プレイヤー登場(1)
≪マリーベル・レッチェ≫
眷属には召喚以前の記憶がない。
私は日本語を喋っているけど、どう見ても外国人だ。称号が“ロシアンビューティ”なんだからロシア人なんだろうとは思う。
ロシアという国はもちろん知っているし、当然のごとく世の中の一般的知識も有している。得意分野に関しては造詣も深い。
だけど、その知識をどこで得たのかは記憶にない。要は記憶喪失ってやつかな。
そもそも私は、既存の存在なんだろうか? もしかしたら、つい先日、新たに造り出された“初めまして”な存在かもしれない。
……まぁ、どっちでもいいわね。
前者ならば生きてて良かったって話だし、後者ならば生まれてきて良かったって話。
どっかの人の良すぎる魔王様みたいに、ぐだぐだ悩むのは好きじゃないのよ、私はね。
もちろん、ぐだぐだ悩むことと考察は別。この“ゲーム”について現時点で分かっていることをおさらいしておこうかな。
まず、対立するそれぞれの勢力について――――
・プレイヤー
地球というオープンワールドにゲームをしにやってきた異星人たち。
地球を救うために冒険者となって魔王討伐を目指すわけね。
ポラリスの“お客様”なんだからそれなりの優遇措置はあるのでしょう。手強い相手になると予想する。
プレイヤー同士の関係はどうなのかしら。基本的には協力関係でしょうけど、みんな自分がゲームクリアしたいわけだから、我先にってことでライバル関係になる部分はあるのかな。
ギルドで聞いた話から推察するに“世界政府から派遣された冒険者”という扱いになるみたい。
・地球人
オープンワールドに住むノンプレイキャラクターたち。つまり脇役ね。脇役とはいえ当人たちは生身の人間なんだから、死活問題の勃発中だ。
プレイヤーたちには、ひょっとするとデジタルな存在だと思われているのかもしれない。
黒幕がゲーム会社だと私たちは知っているけど、地球人たちは知らない。彼らにとって倒すべき悪は、魔王と魔王率いるモンスター軍団だ。そう思うように仕組まれてしまっている。
ただ、全ての魔王を倒せば、事実この世界は救われるのだろうから、間違ってはいない、とも言える。
地球人も冒険者になることができる。冒険者登録をしたものはプレイヤーと同類だと考えていいわ。
レベルを上げていけばどんどんと超人化するってこと。
ただ、プレイヤー様が目立たなくなるのはポラリスの本意ではないでしょうから、なんらかの差別化はあるんじゃないかしら。
各国の軍隊関係者が主になると予想する。
それ以外の地球人はまぁ、ただの住人だわね。争いに巻き込まれて、その尊い命を無駄にしないよう祈るしかない。
・魔王軍
大魔王と99人の魔王。そしてその眷属。世界の滅亡を企てる悪の組織だわね。
組織といってもそれぞれが連携しているわけでもなく、上下関係があるわけでもない。魔王マニュアルのような行動指針があるわけでもないし、やりたい放題やって下さいっていうスタンスみたい。
地球人の中でも凶悪犯罪者をピックアップしたらしいので、特に方針を課さなくても、真面目に悪行を重ねてくれるんでしょうね。
私たち眷属に以前の記憶はないけれど、ハヤトにはあるらしい。他の魔王も同じで、元々の地球人と思われるけど、世界を滅ぼしちゃったら、結果、自らも滅びの途を辿ることになると分かっているのかしら……。
初期レベルは皆、20前後と思われる。ハヤトの例からして、かなり凶悪なスキルを所持している可能性が高い。
魔王同士の方向性は同じだけど、相手が相手だけに協力関係はないでしょうね。危険なライバルってところかしら。
次に、魔王“軍”として見た場合、初期のダンジョンポイントによってかなり優劣が生じていると思われる。ダンジョンの規模や眷属、モンスターの充実具合、などなど。
我が軍は幸いにも強豪みたいだわね。
そして“大魔王”という存在。これに関しては全くの謎。ハヤトを魔王として生まれ変わらせた人物らしい。始まりの日に脳内演説をしていた人物でもある。名はグリーゼ。声は女性のものだったわ。
完全に制作者側の人間でしょうね。
・モンスター
魔王と共に生まれた悪しき存在。知性の有無に関わらず人間を襲う。無差別に。地球人冒険者を含むプレイヤーの当面の経験値でもあり、人類に対する当面の脅威でもある。
モンスター同士も捕食し合うし、動物を餌とすることも多分にある。
世界政府いわく、世界人口をも越える数が繁殖しているらしく、もはや、地球の生態系は一変しているんじゃないかしら。
