【講談】さらば、花のお江戸と平賀源内【六席目】
ウナギってぇのは、昔は庶民の食い物でございましてね。
いや今でも庶民の皆々様方、食べてらっしゃるとは思うんですが。それにしたって現在は随分と値が上がっちゃって、なかなか気軽に食えるような品じゃなくなっちまったのが現実であるかと存じます。割烹料理店なんかで鰻重の特上でも頼んじゃった日には、もう財布の中身が空っケツになっちまいますから。
そこいきますと、江戸時代の頃のウナギはまさしく一般庶民の間で気軽に食べられた、ある種のファストフードのような庶民食でございました。
ウナギ屋の主人が、捌いたウナギを炭火で焼きながら、うちわで忙しくバタバタ煽ぎましてねぇ。店先から香るいい匂いにつられて、江戸っ子たちがぞろぞろとやってくるんですな。
さて、こちら小伝馬町のそばにある一軒のウナギ屋からも、タレを塗ったウナギが焼ける何ともいい匂いが漂って参りました。
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい! 今日は脂の乗ったいいウナギがたーんと入ったよ!」
景気のいい声で客を呼び込みながら、ウナギ屋の主人が炭火でウナギを焼いております。
「いやぁ先生、本当にありがとよ。こんなにたくさんのウナギの切身を分けてもらっちゃって」
主人が笑顔で振り向きますと、ウナギ屋の店内に、長キセルを咥えた平賀源内の姿がありました。
「なぁに、いいってことよ。どの道あたしらだけじゃ、こんなにたくさんのウナギを食べきれやしないからさ。それにお礼なら、この子たちに言っとくれよ」
源内が視線を隣の席に向けますと、そこに出来立ての鰻丼を食べる、ユスタたちの姿がありました。
「お姉ちゃん、このウナギ本当においしいね!」
ベルサが笑顔で口いっぱいにウナギを頬張っております。
「ええ、こんなにもおいしいウナギを食べたのは初めてだわ」
「たしかに、これほど美味な鰻丼、アホのお二人に食べさせるのはもったいないくらいです」
「あぁ、口の中でウナギがとろけまひゅぅ」
ユスタとマザラン、そしてアンリも、揃ってウナギの味わいに舌鼓を打っておりました。ちなみに一同、洗濯物が乾いたので、普段の衣装に戻っております。
その光景を見ながら、平賀源内はにっこりと笑いました。
「このウナギが手に入ったのは、お前さん方のおかげだ。好きなだけ食べておくれ」
「うん! おじさん、鰻丼おかわり!」
「まあ、ベルサったら、あんまり食べ過ぎないようにね」
「ええ、健康には腹八分目が一番ですよ」
「あら、枢機卿殿、ほっぺにご飯粒ついてますよ。ところでお前、今お二人のことをアホっつったか?」
そんな会話を交わしていたとき。
突然、ウナギ屋の店先が騒がしくなりました。団体客でもやってきたのかと思ったが、どうも違う。
何事かとユスタたちが背伸びして様子を窺いますと、店内に数名の男たちがドカドカと入って参りました。
着物黒巻羽織を身に着け、髷を結った男たちです。帯には刀を大小二本差しておりました。
「おや、定廻りの旦那さん方じゃないか」
源内が男たちを見据えて腕を組みます。
定廻りってぇのは、定町廻り同心のことでございますな。奉行所の配下として江戸の治安を守る警察みたいな役職でございます。
「昼間っから、そんなに血相変えてどうしたんだい」
軽い口調で言う源内でしたが、内心は緊張しておりました。同心たちの表情から、ただならぬ気配を感じ取っていたのです。
「平賀先生、そこにいる四名は、あなたのお知り合いか?」
先頭に立つ同心が、ユスタたちを睨みながら言いました。
「ああ、知り合いも知り合い。あたしの命を助けてくれた大恩人だよ」
「ベルサちゃんです」
「ユスタちゃんよ」
名乗る二人をきつく睨みながら、同心は顔をしかめました。
「珍妙な名前だな。まさかその方たち、異国からやってきたキリシタンではあるまいな」
キリシタン? とベルサが首を傾げます。
「キリシタンというのは、つまりキリスト教徒のことよ。」
ユスタがそっと耳打ちしました。
「そしてこの時代、キリスト教は国禁とされているわ」
ごほん、と同心が咳払いしました。
「今朝方、老中田沼意次様のお屋敷に、狼藉者たちが現れたのだ」
「へえ、そんなことが? 田沼様のお屋敷にねぇ」
源内がとぼけた顔で言います。
「それで、それがあたしたちに何の関係があるってんだい?」
「下手人は屋敷の蔵を破壊して逃亡したのだが、そやつらによく似た連中を見かけたと、目撃情報が入ってな。そこにいる四名が、まさしくその者どもに酷似しておるのだ」
「ほう、なるほどねぇ」
源内はユスタたちを庇うように同心の前に立ちました。
「まっこと、お勤めご苦労なことだね。ところでさっきも言ったが、こちらの方々はあたしの恩人なんだ。この平賀源内の恩人を、まさかお前さん方、自身番にしょっぴこうってんじゃないだろうね」
「事と次第によっては、それもありえるな、平賀先生」
そう言って同心は懐から十手を取り出し、その先端をユスタたちに突き付けました。
