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孤高の天才、ニコラ・テスラ

 ニューヨークのウォーデンクリフタワー。


 ニコラ・テスラが構想した、世界システムという無線送電技術の実現を目的として建てられた、鉄骨造りの塔だ。


 その建物の一室に、眠っているテスラを抱きかかえたアンリが入室した。ゆっくりと部屋の中へ進み、ソファーに彼の体を横たえる。仕上げにふわりと毛布がかけられた。


 「ふぅ、テスラさんも無事にニューヨークに戻ってこれましたし、これで一件落着ですね」


 微笑してアンリが振り向くと、部屋の入り口に死んだ表情の面々が立っていた。


 ユスタ、ベルサ、マザランの三人だ。


 「落着とは程遠い、最悪の気分だわ」


 重い口調でユスタが告げる。


 「サンフランシスコは壊滅らしいわ。街並は見る影もないほどの惨状で、市庁舎まで焼け落ちたとか。歴史に残る激甚災害だわ」


 ユスタの後ろでは、マザランが頭を抑えながらぶつぶつと何かをボヤいている。


 「あぁまだ頭が痛い病院行きたい心的外傷が山盛りで精神を汚染されている記憶を消したいそうだこれは夢なんだ私は今夢を見ているんだ目が覚めたとき私は赤い薔薇が敷き詰められたベッドの上で起きたらシャワーを浴びて優雅にティータイムを楽しみながら国民たちを跪かせて新たな王として理想郷を築くんだ……」


 そしてベルサが、暗い面持ちで、深い溜息と共につぶやいた。


 「お腹すいた……」


 あなたはもう少し良心の呵責を感じなさい、とユスタが咎めた。


 「でもほら、とにかく最低限地球の平和は守られたし、悪い奴らもいなくなったしさ。テスラさんも、この先もう大丈夫だよね?」


 「まあ、大丈夫かといわれれば……難しいところね」


 ベルサの質問に、ユスタはためらいがちに答えた。


 「この後、ニコラ・テスラは医療の現場でも使われるレーザーや、垂直離陸期の発明に成功していくのだけど、晩年にはあの世と交信する装置などの研究に明け暮れて、非科学的な方向に進んでいったため、次第に人々から敬遠され出し、1943年、86歳でホテルの一室で孤独な最期を遂げたわ」


 それを聞いたベルサは少し物憂げな表情を作った。


 「そっかぁ。ニコラ・テスラさんほどの発明家が、最後は非科学的な方向に進んでいっただなんて、何だか残念だね」


 そのとき。


 「それは違う」


 厳然とした声が響いた。


 驚いたユスタたちが顔を向けると、ソファーに寝ていたはずのテスラがいつの間にか起き上がっていた。


 「ニコラ・テスラさん……? 目を覚ましたのね」


 ユスタがテスラに歩み寄った。


 「あなたには色々と説明しなくちゃならないことがあるの。まずあなたが発明した共振発生装置なのだけれど……」


 そんなことはどうでもいい、とテスラは断ち切るように言った。


 「非科学的な方向と聞こえたが、その認識は根本的に間違っている。いいかね、この世に非科学的な物など存在しないのだ」


 テスラの表情は穏やかなものだったが、その瞳には底知れぬほどの熱量が宿っていた。


 「昨年、スイスのある若者がいくつかの論文を発表した。その中でも興味深かったのは【運動物体の電気力学について】という電磁気学についての論文だ。私も電気に関しては、あらゆる知識を会得したつもりだったが、驚かされた。あれは単なる電磁気学の分野に留まらず、ゆくゆくは宇宙の法則をも解明しうる可能性を孕んだ理論だ」


 ユスタが顎に手を添えて考え込む。


 「運動物体の電気力学……? そのスイスの若者って、もしかして……」


 「その論文で述べられた理論はこう呼ばれているらしい。【特殊相対性理論】と」


 テスラはゆっくりと部屋の窓に近づき、外の風景を眺めた。


 「人類がどれほどの理論や発明品を生み出そうとも、また新たな科学が我々の前に現れる。科学に底などないのだ。人類が飽くなき探求心を持ち続ける限り、宇宙の果てだろうと、死後の世界だろうと、科学は必ず到達する」


