワッペン。
肩に担いだ重火器がカチャカチャと音を立てている。
まあ、私も同じ格好だ。
大柄でガッチリとした体格の銀一は、その半面、性格は穏やかで、マスクは甘い。
銀一が指差した通りの一画には、二階建てのビルがあった。
商業店舗ビルというよりは、一棟建ての郵便局のような落ち着いた佇まい。一見、変わったところはない。
エントランスの上部には白地の大きな旗が掲げられており、十字架の上に星形が乗っかったような模様が黒色で描かれている。見たことのない旗印だ。
「ここが、冒険者ギルド……か」
「そうみたいです。国内で12ヶ所、国外で確認されているものも全て同じ旗が揚げられています」
「始まりの日以前に、こんな建物は……?」
「ここは空き物件だったようです。ただ、空地に急に出現したというような報告もあります。他にも、武器屋、防具屋、アイテムショップ、スキルショップなんてのが全国……いや、世界各地に点在しています」
この事態に黒幕がいるのなら、いったいなにが目的なんだろう。大魔王に冒険者ギルドに武器屋?
まるでゲームじゃないか。
「とにかく、冒険者登録とやらを済ませましょう。今後、クリーチャーや魔王……の討伐に関わる可能性がある者は、早急に登録するよう“世界政府”からのお達しですから」
世界政府――――。
今回の事態を迎えて急きょ発足したものではなく、全世界の水面下には元々そのような組織があったらしい。
各国政府の上位機関であり、その構成員には各国首脳も名を連ねている。
我が国の総理大臣である大泉晋太郎もその構成員であるのだから、順を辿れば私たち警察も世界政府の下部組織だったりするのか。
なんともいかがわしい臭いはするが、まあ、世の中にはそういった組織も必要なのだろう。今回がまさにその真価を発揮するべき時だ。
「入りましょうか」
「一応、警戒はしておけよ」
凶悪犯が立てこもるビルに乗り込むわけでもあるまいに、過剰に警戒した様子で銃に手を添える銀一が、入口の自動ドアを開け、仰々しく踏み込んだ。
中には、役所や銀行などの窓口カウンターに似た受付と、待ち合いがあるだけの簡潔な作りで、受付にまだ年若そうな女性職員が三人、座っている。
待ち合いには、屈強そうな男たちが数名。おそらく冒険者登録に来た志願者だ。
腕に覚えがあり、世のためにクリーチャーどもと戦う意思のあるものは、ぜひ登録して欲しいと、ニュースでもやっているのだ。
そんな男たちではあったが、サブマシンガンを構えたSAT隊が急に突入してきたのだから、さすがに面食らって立ち上がり、どよめいている。
それはそうだろう。やりすぎだ、銀一。
しかし。受付の女たちはにわかに動じた様子もなく、
「いらっしゃいませ。冒険者登録はこちらへどうぞ」
微笑し、私たちを招いた。
思わず銀一と顔を見合わせる。違和感を覚えながらも受付へ進む。
「冒険者登録をしに来たんだが」
「かしこまりました。ではまず、こちらの用紙へ必要事項を記入して下さい。それと――――武装を解いて頂けますか。ここにはモンスターも入れませんし、ここでの諍いは厳罰の対象です。絶対に何も起きませんので」
微笑を絶やすことなく、注意を促された。
「それもそうだな。少々警戒していたもので、すまない」
この女たちの素性や、冒険者ギルドなどという半ばふざけた機関、何もかもが不気味ではあるが、必要以上に警戒する必要もないか。
ヘルメットを脱ぎ、銃を肩に掛けて、差し出された用紙に目を通す。
※
【氏名】
本名をフルネームでご記入ください。
【所属】
所属組織名、会社名、所属部署を正確にご記入ください。
一般の方で組織に属していない方は現住所をご記入ください。
【連絡先】
直接連絡が可能な電話番号、メールアドレスなどをご記入ください。
・こちらで登録されますと「日本国大阪」の冒険者ギルド所属となります。
自身のステータスは、全世界、全ての冒険者ギルドで確認可能です。
また、同一ギルドに所属している冒険者の氏名及び称号、レベル値に限り、所属ギルドにて確認が可能です。
マテリアルポイントの受領及び使用も、所属ギルドでのみ可能となります。
上記をご確認の上、下部に直筆にてサイン願います。
※
氏名と所属、連絡先だけでいいのか……それだけあれば個人の特定はできるということか。
レベル値だとか、マテリアルポイントだとかいう要素はさっぱり意味が分からないが、まぁ後で確認するとしよう。
記入を済ませ、受付の女に差し出す。
「ありがとうございます。それではこちらへどうぞ」
立ち上がった女職員が、カウンター脇のドアへ進むように手で示した。
あとに続いてドアの先へ進む。そこは、がらんとした飾り気のない大部屋で、いくつかの台座が置かれている。腰ほどの高さの台座の上にはパソコンのキーボードが置いてあるが、その前面にモニターなどはない。
「なんでしょうか……ずいぶんと殺風景な部屋ですが。あの石造りの台座になにか意味が……?」
銀一が独りごちると、
「お二方共、どれでも構いませんので台座に触れてください。その時点で、冒険者としての情報が登録されます」
?
