震度XI (壊滅的)
「うぅ……」
マザランが呻きながら目を開けた。やけに頭がぼんやりとしている。長い悪夢を見ていたかのような気分だった。
「あらあら枢機卿殿。ご無事でしたか」
聞き覚えのある声に、マザランはむくりと起き上がった。ぼやけた視界に、大剣を肩に担いだアンリの姿が見える。いつもと印象が違うのは、何故かアンリの鎧が赤く染まっていたからだ。
「何だ……何が起きたんだ……」
「グレート・マザランが爆発四散したときに、中に入っていた枢機卿殿も機体から投げ出されてしまったのでしょう」
「グレート……? うっ、頭が……」
何か極めて恐ろしい記憶が蘇りそうになるのを脳が拒絶し、マザランの頭に鈍痛をもたらす。痛みに頭を抑えると、髪に赤い液体がべちゃりと付着した。
「うわっ」
驚いたマザランが咄嗟に立ち上がろうと地面に手をつくと、今度は何かぐにゃりとした物体の、生温かい感触を覚えた。
それを掴んで見てみれば、ピンク色をしたチューブのようなものだった。これも赤い液体にまみれている。
「何だこりゃ……?」
「んー、それは多分……」
十二指腸ですね、とアンリが微笑を浮かべて言った。
「十二指腸……」
その言葉の意味を考えているうちに、マザランの思考も視界もだんだんとはっきりしてきた。自分の周囲の光景も認識できてきた。
自分が今いる場所と状況。
サンフランシスコ郊外の荒野に。
大量の人間だったものが転がって。
赤い血の池を作って。
その真ん中に自分は座っていて。
そして今、自分が掴んでいるその物体の正体は。
「あ」
すべてを理解したとき、マザランの全身から血の気が引いた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
そしてマザランは腹の底から絶叫した後、白目を剥いてまた気絶した。
さて。
マザランがそんな戦慄の恐怖体験を味わっていたとき、ユスタとベルサはニコラ・テスラの身柄を発見していた。
「この人がニコラ・テスラさんなの?」
ベルサが、倉庫にもたれかかるようにして眠っているテスラを指差す。
「ええ、この風貌、間違いないわ。……大丈夫、ただ眠っているだけみたいよ」
ユスタはテスラに息があるのを確かめて、安堵の溜息をついた。
「ねぇ、お姉ちゃん。そっちに置いてある機械みたいの何だろう?」
ベルサは、テスラの横に立てられていた赤黒い装置に興味を示して近づいた。
「恐らくは、それが共振発生装置よ」
「えっ、これが地球を破壊できるっていう超すごい装置なの?」
「本当にそれほどの威力を生み出せる代物なのかはわからないけどね。ニコラ・テスラが共振を利用したエネルギー装置を研究していたという記録は残っているけれど、それが実用化されて世に出ることはなかったから」
「じゃあ本当かどうかはわかんないんだ」
「ええ、まさか実際に作動させて確かめるわけにもいかないしね」
ユスタが肩をすくめてみせる。
「ふーん、でもまぁよかったじゃん」
テスラと装置を交互に見比べながら、ベルサは笑顔で言った。
「悪い奴らはやっつけたし! テスラさんも装置も無事だったし! これで地球の平和も守られたよね! よかったね、お姉ちゃん! あ、蚊だ」
バチィンッ! という音が響いた。ベルサが、共振発生装置の赤いスイッチをぶっ叩いた音だった。
「ん……?」
ユスタが目を凝らしてベルサを見た。
「ベルサ、あなた今、何したの?」
「あのね、蚊がいたからね、叩いたの」
「何がいたの?」
「蚊」
「どこに?」
「この赤いスイッチの上」
「んん?」
「だから、この装置のスイッチにとまってた蚊を叩いたの」
その直後だった。
