【講談】串打ち三年、裂き八年、焼きは一生【五席目】
さあ物語はいよいよ佳境へと突入して参ります。源内屋敷に現れた謎の人影と触手の群れ。これに襲われた平賀源内たちの運命やいかに。
「ユスタ王ォォォッ!」
絶叫と共に部屋へ駆け込んできましたのは、鬼の形相と化したアンリでございました。目の前には山盛りとなった触手の群れ。この中にユスタが埋もれてしまっていると察したアンリは、即座に大剣を振り抜きました。
「ディヤァァァッ!」
アンリの渾身の一撃が、衝撃波を生み出し、触手を吹っ飛ばします。おかげでユスタと源内は窒息寸前のところで解放されました。
そこへベルサとマザランも戻ってきました。マザランは顔が紅潮し、へっぴり腰のような内股になっています。
「お姉ちゃん!」
ベルサが、畳に投げ出されたユスタと源内に駆け寄りました。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「うぅ……けほっ、けほっ」
軽く咳込みながらユスタが起き上がります。
「ええ……平気よ。源内さんも無事みたいね」
「ううむ……いったい何が起きているんだい……」
すると部屋中に散らばった触手たちが、またウネウネと蠢き始めました。その異様な光景に、ベルサは顔をしかめました。
「うわぁ、気持ち悪い。この触手たちは何なのさ」
「いいえ、これは触手じゃないわ。よくご覧なさい」
「え?」
ユスタの言葉に、ベルサはよくよく目を凝らして触手を注視しました。
すると気が付いたのです。その黒い触手には頭部があり、背びれや尾びれがついていることに。
「これって、もしかして……」
それは、特に日本人にとっては馴染み深い食材でございました。
「これ全部……ウナギじゃん!」
そう。
その黒い触手の正体は、ウナギだったのでございます。
あまりに大量な数の群れであったために、一見では気付けなかったのですな。
「何、ウナギだってぇ?」
源内が驚いて目を丸めます。まさかウナギの群れが自分を襲いにやってこようとは、さしもの天才平賀源内とて夢にも思わなかったのでしょう。
「どうしてあたしの屋敷に、こんなウナギの大群が……?」
その直後、ウナギたちは一斉に中庭に向かって這い出しました。中庭の真ん中で、たくさんのウナギたちが絡み合い、一つにまとまっていきます。
何と摩訶不思議なことか、ウナギたちは次々に合体し、やがて一匹の巨大ウナギへと変貌いたしました。
「平賀源内……!」
まるで大蛇のようにとぐろを巻いて、巨大ウナギは金色に光る双眸を源内に向けました。
「お前は……お前だけは……必ず殺す……! 我らが種族のために!」
「ウナギが喋った!」
ベルサが声を上げます。その横から、ユスタが一歩身を乗り出しました。
「あなたは何者なの?」
ユスタの問いに、巨大ウナギは低く重たい唸りを返しました。
「私は遥か未来より、水神としてこの時代に転生したウナギだ」
「未来から転生してきたウナギですって?」
「そうだ。私はそこにいる平賀源内を殺すため、神の依代として生まれ変わったのだ」
ウナギが鎌首をもたげると、長い体は一層巨大に見えます。
その巨躯を見上げながら、ベルサが口を尖らせました。
「どうして源内さんを狙うのさ」
「平賀源内……お前のせいで、我ら同胞は多くの命を奪われたのだ」
ユスタたちを高みから見下ろしながら、ウナギは続けました。
「未来において、我らウナギの一族は乱獲され、絶滅の危機にさえ瀕することになるのだ。かくいう私も、あるウナギ屋にて捌かれた身だ。首筋に鋲を打たれ、ぬらぬらと光る刃で体を切り裂かれ、私は殺されたのだ。私や、私の同胞たちが、このような目に遭わされたのは、その元凶を作ったお前のせいだ、平賀源内。お前が……お前が……!」
ウナギは巨体をブルブルと震わせ、叫びました。
「お前が土用の丑の日にウナギを食べようなどと言い出したせいだァァァッ!」
それを聞いて、ユスタたちはぽかんと目を丸めました。
「お前のせいで人間社会には、土用の丑の日にウナギを食べるという忌むべき風習が根付いてしまった。おかげでどんどんウナギの数は減り、あろうことか絶滅危惧種のレッドリストにまで掲載される始末だ。だから私はこの時代に転生した。お前を殺して、同胞たちの命を救うためにな!」
「ま、待ってくれ。土用の丑の日にウナギを食べる? あたしゃ、そんなことを言った覚えはないよ」
