その42.海人、恋をしていた
「麻莉亜ー!! 麻莉亜ーー?」
「おや、海人さん。麻莉亜さんなら今日は夜まで戻りませんよ」
家に帰るなり、鞄を放り投げてダダダッとあちこち家の中を駆けまわった。
2階の部屋を次々回って麻莉亜を探しているうちにジーソックと出会うと、彼は俺にそう言ってくる。
「えぇー!? 何だよ……せっかく……」
そのジーソックの言葉を聞いて、俺はガックリ肩を落とす。
「どうしました? 私でよろしければ、お話を伺いますが?」
ジーソックがそう言うと、俺は手に持つ100点の答案を見た。
これは……一番最初に麻莉亜に報告したいんだ。
俺を馬鹿にした奴や小夏にも自慢してやりたくてウズウズしてたんだけれども、それを何とか堪えて、ここまで誰一人として見せずに来たんだ。
せっかくここまで誰にも見せずにやってこれたのに、こんな所でジーソックに見せる訳にもいかない。
「……内緒だよ! ジーソックにも内緒!」
「ほっほっほっほ。そうですか。麻莉亜さんに見せたいものがあるんですね」
「あぁ、そうだ! 麻莉亜いつ頃帰ってくるんだ!?」
「夜に重蔵様と叶様と一緒に戻って来られると思いますが……」
「父さんと母さんと一緒なのかよ!? それじゃあ、すっげー遅いじゃん!! 何だよ~……」
それを聞いて俺は大きくため息をつく。
家に帰ってくるまでの超ダッシュも、無意味なものになってしまった。
上がりきったテンションも一気に冷めると、俺は大きく脱力してトボトボと自室に戻っていった。
100点の答案の中身が見えないように綺麗にたたみ、家の外に出て麻莉亜が返ってこないか確認しては、家の中に戻る。
そんなことをしばらく繰り返した。
時計を見ても、さっき見た時からまだ5分も時間が進んでいなかった。
このまま永遠に夜が来ないんじゃないかと思うくらい、時間が進むのが遅く感じた。
「海人さん、どうかなされましたか?」
そんな俺の様子を見かねたのか、オールスが俺にそう問いかけてくる。
俺は答案をズボンの後ろに差し込んでオールスに顔を向けた。
「麻莉亜を待ってんだ」
「麻莉亜さんは夜まで戻らないと聞いていますが……。わたくしでよろしければ、承りますが?」
「オールスにも見せねぇって!! これは一番最初に麻莉亜に見せんの!! オールスはあっち行ってろよ!」
「ほっほっほっほ。麻莉亜さんに何か見せたいものがあるのですね」
傍で棚に飾られている食器を1つ1つ丁寧に拭いていたジーソックが、笑いながらそう言ってくる。
「そうだよ! ジーソックにも見せてやらないからな! 麻莉亜に見せた後なら、見せてやる!」
「ほっほっほっほ。海人さんは本当に麻莉亜さんのことがお好きなのですね」
「そ、そんなんじゃねぇよ!!」
ジーソックがからかうように俺にそう言ってくる。
でも俺は……麻莉亜のことが大好きだった。
突然家にやってきた、綺麗で優しくて温かい俺のお姉さん。
アンドロイドとは言っていたが、ジーソックやオールスのように首に赤いのはついてないし、父さんも母さんも『今日から海人の姉になる』と紹介してくれた、立派な俺のお姉さんだ。
俺の大好きなお姉さん。
ジーソックやオールスとは全然違う。
いつでも俺の話し相手になってくれるし、一緒にゲームで遊んでくれる。
そして何より優しくて、いつだって俺の味方をしてくれるんだ。
学校のテストが悪かった時、悔しくて泣きべそをかいた。
友達にバカにされた。
お母さんにも散々怒られた。
でも、麻莉亜だけは俺のことを庇ってくれたんだ。
全然点数取れなかったのが悔しくて、友達に馬鹿にされたのが悔しくて、お母さんに言われた言葉が悔しくて、大泣きしていたら麻莉亜が頭を撫でて慰めてくれた。
俺のことを馬鹿じゃないって、やれば誰よりも出来るって励ましてくれたんだ。
みんなを見返してやろうって、優しく勉強を教えてくれたんだ。
そんな麻莉亜が、俺は大好きだった。
「麻莉亜今どこにいるんだ?」
「麻莉亜さんは今研究所にいらっしゃると思いますが……」
「う~ん……う~ん……」
麻莉亜に一刻でも早く100点を見せてやりたい。
麻莉亜をびっくりさせてやるんだ!
麻莉亜、これを見たら絶対驚くぞ!!