目の前の共振発生装置がガタガタと振動し始めた。さながら土木現場で地ならしのために使われる、締固め用機械のようだ。
それを見たユスタは恐れおののき総毛立った。
「びぇぇぇっ! 共振発生装置が作動しちゃってるじゃない!」
「えっ、いったいどうして!」
「お前のせいじゃろがい!」
そんな会話を交わす間にも、装置の振動はどんどん激しさを増していく。
やがてその振動が伝播するかのように、地面の小石がカタカタと震え始めた。
「えっ?」
ユスタが目を丸める。最初は足元の小石だけが震えていたものが、続いて大きな石が震え始め、やがて地面そのものが波打つように鳴動し始めたのだ。
「嘘……! これ本当に地面が揺れて……!」
その次の瞬間。
ドーンと轟くような地鳴りと共に、一気に巨大な揺れが炸裂した。まるで地面そのものがひっくり返ったかのような衝撃に、ユスタもベルサもその場に倒れ込む。立っていることはおろか、膝をつくことさえできないほどの、超大型地震の発生だった。
「きゃあああああああ!」
ベルサの絶叫が響く。
ユスタも目を白黒させて、その辺を転げ回っていた。
「装置をっ……! 装置を止めなさいぃぃぃ!」
「そんなこと言ったって……! 止め方わかんないよぉぉぉ!」
あまりに激しい振動のために、ユスタたちの前に建っていた倉庫が音を立てて崩壊していく。
「わあああぁぁぁ! お姉ちゃぁぁぁん!」
「ベルサぁぁぁ!」
今や地震はサンフランシスコの地盤全体を揺るがし、市内の建物を次々と倒壊させていた。そればかりか振動はさらに激しさを増していき、このままではサンフランシスコどころかアメリカ大陸全土が壊滅しかねない烈度だ。
「アンリィィィ!」
「はぁーい!」
ユスタが全力で叫ぶと、アンリが翔ぶような勢いで駆けつけてきた。
「緊急事態よぉぉぉ! 共振発生装置を破壊しなさいぃぃぃ!」
「かしこまりましたぁぁぁ!」
アンリが宙返りを打ち、回転しながら剣を抜き放つ。
「シェアアアァァァッ!」
裂帛の気合が響くや、共振発生装置に無数の斬撃が撃ち込まれた。
アンリが優雅に着地すると、共振発生装置は崩れる積み木のようにバラバラに分解されて、地面に落ち転がった。
「また……つまらぬものを斬ってしまいました」
キン、とアンリが大剣を鞘に納める。
それからしばらくすると、だんだんと揺れは収まっていき、やがて周囲に静寂が戻った。
「ハァ……ハァ……! 助かったみたいね……!」
顔に汗を浮かべたユスタが立ち上がる。
「ベルサ大丈夫?」
「うぇぇ……陸にいるのに船酔いしたみたいぃぃぃ……」
ユスタに手を引かれて、ベルサも立ち上がった。そして二人揃って、市街地の方に視線を向けた。
「あーあーあーあーあー」
ユスタとベルサは並び立って口をあんぐりと開けた。
何という災禍であろうか。
サンフランシスコは完全に壊滅し、地獄と化していた。建造物は軒並み倒壊し、市街のあちこちから火の手が上がっている。アメリカ史上最悪の大災害であった。
その光景を眺めながら、ベルサは小声でつぶやいた。
「ごめんねサンフランシスコの人たち。元気出してね」
1906年四月十八日早朝。
世に言うサンフランシスコ地震が発生した。
マグニチュード7・8と見込まれるこの大地震はサンフランシスコ周辺に甚大な被害をもたらし、アメリカ合衆国の歴史の中で主要都市で起こった最大級の災害の一つとなった。
果たしてこの地震がニコラ・テスラの作った共振発生装置によるものだったのか、それとも単なる偶然であったのか、たしかな原因は定かではない。
えと、すみません、ニコラ・テスラ編もう一話続きます。
お付き合いいただけると嬉しいです。
ブクマと評価いただけるともっともっと嬉しいです。




