8.
数日後の午後、フィオナはミアとともに王都の美術館を訪れていた。春の特別展示が始まったばかりで、正面玄関へ続く広い階段には多くの人が行き交っている。高い天井を支える白い柱の間には季節の花が飾られ、入口では係員が展示内容を記した冊子を来館者へ配っていた。
今回の展示を見に行こうと言い出したのはミアだった。近隣諸国から借り受けた風景画や静物画が並ぶと知り、一人で見るより二人の方が楽しいだろうとフィオナを誘ったのである。絵画に詳しいわけではないというミアだったが、見ること自体は好きらしく、入口で冊子を受け取った時点ですでに楽しそうだった。
展示室へ入ると、二人は気になった作品の前で足を止めながらゆっくりと進んだ。夕暮れの港町を描いた絵を見れば、ミアはこんな場所に泊まってみたいと言い、フィオナも窓から海が見える宿なら悪くないと答える。
二つ目の展示室へ入って間もなく、ミアがまた同じことを言った。最初の部屋でも一番を決めていたはずだとフィオナが指摘すると、部屋ごとに一枚を選び、最後にその中から一番を決めるのだという。いつの間にそんな決まりができたのかは分からなかったが、本人が楽しそうなのでフィオナも付き合うことにした。
そんな調子で展示室を進んでいると、少し先に見覚えのある青年が立っていた。大きな風景画を眺めていたエドワードも二人に気づき、軽く手を上げてからこちらへ歩いてくる。
「こんにちは、フィオナさん。ミアさんも。お二人も特別展示を?」
フィオナが頷く隣で、ミアはまた偶然ですねと楽しそうに笑った。エドワードも一人で展示を見に来たところらしく、まだ半分ほどしか回っていないという。進む方向も同じだったため、特に誰が誘うともなく三人で続きを見ることになった。
エドワードが加わっても、二人で見ていたときと大きく雰囲気が変わることはなかった。誰かが気になる作品を見つければ三人で立ち止まり、感想が一致することもあれば、まったく合わないこともある。ミアが気に入った湖畔の風景画をフィオナは綺麗だと思ったが、エドワードは冬に見たら寒そうだという感想を口にして、ミアから見るところが違うと笑われていた。
三人の意見が最も大きく分かれたのは、展示の終盤に置かれていた一枚だった。暗い森の中に赤い花が一面に咲き、その中央へ白い椅子だけが置かれている。周囲の明るい風景画とは雰囲気が異なり、近くを通る客の多くも一度は足を止めていた。
最初に気に入ったと言ったのはミアだった。フィオナは夜に思い出しそうで少し苦手だと答え、最後に感想を求められたエドワードはしばらく絵を眺めていた。
「確かに怖そうですね。夜の時は、家に飾りたくありませんね」
あまりに迷いなく出された結論に、フィオナは思わず笑った。ミアは自分なら飾りたいと主張していたが、エドワードは遊びに行く際にはその絵のない部屋へ通してほしいらしい。二人が妙なところで譲らないため、フィオナは絵よりそちらのやり取りの方がおかしくなってしまった。
結局、三人の評価は最後まで一致しなかった。最後の展示室を出る頃には、ミアの冊子には各部屋から選ばれた「一番」の番号がいくつも書き込まれていた。
すべての展示を見終えたあとは、美術館に併設された喫茶室へ向かった。大きな窓から庭園を望める店内には白い丸テーブルが並び、展示を見終えた客たちが思い思いに休憩している。三人は窓際の席へ案内され、フィオナは果物を添えたケーキを、エドワードは小さな焼き菓子を注文した。
ミアだけは最後まで二種類の菓子で迷い、最終的には両方を頼んだ。美術館の中を歩いたのだから問題ないという理屈らしい。届いた二皿を前に満足そうな顔をしている彼女を見て、フィオナは呆れるより先に笑ってしまった。
話題は先ほど見た絵から最近読んだ本へ移り、そこから王都に新しくできた店へと変わっていった。三人とも同じものを好むわけではなく、誰かが勧めたものに残る二人が必ず賛成するわけでもない。それでも話題が途切れることはなく、気づけば展示を見ていた時間と同じくらい、喫茶室でもゆっくり過ごしていた。
途中、店へ入ってきた知人の令嬢に呼び止められ、ミアが少しだけ席を離れた。向こうのテーブルで話し始めた彼女を見送ったあと、フィオナは紅茶を一口飲み、正面に座るエドワードへ目を向ける。
「そういえば、先日のあれには驚きました」
何のことか分からなかったらしく、エドワードが首を傾げた。フィオナが片目を閉じてみせると、ようやく察した彼の表情が僅かに崩れる。
「ああ。あれですか。あのままでは空気が重すぎましたから」
「もっと真面目な方だと思っていましたのに」
「真面目ですよ。たぶん」
最後に余計な言葉がついたせいで、フィオナの中にあった印象が少しだけ怪しくなる。それをそのまま伝えると、エドワードは訂正するどころか楽しそうに笑った。
戻ってきたミアは二人が笑っている理由を知りたがったものの、フィオナは教えなかった。エドワードも口を閉ざしたため、ミアは少し不満そうにしながら残っていた菓子を食べ始める。その後も三人で話しているうちに窓から差し込む陽射しは傾き、そろそろ帰る時間になっていた。
美術館を出たところで、三人は足を止めた。ここからはそれぞれ帰る方向が違う。
「今後もまたお会いしましょう。三人で」
エドワードからそう言われ、フィオナはミアと顔を見合わせた。ミアはすぐに笑って頷き、次はどこへ行こうかと早くも考え始めている。
「では、今度はいつ会いましょうか?」
三人はそれぞれの予定を確認してみたものの、思いのほか都合が合わなかった。フィオナが空いている日はミアに予定があり、二人が空いている日はエドワードの都合が悪い。ならばその次はと確認していくうちに、候補日はどんどん先へ延びていった。
結局、三人が揃って空いていたのは一か月後だった。
「随分先になってしまいましたね」
ミアは残念そうだったが、予定が決まったことには満足したらしい。次こそはどこへ行くか決めておきましょうと約束し、三人は美術館の前で別れた。
こうして次に三人で会うのは、一か月後となった。




