【講談】平賀源内【一席目】
私は。
殺されたやうだ。
固い木の板に押し付けられ。
首筋に鋲を打たれ。
ぬらぬらと光る刃で体を切り裂かれ。
私は死んだやうだ。
何故私は死なねばならぬ。
何故私は殺されねばならぬ。
私や私の同胞たちは何のために命を奪われたのだ。
我らはもはや種が途絶えんほどに追い詰められてゐる。
私は怒ってゐる。
神よ。
願わくば我が身を今ひとたび現世に蘇らせ給へ。
我ら同胞が鏖にされる元凶を作りし者のもとへ転生させ給へ。
さすれば我が身水神となりて元凶なる者を餌食とし。
同胞たちの恨み憎しみ悲憤慷慨を晴らしてくれようぞ。
えー……、一席申し上げたいと思いますけれどもね。
まず何より、この度は作品ページを開いてくださいまして、誠にありがとうございます。
なろう小説なんてぇのは、大概異世界ファンタジー物が主流でございまして、ほとんどの方がファンタジージャンルを求めて、このサイトにやってこられるんじゃないかと思っております。
小説家になろうのランキングなんか見ておりますと、ほとんどがハイファンタジーか異世界恋愛で占められていまして、何と言いますかこう、やっぱり夢があるお話ってのは人を惹きつける魅力を纏っているのかもしれません。
そこを鑑みますと、この作品はジャンルが歴史物でございまして、ともすれば数多の検索結果一覧に埋もれちまって、読者の皆様のお目に映ることさえできないんじゃないかと一抹の不安を抱かないこともないわけなんでございますが。
それでも今こうして、読者様がこの作品を見つけてくださって、読んでいただけてるってぇのは大変にありがたいお話でございましてね。
この作品ページを開いてくださったのも大きなご縁かと存じますので、是非この機会にブックマークしていただいて、評価ポイントもいただければ、私共お互いの人生に大きな実りがあるんじゃないかと期待いたしている次第でございます。
……まぁ、それは冗談なんですが。
えー、歴史物と聞けば、やはり日本人の方ならいわゆる時代劇みたいな作品をイメージなされるんじゃないかと思うんですなぁ。で、時代劇と聞けば、やはり江戸時代あたりを連想されるんじゃないでしょうか。
実際、今回のお話も、江戸時代が舞台でございます。
花のお江戸のとある屋敷町。八兵衛という男が、懇意にしてもらっている先生の御屋敷に駆け込むところからお話が始まるわけなんでございますが……。
「先生ーっ! 風来先生ーっ! てぇへんだ、てぇへんだーっ!」
「何だい、朝っぱらからうるさいね……」
軒先から響く大声に顔をしかめ、玄関口からのっそりと出てきたのが、この御屋敷の主の先生でございます。
「おや、八っつぁんじゃないか。どうしたんだい」
「てっ、てっ、てっ、てぇへんなんだ! てぇへんなんだよ先生!」
「てぇへんてぇへんじゃわからないよ。まぁ、随分と汗をかいているじゃないか。とりあえず上がってお茶でも飲んで、息を整えなさいな」
「お茶なんか飲んでる暇はありやせんよ。とにかくてぇへんなんですから!」
「だからね、お前さんがてぇへんてぇへんと騒いでも、あたしにゃ何のことだかわからないよ。ちゃんと順序立てて説明しとくれよ」
「落ち、落ち、落ちたんですよ先生」
「ああん? 落ちたってのは?」
「ドーンって落ちたんですよ。いやドッゴーンって落ちたか。いやいやドンガラゴガゴーンって落ちたかもしれやせん」
「あのね、あたしゃ何が落ちたのかと聞いているんだよ」
「へい、それがよくわからないんで」
「は?」
「落ちたは落ちたが、何が落ちたのかがわからないと」
「それじゃ話にもならないよ。お前さんがわからないもの、どうしてあたしがわかるっていうんだい」
「はぁ、その通りで。じゃあ先生が仰るように、最初から順序立てて説明しやす」
「うむ、そうしてくれるかい」
「まず今朝方、田沼様のお屋敷の蔵が木っ端微塵に砕けちまったんですが」
ここで先生、待て待て待てと八兵衛の言葉を遮ります。
「お待ちよ八っつぁん」
「へい、待てと言われりゃ待ちやすが」
「お前さん、最初から順序立てて説明すると言ったじゃあないか」
「へい、たしかに言いやした」
「それで開口一番に、何だって? 田沼様ってのは、あの老中の田沼意次様のことなのかい?」
「へい、まさしくその田沼様のお屋敷の蔵が跡形もなく吹っ飛んじまったんで」
「そりゃ一大事だ、えらいことじゃないか。そして話が全然順序立てられてないよ。最初からクライマックスじゃないか」
「いやいや、まだほんの話の触りですぜ。肝心なのは、どうしてお蔵が吹き飛んだかってぇ理由でして」
「これでほんの触りなのかい。あたしの心臓が持つかねぇ」