一応、魔王サイドってことで、つまり“悪”側の存在なんだけど、私たちの経験値にもなってくれる。
逆に考えれば、野生のモンスターは、魔王だろうがプレイヤーだろうが無差別に襲ってくるわけだし。
ただ、モンスターにもレベルはあるし、上位のモンスターともなれば魔王の力をすら遥かに凌ぐ。うちのリヴァイアサンや、アークデーモンなんかがそうだわね。
・世界政府
この世界には実は、超科学力を持った機関が存在していたらしい。魔王たちの襲来を期に、水面へ浮上した地下組織。その名も世界政府――――
――――っていう設定の、要するに運営者だ。
冒険者の元締めってやつね。
表向きはプレイヤー側の組織だけど、おそらくダンジョンシステムなども担っているため、立場は中立と考えれられる。
各国の首脳たちも構成員とされるけど、たぶん洗脳されているだけね。その実態は、純粋なゲームシステムの中枢ってことでしょ。
ドリエルの敵みたいだけど、今のところ私たちもシステムの恩恵に与る必要があるし、お互いに利用されときましょ~ってところ。
・魔王軍(葉山隼人と愉快な仲間たち)
うち。
魔王の敵はプレイヤー含む全人類だ。魔王は世界を滅亡させようとしているのだから無条件に悪だ。当然だわね。ゲームのクリア条件でもあるし。
だけど。ハヤトは世界を滅亡させようなんて思っていない。他の魔王連中も本音のところはそんなこと思ってないかもしれないけど、ハヤトの場合は、救おうとしている。本気で。
異星人を返り討ちにする覚悟は出来ているみたいだけど、相手が地球人冒険者となると、どう対応していいのやら考えも纏まっていないみたい。大丈夫かしら……。
うちの最終的目的は、世界を救うこと。
他の魔王は同業者でもなくライバルでもなく、敵だ。倒すべき相手。
モンスターは経験値。家畜を食料にすることと同じでしょ。割りきろう。
それもあるし、一般市民に危害を加える災厄なのだから、そもそも排除対象だ。
プレイヤーは利用すべき相手であり、お帰り願うべき相手だ。お前ら邪魔だからカエレってね。
地球人の冒険者たちは、救うべき相手。難しいとは思う。向こうは攻めてくるんだから。
そして、世界政府――――ラスボスね。
そこに辿り着くには、まだまだ何年も掛かるんだろうな。とても一筋縄ではいかないよ。
でも私たちは、ハヤトのその目標に従う。
従いたいと思える思想を謳うリーダーの下に就けたことを、本当に幸運だと思ってる。前途多難ではあるのだけれども――――。
※
そんなことを考えつつ、電車に揺られること約三時間。目的地は大阪市淀川区にある十三の駅前だ。
現場事務所から最寄りの児島駅までは、ドリエルにバイクで送ってもらった。
バイクなんてどこで手に入れたのかは知らないし、聞かない。聞いたらダメなやつね。
で、児島からJR線で岡山を経由し、神戸市の繁華街である三ノ宮へ向かう。
ちなみに、鉄道や航空路線などの公共交通機関は、そのほとんどが通常通りに運行しているみたい。
モンスターの目撃情報などがあった船舶線などは、一時運休となっていたりするらしいけど。
世の中がすでに混乱から立ち直りつつあるというよりは、ゲーム運営者からの強制的な何かが働いているって感じ。
ただ、一般市民も外へ出て働かなければ生活ができないわけだし、いつまでも怯えているわけにもいかない。徐々にライフスタイルを戻しつつあるのか、電車もそれなりの乗車率だった。
神戸市といえば、魔王“碓氷業魔”ってやつの本拠地だわね。正確には明石海峡大橋の袂だから、だいぶ西なのかな。
まぁ用心しておくに越したことはないわ。以前、ハヤトと龍平さんを襲った相手の可能性が高いし、イケイケの武闘派ってイメージが強いわね。目立つ行動は極力控えましょう。
さてと、三ノ宮で阪急電鉄に乗り換えて、梅田方面へ快速で6駅。やっとのことで阪急十三駅に到着した。
朝早くに出発したんだけど、何だかんだでもう正午に近い。新幹線や特急を使えばもう少し時間短縮できたかもしれないけど、私にはそうしない理由があった。
――――お金がないのよ。
ハヤトと龍平さんのポケットにたまたま財布が入っていて、その合計が我が軍の全財産。現在、三万円ちょっと。
龍平さんの財布にはクレジットカードが入ってたんだけど、暗証番号が全く分からないんだとか。まぁ当然よね、記憶は失われているんだから。