するとそれを見たベルサの目がキラリと輝きました。
「わー、かっこいい! それ十手っていうんでしょ? 銭形のとっつぁんが持ってるの見たよ!」
言いつつベルサが同心に近づいて、十手を指先でツンツン突きました。
途端に同心の顔が憤怒の色に染まります。
「何をするか! 気安く触るなッ!」
叫ぶなり、同心はベルサを十手で払いのけました。
「きゃあっ!」
何と恐ろしいことでしょう。十手が当たりはしなかったものの、驚いたベルサは小さく叫んで後ろに倒れてしまったのです。
さてこの場合、何が恐ろしいかと申しますと。
その行為が、アンリの目の前で発生したという点でございます。
「お」
トン、とアンリが丼を机に置きました。
その次の瞬間。
「おんどりゃアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
火山の噴火音にも匹敵するほどの大絶叫が轟いた直後、ウナギ屋の入り口から男たちが大砲の弾のように吹っ飛び出ました。
「ぎゃあああっ!」
店先の通りから、同心たちの悲鳴が上がります。
何事かと江戸の町人たちが集まってきたところに、アンリが店内から出てきました。
「アガッ、アガガガガッ、ユル、ユルサ、ユルサ、ユルサネェェェ……!」
限界を超えた怒りによって、アンリの風貌は鬼人と化しておりました。真っ赤に変色した顔面からはシュウシュウと煙が上がり、トランス状態に陥ったかのように白目を剥ききっています。
「よくもベルサ王にィィィッ! オドレら細胞一つ残さず確実にこの世から消滅させてくれるわァァァァッ!」
アンリが大剣を抜いて大上段に振りかぶります。倒れた同心たちは、迫りくるアンリの形相を見て、真っ青になって震えあがりました。
「ヒィッ! お、おのれ、やはりキリシタンバテレンの妖術使いかっ!」
あわや一触即発大惨事かというその瞬間。
ウナギ屋の中からユスタたちが飛び出してきました。
「待ちなさい、アンリ!」
慌ててユスタがアンリに叫びます。
「さすがに廻り同心に手を出すのはマズイわ! 源内さんの手前でもあるし、ここは抑えなさい!」
「アンリ、私なら大丈夫だよ」
「ガルルルルルッ……! フーッ……! フーッ……!」
ユスタとベルサの声を聞いて、アンリは少しばかり落ち着きを取り戻した様子です。
「ぐぐっ……! おのれ面妖な奴らめ……! やはり野放しにはできん連中のようだな。この場でひっ捕らえてくれるゆえ、神妙にお縄を頂戴しろ!」
立ち上がった同心が刀の柄に手をかけた、そのときでございました。
不意に、その場に影が差しました。
驚いた一同が頭上を見上げますと、お江戸の空に飛行物体が浮かんでいるではありませんか。
茶色く、とぐろを巻いた形のその物体は、まさしくユスタたちが乗ってきたタイムマシンそのものでございます。
数秒の後、タイムマシンはみるみる降下してきて、ユスタたちの前に音もなく降りたちました。
「ななな、何だこれはっ」
着陸したタイムマシンを見て、同心を始め、江戸の人々は目を白黒させております。
直後、タイムマシンから一人の人影が飛び出してきました。
「探したわよ、あなたたち!」
それは、田沼屋敷でタイムマシンごと吹き飛ばされて行方不明になっていた、キトラでございました。
「ようやく見つけたわ。ほら、騒ぎになる前にさっさと未来へ帰るわよ」
「もうすでに結構な大騒ぎになってるけどね」
ユスタが肩をすくめて言います。
「ともあれ、ここいらが潮時みたいね。皆、急いでタイムマシンに乗り込むのよ」
ユスタに促され、ベルサとアンリ、それにマザランはタイムマシンに向かって走り出しました。
それを見た源内が、慌てて声を掛けます。
「ちょいとお前さん方!」
タイムマシンに乗り込む直前、ユスタたちは源内のほうに振り向きました。
「色々とありがとね、源内さん。ここでお別れよ」
言われた源内は、しばし呆然と目を丸めておりましたが、やがて顔を引き締めて深く頷きました。
「うむ、こちらこそありがとう。お達者でな」
「じゃーね、源内さん! また一緒にウナギ食べようね!」
平賀源内の姿を目に焼き付けて、ユスタたちはタイムマシンに乗り込みました。
その数秒後、タイムマシンは江戸の空へと舞い上がっていきます。
やがて雲まで届くほどの高さまで上昇した後、一瞬キラリと光ってタイムマシンは消失いたしました。
かくして平賀源内を巡る物語はここで一区切りとなったわけでございますが。
この先の人生において、源内には途轍もない壮絶な運命が待ち受けているのでございます。
いったい源内の身に何が起きるのか、その大変に面白く数奇な人生を皆様に申し上げたいところでございますが。
何と何と。
お時間が一杯のようでございます。
この後の平賀源内の人生を知りたい方は、是非とも動画版【世界の奇人・変人・偉人紹介】をご覧になっていただきたいということで。
日本が誇る非常の天才マルチクリエイター、平賀源内の一席でございました。




