一問目
起きたのは、佐伯茂が食事をしていたところとは違うところだった。それが一目でわかったのは、地下室ではなくなっているし、赤い扉もベルトコンベアも無くなっている。
また違う場所に運ばれてきたのかと、自分の無能さを嘆く。
あんな見え透いた罠に引っかかるなんて俺らしくない。
普段の俺なら、何が入っているかよくわからない食べ物なんて絶対口にしない。
必ず安全かどうか確かめる。
しかし、安全かどうかなんて確かめるすべが無かった。
それに、とても空腹で、喉が渇いて極限状態だった。
仕方がなかったと自分の行いを正当化することでしかメンタルを保つすべはなかった。
そこはどこかの建物の屋上のようだった。風がピューピューと吹いている。それにもう夜になっているみたいだ。
そして再び、椅子に縛り付けられていた。
俺は、どうにかその拘束から抜け出そうとしたが、特殊な結び方をしているのか全然解くことができない。
大人しく拘束から逃れることを一旦諦め、試練の内容について考えていた。屋上でやる試練と言えば、鉄骨渡りとかいう度胸やバランス感覚などが必要になってくるものぐらいしか思いつかない。
縛られた状態で待っているが、一向に仮面の男はやってくる気配がない。
仮面の男が来なければ、駆け引きも何にもできない。もしかしてもう試練は始まっているのか? この状態で放置して、もう無理だ。助けてくれとか言うのを待っているのか? そうだとすればひたすら耐えることしかできなくなってしまう。
あらゆる可能性を考えていることぐらいしか俺に取れる手段はなかった。
四十分ぐらいが経ち、俺は次第に憔悴し始めていた。待つのが試練ではなくてこの拘束から逃れることが試練なのか? とたった一秒が一時間に感じられるほど長かった。
一時間ぐらいが経ち、項垂れて、下を向いた。
俺はずっとこのままの状態かと思っていたが、階段を上る音が聞こえ、たちまち集団が小型の液晶ディスプレイとケーブル、それに少し大きめの机を持ってきた。他にも何か持っていることを確認できる。
ただ、それらが何かまでは詳しくわからない。
液晶ディスプレイは全部で7つあった。
集団の最後に、仮面の男がいた。
俺は、久しぶりに声を出そうとしたが、最初はかすれてあまりでない。やっと出るようになったことがわかると俺は話し始めた。
「随分と遅かったじゃないか。なにかしていたのか?」
やっと声は出るようになったが少しかすれてしまう。
「そっちこそ僕が来るのを待っていたのかい? 寂しがり屋だなぁ」
それを聞き、長く持たされたということもあって、正直蹴り飛ばしてやりたかったが、呼吸を整えて、今は最善のことをしようと気持ちを整える。
「そうだ。待っていた。試練が始まるのを。しかし、一向にお前は来なかった。正直この状態で放置して、我慢強さをテストするのかと思ったよ」
と本音を口にした。
「確かにすごい憔悴の仕様だ。随分待つのが辛かったんだね。でも、今日は違うんだ」
とどんどん楽しそうな調子になっていく。
「もしかしてその液晶ディスプレイが関係しているのか?」
と言いながら、液晶ディスプレイを横目で見る。
「そう。これを使うよ。よかったらなにをするか当ててみてよ」
子供のようにはしゃぎながら訊いてきた。
「そうだな。またお前の言う罪人が映っている姿でも観るのか」
仮面の男は大正解と言いながらパチパチパチと乾いた拍手をする。
「今回きみに与える試練は七つの罪というものだよ。これは僕独自に考えたんだ」
やはりゲームが好きということからも幼稚性が垣間見える。
「七つの罪というと七つの大罪に関係があるのか?」
と俺は純粋に疑問に思ったことを訊いた。
「さあどうでしょう。じゃあルールを説明するね。まずはこの液晶ディスプレイを見てほしい」
と液晶ディスプレイが映った。
それぞれ多くの人が檻に閉じ込められていて、それぞれ漢字二字が書いてあった。
順に目で追っていくと、傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲。