その驚く麻莉亜を一刻も早く見たかった。
そして一緒に喜んで、また麻莉亜に褒めてもらいたかった。
100点取ったらお祝いに一緒にチョコレートケーキを食べようって約束したしな!
時計を見てみる。
まだ夕方の5時過ぎだ。
いつも父さんや母さんが帰ってくる時間は9時過ぎ。
遅い時は10時を回る時だってある。
下手すれば俺が寝るまで帰ってこない。
「なぁオールス、俺を研究所に連れて行ってくれよ!」
「申し訳ありませんが、それは出来ません。私はこの家の留守を預かっていますから」
「何でだよ!! いいじゃんかそれくらい!!」
「それなら、私が海人さんを連れて行って差し上げましょうか?」
「本当か!?」
ジーソックが俺にそう提案してくる。
俺がぜひ頼むとジーソックにお願いすると、ジーソックは父さんに今から俺がそっちへ行っても問題ないか確認をしてくれた。
しばらくすると俺のBPSにお父さんから連絡が入り、絶対に他の人の邪魔をするんじゃないよと忠告をもらい、俺はそれを誓ってジーソックと一緒に研究所に向かっていった。
100点の答案を握りしめて。
「おや、海人君、いらっしゃい」
「こんにちは!」
研究所で俺を出迎えてくれたのはオカモリさんという、お父さんの友人だった。
何度か俺の家に来たことがあるので、俺も一応顔は知っている。
オカモリさんは俺とジーソックを連れて研究所の中へ案内してくれた。
「麻莉亜は今どこにいるの?」
「ん? 麻莉亜は……麻莉亜さんはね、今重要なメンテナンス中なんだ」
「メンテナンス……?」
「う~ん……手術中というべきかな? 思ったより麻莉亜さんは優秀でね、感情を司る回路の増強をしないと思考に耐えられない可能性が……」
「???」
「はっはっは。ごめんごめん、こんなこと海人君に言っても分からないよね。とにかく、行ってみれば分かると思うよ」
オカモリさんはそう笑って話していたが、俺には笑い事には感じられなかった。
オカモリさんの言う手術中という言葉が俺の中に何か嫌なものを残したんだ。
それを聞いて、もしかして麻莉亜が変な病気にかかっているんじゃないかと不安になり、俺は変に緊張しながら麻莉亜の元へと向かっていった。
「麻莉亜!!」
麻莉亜は色んなコンピューターや機械がある部屋の中央で体を横たえていた。
俺はその様子をガラス張りの外から見るなり、思わず麻莉亜の名前を叫んでしまった。
麻莉亜は、本当に手術中のような様子だったんだ。
頭の部分が一部欠けてしまっていて、もう死んでいるんじゃないかとすら思った。
麻莉亜が心配になって目にじわりと涙が浮かんでくる。
「はっはっは。大丈夫だよ。ちょっと所長……お父さんに報告してくるから、ここで待ってて」
「麻莉亜は!? 麻莉亜は大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ。すぐに元気に海人君の所に戻ってくるさ」
そう言ってオカモリさんは俺とジーソックを置いて部屋の中に入っていった。
部屋の中でモニタに向かって何かしていた父さんは、オカモリさんに話しかけらると俺の方を振り向いて笑顔で手を振ってくる。
その父さんの何でもないような笑顔を見て、俺は何とも言えないもどかしさを感じた。
麻莉亜がこんなことになっているというのに、どうしてそんなに笑っていられるんだと――。
「よく来たな、海人。ジーソックもご苦労だった」
「麻莉亜は!? 麻莉亜は無事なの!? 何であんなことになってるんだよ!!」
「静かにしなさい。せっかく中に入れてやろうかと思ったんだが、うるさくしているなら麻莉亜には会わせないぞ?」
「…………」
そう言われ、俺は色々と聞きたい衝動をグッと堪える。
するとお父さんは「よし」と頭を撫で、俺を中へと連れて行ってくれた。
「…………」
手術中の麻莉亜を間近で見る。
麻莉亜の頭部が一部外れて、中から機械の導線がたくさん出ていた。
それがあまりにショックで、俺は言葉を失ってしまった。
……………………。
麻莉亜は、本当にアンドロイドだったんだ。
こんな麻莉亜を見ても、今の俺にはそれがどうも受け入れられない。
それより何より、麻莉亜が痛そうだし、本当に辛そうに見えた。
麻莉亜は息をすることもなく、目を閉じたまま眠っている。
そんな様子を見るだけで再び目に涙が浮かび上がってしまった。
