その34.無謀と決意
麻莉亜が倒れた日の夕方。
もう日も暮れて夕飯時って時間になった頃、小夏から連絡が入った。
どうやら麻莉亜がに関する情報を見つけてきたようだ。
赤の他人に話しかけることすらできないような人見知りがよく頑張ってくれたと思う。
小夏には感謝だ。
小夏から映像通信で子細を聞いたのだが、どうも麻莉亜はコンビニ強盗とゲームをしたらしい。
今日の昼過ぎにコンビニに強盗が入り、それを撃退した綺麗な女性がいたという情報を小夏はコンビニの店員さんからもらったそうだ。
その麻莉亜とおぼしき女性は、強盗が金を奪ってコンビニから逃げている所を物凄い速さで走って捕まえ、女性とは思えない力で完全に犯人を取り押さえたのだとか。
その様子から察するに、恐らく強盗を捕まえたのは麻莉亜で間違いないだろう。
普通の女性がそんな荒業出来るはずもない。
そうしているうちに強盗と女性は不意に2人揃って移動を始め、それぞれ人の目に付かないような所で座り込み、意識を落としたらしい。
その双方の体からは青い光が発せられたそうだ。
これはゲームの対戦を行っていると見て間違いないだろう。
青い光ということなので、通常戦闘を行ったというのも分かる。
残念ながらどっちから仕掛けたという情報までは掴めなかったみたいだが。
ゲームが終わると、その女性の方はスッと立ち上がり少しの間苦しむ犯人を見下ろした後、集まってきた野次馬に揉まれる中忽然と消えてしまったらしい。
犯人の方は苦しみもがきながらも血を吐いて絶命。
その後にどこからともなくクライシスがやってきて、その遺体はそのクライシスに持って行かれてしまったのだとか。
小夏はどっちが先に勝負を仕掛けたのかという情報にこだわっているようで、その情報を見つけるまでは帰らないと言い出したのだが、俺はいいから一旦戻って来いと指示。
頑固な小夏の説得に苦労したが、最終的には小夏もそれを飲んで、今帰宅路に入っているみたいだ。
「……お姉ちゃん、何か分かったって?」
「あぁ。本当に小夏には感謝だ」
エプロン姿の小春が不意に麻莉亜の部屋に入ってきてそう聞いてきた。
小春は家に帰ってくるまで麻莉亜の状態は知らなかったらしく、こんな状態になってしまった麻莉亜を見てひどく落ち込んでしまった。
何度も何度も『麻莉亜さんは無事なんだよね?』と俺に聞いてくる様子から察するに、まだ両親が自分の元から去った痛みが消えていないのだろう。
俺は大丈夫だと説明してやって、気を紛らわすためにも小春には夕食の準備をお願いした。
それでも、何度も何度もここに来ては『麻莉亜さん、目を覚ました?』と聞いてくる。
その度俺はにっこりと笑って「ちょっと色んなことが重なって疲れていただけだから」と、小春を安心させてやるように言ってやっていた。
「麻莉亜は人助けをしたんだとさ。その時にちょっと人ともみ合いになって疲れただけみたいだ。安心してていいぞ」
「うん……。じゃあ、麻莉亜さんの為にたくさん栄養のあるものを作らないとだね!」
「あぁ、そうしてやってくれ。麻莉亜もきっと喜ぶ」
「うん……」
そう返事をする小春の顔色からは、まだ麻莉亜を心配している様子が伺える。
小春には心配をかけまいと、麻莉亜が人を殺したとか突然倒れたとは伝えてないのだが、そろそろ誤魔化しも効かなくなってきたかもしれない。
アンドロイドが充電時間以外に意識を飛ばすなんて、誰がどう見たって異常だ。
このことも含めて今後どうして行こうか、後で小夏とゆっくり相談する必要がある。
「麻莉亜……頼むよ……」
夕飯は麻莉亜の部屋でいつものように『4人で』とった。
小春もちゃんと四人分の食事を用意してくれた。
本当にミニマム姉妹には感謝だ。
こんな時俺1人だったら、気が動転して何も出来ないまま絶望していたと思う。
2人のお陰で俺も2人の前では弱音を吐くものかと、気を張れている。
俺は風呂の時や、小春の心配を緩和させるために麻莉亜の部屋から出て小春の話し相手になった時以外はずっとこの部屋で麻莉亜の傍にいてやった。
しかし、結局今日が終わっても麻莉亜が目を覚ますことはなかった。
相変わらず体を熱くしたまま寝息も立てずに自分のベッドで横になっている。
麻莉亜に何が起こったのか全然分からないし、どうしてこうなってしまったのかも分からない。
黒波との決闘どころじゃない。
下手すればこのままずっと目を覚ましてくれなくなってしまうのではないかという不安にもかられた。
この状態が続くに連れ、心配が膨らんでいった俺は麻莉亜がいつ目を覚ましてもいいように、麻莉亜の傍で今日は眠りにつこうと麻莉亜のベッドの下でウトウトしていた。
そんな夜中。
