【講談】マザラン堕ちる、被虐の触手責め【四席目】
えー……風呂ってのはいいもんでございますな。
何でも江戸時代の湯屋ってのは元々混浴だったそうで、男女入り乱れて大人数で風呂に入り、そりゃあ大変な繁盛ぶりだったそうでございます。やはり風呂に入ってさっぱりするのが、同じくさっぱりとした気質の江戸っ子たちに好まれたのでございましょうか。
さて、一っ風呂浴びてさっぱりしたユスタたち。
一同が脱衣所に出ますと、そこに風呂敷包みを手にした女性が立っておりました。女性はユスタたちを目にすると、恭しくお辞儀をしました。
「お湯加減はいかがでございましたか」
声を掛けられたユスタは目を丸めました。
「ええ、大変に結構だったわ。ところであなたはどちら様?」
「私、源内先生のお屋敷で女中をやっておりますシノと申します。先生から、皆様方のお召し物を用意するよう言付かり、こちらにお持ちいたしました」
シノは持っていた風呂敷包みを、ユスタたちに差し出しました。
「皆様の衣類はずぶ濡れになっておりましたので、当方で洗濯させていただいております。乾くまで、こちらをお召しになってくださいませ」
言われたユスタたちが、受け取った風呂敷包みを広げてみますと。
「わぁー」
中身を見た一同は、揃って目と口を大きく開いたのでございました。
着替えを済ませたユスタたちが湯屋から出ます。
湯屋の外では、平賀源内が待っておりました。
「おぉ、御一統さん。なかなか似合ってるじゃないか」
源内は、出てきたユスタたちの姿を眺めて、満足そうな笑みを浮かべました。
それぞれ江戸時代らしい新衣装でございます。
ユスタとベルサは、華やかな振袖着物姿。さながらどこかの御城の姫君のようです。色合いも紫とオレンジ色で、二人のイメージカラーそのままでした。
アンリは桃色の着流しの浪人剣士姿です。腰に差しているのが刀でなく大剣なので若干アンバランスですが。
そしてマザランは、肩から胸元までが大きく開いた真っ赤な花魁衣装でございます。はだけた裾からちらりと見える生脚が何ともセクシーでございました。
「私の衣装、やけに露出度高くないですか」
不満げに言うマザランでしたが、片手を腰に当てて気取ったポーズを決めているあたり、まんざらでもない様子です。
その様を見て源内がくすりと笑いました。
「あたしゃ市村座でやってる狂言の台本なんかも書いててね。そいつァ、そこの座長さんから貰った衣装なんだよ」
市村座ってのは、かつて江戸三座の一つに数えられた芝居小屋のことでございます。平賀源内はここの看板役者である瀬川菊之丞と懇意の仲であったそうな。
「さあせっかくお色直しが済んだんだ。こんなところで立ち話ってのも無粋じゃないか。とりあえずはあたしの家にいらしておくれよ。話はそれからしようじゃないか」
そう言って源内は、袂から取り出した長キセルを一服ふかしたのでした。
こうして源内屋敷へと招かれた一同は、中庭に面した八畳間へと通されました。ユスタたちは座布団に腰を下ろし、源内と向かい合って座ります。
改めまして、と切り出して、源内は畳に拳をついて頭を下げました。
「先刻は危ないところを助けてくださって、本当にありがとう」
「いえいえ、ご無事で何よりです」
アンリがにっこりと微笑みかけました。
「ただ、例の不埒者ですが、このアンリめも斬ったことのない感触をしていました。人間ならば何人も斬り捨ててきたのですが、あれはまるで人外の物の怪のような手応えでした」
「物の怪ね……」
源内は顔を上げ、しきりに自分の首を撫でていました。
「あたしゃ妖怪だの幽霊だのといった存在は信じちゃいないけどもね、たしかにありゃとても人間だとは思えなかった。今でもあのぬめった触手に巻き付かれたときの感触が、首から消えないよ」
「源内さんが襲われた理由は? 恨まれる心当たりはないの?」
ユスタから問われた源内は、やや不機嫌そうに顔をしかめます。
「さてねぇ……? 少なくともあたしゃ、妖怪変化様から恨みを買うようなこたぁしていないつもりだよ」
言いつつ源内は、また長キセルを咥えました。
「ところで……まだお前さん方の素性を聞かせてもらっていなかったね。いったいどこからこのお江戸にやってきたんだね」
「えーと……まぁその、ちょっと遠い国からよ」
「ほう、それでお前さん方の目的は?」
「んーと……まぁその、ちょっと探し物をね」
「ふむ、探し物ねぇ……」
源内は目を閉じて、深くタバコを吸い込みました。
「ひょっとして……田沼様のお屋敷の蔵をぶっ潰したってぇのは、お前さん方かい」
この言葉に、ユスタたちは身をこわばらせました。
源内の眼光が鋭さを帯びます。