「はっはっは。何も心配することじゃない。麻莉亜は今、病気を治そうとしているだけなんだ。すぐに元気になって海人の元に戻ってくる」
「……病気……何の病気なの?」
「う~ん……。まぁ、病気というかな……。海人が悪いことしたら倒れちゃうような病気だ」
「…………」
「あんまり麻莉亜を困らせるようなことはしちゃダメだぞ?」
「しないよそんなこと!! ねぇ、それより麻莉亜は無事なんだよね!?」
「はっはっは! そうだな。海人が我儘言わずに良い子にしてたら、すぐに麻莉亜も元気になって海人の元に行くかもな」
「ば、馬鹿にすんなよ!」
父さんは笑いながらそう言ってたが、俺はそんな子供だましの言葉に怒った。
でも……それでも、麻莉亜のことが本当に心配だった。
馬鹿にはされたが、それから俺は良い子にしていようと大人しく部屋の外で麻莉亜を眺めては、手を合わせて神様に祈った。
麻莉亜がどうが無事でいてくださいますように、と。
その後オカモトさんに色々と研究所の案内をされたが、俺は案内を聞いているどころではなかった。
麻莉亜が心配で心配で、色んな話を振られても気のない返事しか返すことができなかった。
それでも、時折研究所の人に挨拶をされては、元気良く挨拶を返した。
俺が良い子にしてたら、きっと神様はそれを見てくれていて、麻莉亜を元気にしてくれると思ったから。
案内も終わり、適当な施設でジーソックや大人の人と遊んでいると、母さんがやってきて家に帰りなさいと言ってきた。
ジーソックも帰ろうと俺の腕を引っ張ったのだが、俺は頑なにそれを拒否し続けた。
どうしても麻莉亜の無事を確認したかったから。
そうしているうちに母さんも折れてくれ、結局夕飯も研究所で食べることになった。
夕食は残さず、嫌いなものも頑張って全部食べた。
夕飯を持ってきてくれたおばさんにはご馳走様でしたとちゃんと挨拶をした。
俺が思いつき限りの『良い子』は、全部やり通した。
麻莉亜が無事でいてくれる為に。
「麻莉亜!!」
夜遅く。
俺もだんだんと眠気がやってきた頃に、ずっと横になったままだった麻莉亜が不意に体を起こした。
その光景を見た瞬間俺の眠気は吹っ飛び、いてもたってもいられなくなった。
麻莉亜は父さんと何やら話すと、すぐに俺の方を振り向いた。
そしてゆっくり台座から降り、部屋の外へと出てきてくれた。
「麻莉亜ーーー!!!」
「海人さん、すみません。ご心配をお掛けしてしまったようで」
麻莉亜が部屋から出てくるなり、俺は麻莉亜に飛びつく。
そして麻莉亜の胸の中で泣きじゃくる俺を、麻莉亜は優しく頭を撫でてくれた。
「良かった……本当に良かった……麻莉亜が……麻莉亜が死んじゃうのかと思ってさ……俺……」
「私が死ぬようなことはありません。心配しないでください。私は一生海人さんの傍にいますので」
麻莉亜の体が本当に暖かくて優しい。
俺はしばらく麻莉亜の温もりを感じながら涙を流していると、不意に右手にあるくしゃくしゃになったものを思い出した。
それを思い出すと、一旦麻莉亜から体を離してごしごしと腕で涙を拭う。
「へへへ、これ見て驚くなよ!?」
「何でしょうか?」
麻莉亜がきょとんとして俺の手に持つ紙切れを見る。
俺は麻莉亜の反応にわくわくしながら、じゃーんとその紙切れを見開いた。
麻莉亜はそれを見ると目を丸くして驚いた。
「100点!! 凄いです!! やりましたよ!! やりましたよ海人さん!!」
今度は反対に麻莉亜が物凄い勢いで俺に抱きついてきて、そのまま俺の体を宙に持ち上げた。
この反応が見たくて、俺はこんなに頑張ってこれたんだ。
麻莉亜に褒めてもらいたい一心で、友達と遊ぶのもゲームするのも我慢して頑張った。
麻莉亜が俺の予想以上の反応をしてくれたので、俺も顔を真っ赤にして喜んだ。
「どうだ!! 凄いだろ!? 先生も驚いてた! さすが七原だって褒めてくれたんだ!!」
「流石ですよ!! やっぱり海人さんは頭の良い子なんですよ! もう、お母さんにも何も言わせませんね!! お母さんにも、お友達にも見せてやりましょう!! 海人さんの努力の賜物を!!」
「あぁ! 麻莉亜チョコレートケーキ作ってくれるんだろ!? 一緒に食べようぜ!! 俺、すっげー楽しみだ!」
「もちろんです! これは、特大のチョコレートケーキを用意しないといけませんね!!」
何でもできちゃう、俺の自慢のお姉さん。
ゲームも強いし、頭もいいし、料理もうまい、最高のお姉さんなんだ!