やはり七つの大罪が関係しているのだろう。
「これから僕はきみに全部で七つの試練を課すよ。難しいか難しくないかはその人次第。正解したらなにもないけど、もし、間違ってしまったら」
とそこで仮面の男は、スイッチを押した。今まで薄い布で隠されていた部分が現れ、檻の下にあった空間がただの地面ではないことがわかった。
「この檻に囚われている人達は苦しみながら死ぬでしょう。でもきみが問題に正解すればいいだけだからね」
と楽しそうに言った。
「この鬼畜が。何回人の心を弄べば気が済むんだ?」
と青筋を立てそうになる。
「さあね。僕の目的が完遂するその時までかな。じゃあ問題の制限時間を決めよう。サイコロを複数用意した。どれがいいかな?」
と三つのサイコロを俺の前に置く。
一つ目のサイコロは、普通に見たことがある一から六まであるサイコロだった。
二つ目のサイコロは、一から二十四まであるサイコロだった。
三つ目のサイコロは最も面が多く、一から百まであるサイコロだった。
「制限時間の決め方を教えてあげよう。制限時間は七×出たマスの数で単位は分だ。例を上げると、一が出たら七×一で七分ということだ。さあ早速、サイコロを選んでもらいたいんだけど、ただ選ぶだけじゃつまらない。チェスで勝負しないかな? 僕はチェス以外にもポーカーが好きでね。コールをよくしたものさ。まあ無駄話もここまでにして早速始めようか」
「わかった。チェスか。将棋じゃないんだな?」
あまりチェスは馴染みがなく、将棋なら、小さい頃家族とやっていたため、多少得意であった。
「将棋が良かったのかい? 残念ながらチェスしかもってきていないんだ。これで我慢しておくれ」
「さっさと始めよう。俺が負けたときの罰ゲームみたいなのはあるのか?」
「ああそれは考えてなかったけど、つけたほうが面白いね。今は威勢のいいきみの気分が落ちる姿が見えるかもしれないのだから」
俺は余計な一言を言ってしまったことを後悔した。
俺個人の判断が一つでも間違ってしまったら最悪あの檻にいる全員が死ぬ可能性だってある。
とても責任重大な役回りだ。
なぜ俺が選ばれたのか。
他に選ぶべき人間なんて何千とまではいかなくとも多くいるだろう。
とにかく相手の心理を深く見抜くしかこの先の道はない。
「そうだな。もしこのチェスで君が負けたら、毒ガスがどこかに噴出されるというのはどうだろうか?」
そんなことはさせるわけにはいかないとわかっているが、外部との連絡手段はないためどうしようもない。
「承諾したくないが。チェスをやらないと、負けとみなして毒ガスを噴出したりするんだろう」
俺は今までの性格分析の結果、目の前のやつはそういう趣向を凝らしていると確信に近い予測を立てていた。
「それは僕の気分次第だけど、まあそうする可能性は高いだろうね。早速だけど、腕の拘束だけ外してあげるよ」
仮面の男は部下と思しき人物たちに腕の拘束を解くようにと命令した。
ずっとこのままの状態だったので腕が痺れていたが、やっと動かすことができて、良かったと心の底から安堵した。
「じゃあ先手は譲るよ。時間は無制限ということで。まあ檻の中にいる人達の心はどんどん憔悴していくと思うけど」
俺はコイツが、卑怯なのと同時に、頭がよく回る知能犯的な一面もあり、さらに他人の心理を把握する心理カウンセラー的な一面も持ち合わせていると分析した。
俺は、一番真ん中のポーンを二マス動かした。
「まあ最初はそこが、一番定石といったところだろうね」
と次の手を考えているのか、頭に指をトン、トンと当てながら言った。
俺は、純粋に気になることを片っ端から訊いていくことにしようと決めた。
「チェスはよくやるのか?」
「まあ昔はよくやっていたね。まだ電子ゲームが無かった時代だったからね」
と鼻頭をかきながら言った。
「チェスは強いほうか?」
この返答次第で、俺の運命は決まると言っても過言ではないかもしれないと冷や汗をかいていた。
「それは戦っている最中にわかってくるんじゃない?」
結局実力は未知数のままかと落胆した。