私も含めてだけど、当面必要となる“現金”という感覚が欠如していたみたい。せめて1ポイント分だけでも現金に換えておくべきだったと……今さらだわね。
一人でこんな所まで来た理由は、冒険者ギルドに用事があったから。私とケイは「日本国大阪」のギルド所属だ。
ギルドはここ、十三の駅前に拠を構えている。
登録に来たときはさすがの私もちょっとドキドキしちゃってたけど、今回は別に堂々としたものだった。
駅前の大通りを渡って冒険者ギルドのドアを開ける。
「お帰りなさいませ、マリーベル・レッチェ様」
私を見つけた受付の女性が、立ち上がって一礼した。
一度しか会ったことがないのに名前を覚えているのね……覚えているのか、インプットされているのか分からないけど、まぁどっちでもいいわ。
「討伐報酬を受け取りに来たわ。後は、マテリアルポイントを交換して欲しいのだけど」
受付に歩みながらいう。
冒険者は、モンスターの討伐数に応じて討伐報酬を得ることができるらしい。もちろん強敵を倒せば報酬額も増える。
冒険者登録後、レベル上げを兼ねて皆でモンスター狩りに精を出していたから……たぶん200匹以上は討伐しているはずだ。
マテリアルポイントを21ポイント所有していることは登録時に確認済み。今のレベルが24だから、23ポイントになっているはずだ。
これは、ダンジョンポイントと同種で、物理的なものなら何でも手に入れることができる“スーパー通貨”だわね。
うちの連中はずいぶんと無駄遣いしてたけれども……。
「かしこまりました。マリーベル様の討伐報酬は…………合計21万6千エルになります」
……エル?
「あ、エルは世界政府が発行する公式通貨です。世界中どこでも価値の変わらない通貨として使用できます。ちょうど“円”とほとんど同じ相場ですから感覚的に分かりやすいと思いますよ」
なるほど。世界中の冒険者……プレイヤーたちは、どこへ遠征しようと現金の交換比率なんて気にしなくていいわけだ。
たぶん下町の駄菓子屋さんでも“エル”は使えるんでしょうね。世の中はすでにそういう仕様になっていると割りきった方がいい。
もちろんこんな通貨を使用するのは冒険者だけだろう。世界がいきなり共通通貨になったということではない。そんなことになれば、モンスターうんぬんとは別の問題も色々と起こってしまう。
例えば、金の延べ棒みたいな実物資産って感じのイメージでいいのかしらね。
ギルドで貯金しておくこともできるみたいだけど、
「全額、いま貰うわ……ありがとう。今後もがんばってモンスターを討伐するわね」
そんな形式的な応答を返しつつ、差し出された紙幣を確認する。
ごくごく普通の紙幣。ドイツの旧マルク紙幣のようなシンプルなデザイン。最小単位が千エルで、五千、一万、五万と四種ある。それぞれの肖像は誰だろう、見たことのない人物だ。
貨幣は存在しないらしい。
なんにせよ、これで少しは潤ったわ。やれやれね。
「マテリアルポイントの交換につきましては、ターミナルシステムからお願いします」
奥の部屋にあるあの台座のことだ。ダンジョンコアのシステムと勝手は同じってことね。
「分かったわ、ありがとう」
会釈をして奥の部屋へ進む。
件の台座の前へと進み、手を触れる。前面に電子モニターが出現し、システムが起動する。触れただけで“私”を識別したシステムは、画面にマイページを展開してくれた。
マテリアルポイントは確かに23ポイント溜まっているみたい。交換の項目をクリックしてみる。
ダンジョンシステムとは違って眷属やモンスターの召喚はできないようだ。当然ながらダンジョンの作製なんて項目もない。
いわゆる物品購入のみが可能。
試しに現金に交換した場合のレートを探ってみる。ハヤトも言ってたけど、1ポイントの価値はおよそ、1千万~2千万円ほどと思っていいだろう。
結果、1ポイントで交換できる現金の上限は、1千4百万エルだった。
温泉郷「龍平館」の運転資金を考慮して2ポイント分、約3千万エルほど交換しておこう。
温泉郷には謎のライフラインが通っているし、温泉も謎のポンプで自動給水されるため、水道光熱費は掛からない。
食料も冷凍食品などが食品庫にたんまりと詰め込まれているため、現状でもなんとか運営は可能だが、今後、客が増え、従業員が増えてくると、そうも言っていられないだろう。
龍平館単独でちゃんと採算が取れるようになるまでの初期投資ね。
ポイントは私個人のモノなんだから、これは貸し。後できっちりと返してもらいましょ。