銀一が訝しげな顔を向ける。
私も同じような顔をしているに違いない。
「この台に触ればいいのか?」
考えていても仕方がないので、目の前の台座に手を付いてみる。
すると、ヴーン――――という空気の震動音と共に、前面の空間にモニターが出現した。
いや、モニターという表現は正しくないかもしれない。何もない空間に四角形の画面が浮かび上がったのである。
※
ようこそ! 夏川美里さん。
・ステータスの確認
・マテリアルポイントの確認
・討伐記録
・ギルドメンバーの情報
・お知らせ《New!!》
※
画面には、私の名前が記載されていて、その下に項目が並んでいる。
はっきり言って、超現象である。
「…………」
「まずは、ステータスの確認をしてみてください」
女職員に促されるまま、キーボードを操作する。
キーボードはコードレスだが、画面上にポインタが出現し、操作通りにリンク先が開かれる。
※
◆ステータス
夏川美里
クラス:冒険者(一般)
称号:優秀なSAT
Lv:6(+3)
経験値:106
《Lucky!!》経験値66pt上昇
HP:47(+12)
SP:40(+12)
体力:12(+3)
筋力:11(+3)
耐久力:12(+3)
器用:11(+3)
知力:11(+3)
精神力:13(+3)
魔力:3(+3)
敏捷:12(+3)
魅力:82
運:49
根性:71
カルマ:6
ボーナスポイント:12
・ボーナスポイントを振り分けて下さい。
◆スキル
・武器術(銃)Lv1
・格闘術Lv1
・隠密Lv1
※
なんだこれは?
能力値を数値化したものと思われるが、脈略からするとこれは私を評価しているのか?
「驚きました。一般の方で、初期レベルが3もあるなんて……素晴らしい身体能力をお持ちでいらっしゃいます。さらに、ボーナスを得て6レベルまで上昇していますし、スキルまでお持ちとは……」
女職員がいう。
「……レベルというのはよく分からないが、この数値はなんだ? 私の身体測定データでも出回っているのか?」
「そうではありません。この台座には元々、地球上全ての情報が記憶されています。貴方がそれに触れたことで、貴方の情報が拾われ、開示されたというわけです」
細かい部分にツッコミ始めたら切りがなさそうだ。
とにかく、表示されている数値が、現時点での私の身体能力値だということ。
「で、これは高いのか?」
「通常、一般の方の初期レベルは1です。ボーナスが付くこともありませんし、スキルも持っていません。こちらの方も、貴方ほどではありませんが、一般人とは一線を画していますね」
銀一の操作する画面を覗きこむと、
※
◆ステータス
相馬銀一
クラス:冒険者(一般)
称号:SAT
Lv:4(+2)
経験値:59
《Lucky!!》経験値43pt上昇
※
初期レベルが2で、ボーナスを得て4レベルになったということか。
武器術(銃)Lv1も持っているようだ。
「お二方とも、一般の冒険者としては極めて優秀です。ただ、小型のモンスターを100匹も倒せば、誰しもがレベル6ぐらいにはなれますので、初期のアドバンテージという程度にお考えください」
一般志願者の初期レベルは通常1だが、私は6もある。しかし、モンスターを倒せばレベルは上がるので、すぐに追い付かれる可能性もある。
レベルとは身体能力、いや、戦闘能力の目安という解釈でいいのだろう。
なるほどな。
「――以上で冒険者登録は完了です。冒険者証を発行しますので、待ち合いでお待ち下さい」
軽く会釈をして、受付に戻ろうとする女職員に、
「さっきから気になっていたんですが“一般”とはどういう意味です? 僕たちも一般扱いのようですけど」
銀一が訊いた。
「……一般の方々以外に、世界政府から派遣される冒険者が存在します。その方たちは、最初からある程度の能力を持っており、少々特殊な扱いとなりますが……味方であることに間違いはありません」
振り向いた女職員が、再び一礼をして去ろうとするが、
「ここだけの話として教えてくれないか――――世界政府ってのは、この事態の“黒幕”なんじゃないのか?」
こんなものを見せられては、誰がどう考えてもその結論に至るだろう。核心を訊いてみた。
女職員が一瞬、顔を強ばらせたように見えた。先程までの微笑には戻らず、真顔で答える。
「世界政府はこういった事態を想定はしていたのでしょうが、この事態を産んだわけではありません……モンスターや“魔王”がどのような存在かは分かっていませんが、それに対抗しうる科学力と手段は培われてきていたということ。そしてそれが、今回まさに発動されたのです」
地球の水面下でひっそりと培われていた科学力――――。
「レベルやスキルというシステム。そして、地球のデータ化です」
我々が知らなかっただけで、地球には実は超文明が存在したのだ。
さすがに、衝撃的だな。
エチオピア辺りで狩猟生活を営んでいる未開の先住部族が、急に日本にでも連れてこられたなら、今の私と同じ気持ちになるんだろうか。
地球は、アナザーワールドに塗り変わってしまったのだ。
「現実を受け入れるとすれば……どちらにしろ、黒幕は世界政府の“異端”科学者ってところかもしれないですね」
そう考えるのが一番しっくりくるな。銀一も馬鹿ではないようだ。
「これは“ここだけの話”ということです。世界政府への詮索はあまり好ましくはありません」
女職員は釘を指すように言うと、今度こそ部屋を出ていった。
「……どう思う?」
「どうって……そうですね……誰かの手の平の内で転がされているような気分ですね。ただ、地球の危機という現状は事実で、それに対抗しなきゃいけないし、形式上はあくまで正義の側です」
「まあ、どう転んでもやることは一緒か」
半ば無理矢理に自分を納得させ、画面に目を向けた。
「お知らせ」の項目から、一通りの内容に目を通してゆく。
読めば読むほど……アレだ。
まるっきり、ゲームだ。
でも、だからこそ、高揚していく心に気が付いた。
ゲームならば、私がクリアしてやろう――――
「銀一。レベル上げに行くぞ」
「はい、上等です!」