「それもそうだな。野暮なことを訊いた」
「じゃあ僕も同じ動かし方にしようかな」
とその後は、互いに無言で対局した。
だが、そろそろ決着が近いという意識があった。
「チェック。これで何回目かわからないが、結構追い詰められてきたんじゃないか?」
「きみは、チェスが強いんだね。だが、僕も負けないよ」
と言い、俺が考えつかなかった手を打ってきた。
俺は今まで純粋に遊戯としてチェスを楽しんでいることに気づいた。
しかし、これはただの遊戯じゃなくて、誰かの生死がかかっているかもしれない。
俺は頬を叩いて気合を入れ直して、冷静に戦局を確認した。盤面は拮抗しているが、一つ俺は戦略を思いついた。
そして、俺はルークとポーンからクイーンに変わった駒を使ってチェックメイトをすることができた。
「まさかこの僕がこと、チェスにおいて負けてしまうとは……。僕が君のクイーンを取ったときに、勝ちを八割型確信したというのに」
と悔しそうな口調で言う。
「それ自体が俺の戦略だ。あまりにも露骨にクイーンを取らせると、なにか考えているんじゃないかと勘付かれてしまう可能性が多いにあった。だからできるだけ自然にクイーンを取らせて、意外と大したことがないという印象を抱かせることに成功した。慢心によって前よりお前の手は単純になっていった。気づいたときにはもう手遅れだっただろ?」
と畳み掛けるように言った。
これで、毒ガスによって死ぬ人はいなくなると心の底から安堵した。
「感服したよ。そこまで先を読んで打つ手を考えていたとは、ぼくの想定以上だ」
「じゃあ約束通り、俺がサイコロを選んでいいんだな?」
と念を押すように訊く。
一つでも相手の機嫌を損ねるととても危険だとわかっているからだ。
「ああ構わないよ」
俺は迷わず一から百までが書いてあるサイコロを選んだ。
「コレしかないだろう。最高七百分時間を得ることができるし、それに、松竹梅の法則とかをお前は使ってきそうだからな。松竹梅の法則は、ちょうどよくバランスのとれている一番真ん中にあるものを選ぶ人が最も多いという心理法則だからな。一番何か仕掛けをする確率が高いと考えた」
「考えすぎじゃないかな?もし外れていたらどうするの?」
そういう言葉で気持ちを揺らがせて、不安にさせるのがお前の狙いであることは分析している。
だから、その挑発には乗らず、普通に返答することにする。
「それは単純に俺よりお前のほうが駆け引きが一枚上手だったということだろう」
と感情ができるだけこもらないように言った。
なぜなら、ここで、感情を見せてしまうと、後々こっちが不利になる可能性が高まっていくからだ。
「負けたら死ぬ可能性だってあるんだよ。怖くないの?」
と純粋な好奇心が相手の心に渦巻いている様子が確認できる。
「ああ覚悟はできている。じゃなきゃ伊達に刑事はやっていない」と今度はできるだけ気持ちを込めて言う。
「それが虚勢だとしても、すごい覚悟だね。じゃあ早速サイコロを投げてくれるかな」
「わかった」
と言い、俺はサイコロを思い切り振った。でた目は49だった。
「49✕7で343分だね」
「そうだな。時間に換算すると5.43時間もある。じっくり問題を考えることができるわけだな」
この時間の中で試練とかいうのをクリアしなくちゃいけないんだなと、先を思い、いろいろな感情が俺の心を支配した。
「ああ。言い忘れていたけれど、答えがわかったら制限時間になる前に答えてもいいからね」
「ルールはよく分かった。早速第一問目を出してくれ」
「じゃあ第一問目。朝は足が四本、昼は足が二本、夜は足が三本になる生き物はなんでしょうか?」
この問題に普通に答えるとしたら、人間だ。とても有名な話で、ギリシャ神話の中でスフィンクスがなぞなぞを出していた。だが誰も答えることができず、答えられなかったら食い殺されてしまったようだ。そこで英雄オイディプスが立ち上がり、なぞなぞに答えた。スウィンクスは、なぞなぞを解かれたことで自ら山の上から身を投げた。このなぞなぞは、時間の経過と関係している。まずは一日の始まりである朝と人生の始まりの姿である赤子をかけている。赤子は、四本足でハイハイをしている。昼は、大人が二本足で歩いている。最後に夜は一日の終わりと人生の終わりをかけている。人生の終わる前は老人なので杖を持って歩く。そのため三本足で歩くという表現をしている。
