03.終焉の問題児たち
龍也はようやく人の姿に落ち着いたものの、まだどこか落ち着ききれていない様子のまま月のほうを向いた。
札の貼られた額を気にするように一度だけ手をやり、それから改めて月を見る。
さっきまで職員室いっぱいに広がっていた龍の気配は薄れたが、騒ぎが終わったわけではなかった。
九曜も、まさきも、楓も、すぐに帰る空気ではなく、そのまま職員室に居座っている。
補習上がりの教師陣も席についたまま成り行きを眺めていた。
お茶の湯気はもう落ち着いているのに、場の流れだけがまだ忙しない。
「姫君……。暴食の魔王は一体どちらにいるでありますか?」
月はすぐには答えなかった。
白金の瞳がわずかに逸れ、そのまま遠くを見つめる。
職員室の中にいる誰を見るでもなく、少しだけ間が空いた。
「………」
その沈黙のあと、月はようやく口を開いた。
「……明日紹介しますね」
まさきがそれを聞いて口を挟む。
「今日はもう帰ったのか?」
月はまさきのほうを見た。
「生徒ですから……」
楓が間髪入れずに続ける。
「生徒が魔王になるとか前代未聞だにゃ~ん」
月の視線がすぐに楓へ移った。
「うるさいですよ」
楓は悪びれた様子もなく、九曜は横で肩をすくめる。
その場の空気はぴたりとは止まらず、そのまま流れていく。
「……まぁ、明日また来るね」
九曜が軽くそう言うと、龍也はすぐに次のことを気にした。
「あと、セレス一族の隊長はどなたでありますか?」
その問いに、職員室の中からすぐ声が返る。
「わたしだよ」
山吹が気だるそうに答えた。
それを見た九曜の顔に、わかりやすく興味の薄い色が出る。
「………なんだ山吹さんか」
山吹の空気が一瞬で変わった。
「ぶっ殺すぞクソガキ」
まさきはまったく気にしないまま言う。
「別に珍しくもなんともない………」
「おい」
山吹の返しは短かった。
楓はそこで、のんびりと頷く。
「想定の範囲内だったにゃ~ん」
龍也も続ける。
「そういえばセレス一族で教員免許といえばこいつでありますな」
山吹の眉間に皺が寄る。
「あ?文句あんのか問題児ども」
まさきは即座に否定した。
「俺は問題児ではない」
九曜も納得していない顔になる。
「失礼な」
楓はしれっと続けた。
「昔ちょっと聖教会の教皇が演説中にかつらをとっただけにゃ~ん」
龍也が横から口を入れる。
「嘘はよくないでありますな」
山吹が苛立ちを隠さないまま言い返す。
「当時、そいつの護衛任務を請け負ってたんだよ!」
九曜はその言葉を待っていたように、にやりと笑った。
「やだ~……天下のセレス一族がただの凡人にだしぬかれたんですか~」
山吹の手が腰へ伸びる。
職員室の空気がまた一段荒れた。
「ぶっ殺す」
抜刀するより早く、月の声が飛ぶ。
「抜刀やめんか!」
その一言で、山吹の手が止まる。
鋭くなっていた空気が、その場で引っかかったように止まった。
山吹は露骨に不機嫌な顔のまま、舌打ちだけを落とす。
「……チッ」
月は山吹だけではなく、その場にいる四人へも視線を向けた。
視線だけでなく、声もまっすぐ飛ぶ。
「あなたたちもいい加減にしてください」
まさきが先に口を開いた。
「すまない」
その謝罪を受けても、月の顔は特に変わらない。
むしろそこからが本題だった。
「………わたし、ギルドの職員も兼ねているのであなたたちをまた仕事に行かせてもいいんですよ?マスターから許可は得ているので」
その言葉が落ちた瞬間、九曜たち四人の反応が揃って変わる。
さっきまで山吹を煽っていた九曜が一番早かった。
「うっわ最悪じゃん」
まさきも顔をしかめる。
「……仕事したくない」
楓は耳が寝そうな声音になる。
「もう勘弁してほしいにゃ~ん」
龍也も迷いなく続いた。
「いやであります!」
四人の返答が綺麗に揃ったせいで、逆に職員室の中が少しだけ静かになる。
月はそこで一切揺れずに言い切った。
「だったら大人しくしてください」
四人は今度こそおとなしく頷いた。
「は~い」
返事は素直だった。
本当に反省したわけではないのが見て取れても、とりあえず口では従っている。
それだけでもさっきまでよりは十分静かだった。
少し間が空いてから、まさきが言う。
「じゃあ、また明日来る」
月はその四人を見た。
「はいお待ちしています」
九曜、まさき、楓、龍也はそのまま職員室を出ていく。
騒がしさごと外へ連れていくような足取りだった。
扉が閉まると、さっきまでそこにいた四人の気配がひとまず遠ざかる。
月はその背中を見送った。
見送ったあと、職員室へ戻る。
戻ったところで、ようやくひと息つくように樹へ声を漏らした。
「……とんでもない人たちですね」
樹は椅子に腰を預けたまま答える。
「昔からつるんでてな………いたずらばっかりしてるんだよ。真面目な時はとことん真面目なんだけどな………」
月はそのまま聞いていた。
「へえ……」
軽い返事だったが、まったく聞いていない声ではない。
樹は続ける。
「実力もあるからまぁ………な」
月は樹を見る。
「………ふ~ん」
それだけでは終わらず、樹は少しだけ言葉を継いだ。
「ランクで行ったらSランクなんだけどな……」
月の目が少しだけ動く。
「なんだけどな……?」
樹はそこでようやくはっきり言った。
「Aランクにとどまっている」
月が聞き返す。
「なぜ?」
樹は肩をすくめた。
「九曜の父親が九曜の昇格試験を阻んでいる。それに合わせてまさきたちも遠慮してAランクでいる」
月はその話を聞き、短く声を漏らす。
「へぇ……」
驚いているのか、呆れているのか、そこまでは出さない声だった。
樹は机に肘をついたまま続ける。
「仕事はSランクの行かせてるけどな」
月はそこでふと何かを思い出したように口を開く。
「……そういえば……」
だが樹は、その先を言わせる前にあっさり遮った。
「そこはマスターの采配ってことで」