 テスラがこちらに横顔を向ける。


 「電子の一粒から魂の一片に至るまで、すべてが科学だ」


 あまりにも昂然としたテスラの表情に、ユスタたちは息を呑んだ。


 「……あの、テスラさん。あなたを拉致した連中や、共振発生装置のことなのだけれど」


 「心配は無用だ」


 テスラがユスタの方に向き直る。


 「装置なら、ちゃんとここに入っている」


 そう言ってテスラは、指で自分の頭を指し示した。


 「もう誰にも取り出させはしないさ」


 「テスラさん……」


 ほとんど何の説明もせずともテスラはすべてを理解している。その様を見て、つくづく彼は本物のニコラ・テスラなのだとユスタは感じ入った。


 「あーなーたーたーちー」


 そのとき部屋の入口から声がして、一同は振り返った。


 見ればそこに両目を吊り上げたキトラが立っていた。


 「まったく毎度のことながら、いつまで待たせるつもりなの? これ以上もたもたしてるなら、置いていっちゃうわよ」


 膨れっ面を作ってこちらを睨むキトラを前にして、ユスタとベルサは顔を見合わせた。


 「じゃあ帰ろっか、お姉ちゃん?」


 「ええ、そうね」


 数々の未来技術を作った男、ニコラ・テスラ。この天才の本質は、常識という高く厚い壁に風穴を開けようと挑んだ一匹狼の発明家だったのかもしれない。


 そんな印象を胸に、ユスタたちはテスラと最後の挨拶を交わし、ウォーデンクリフタワーを後にしたのだった。





 リバティ島まで戻ってきたユスタたちは、海を挟んだマンハッタンの街並を目で楽しみながら、沿岸沿いを歩いていた。


 「ねぇ、ところでタイムマシンは今どこにあるの?」


 ユスタがキトラに問いかける。


 「あそこよ」


 キトラは、前方にそびえたつ自由の女神像を指差した。


 「ん? あれは女神像じゃない。タイムマシンは?」


 「だから、あそこだってば」


 言われてユスタは目を凝らしてみたが、それらしき物は見えなかった。


 「ねぇ、お姉ちゃん。何だか女神像の周りに、やけに人がたくさん集まってない?」


 ベルサの言う通り、女神像の台座を取り囲むように、大勢の人だかりができていた。


 「さすがはアメリカの象徴ですね。観光客の皆さんがいっぱいです」


 「観光客ですって……?」


 アンリはそう言ったが、ユスタは女神像近づくにつれて様子がおかしいことに気が付き始めた。


 女神像の周りに集まっているのは観光客ではない。服装からして、警察関係者たちのようだ。何やらやけに険しい雰囲気で、何かを話し合っている。


 「何かあったのかしら?」


 ユスタが何気なく女神像を見上げる。


 すると。


 とんでもない光景がその目に映った。


 「え」


 ユスタが絶句する。


 何と冒涜的な光景であろうか。


 アメリカ合衆国の象徴である自由の女神像。


その頭のてっぺんに、ウンコが乗っかっているではないか。


 「うわあああああああああああああ!」


 目玉が飛び出るほどに驚いて、ユスタは絶叫した。


 「どうして女神像にウンコ乗っけちゃうのよ! 罰当たりにも程があるわ!」


 「ウンコじゃないわ。タイムマシンよ」


 あそこしか置いとく場所なかったのよ、とキトラはさらりと言った。


 「あんなもん見たらヤンキー大激怒よ! アメリカ軍総戦力で撃滅させに来るレベルよ!」


 「ワンチャン、チョコ味のソフトクリームだと思ってもらえるかもしれないよ」


 平然と言うベルサの言葉など無視して、ユスタがアンリに呼びかける。


 「アンリ! 今すぐあのウンコ、じゃなくてタイムマシンを回収しなさい!」


 「かしこまりましたぁ」


 応じるや、アンリはすぐさま駆け出した。そして一足飛びで人混みを飛び越えて台座にまで到達し、そのまま一気に女神像の側面を駆け上がっていく。


 ものの数秒で女神像のてっぺんまで登りきったアンリは、素手でタイムマシンを持ち上げて高々と掲げた。


 「えいっ」


 そして地上目掛けて飛び降りる。眼下の人々は、上空からウンコが降ってきたことに気付いて、散り散りに逃げ出した。


 「行くわよ、皆!」


 ユスタが呼び掛け、走り出した。ベルサ、マザラン、キトラもこれに続く。


 タイムマシンを担いだアンリがズドンと着地すると、ユスタたちはすぐさまこれに飛び込んだ。


 「これ以上、人目につくのはまずいわ。すぐに出発してちょうだい」


 言われたキトラは、顔をしかめて考え込んだ。


 「えーと、今は1906年だから、元の時代に戻るための調整は……」


 「何でもいいから早く!」


 「わ、わかったわよ」


 ユスタに急かされ、キトラはあたふたとモニターを叩いた。


 「リーチイッパツツモ! タンヤォォォッ!」


 キトラが呪文を唱えると、タイムマシンは浮上し、閃光を放って消失した。


 後に残されたニューヨークの人々は、互いに顔を見合わせて、今起きた現象が何であったのか、答えの見つからない議論を延々と続けたのであった。


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