「最初は雷でも落ちたのかと思われたらしいんですがね、どうも違うと。家中の方々が外へ出てみると、何やらでかい物が蔵を圧し潰していたんだそうで」
「そのでかい物ってぇのは何なんだい?」
「へい、さっきあっしがわからねぇと言ったのはそこんところで。何というかこう、茶色くてとぐろを巻いたような形をした塊だったらしいんでさァ」
「……何ィ? 茶色くて、とぐろを巻いた塊?」
「形としちゃそんな感じらしいんですがね。まあとにかく見たこともねぇようなでっけぇ代物で、噂によるとその……」
「ふむ?」
「雷様の野グソが落ちてきたんじゃねぇかって」
「朝から汚い話をするんじゃないよ」
すいやせん、と八兵衛は素直に頭を下げました。
「ただねぇ先生、本当にそういう見た目だったらしいんでさァ。そのでっけぇ塊に潰されて、蔵ァまるまるブッ壊れちまったそうで」
「ううむ、にわかにゃ信じがたいけれど、本当ならたしかに大変な大事件じゃないか」
「それで、ここからが本題なんですがね」
「まだ本題に入ってなかったのかい。ここまでの話だけで腹いっぱいだよ」
「家中の方がその塊の正体を探ろうと近づいたら、塊の中から女子供がストトトトンと飛び出してきたってんだから、驚き桃の木山椒の木だ」
「何? 女子供だって?」
「へい、桃から生まれた桃太郎の話は知ってやすが、糞から生まれた糞太郎ってのは、聞いたこともありやせんぜ。しかも女だから太郎ですらねぇや」
「しょうもないことを言うんじゃないよ。ただでさえ情報量が多すぎて、あたしの頭が破裂しちまいそうなんだから」
「それで家中の方々が、何だ妖しい奴らめと、その女子供をひっ捕らえようとしたんですがね。賊の一人が、腰に携えてた剣を抜いてブンブンブンブン振り回し始めた。その剣さばきが速ぇの何のって。あんまり速く剣を振り回すもんだから、竜巻が起きて、屋敷の庭半分を根こそぎ吹き飛ばしちまった」
「はぁ?」
「その竜巻が治まったときには、蔵は跡形もなくなっちまってて、空から降ってきた妙な塊も、女子供たちの姿も、忽然と消えちまっていたという奇妙奇天烈な話なんでさァ」
「奇妙奇天烈にも程があるだろう。人間が剣を振り回したくらいで、竜巻が起きるわけがないじゃないか」
「わけがあろうとなかろうと、実際に田沼屋敷の蔵は綺麗さっぱりなくなっちまったんですぜ。もう屋敷の周辺は上へ下への大騒ぎだ。何しろ天下の老中、田沼意次様のお屋敷での事件ですからね。江戸の廻り同心たちが管轄も関係なしに一斉に駆けつけてきて、火盗改メまでご出動なされたそうで」
火盗改メってぇのは、火付盗賊改メ方の略称でございまして、江戸時代において重罪であった放火犯や押し込み強盗などを取り締まった役職でございました。
「先生も田沼様とは昵懇の間柄でございやしょう。こりゃ早いとこお耳に入れなきゃならねぇと、押っ取り刀ですっ飛んできた次第でして」
「侍でもないお前さんが押っ取り刀とはどういうわけだい」
「そりゃ物の喩えって奴でさァ」
「ふむ……まぁたしかにあたしも田沼様には懇意にしていただいているし、それほどの大騒動が本当に起きたのか、真偽の程を確かめたいしねぇ」
「先生ならそう仰ると思ってやしたぜ。それじゃ善は急げだ、行きやしょう急ぎやしょうそうしやしょう」
とまあ、こういう具合に、八兵衛と先生は連れ立って田沼屋敷へと向かったのでございました。
二人が田沼屋敷へと向かう途中、竹林の中を歩いておりますと、空が黒々と曇ってまいりました。
「こりゃあ傘でも持ってくるべきだったかねぇ」
先生がそうつぶやいたのと同時に、ポツリと雨粒が頭に当たりました。
やはりかと思う間もなく、ポツポツポツと雨粒は増え、あっという間に本降りになった。
「っかー、これじゃ濡れ鼠になっちまう。先生、急ぎやしょう」
そう言って八兵衛は両手で頭をかばいながら駆け出しました。
「これ八っつぁん、この先は蝮池だ。あんまり走ると危ないよ」
この竹林には蝮池という溜池がありまして、八兵衛がそこへ落ちでもしないかと心配した先生が声を掛けます。
ところが。
駆け出した八兵衛は、ほんの数間も走ったところで足を止めて立ち尽くしておりました。
「ん? どうしたんだい、八っつぁん」
追いついた先生が声を掛けても、八兵衛は前方とじっと見据えたまま固まったように動かない。
不思議に思った先生も前方に視線を向けますと。
雨の中に。
奇態な人影が一つ、幽鬼のように佇んでおりました。
実に不気味な人影でございます。
その影は外套を羽織っておりました。外套ってぇのは、西洋風に言えば、ローブみたいな上着のことでございますな。これのフードをほっかむりのように深く被っているもんですから顔はよく見えない。
しかし八兵衛と先生はぴたりとその場に立ち止まり動けなくなった。その人影が、得体の知れぬ危険な香りを放っていたからでございます。
