02.龍神ですが人であります
半分龍化している状態の龍也が、月に抱きついていた。
角が覗き、鱗が浮き、しっぽまで出ている。
人の姿に収まりきれていないまま、龍也は月へぐいぐいと顔を寄せる。
職員室の空気はさっきまでと同じようでいて、明らかに違うものになっていた。
補習帰りのすっきりした空気も、お茶の湯気も、その場では少し脇へ追いやられている。
抱きつかれた月は、押し返すでもなく騒ぐでもなく、ただ龍也を見ていた。
龍也はそんなことなど構わず、月へ向かって勢いよく声を上げる。
「姫君!!姫君!!初めましてであります!!」
月は何も言わない。
目の前の龍也を見たまま、少しだけ視線を動かす。
角、鱗、しっぽ。
人より明らかに龍へ寄っている姿を、白金の瞳がそのまま捉えていた。
龍也は抱きついたまま、さらに胸を張る。
「俺は龍神族の龍也であります」
九曜の目が一瞬だけ細くなった。
(龍神っていった)
まさきも黙ったまま視線を向ける。
(龍神って言ったな)
楓は耳をぴくりと動かしそうな顔で龍也を見る。
(隠しているつもりじゃなかったにゃ~ん?)
月の唇がわずかに動いた。
「龍神……ですか」
その呟きを聞いた瞬間、龍也が我に返る。
抱きついた腕の力がわずかに揺らぎ、目が見開かれた。
言ってはいけないことを言ったと気づいた顔だった。
龍也は慌てて身体を離し、勢いよく首を振る。
「人であります!龍神なんて知らないであります」
月は龍也を見たまま、短く返した。
「………そうですか……」
その場にいた全員が、同じことを思った。
(いや、無理があるだろ)
だが、誰も口には出さなかった。
出してはいけないというより、出しても仕方がないという諦めに近い。
月は変わらず龍也を見ている。
それから、確認するように聞いた。
「万里さんのお父さんですよね?」
龍也はそこでようやく胸を張り直した。
今度は迷いなく答える。
「そうであります!」
月の視線が龍也の頭のあたりへ向く。
そのまま少し下がり、背後へ伸びるしっぽへ向いた。
「………角としっぽが出てますが?」
龍也は一瞬だけ固まり、それでもすぐに言い返す。
「た……たんこぶと角栓であります!」
そう言って、龍也は頭の角を手で引っ込める。
だが、角を引っ込めた瞬間、今度は口元が龍の口に変化した。
口先が伸び、歯の並びまで人のものではなくなる。
それを隠そうとしてしっぽを押さえると、今度は腕や首元に鱗が浮いてくる。
隠したところ以外から龍が出る。
押し込めるたびに別の場所が龍になる。
月はその様子をじっと見ていた。
そして、静かに言う。
「……龍……」
龍也は半ば悲鳴のように返す。
「ひ……人であります!!」
そこから龍也が人に戻ろうと格闘してから約10分が経った。
職員室の中はその間ずっと、妙な静けさと騒がしさが同居していた。
龍也は角を押し込み、しっぽを押さえ、鱗を撫で、龍の口になった顔をどうにか戻そうとしていた。
だが戻そうとするたびに別の場所が変化する。
人に戻るどころか、どこかしら龍が残り続けていた。
九曜たちはその様子を見ながら、あまり口を挟まない。
まさきも楓も、もう慣れている顔をしている。
月は目の前で繰り広げられているその格闘を見ながら、特に急かすこともなく立っていた。
やがて九曜が懐から札を取り出し、ひらひらと振ってみせる。
「……龍也く~ん……ほ~ら。お札」
龍也はぴたりと動きを止め、九曜を見た。
そして差し出された札へ手を伸ばす。
「ありがとうであります」
九曜から受け取った札を額に貼る。
その瞬間、龍也の姿はようやく人の形に落ち着いた。
角も、しっぽも、鱗も引っ込み、顔も人のものへ戻る。
どうにか外見だけは整った。
それを見た月の目が、ほんの少しだけ細くなる。
(いや、だめじゃん……)
龍也はそんな月の内心を知るはずもなく、額の札を押さえながら大きく息を吐いた。
「ふ~……バレなかったであります」
九曜がすぐに聞き返す。
「ん?なんか言った?」
龍也は顔をそらすようにしながら答える。
「何も言ってないであります」
そのやりとりの横で、まさきと楓が念話で会話をしている。
『……いつまでバレてないふりをすればいいのだろうか?』
『万里となずなが気づくまでにゃん』
『……一生無理だな』
月はそこで九曜へ目を向ける。
視線だけで問うような向け方だった。
九曜はその視線を受け、少しだけ肩をすくめる。
「………まぁ、彼まだ子どもだからね。……龍神族の中では」
月はそれを聞き、少し間を置いて口を開いた。
「……万里さんのコントロール下手は父親譲り……ですか」
九曜は苦笑いのようなものを浮かべる。
「………まぁ、そういうこと」
龍也はその会話の流れの中で、ふと思い出したように月を見る。
「……あ、万里と言えば……姫君。万里は暴食の魔王になっていなかったであります」
月は頷いた。
「うん。さすがに龍神族の末裔が暴食の魔王になったら上から怒られちゃう」
龍也は素直に聞き返す。
「天帝でもおこられるでありますか」
月はあっさり答える。
「まぁね」
その会話のすぐ横で、樹がボソっと呟く。
「……天帝の娘が魔王になったのも前代未聞だけどな……」
夜行がその呟きを拾った。
「……本当に記憶が混同しているんだな……」
樹は視線を少し落とし、続ける。
「………アホどもが無理やりな転生を繰り返させた結果だな。……ま、本人は気づいてないけどな」
鬼影は月と龍也、それから樹へ順に目を向ける。
「………龍神族との関係は?」
樹は面倒そうにしながらも答えた。
「龍神族は神の傘下に入る種族であって、天帝であった月……いや、今も天帝か……。えっと月のまぁ……管轄にある種族だな」
夜行がその言葉を繰り返す。
「管轄……」
すると、セレナがふわりとした声で言葉を挟んだ。
「あら、精霊族も天帝様の管轄下ですわよ」
樹はそちらへ顔を向けず、そのまま続ける。
「ざっくりいうと、光の種族は月の管轄。闇の種族はセレス……憤怒の魔王の管轄の種族ってところだな」
夜行は少しだけ目を伏せたまま聞く。
「……妖怪も……か?」
樹は短く答える。
「まあそうなると思うけど、本人たちは別にどっちがどっちの種族を管轄するなんて決めてないぞ」
セレナは穏やかなまま頷いた。
「我々が勝手に管轄下に入っているだけですか」
樹は肩をすくめる。
「言ったもん勝ちってこと」
月はそこで、少しだけうんざりした顔をした。
「えぇ、本当に迷惑してます」
セレナはにっこりと笑い、月を見る。
「精霊族はとても感謝しております」




