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その期待が少しずつ削られていったのは、同じような出来事が繰り返されたからだった。ある日の待ち合わせでは約束の時間を大幅に過ぎてから現れ、友人との話が長引いたのだから仕方がないと言われた。フィオナが誕生日に選んだ手袋を贈れば、「俺の好みをもう少し覚えてくれていると思った」と笑われ、髪型を変えた日には以前の方が似合っていたと言われた。
何を言われても黙っていたわけではない。フィオナは不快に感じるたびに、その場で嫌だと伝えるようになっていた。セドリックは謝ることもあったものの、最後には決まって「冗談だった」「昔は平気だった」と付け加えるため、謝罪を受けても胸に引っかかるものが残った。昔許したことが、これから先も許し続ける理由になるとはフィオナには思えなかった。
夏を迎える頃になると、夜会でセドリックの隣にミア・ローレンスという男爵令嬢がいる光景を見かけるようになった。肩の辺りまで伸ばした栗色の髪を柔らかく巻き、明るい笑顔で誰とでも話せる女性だった。共通の友人を通じてセドリックと知り合ったらしく、二人が楽しそうに話していても、フィオナは最初のうちは特に気にしていなかった。
社交の場で異性と会話することは珍しくなく、婚約者がいるからといって交流を避ける必要もない。フィオナ自身も男性からダンスへ誘われることがあり、セドリック以外の男性と会話する機会もあった。気になり始めたのは、ミアと一緒にいるセドリックが、妙にフィオナの方を確認するようになってからだった。
ミアの髪飾りを褒めた直後にこちらを見る。彼女と一曲踊ったあとにも、広間の向こうからフィオナを探す。何も反応せずにいれば、今度は自分から「今日のミアのドレスは綺麗だったと思わないか」と話題に持ち出してくる。何度か同じことが続けば、鈍いフィオナにも意図くらいは分かった。
ある夜会で、フィオナはセドリックを人の少ない回廊へ呼び出した。庭園に面した窓が開けられており、夏の夜風が薄いカーテンを揺らしている。遠くの大広間から流れてくる音楽に混じって庭の噴水から水音が聞こえ、二人の周囲には他の招待客の姿もなかった。
「私を嫉妬させたいのですか?」
「急にどうしたんだ?」
「ミア様のことです。あの方とお話しになることや、ダンスをなさることを責めているのではありません。私の反応を見るために、わざと見せつけるような真似をするのをやめてください」
「なんだ。やっぱり気にしていたのか」
「今の話を聞いて、どうして嬉しそうになさるのです?」
セドリックの口元には笑みが浮かんでいた。その表情を目にしたフィオナは、自分が何を嫌がっているのかが少しも伝わっていないことに気づいた。彼にとって重要なのは、ミアを利用するような振る舞いでフィオナを傷つけたことではなく、フィオナが自分へ嫉妬していると確かめられたことなのだろう。
「悪かったよ。お前がどんな顔をするか見たかっただけなんだ。昔から、少しからかうとすぐ怒っただろう?」
「私はもう、あなたに菓子を取られて追いかけていた子供ではありません。あなたも十八歳でしょう」
「分かったって。これからは気をつけるよ」
「その言葉を聞くのは、これで何度目でしょうね」
返事を待たずにフィオナは大広間へ戻った。これまではセドリックが「気をつける」と言えば、今度こそ分かってくれたのだと思うようにしていた。けれど、その夜は同じように考えることができず、胸の中に残ったのは期待よりも疲れに近い感情だった。
秋の初め、王宮で大規模な夜会が催された。王族も出席する格式の高い催しとあって、日が沈む頃には正門の前に馬車の列が続き、宮殿の窓という窓から黄金色の明かりが漏れていた。大広間では巨大なシャンデリアが輝き、金色の装飾が施された柱の間には白い花が惜しみなく飾られている。楽団が最初の演奏に備える中、着飾った貴族たちが挨拶を交わしながら広間を行き来していた。