このことから人間という答えが自ずと出る。
しかし、この有名ななぞなぞをあの卑怯でひねくれた性格をしているやつがそのまま出すだろうか。
しかし、他に答えがわからない。
ここは順当に人間と答えることにしよう。
「一問目の答えは、人間だ」
と自信を持って答える。
少し時間に間があった。
俺は、クイズ番組であるあの長い間は当事者にとってはとっても嫌だろうなと思ったことを思い出した。しかし、あれは場を沸かせるためのものだ。もしかしたら、どこかにカメラでもつけられていて、この状況を配信でもしている可能性がある。なおさら間違えるわけにはいかない。
さっきは失敗するのは怖くないというような態度を仮面の男に対してしたが、正直死ぬのは怖かった。
自分の仁義を貫き、死んでいく時代劇の侍のような心持ちは俺にはできないようである。
しかし、そんな泣き言を言っても、目の前の男は何もしてくれないわけで、むしろやけになって檻の中の人達を殺す可能性がとても高いだろう。
いろいろな心配が頭をよぎったが、心配する必要はなかった。
「コングラチュレーション。いくら有名な話といっても、もうとっくに忘れていたと思っていたのに。チェスも勝って、知識量も豊富とはやはり優秀な刑事さんだな」
お膳立てをさせられる筋合いはないがひとまず正解でよかった。そして同時にこの茶番を早く終わらせて、さっさと気持ちを落ち着かせたいという気持ちが強く働く。
「お前が出題すると普通の問題も、何か引っ掛けがあるんじゃないかと疑ってしまう。そう思わせることこそがお前の狙いだろう」
と純粋な気持ちをぶつけた。
「まあそうかな」
と否定とも肯定ともつかない返事をしてくる。
「一問目を正解したから、一つ目のディスプレイに映っている人達は助けてあげよう」
と言って、仮面の男は電話をし始めた。
すると、部下と思しき人物たちが画面越しに、檻の中に閉じ込めていた人物たちを檻から出していた。
「この人たちはね。確かに法は犯していないかもしれない。けれど、良くないことをしているのは事実だよ。傲慢がゆえに人を見下してきた。それが顕著に現れている人を厳選した。ほらごらん。まるで自分が無傷で帰ることができることを確信しているような面持ちのやつが多いだろう。こういった連中が世界中にいると思うととても嫌になる。でも、自分以外の人間がいなくなった世界ではいったい何が残るのだろう。そういう意味ではこどくは怖い。そういう連中でもいる価値を感じることができるというものだ」
と俺はディスプレイを観ると、確かに自信を持っているように見える。
けれど、最後に言ったことは起こる可能性なんてほとんどないのだから考えなくてもいいのではないかと思う。
「人間なんだから、感情はあって当然だろう?」
「確かに感情はあって当然のものだよ。ない方が問題だね。でもある面が顕著に出過ぎていると人を困らせたりするという弊害を産んでしまう。だろう?」
とさもその現場を見てきたかのような口調で言った。
「しかし、誰にでもそういった経験はあるんじゃないか? 失敗してその失敗を活かして、今後につなげていくのが人生じゃないのか?」
この考え方は、過去の経験が活きていた。
「確かに人生にはそういう一面があるかもしれない。けれど、失敗を失敗と捉えていない連中に成長も何も期待できない」
と下を向きながら何も期待なんて本当にしていないような調子で言う。
「まるですべてわかっているような言い方をしているのは気に食わないな。さっさと二問目を出してくれ」
一問目がこういう感じなら絶対クリアできるはずだ。
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