アンドロイドだって何だっていい!
俺は麻莉亜が元気で傍に居てくれればそれでいいんだ!
元気で傍に居てさえくれれば――――。
**********
「夢……か」
不意に目が覚めると、そこは自室だった。
直前に麻莉亜のとびきりの笑顔が見られたので、何だか目覚めがいい。
「麻莉亜!!? 麻莉亜は!?」
だが、現実に帰り、今ある状況を思い出すとそれが一気に吹っ飛んだ。
黒波とのゲームに決着がつきVRから戻ると、周りは戦闘前と雰囲気がガラリと変わっていた。
戦闘前に見た混乱は一切なくなり、場はやけに静まり返っていた。
小春や篠辺野に抱きつかれたり、小夏が結果を聞いてきたりと色々忙しかったのだが、俺はそれを全て除けて黒波を探した。
俺が見つけた時には、黒波は慌ただしい様子で俺に背を向けて走っていた。
どういう表情をしていたのかは分からない。
黒波は隣で放心している久志川や、その他のヤジを一切無視してステージから降りた。
そして映像を取っていると事前にやり取りがあった男に一直線で向かっていき、何か話しかけた後、そのまま逃げるようにこの体育館から出て行ってしまった。
出て行く直前に一度振り返り、俺の方を指さして『必ずお前を殺してやる』と言い残して。
そんな黒波を教員や取り巻きを含む何人かが追っていったが、それ以降黒波がどうなったのかは分からない。
俺はそんな黒波を見届けた後、一言だけ勝ったと周りに伝えると、場は一瞬静まった後騒然となった。
周りがどうこう言っていたが、俺の耳にはそれが全く入ってこなかった。
床で眠る麻莉亜がやけどしそうな程に熱かったから。
俺は小夏に貸してもらったハンカチを手に麻莉亜を背負い、全てを無視してこの騒がしい場所から出て行った。
とりあえず保健室で寝かせてやろうとしたのだが、途中で小夏から聞いた事情を知った時、向かう足を自宅の方向へと切り替えた。
麻莉亜は自分で抱えた自己矛盾にぶち当たり、オーバーヒートを起こしていた。
俺にも麻莉亜の内部構造がどうなっているのかはっきり分からないのだが、恐らく電池のプラスとマイナスを導線で直接繋いだ時のようなものだろう。
本人は色々な問題を抱えていたようで、それが重なりに重なってしまったと小夏に言っていたようだ。
ゲームによる殺人、開発者の否定、俺を守るという根源的な使命の放棄、それによる自己の否定等々。
麻莉亜は解決の出来ない問題にぶち当たり、必死にその解決を探したが、どうやら解決が出来ていないようだ。
そうしているうちに熱暴走を起こした。
そして麻莉亜は小夏にこう言ったそうだ。
このままでは自分の思考回路は焼き切れる、と。
麻莉亜自身もそれを覚悟し『今までありがとう』と小夏に告げたそうだ。
麻莉亜は最後の力を振り絞って、俺を守るためにここまでやってきてくれたんだ。
あの様子では、俺のアシストに入った後も自己矛盾を加速させていたことだろう。
麻莉亜はアシストにいた時、こう言っていた。
ここに来て、アンドロイドであることを自覚してしまった、と。
俺は近くにいるのに、近づくことができない、と。
そして、そんな自分が嫌いだと。
でも、麻莉亜はアシストに入っても自分の体がここまで危険な状態にあるということを、最後まで俺に告げなかった。
きっと俺が勝負に集中できるよう、最後まで心配させまいと隠し通したんだと思う。
俺を守りきれなかったという麻莉亜の言葉が印象に残っている。
麻莉亜はあれでも俺の助けにはなれなかったと、自分を責めているのだろう。
俺は麻莉亜のお陰でこうして勝てたというのに。
VRから戻ってきた麻莉亜は、にこやかに笑いながら意識を落としたと、小夏は言っていた。
最後に俺に会えて満足でもしたんだろうか。
俺に自分の思いを吐露することで、満足でもしてしまったのだろうか。
そんなのは、俺が許さない。
俺が起きろと言ったら起きてくれると約束したんだ。
一生俺の傍に居てくれるって約束したじゃないか!!
こんなことで麻莉亜を失ってたまるものか!!
今まで散々麻莉亜は俺を守ってきてくれたんだ。
俺の前に立ち、俺を庇い、全ての悪い要素を俺の代わりに受け切ってくれたんだ。
今度は俺が麻莉亜を助けてやる番なんだ!!