「八っつぁんから聞いた話じゃ、屋敷の蔵に落ちてきた物体から、女子供が飛び出してきたというじゃないか。しかもその内の一人は大剣を持っていたと。そんな矢先に、特徴が一致したお前さん方が現れた。こりゃ単なる偶然とは思えないんだがね」
「いや、それはその」
「それに遠い国からやってきたと言ったが、この国じゃねぇ、来日した外国人は長崎の出島から出られないよう厳しく隔離されるんだ。異国の人間が、このお江戸にいること自体、ありえないことなんだよ」
「むむ……」
口ごもるユスタの袖を、ベルサがついついと引っ張りました。
「ねぇ、お姉ちゃん。どうせなら正直に事情を話してみようよ」
「いや話したところで信じてもらえるかどうか……」
「この平賀源内さんって、すごーく頭のいい人なんでしょ? だったら私たちの話も、本当か嘘かわかってくれるんじゃないかな」
「…………そうね」
ベルサの提案に、ユスタは小さく頷きました。
「実はね、源内さん。私たちは……」
ユスタがそう切り出した、そのときでした。
「きゃあああああああああっ!」
突然、絹を裂くような叫び声が響いたのです。
咄嗟に源内は立ち上がりました。
「今のは……シノの声ッ!」
声は、部屋のすぐ外から聞こえました。源内は大股で歩き、部屋の襖をバンッと開けました。それに続いてユスタたちも襖の外を確認します。
すると部屋の外に、へたり込んで座っているシノの姿がありました。そのすぐそばにお盆と湯飲みが転がっています。どうやら彼女は部屋までお茶を運んできてくれたようですが、何故かひどく怯えている様子でした。
「シノ、どうしたんだい」
「あ、あ、あ、あれ……」
シノは身を震わせながら、廊下の先を指差しました。
一同、揃って廊下の先に視線を向けます。
そこに。
ずるり、ずるり、ずるり、ずるり、ずるり、ずるり、ずるり、ずるり。
と、ぬめった音を立てながらこちらに向かってくる不気味な人影がいるではありませんか。
あれこそは先刻、竹林にて、平賀源内を襲った人影そのものでございました。
「あいつはさっきの……! まさかあたしの家まで追いかけてきたのかい」
驚愕している源内に、人影はじりじりと近づいてきます。
そして。
「見つけたぞ……平賀源内……!」
人影がくぐもった声を発しました。
「今度こそ……お前を殺してやる……!」
それは実に重々しい恨みのこもった声でございました。あまりの威圧感に、源内は青ざめて後ずさりました。
「アンリ!」
「お任せください」
ユスタの声に応じ、アンリが大剣を抜き放ち、人影の前に悠然と立ちはだかります。すると人影はその場でぴたりと止まり、ゆっくりと腕を上げて袖口をこちらに向けました。
その次の瞬間。
「カァァァァァッ!」
人影が一声叫ぶや、袖口からまるで吹き出すように、大量の黒い触手が伸びてきました。
「ディヤァァァッ!」
瞬時に反応したアンリが目にも止まらぬ速さで剣を振るいます。空を切る音さえ置き去りにする神速の剣さばき。無数の触手をすべて斬り捨てるまで、わずか二呼吸しか要しませんでした。
「わー、さすがはアンリだね」
ベルサが目を輝かせます。
ところが。
その直後、斬り捨てられた触手たちが蠢き始めました。そして蛇の群れのごとく一斉に廊下をザザザザザッと通り抜けます。
「何ですって!」
思いもよらぬ事態に、ユスタが叫びました。
触手たちは素早くアンリの足元を通り抜け、黒い塊となって源内に襲い掛かりました。
「危ない、源内さん!」
咄嗟にユスタが、マザランのお尻に体当たりしました。
「えっ?」
突き飛ばされたマザランが源内の前で盾となり、身代わりとなって触手に襲われます。
「うわわわぁぁぁっ!」
触手はウネウネと蠢きながらマザランの体にまとわりつきました。そして花魁衣装の隙間から、内部へと入り込んできます。
「えっ、ちょっ、待っ……!」
上半身から下半身まで触手に包まれ、ニュルニュルとした感覚に支配されたマザランは。
「くっ、この私が……触手なんかに……屈するとでも……!」
二秒後。
「あああああああああああぁあぁっ!」
ビクンビクン!
と、即オチ二秒でマザランがクリムゾられている隙に、ユスタは源内の手を引いて、部屋の中へと逃げ込みました。
「源内さん、早く!」
しかしその直後、部屋の畳や天井が吹き飛んで、四方八方から黒い触手が現れたではありませんか。
「な、何だこりゃあ……!」
源内が驚きと絶望が入り混じった声を漏らします。
それと同時に、ユスタはあることに気が付きました。
「え……? この触手って、まさか……!」
そう、ユスタはそのとき初めて気付いたのです。その触手の正体、それが何であるかを。
しかしそれを口にする前に。
ユスタと源内は、のたうつ波濤のごとき触手の群れに、全身丸ごと飲み込まれてしまったのでした。