不意にこの部屋をドアをノックする音が聞こえてきた。
「……起きてる?」
「小夏か。起きてるぞ」
ドアの向こう側から小夏の声が聞こえてきたので、俺はそのまま小夏を中へと通してやる。
寝巻き姿の小夏は音を立てないようにそっと中へ入ってきて、俺の隣に腰を下ろした。
「麻莉亜の様子はどう……?」
「ダメだ。目を覚まさない」
「そう……。思った以上に小春が心配してる。あの時と同じ」
「…………」
小夏は俯き加減でそう漏らす。
あの時……尾ノ崎事件の時か。
あの時は表面上平静を装っていた小春だったが、夜寝る時は突然ガタガタ震えだしたり泣きだしたりと、色々大変だったと小夏が言っていた。
麻莉亜が動かなくなったなんていう前代未聞の状況なので、今となっては小春のその気持ちが俺にはよくよく理解できた。
「でも、あんたはそれだけ把握してればいいから。小春の面倒は私が見る」
「……すまんな。お前に任せっきりで」
「今は麻莉亜だから……」
「麻莉亜はコンビニ強盗をゲームで殺してしまった……か」
「あんたはどう思う……? 麻莉亜が仕掛けたのか、犯人の方から仕掛けてきたのか……」
「普通に考えれば犯人だろうな。でも、それでも腑に落ちないことがたくさんある。状況を聞く限りでは、ゲームは通常戦闘だ。犯人はいくらでも降参する余地があったはずだし、例え犯人が降参のタイミングを見誤ったとしても、麻莉亜がそれを見誤るはずない。麻莉亜にもそれを伝える余裕が十分にあったはずだ。犯人だって命は惜しいだろうし、麻莉亜の話をしっかり聞いていればそんな事故は起こりようがない」
「…………」
「もしかしたら、この事件はもっと見えない所に真相があるんじゃないかって思ってるんだが……」
「……行われたのは通常戦闘。挑戦を受けた方は断る選択もあった。犯人が通常戦闘を仕掛けたのであれば、麻莉亜は断っていたはず」
「…………」
そんな小夏の言葉を聞いて『はっ』となった。
俺も焦っていたのか、大事なことを見落としていた。
「そうだ。小夏の言う通り。麻莉亜は断れる状態にあったにも関わらず、それを承諾して戦闘に入った……?」
「そうなる」
馬鹿な!?
頑なに対人戦を行ってこなかった麻莉亜だぞ!?
何で今回に限ってそれを破るようなことになったんだ!?
例え俺の命が危険に晒されたとしても、絶対に人に危害を加えるという選択肢を麻莉亜はとらないはずだぞ!?
「何か強盗と戦闘しなきゃいいけない理由でもあったのかな……」
「強盗が誰かに危害を加えようとしていた……? 戦闘に入れば、強盗は現実の世界では身動きが取れなくなる。それを狙ったのか……?」
俺がそう言うも、小夏は首を横に振った。
「そんな証言は聞こえてこなかった。店員は結構間近で見ていたみたいだから、そんなことがあったら話してくれていいはず」
「じゃあ、何で……」
「…………」
謎は深まるばかりだ。
結局、麻莉亜が戦闘に承諾したことも、犯人が死ぬタイミングを見過ごしてしまったことも分からない。
考えても考えても、俺にも小夏にも答えが見つからなかった。
もうこれは本人が目を覚ましたら直接聞くしかないだろう。
前は麻莉亜を信じて全てを話すように無理強いはしなかったが、今回ばかりは怒鳴りつけてでも全部を話してもらわないとダメだ。
麻莉亜のことだ。
きっと俺には包み隠さず話してくれるはずだろう。
それからしばらく俺と小夏の間に無言の間が続いた。
その間を破ったのは小夏の方だった。
「……明後日、あんたどうすんの?」
「……黒波との決闘か?」
「そう」
「……どうすっかな……」
「どうすっかなじゃないでしょ!? あんた麻莉亜を放って、麻莉亜のアシスト無しで勝手に戦う気!?」
「心配すんな。もし形勢不利で負けそうになったら、大人しく降参するさ。俺だって麻莉亜レベルとは行かないまでも、そこそこ戦えるようになってんだから。っつーか、逃げたくねぇんだ。ここで逃げたら、もう俺の居場所がなくなっちまう気がして……」
「……なんでこんな時だけカッコつけてんのよ。 今まで散々現実逃避してたくせに」
小夏は少し呆れながらもそう言ってくる。
「……だから分かんだよ。一度堕落したら、元に戻るのはなかなか難しいってことが。ここで逃げという選択を取ったら、次苦境が来ても逃げちまいそうでさ。堕落したことのないお前には分からんだろうけれども」
「……こんな時くらい逃げたって誰も文句言わないから。麻莉亜だってあんたを心配してるわよ」
「…………」
麻莉亜が心配している。
そうだ。
俺は今まで麻莉亜に心配ばかりかけていたんだ。
尾ノ崎戦の時に、俺の不登校に対する麻莉亜の思いを初めて聞いた。