自宅に戻った俺達は、まず真っ先に小夏と小春が麻莉亜に水着を着せ、水風呂に浸からせた。
麻莉亜が水風呂に浸かると、一瞬にして水はぬるま湯に変わってしまった。
だから、俺達三人は何度も何度も水を入れ替えた。
氷もどんどん投入していった。
そうしているうちに、段々と麻莉亜の体は冷えてきた。
とりあえず危険は脱したのかと思ったが、むしろそれからが怖かった。
麻莉亜は完全に電源を落としてしまっていた。
瞳を見ても、一切の輝きは発していない。
俺達は慌てて麻莉亜を自室へと運び、麻莉亜の充電を始めた。
小さなプラグを麻莉亜の腰辺りに差し込み、祈るような思いで麻莉亜の回復を待った。
それでも麻莉亜は一向に目を覚ましてくれなかった。
内部は動いていますという印も一向に見られない。
俺には急に電源が落ちたことが何を意味するのかが分からなかった。
そして、充電をすることで回復するのかも分からない。
もしかしたら、単にオーバーヒートを制御する為に緊急で電源を落としただけなのかもしれない。
もしかしたら麻莉亜の回路は完全に焼き切れて、人間で言う『死』の状態になってしまったのかもしれない。
回復したとしても、異常があってもう二度と前の麻莉亜に戻ってくれることはないかもしれない。
色んな絶望が頭の中を駆け巡った。
俺は混乱しながらも、ネットでアンドロイドについての情報を探し始めた。
麻莉亜は特殊な存在なので、既存のアンドロイドの常識が当てはまるとは思えない。
それでも、俺は僅かな希望にすがって、麻莉亜の為に何か出来ないか情報を探し回った。
そうしているうちに突然頭が真っ白になり、意識を落としてしまった。
昨日ほとんど寝ていないことや、黒波と戦った疲労、ここまで麻莉亜を背負ってきた疲労等、色々あったんだろう。
そして目覚めたのが今だ。
自室のベッドで目を覚ました俺は、夢から醒めると今いる状況を思い返す。
俺がネットでアンドロイドについて色々調べて回る作業をしていたのは、麻莉亜の自室、麻莉亜の隣だった。
小夏が見かねて運んできてくれたのだろうか。
俺は麻莉亜の名前を呼んでベッドから飛び出した。
「おはようございます」
「!!!」
声のする方を振り向いてみる。
そこにはいつもと変わらない麻莉亜の姿があった。
麻莉亜が……あの麻莉亜が目を開き、優しい笑顔で俺のことを見ていた。
「麻莉亜!!」
俺は思わず麻莉亜に抱きつく。
寝起きでふらついてしまったが、麻莉亜はそれをしっかりと受け止めてくれた。
それは確かに、麻莉亜が自分の意志でしっかりと動いていることの証明だった。
「麻莉亜!! 無事だったのか!? 大丈夫なのか!!?」
「ご心配をお掛けして、本当に申し訳ありません。海人さん、小夏さん、小春さんのお陰で、こうして元に戻ることができました」
「良かった……本当に良かった……麻莉亜……麻莉亜ぁーーー!!!」
思わず叫んでしまった。
俺はそのまま子供の頃みたいに、麻莉亜の胸で泣きじゃくる。
すると、麻莉亜はあの時みたいに優しく俺の頭を撫でてくれた。
「海人さんが黒波空吾との戦いに頑張ったのと同じように、私も精一杯頑張りました。海人さん、小夏さんにたくさん励ましてもらいながらも、色々と矛盾を抱え、抜け出せない迷路の中で悩んでいました。でも、その迷路の行き着いた先が同じでした。私のアンドロイドとしての使命、私のアンドロイドながらの気持ち。どちらも揺らぐことのない、確かな私の道筋です。そこに辿り着いた時、私は全ての矛盾から解き放たれました」
麻莉亜は優しく落ち着いた口調で話を続けていく。
「他のことはいいんです。ここで私が倒れてしまうようなことはあってはならないんです。私は、死ぬまで海人さんの傍に居なければならないから。――――死ぬまで海人さんの傍に居たいから」
「麻莉亜……」
ふと顔を上げると、涙を流す麻莉亜の顔がそこにはあった。
「こんな私でも、海人さんの傍にいても宜しいでしょうか? 人間に嫉妬し、海人さんを守ることすらできず、悩み、責任を放棄するような、出来損ないのアンドロイドでも……」
麻莉亜のその愚かな問いに、俺は力強く麻莉亜を抱き返して答えたのだった。
【Next】
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