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罪人  作者: 天内翔


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8/22

喪失

病院から外に出たのは、太陽が照りつけ、蝉時雨の聞こえそうな時期だった。もう少しで八月だ。あっという間に月日が過ぎるなと思う。

 俺は、とりあえず今やるべきことがあったのでそれをすることにした。それは、貴重品を揃えることである。

 爆発に巻き込まれたせいで、大怪我を負ったのと同時に持ち物がほとんど使い物にならなくなってしまったのである。無線機は警察の備品で状況が状況であったため大目に見てもらえたが、それ以外のPASMOや、スマホ、家と自転車の鍵はどうにもならなかった。電子タバコはそんなに必需品ではないため後回しにしよう。

 そう考え、まずは家電量販店に行って、新しいスマホに買い替えることにした。

 安月給の刑事としては結構痛手であった。

 それに前のスマホに保存してあった友人たちとの思い出の写真や、連絡先の情報などすべてなくなってしまった。命があるだけまだましかと神様に感謝した。どうせ買うならと最新機種を買うことにした。それにしてもスマホの新機能はドンドン追加されていくな。正直知らない機能がたくさんあってよくわからなくなっている。あと、百年後くらいの未来にはスマホはどんな形になっているのだろうかとかどうでもいいようなことを考えていた。

 次に行ったのは、PASMOの再発行だった。これはスマホの時より、簡単に行えた。用紙に個人情報を書いて、提出して少し経つとPASMOをもらうことができた。当然残高は0円であった。あの時持っていたPASMOには四千円くらいチャージしてあったなということを思い出す。

 そのあとは、鍵屋に電話して、家まで来てもらい、鍵の形状などを調べてもらった。

 鍵を作るには数日かかると言っていたので、俺はビジネスホテルに泊まることにした。

 俺は、失くし物や忘れ物をあまりしないタイプだったのでスペアキーを持っていなかった。今度は、事件に巻き込まれた以外の理由でも、何らかの理由で持っていた鍵が使えなくなる可能性があるなと、スペアキーの作製も依頼しておいた。

 俺はビジネスホテルに入り、一息ついた。あれから、仮面を被った奇妙な連中からの犯罪予告もないし、実行も何もされていない。本当に音沙汰が無くなっていた。あれで犯行は終わりだったのかなと俺は正直思ってしまった。もう十日間も経っているし、そんなに経ってからまた始めるなんてことはないだろう。

 もし、今になって始まったら俺の復帰を待っているみたいだな。そう考えていたが、少し経って再び考えたら、流石に自意識過剰すぎだなと思った。

 ビジネスホテルに二日ほど泊まり、鍵屋から鍵をもらってようやく家に帰ることができた。

 上司からは数日休みをもらった。いくら骨折が治ったり、打撲が治ったりしてもまだ体調が万全とは言えなかったからだ。それに事件に巻き込まれた刑事を無理矢理出勤させたらいくら警察が人手不足とはいえ、まずいのだろう。警察は国民の信用があってこそ成り立っているはずだという確信に近い考えを俺は持っていた。

 数日と言っても、四日程度なので、今はなにがあってもいいようにしっかり体を休めておこうと決意した。



 そして体を休めて久しぶりに出勤した。

 同僚たちの大半が揃っていたが、絆創膏を貼ったり、包帯を巻いていたり、痛ましい姿になっているやつが割合として高かった。しかし、見知っている同僚のうち一人が見当たらなかった。