俺が不登校を続けている時は麻莉亜は何も言ってこなかったので、あの時聞いた麻莉亜の思いは意外だった。
俺は麻莉亜に心配をかけ続け、ずっと甘えてきたんだ。
引きこもりを続けても、エボルが出現してもなお、麻莉亜がなんとかしてくれる、麻莉亜が俺を守ってくれているから、と。
麻莉亜だって学校へ行かなくなった俺を心配していただろう。
でも、麻莉亜が言ってた通り、麻莉亜は俺を信用の置けない学校へ行かせることもまた心配していたんだ。
行かせたいけど、行かせられない。
ずっとそんな相対する思いが交錯し、悩んでいたのかもしれない。
俺には何一つそんな麻莉亜の思いに気付けなかった。
でも、始めから俺がもっとしっかりしていて、もっと精神的にも強ければ、麻莉亜だって安心して過ごすことができたんだ。
俺がこんなにもだらしなく、弱いせいでずっとずっと麻莉亜に負担をかけていたんだ。
そう思うと、今倒れたのも俺のせいだと段々思えてきた。
だからこそ、俺は黒波に立ち向かうべきなんだ。
「麻莉亜は心配している。その通りだと思う。それは、俺が弱いから」
「この場合、弱いとか強いとか関係ないでしょ!? あんたバカなんじゃないの?」
「いいや、ゲームに限らず、精神的にも麻莉亜に甘えっぱなしで弱々だから。だから麻莉亜は自分が俺を守らなくちゃいけないと、俺を心配してくれている。俺は誰にも心配かけないくらい強くなりたい。俺がこんなんだから麻莉亜が倒れたんだ。」
「……カッコつけても呆れるだけだから」
「はは。別にカッコつけようとは思ってねぇよ。本音を言ったまでだ」
「余計呆れる。今このタイミングでそんなこと思い始めるなんて、わざとひねくれているとしか思えない。いいから黒波との勝負は逃げなさい」
小夏は俺とは視線を合わせず、ぼそぼそとそう言ってくる。
小夏も心配してくれているんだろう。
黒波の俺を殺すような勢いを小夏も見ている。
例え通常戦闘でも間違いが起こる可能性は0じゃないし、死ななかったとしても、負ければその先に見えるのは地獄だ。
麻莉亜抜きでレベル11の黒波を相手にするのは、無謀もいい所。
小夏もその辺りを見通してそう言ってくれているのだと思う。
でも俺は、せっかくくれたそんな小夏の言葉を否定した。
「……せっかく掴んだんだ。立ち向かうきっかけっつーのを。前向きな姿勢を。お前が横っ面引っ叩いて教えてくれたんだ。俺はこのまま前を向いて小夏を、小春を、麻莉亜を守ってやりたい」
「またカッコつけて……ばっかじゃないのもう……」
「はは。中身を伴わないとな。だから俺は逃げたくないんだ」
「はぁ……。なんでこんな時に限ってバカになるのよ……。次あんたが怠けたらいくらでも引っ叩いてやるから、今回は安心して逃げなさいよ。小春も心配してた。麻莉亜抜きのあんたを」
「……信用ねぇのな」
「麻莉亜に絶対の信用を置いてるだけ」
「…………」
「あんたは戦わなくていい。麻莉亜が目を覚ますまでずっと傍にいてあげて。小春には私からうまく言っておくから! いい?」
小夏はそう言って俺のほっぺたを摘んで引っ張ってくる。
ほっぺたをグイグイ引っ張られながら少し考えた俺は、そんな小夏の手を払いのけ、にかっと笑った。
「おうよ」
「……よし。じゃ、話はそれだけだから」
そう言って小夏は来た時と同じようにソロリソロリとこの部屋から出て行った。
今の小夏とのやり取りで決めた。
俺は黒波と戦う。
もう、逃げたりはしない。
そして絶対に……そう、絶対に勝ってやる。
黒波をこのままのさばらせちゃダメなんだ。
黒波が小夏に手をかけようとしたのを思い出した。
篠辺野が脅されてるって話を思い出した。
俺が逃げるようなことがあれば、それはどんどん助長していくだろう。
教師だってあんな風になってしまったんだ。
このままいけばいつか小夏も篠辺野も、黒波の毒牙にかかってしまう。
俺は小夏にも篠辺野にも、そして麻莉亜にも迷惑と心配をたくさん掛けてきた。
みんな俺のことを思って、色々動いてくれているんだ。
そんなみんなを俺が守ってやりたい。
強くなったと安心させてやりたい。
もう、黒波に脅かされるような目に合って欲しくない。
これは、俺を支えてくれたみんなへの恩返しなんだ。
俺が黒波に勝利することができれば、状況は変わるだろう。
黒波が負けたという事実があれば、学校も黒波に手を出しやすくなるだろう。
俺が変えてやるんだ。
この腐った状況を。
――俺が黒波に勝つことによって。
麻莉亜を横目で見てみる。
相変わらず寝息も立てずに麻莉亜は眠っている。
上等だ。
麻莉亜抜きでもやってやる。
俺の命を懸けて、俺の全てを懸けてやってやる。
絶対に黒波に勝ってやるんだ。