現金交換で承認すると、ダンジョンシステムと同じく、足元にどさっと札束が出現した。
エルには五万円札があるから、全部で数束程度。かさばるものでもない。
さて、これで用事は終わり。
後はそうね、自分用の武器でも入手しておこうかしら。
私の得意武器は“銃”だ。しかもレベル2だわ。日本で銃を手に入れる機会もなかったため、今までは素手と特殊攻撃で戦っていたけど、武器さえあれば一気に戦闘力がアップするわね。
今でこそ“武器屋”なんて店が日本にも合法展開しているし、大金も持っているわけだから、銃ぐらい購入できそうだけれど、ポイント交換の利点は好きなようにオーダーできるところなのよね。
ライフル銃は好みじゃないし、拳銃ではモンスターに歯が立たない気もする。ただ、大型の拳銃なんかだと、かなり高威力なものもある。
物品情報を絞ってゆくと、
「この辺りかな……」
既存の拳銃で一番威力が高そうなのは、この、超大型の回転式拳銃ね。銃身が20センチ程もあり、50口径のマグナム弾を装弾できる。
通常であれば女子が扱えるようなシロモノじゃないだろうけど、今の私ならば二丁拳銃で余裕で連射できるだろう。
これをベースにカスタマイズを加えていくことにする。
まず、威力を高めるためには、火薬の爆発力を上げればよい。装薬量を増やした大口径弾を撃てるようにすればいいのだ。
単純な話だが、そんな拳銃がなぜ世にないかというと、実用性がないから。そりゃあ誰も撃てない拳銃なんて売れないし、そんなものを求めるのなら、ライフル銃でいいわけだ。
今の私なら少々の反動ではびくともしないから、大型化しても良さそうだけど“弾”の問題があるのだ。
特殊な仕様にしてしまうと、武器屋でも弾薬の扱いがなく、いちいちポイントで補充しなきゃならなくなっちゃう。
この辺はいじらない方が良さそうだ。
使い勝手を考慮するならば、自動装弾なんてどうだろうか。無限に弾を撃てる銃。
試しにオーダーしてみたら、75ポイントも必要だった。うーん、無理だ。
ていうか、ダンジョンポイントが潤沢なうちに買っておけば良かったんだよね。今さらだけど。
――てことで。超精度と超サイレンサー機能を付加し、二丁セットに弾丸を加えて、購入画面へ進む。
必要ポイントは1ポイント。まぁそうだよね。そんなにするもんじゃない。
当面はこれでいいかな。そのうち限界を感じてきたら、またリニューアルしよう。
承認をし、足元に現れた二丁の拳銃を両手に取り、左右に構えてみる。
「バンバンッ!」
あらやだ。ちょっと格好いかも。うふふ。
これで、皆に引けは取らないわ。
操作(物体)Lv1と組み合わせれば、例えば、弾の軌道を変えるとか、色々とできそうだわね。
なんだか、楽しくなってきちゃった。
さてと。事務所に戻ろうか。
そう思ってきびすを返したところで、二人組の若い男が部屋に入ってきた。
同じギルドメンバーだ。軽く会釈をして立ち去ろうとすると、
「マリーベル・レッチェさん、ですよね? もし良かったら僕らとパーティを組みませんか?」
耳を疑う台詞が投げ掛けられる。
「え?」
「僕らは世界政府から派遣された冒険者です。どうですか? ソロよりは狩りも捗ると思うんですけど……」
世界政府から派遣された冒険者。それって……もしかして“プレイヤー”じゃないの?
見た目は普通の青年だ。二人共、なかなかのイケメンである。
ギルドメンバー同士のレベルは所属ギルドで確認できるので、彼らは私のレベルも知っているということ。
うーん、厄介だな。ゲームの最初期なのに24レベルもある私に対して、何らかの疑いは入るわね……。
逆に、プレイヤー様の力を探るチャンスでもあるのだけれど。
「そうね……」
潜入捜査って感じかしら。何かあったとき、純粋にゲームを楽しんでいるだけの彼らの方が、地球人冒険者と付き合うよりは、リスクが少ないかもしれない。
「……短期間だけならいいわよ」
「ホントですか!? 大阪ギルドのナンバー2に同行させてもらえるとは光栄です。よろしくお願いしますね」
二人の好青年が、ぱっと笑顔になる。
第一印象は悪くない。まぁ、この子たちは別に悪人でもなんでもないものね。
それにしても、ギルドのナンバー2だなんて、ちょっと目立ち過ぎじゃないかしら。ナンバーワンはケイってことだ。
うーん……。まぁいいか。どの道、今さらだもの。
さてと、私も、少しばかりゲームを楽しんじゃおっかな。
「まずはどこに行こっか?」