フィオナは薄紫色のドレスをまとい、真珠の耳飾りをつけていた。今夜の最初の一曲はセドリックと踊ることになっており、それは数日前に彼の方から誘われて決めた約束だった。これまでのことが胸に引っかかっていても、約束をしている以上は守ってくれるだろうと思い、楽団が準備を始める頃になると自然に入口へ視線を向けていた。
人混みの向こうに、見慣れた金色の髪が見えた。セドリックもすぐにフィオナを見つけたらしく、何人かの招待客の間を抜けてこちらへ歩いてくる。フィオナは彼が目の前まで来るのを待ち、ダンスへ誘われたときに応じられるよう、右手をわずかに持ち上げた。
ところが、セドリックはフィオナの前で立ち止まらなかった。そのまま横を通り過ぎ、数歩離れた場所にいたミアの前へ向かうと、驚いている彼女へ右手を差し出した。ミアはすぐには応じず、セドリックの手とフィオナの顔を交互に見比べている。
「セドリック。最初の一曲は、私と踊る約束でしたでしょう?」
「一曲くらい譲ってやれよ。お前とは結婚したら嫌でも何度でも踊れるんだから」
「私との約束より、ミア様と踊ることを優先なさるのですね」
「そんな大げさに考えるなよ。あとで踊れば同じだろう?」
近くにいた者たちが会話へ気づき、こちらへ視線を向けていた。年配の貴婦人は不快そうに眉を寄せ、フィオナと面識のある令嬢は心配そうな顔をしている。ミア自身も居心地が悪そうに手を引こうとしているのに、セドリックだけはフィオナが怒り出す瞬間を待っているような表情を浮かべていた。
その顔を見たとき、フィオナの中に湧いたものは怒りではなかった。約束を破られた悲しさも、人前で恥をかかされた悔しさも確かにあったのに、それ以上に強かったのは、また同じことをしているのだという疲労だった。何度嫌だと言っても、セドリックにとってフィオナを怒らせる行為は、子供の頃から続いている楽しい遊びでしかないらしい。
「分かりました。どうぞ、お二人で踊ってくださいませ」
「フィオナ、あとで俺から誘うから、そんなに拗ねるなよ」
「必要ありません。今夜はもう、あなたと踊るつもりはありませんから」
セドリックの表情から笑みが消えた。フィオナはそれ以上言葉を重ねず、二人へ背を向けて大広間を出た。重い扉が背後で閉じると人々の話し声は遠くなり、白い石造りの回廊には一定の間隔で並んだ燭台の明かりだけが揺れていた。
窓の外には月明かりを浴びた王宮の庭園が広がり、整えられた生垣の向こうで噴水の水が白く輝いていた。背後から楽団の演奏が始まり、扉を隔てても最初の曲の旋律が聞こえてくる。フィオナは窓辺で足を止め、今頃セドリックが誰と踊っているのかを考えそうになって、すぐにその考えを頭から追い出した。
フィオナは、これまで何度も言葉を尽くしてきた。人前で自分を笑いものにしないでほしい。約束を軽く扱わないでほしい。嫉妬させるために他の女性を利用しないでほしい。嫌だと伝えるたびにセドリックは謝り、気をつけると言ったのだから、いつか分かってくれるのだと信じようとしてきた。
これから結婚すれば、同じことが何十年も続くのだろう。フィオナが傷つけば冗談だと言い、怒れば気にしすぎだと笑い、最後には昔からこうだったではないかと片づける。嫌だと説明するところから毎回やり直し、そのたびにセドリックが理解してくれることを期待する人生など、フィオナは望んでいなかった。
回廊の窓硝子には、薄紫色のドレスを着た自分の姿が映っていた。十年近く隣にいた人との未来を手放そうとしているのだから、胸の奥には痛みもある。それでも不思議と迷いはなく、フィオナはしばらく自分の姿を見つめたあと、静かに踵を返して帰路へ向かった。
翌朝、フィオナは自室の書き物机へ向かった。朝の光がレースのカーテン越しに入り込み、白い便箋の上を明るく照らしている。インク壺の蓋を開けてペンを取り、最初の一文字を書くまでには少し時間がかかったものの、書き始めてから手が止まることはなかった。
『昨夜の件だけを理由に決めたことではありません。これまで私は、あなたの振る舞いについて何度も自分の気持ちをお伝えしてきました。それでも理解していただくことができなかった以上、今後夫婦として共に暮らしていくことは難しいと考えています。私はあなたとの婚姻を望みません。婚約を解消させていただきます』




