11.
エドワードとセドリックがガツンと言い争いをしたらしい。
そんな話が社交界で広まり、フィオナの耳にも入ってきた。二人が伯爵家の夜会で顔を合わせ、人目の少ない回廊で長いこと話していたという。会話の内容までは知られていなかったものの、最近の二人に共通する人物としてフィオナの名前が挙がるのは早かった。
フィオナにも原因については心当たりがあった。以前三人で街を歩いていたとき、セドリックはエドワードを明らかに意識していた。自分とエドワードが親しいことについて妙な噂まで広がり、それを否定したばかりでもある。
おそらく自分に関係する話なのだろう。そう思ったものの、エドワードからは何も聞かされていなかった。手紙を出してまで尋ねるのも違う気がして、フィオナは次に顔を合わせたときに聞くことにした。
三人で出かける約束の日、待ち合わせ場所へ向かうと、すでにミアが来ていた。春らしい淡い黄色の外出着に身を包んだ彼女はフィオナを見つけるなり嬉しそうに手を振り、その少しあとにはエドワードも姿を現した。
「お待たせしました」
「いいえ。私たちも来たばかりです」
いつもと変わらない様子で挨拶をするエドワードを、フィオナはじっと見た。もっと気まずそうな顔をしているのかと思っていたが、普段と変わったところはない。視線に気づいたエドワードが、不思議そうに首を傾げた。
「どうかなさいましたか?」
「エドワードさん。セドリックさんと言い争いをなさったというのは本当ですか?」
隣にいたミアが驚いたように振り返った。
「お二人がですか?」
「ミアさんはご存じなかったのですね」
「初めて聞きました」
エドワードは二人の顔を順番に見たあと、少し困ったように眉を下げた。
「言い争ったというほどではありませんよ。少し話をしただけです」
「その少しのお話が、随分と広まっているようですわ」
「社交界は話が伝わるのが早いですね」
苦笑するエドワードの様子からして、二人が話したこと自体は間違いないらしい。フィオナが黙って見つめていると、何を聞きたいのか察したのか、エドワードは小さく頷いた。
「フィオナさんに関係する話だったことも事実です」
「やっぱり……」
予想していたとはいえ、フィオナは肩を落とした。自分の知らないところで友人までセドリックとの問題に巻き込まれていたと思うと、申し訳なさが込み上げてくる。
「すみません。私のことでご迷惑をおかけしてしまって」
「フィオナさんが謝ることではありませんよ。セドリックさんが私に話をしに来て、私が自分で応じたのですから」
エドワードはそれ以上気にした様子もなく、庭園の入口へ目を向けた。今日は三人で出かけるために集まったのだから、立ったまま話すより歩こうということになり、フィオナもミアと並んであとに続いた。
王都の外れにある庭園は春を迎え、多くの花が見頃を迎えていた。入口から続く広い道の左右には淡い色の花々が並び、その向こうには若葉をつけた木々が続いている。家族連れや散策を楽しむ人々の姿も多く、三人は人の流れに合わせてゆっくりと奥へ進んだ。
「それで、セドリックさんは何のお話を?」
「私に、フィオナさんと会うのを控えてほしいそうです」
「……どうしてですの?」
フィオナの足が僅かに遅くなった。自分とエドワードの関係については、夜会ではっきり友人だと話した。それをセドリックも知っているはずなのに、今度は友人として会うことまでやめさせようとしているらしい。
「私がフィオナさんへ何か影響を与えていると思っているようでした。私がいなくなれば、以前の関係へ戻りやすくなるのではないかと」
「そんなわけありませんわ」
考えるより先に言葉が出た。エドワードと知り合ったのは婚約を解消したあとである。彼と出会わなかったとしても、セドリックと結婚するつもりはなかった。
「私も違うと思いましたので、お断りしました」
「当然です。エドワードさんが私と会うかどうかを、セドリックさんが決めることではありませんもの」
フィオナが答えると、エドワードは僅かに口元を緩めた。ミアは隣で難しそうな顔をしながら聞いていたが、しばらくして何かに気づいたようにフィオナを見る。
「では、エドワードさんがいなくなったら、フィオナさんがセドリックさんのところへ戻ると思っていらっしゃるのですか?」
「そういうことらしいです」
「ちなみに、エドワードさんは何とお答えになったのです?」
「いなくなったところで、フィオナさんがセドリックさんのところへ戻るとは思えない、と」
エドワードは少しだけ視線を逸らした。
「という訳で、もう少し話しましたが、大体そのような内容です」
「その『もう少し』が気になりますわね」
「詳しくお話しすると長くなりますよ」
「では、今度聞かせてください」
フィオナがそう返すと、エドワードは困ったように笑った。本人が積極的に話したがらない以上、今ここで詳しく聞き出すつもりはない。セドリックが何を考えているのかより、エドワードがその要求を断ってくれたことが分かれば十分だった。
話しているうちに、三人は庭園の奥へ入っていた。大きな池の周囲には木々が並び、水面には春の陽射しが細かく反射している。その先には小高くなった場所があり、ミアが何かを見つけて足を速めた。
「お二人とも、こちらへ来てください」
呼ばれて向かった先からは、庭園の外まで見渡すことができた。王都の建物が途切れた先には畑が広がり、そのさらに向こうには小さな家々の屋根が並んでいる。細い道が畑の間を抜け、遠くの村まで続いていた。
「素敵です。美術館にあった絵みたいですね」
ミアは柵の近くから身を乗り出すようにして景色を眺めている。以前の展覧会でも華やかな宮殿や人物画より、村や畑が描かれた作品を気に入っていたことを思い出し、フィオナもその隣へ並んだ。
「ミアさんが好きそうな景色ですわね」
「はい。あの村まで行ってみたいです」
「ここから歩いてですか?」
「無理でしょうか」
「今日中に帰れなくなる可能性を考えてから決めた方がいいと思いますよ」
エドワードに止められ、ミアは残念そうに遠くの村を眺めた。それでも諦めたわけではないらしく、今度は最初からあそこへ行く予定を立てればいいと言い始める。
「でしたら、次は1ヶ月後あちらへ行ってみます?三人の予定が合えば、ですけれど」
「良いですね。帰ったらすぐに確認しましょう」
先ほどまでセドリックについて話していたことなど忘れたように、ミアは次の予定を考え始めていた。村へ行ったらどこを歩こうか、昼食を食べられる店はあるだろうかと、まだ訪れたこともない場所について楽しそうに話している。
フィオナも遠くの村を眺めながら、その話に加わった。
今日が終わる前から、もう次に三人で出かける予定を考えている。それが今のフィオナには、とても自然なことに思えた。