人影はゆっくりと二人の方へ近づいてきました。その際に、ずるりずるりと音が聞こえる。普通歩くときに、こんな足音がすることはありません。まるで水飴を床に擦りつけるような、何とも気色の悪いぬめった音でございました。
「先生のお知り合いですかい?」
「いやぁ……とんと心当たりがないねぇ」
二人がそんなやり取りをしている暇に、気付けばその人影は眼前にまで迫ってきておりました。
「おうおうおう、誰だいお前さんは。あっしらに何か用でもあるのかい」
八兵衛が声を張り上げますと、その人影は。
シュッ、と腕を伸ばしてきました。
いや正確にはそれは腕ではありませんでした。何と面妖なるや、外套の袖口から黒い触手のようなものが伸びて、先生の首に絡みついたのです。
「ぐうぅっ!」
思わず先生が呻き声を上げました。首に絡んだ触手がギリギリと先生の喉を締め付けます。
「な、何しやがる!」
驚いた八兵衛が咄嗟に引き離そうとしましたが、その触手はぬるぬるとした粘液にまみれており、手が滑って掴むことさえ叶わない。
そうこうしているうちに、先生の顔がどんどん青白くなっていきます。
八兵衛、必死になって放せ放せと叫びますが、相手は微動だにせずギリギリギリギリとひたすらに先生の首を締め上げていく。
やがて先生の瞳から光が消え、体の力が抜けていきました。
「おい、この野郎っ! やめろってんだ! 誰か、誰か助けてくれぇぇぇっ!」
もはや先生の命は風前の灯火、これまでかと思われたそのときでございました。
ヒュオンと風切り音が聞こえた直後、八兵衛の目の前で刃が閃きました。
「ウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥッ!」
外套を纏った人影が、この世の物とは思えない叫び声を上げました。
ハッと八兵衛が息を呑むと、いつの間にそこに現れたのか、大剣を携えた女が目の前に立っておりました。
江戸の世に似つかわしくない西洋の白い鎧を身に着け、ピンクの髪色をした、麗しい乙女でございました。
あわや先生の命が潰えるかという瞬間。
その女が、手にした大剣で触手をスッパリと斬り裂いたのです。
「ゴホォッ! ゴッホゴッホ!」
解放された先生は、激しくむせ込みながらその場に膝をつきました。
「せ、先生! 大丈夫ですかい! あんたはいったい……? それにさっきの野郎は……?」
八兵衛は狼狽しながら、先生と女を交互に見比べました。
不思議なことに、気付けばさっきの人影は忽然とその姿を消しています。さらにさっき剣で切り落とされた触手まで跡形もなくなっているではありませんか。
と、そのとき。
「アンリー!」
混乱している八兵衛の耳に、少女の声が聞こえました。
見れば竹林の中から、オレンジの髪色で、西洋風の王族のような衣装を着た少女が、ひょっこりと出てきました。
「どうしたの、突然いなくなっちゃって」
少女はピンク髪の女に話しかけました。女が振り向きます。
「はい、こちらの方が不埒者に襲われて、助けを求めてらしたので、ちょっと助太刀をいたしました」
するとここでまた竹林がガサガサと揺れて、現れましたるは、紫色の髪の少女と赤い燕尾服を着た女……。
………………。
つまり、ユスタとマザランです。
いやもうね、ピンク髪の乙女だとか、オレンジ髪の少女だとか、回りくどく言わなくったってわかってらっしゃると思いますんでね。
そう皆様ご存知。ユスタ、ベルサ、マザラン、アンリ。いつものメンバーがここに勢揃いしたわけでございます。
「何があったの?」
問いかけるユスタに、アンリがかくかくしかじかと事情を説明いたしました。
「ハァ……ハァ……死ぬかと思ったよ……」
ここで先生が喉元を抑えながら立ち上がりました。
「本当に大丈夫ですかい、先生? 早いとこ医者に診てもらったほうが……」
「いやそれには及ばない。それにしてもいやはや、あなた方は命の恩人だよ。よければお名前をお聞かせ願いたい」
そう言われて、ユスタたちはそれぞれ名乗りました。
「ほう、ユスタにベルサに……。こりゃまた珍しい名前だね。ひょっとして異国の方々かい?」
「ええ、まあそんなところよ。あなたたちは?」
「へい、あっしは八兵衛って者でして。それでこちらは……」
風来山人っていう戯作の先生でさァ、と八兵衛は先生を紹介いたしました。
それを聞いたユスタはピクリと眉を動かしました。
「風来山人ですって?」
先生が指で軽く頭を掻きます。
「いや、風来山人ってのはこのお江戸での通り名みたいなもんでねぇ。あたしの本名は……」
一つ咳払いして、先生は自分の名を告げました。
「平賀源内と申す」