「嘘をつくな! お前が丑の日に【う】のつくものを食べれば夏バテしないという風習を利用し、【本日、丑の日】というキャッチコピーを考え、ウナギ屋の売上に貢献したという話は有名なものだ。今更しらばっくれたところでもう遅い!」
「待ちなさい!」
そこへユスタがずずいと前に出てきました。
「源内さんは嘘を言っているわけではないわ」
「何ィ?」
「たしかに、土用の丑の日にウナギを食べるのは平賀源内が発案した風習である、というエピソードは有名よ。だけどそれ、実は何の根拠もない通説なのよ」
「な、何だとォォォッ!」
雷にでも打たれたかのように、巨大ウナギは身を仰け反らせました。
「夏にウナギを食べるのは、万葉集にも記されているほど古い風習よ。だけど源内さんは何も関係ないわ。また青山白峰という人が書いた【明和誌】という著書に、土用の丑の日にウナギを食べるのは安永・天明の頃より始まったと記されているけれど、これにも源内さんの名前は出てないの」
ユスタの言葉に、源内も大きく頷きました。
「うむ、まったく身に覚えのないことだよ。あたしは間違いなくそんなこたぁ言っていない」
「何だと……! ならば……ならば……何故我々ウナギ一族は絶滅寸前になるまで乱獲されねばならんのだ!」
「んー……」
ユスタはしばらく考え込み、やがて口を開きました。
「おいしいからじゃない?」
「そんな身も蓋もない!」
憤慨した巨大ウナギは、尾びれをビタンビタンと地面に叩きつけました。
「ええい、ならば我らが仇敵は人間たちそのすべてだ! かくなる上は人間どもを皆殺しにして、逆に絶滅させてくれる! 手始めにまずはお前たちを血祭りにあげてくれるわァァァッ!」
そう叫ぶや巨大ウナギは全身をうねらせて、振り下ろされる鞭のごとくユスタたちに襲い掛かってきました。
しかし。
「オラァッ!」
瞬時にアンリが飛び出して、ウナギの脳天に強烈な鉄拳を叩き込みました。
「グアアアアアアッ!」
絶叫しながら吹っ飛んだウナギは、中庭でビクンビクンと跳ね回ります。
「ユスタ王とベルサ王に危害を加える奴はこのアンリが許しません」
その宣言するアンリの後ろで、ベルサがマザランに顔を向けました。
「ねぇ、マザラン。ウナギってどうやって食べるのがおいしいのかな」
「ん? そりゃあやっぱり蒲焼でしょう。ウナギを開いて、醤油やみりん、砂糖や酒などを混ぜ合わせたタレを塗って照り焼きにするのです。いいウナギはふんわりとした食感と濃厚な旨味を併せ持ち、それはもう極上の味わいですよ」
「わー、すっごくおいしそう! 私、ずっとお腹すいてたんだよね」
そんな二人の会話を聞いたユスタも、自分のお腹に手を当てました。
「そういえばしばらく何も食べていなかったわね」
「ねぇ、お姉ちゃん。あの大きなウナギなら、蒲焼百人前くらいできるんじゃないかな」
「そうね……。蒲焼、白焼き、せいろ蒸し。う巻きやひつまぶしなんてのもあったわね」
「ぐぐぐっ……!」
巨大ウナギが呻きながら頭を起こしました。
「おのれ人間風情めが……! 私はウナギの水神であるぞ……! 神に対してこのような真似が許されるとでも……!」
「あぁもうお腹ぺこぺこだよ!」
「そうね。アンリ、あのウナギ捌いちゃって」
「はい、かしこまりました」
「え」
その言葉に、ウナギは目を点にしました。
「こ、この不届き者らめがっ……! この私を捌くなどとっ……!」
「ではお江戸らしく、ここは背開きでいかせていただきますね」
アンリが大剣を抜いて中庭に降りてきました。
「き、聞いているのか……! この私を何と心得るか……!」
「肝吸いも味わいたいから、内臓は傷つけないようにね」
「はい、心得ましたユスタ王」
大剣を構えたアンリがじりじりとウナギに近づきます。
「お、おい、やめろ。私はただ同胞を救おうとしただけだ……!」
「ああ、見るからに脂の乗ったいいウナギですね」
アンリが大剣を振り上げます。
「ま、待て、わかった。もう平賀源内に手は出さん。大人しく帰るから……!」
「怖がらなくていいですよ。一瞬で締めてあげますからね」
ウナギの眼前で、大剣の刃がギラリと光ります。
「や、やめろ! いやマジでやめて! 私、クソ不味いから! ウンコみたいな味するから!」
「ディヤァァァァァァァッ!」
アンリの大剣が電光のようにウナギ目掛けて振り下ろされます。
「ぎゃああああああああああああああああああ!」
ああ無情、せっかく転生したのも束の間。
哀れ巨大ウナギの断末魔が、お江戸の空に響きました。