 同僚たちに訊くと、爆発に巻き込まれて亡くなったとのことだった。あの四人のうち一人はうちのものだったのかと、フツフツと犯人に対する怒りが湧いてくる。

ニュースでは名前の公表は行っていなかった。少なくともあいつは、殺されるようなやつではなかった。勤務態度は真面目で、積極的に情報収集を行っていた。

 同僚のことについて後悔していたと同時に同僚のうち一人だけというのがせめてもの救いだという思いが湧いて来た。

 本当に他にいなくなったものはいないかとあたりを見回すと、もう一人姿が見えないことに気がついた。

 そこでその人物の所在を訊くと、屋上にいるとのことだった。亡くなっていたわけではないということに佐伯茂は胸を撫で下ろす。

 俺は、途中で買ってきた缶コーヒー二本を持ち、屋上への階段を登った。その人物は、町中の風景を手すりによりかかりながら、見ていた。

 俺は、「隣いいですか?」とことわるとその人物は「ああ」とすぐ返してくる。

「警部は、見た感じ、大した外傷が、無いようで何よりです」

 と切り出した。ただ、あの現場にいて、ここまで傷がないのは変だと感じた。

「それはそうだ。俺はあの時、少し席を外していたからな」

 俺はそのことを聞き、勝手に警部がまだ現場にいると勘違いしていたのかと。

 しかし、あの状況で現場から抜け出した理由がわからなかったので、瞬間的に訊く。

「どういうことですか?」

「あの時、俺は小一時間経っても、何も起こりそうになかったんで、席を外してもいいと判断した。勝手にいなくなるのは、さすがにまずいだろうと思ったから、一時的にある人物に、現場指揮をするようにとお願いした」

 とすると、あの現場で統率が取れておらず、指示をする人間もいなかったのは、現場に慣れていないものに現場指揮を頼んだのからなのか。

でも、まだ現場を離れた原因がわからなかったので、訊くことにした。場合によっては責任を取って貰う可能性が大いにあるからだ。

「で、現場から外れた原因はなんですか?」

「あの時、俺は激しい腹痛に襲われていたんだ。おそらく前日に食べた牡蠣があたったのだろう。しかし、美術館のトイレは、外部から何者かが侵入する可能性があるため封鎖していた。簡易トイレを作って捜査に当たっていたが、あのとき、簡易トイレもすべて埋まっていた。だから俺は少し離れたスーパーまでやや小走りで行き、用を足すことにした。そこに三十分か一時間かわからないが、ずっといた。やっと全部出しきったと思い、外に出ると、お偉いさんから着信がきていた。そしてすぐに出ると何をしていたのかと激しく追求された。その時の俺は、トイレから出てきたばかりで状況を全く理解していなかった。

『何かあったんですか?』

 と俺が訊くと、

『お前本当に言ってるのか? 』

 と呆れたような口調で言われた。

 続いて、『そんなのニュースでも何でも見ればすぐわかる。責任はとってもらうからな』

 と一方的に電話が切られた。すぐにニュースを確認すると、たくさんの死傷者が出ていたこと。美術館から絵画が盗まれていたことがすぐにわかった。俺は、美術館に向かって全速力で走った。焼け焦げたロボットの破片と思しきものや、粉々になった絵画類。爆発に巻き込まれた部下たち。

 まさに地獄絵図と呼ぶにふさわしい状況になっていた。俺はその場に呆然と立ち尽くして、自分を責めた。俺は警察官としてふさわしい対応をできなかったと事件のあった日からずっと考えていた」

 警部は自責の念に駆られているようだったが、それよりも事件が起こるとわかっていて、そんなことをしたことにとても無責任だと感じた。

「そのとおりですよ。なんで事件があるとわかっていながら、前日に牡蠣なんて食べるんですか? 馬鹿なんですか? 本当はこんな事言いたくないんですけど、警部失格ですよ」

 と言い、俺は地面に向かって缶コーヒーを思い切り投げつけた。だからと強調して警部は言い返す。

「だから俺は責任を持って警部を。警察を辞めることに決めた。今日、辞表を出す」

「そうですか……」

 と俺は返す言葉が思いつかなかった。

 いろいろな感情がない混ぜになって言葉に表すことが憚れた。

 警部はまだなにか話すことがあるのか、ドアを出ていこうとしていた足を止めて話し始めた。

「そういえばお前は知らないだろうが。ニュースで言っていた死者四人、負傷者三十二人というのは混乱を避けるための方便だ。本当は死者も負傷者ももっと多い。その場にいた刑事の殆どが爆発に巻き込まれたんだからな。本当はこのことは言っちゃいけないんだが、もうすぐ警察を辞める俺には関係のないことだ」

 そう言って屋上を警部はあとにしていった。

 俺は、呆然とその場に立ち尽くす。

 気がつくと、辺りは漆黒に包まれていた。


⚠︎本作はカクヨムでも投稿しています

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