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その31.愛の殺人機やら奴隷やら

 篠辺野は1人で部屋を出てこちらの様子を覗き見していた妹の『みさきちゃん』に何かを話に言った後、すぐこちらに戻ってきた。

 そのせいでさっきまであった良い感じの桃色の空気は一旦リセットされてしまう。

 さっきはずっとあんなに密着していたのに、今は互いにぎこちなくわたわたしながら落ち着かない雑談を続けていた。


 変な空気にしたのは俺の方だろう。

 篠辺野は自虐を繰り返して俺に謝ったり、黒波との対戦のことを心配したりと、そんな話を絶え間なく振ってきたのだが当の俺はそれどころではない。


 篠辺野が言っていた『七原くんのことが好き』という言葉がずっと頭の中から消えない。

 いや、消そうと思っている訳ではないのだが、そのことを考えると雑談どころではなくなってしまっていた。

 篠辺野は何もなかったかのようにその話題には一切触れてないし、ここで俺が話題を戻すようなことをしてもおかしいし。

 その話題はタイミングを計って出すとして、とにかく今は変に不自然にならないように一生懸命篠辺野の話についていっていた。


「黒波君はきっと久志川君をアシストにつけて準備をしていると思うの……。久志川君はゲームを積極的に攻略していたし、実際色んな人に指導をしていたんだ。いくら七原くんでも、久志川君を相手にしたら……」

「大丈夫だって。俺だって毎日相当レベル上げを含めた対戦をしてるんだから。それに、俺には最強のアシストがいるんだ。俺の姉の麻莉亜。麻莉亜がいれば全く負ける気はしない。当日は麻莉亜にアシストについてもらうつもりだから、篠辺野は悪いけど外で応援していてくれよな」


 正直言うと、今の話は真実が半分、他の半分はカッコつけだ。

 相手が久志川だろうが黒波だろうが、レベルが同じなら俺1人で五分以上の勝負はできると思う。

 麻莉亜がいるお陰で人より実戦経験は多く積めている自信があるし、毎日のレベル上げに加えて黒波や『篠辺野といる時にヤンキーに絡まれたらどうしよう対策』もぬかりなく行っている。

 ネットにある攻略コミュニティも覗いたりして、俺もレベル以上に『ゲームを考える力』を上げてきたつもりだ。


 だが、相手はレベル11。

 攻略コミュニティにもレベルが10を越えている人はおらず、全部例のブラックメシアを情報源としての話になってしまうが、それが真実ならばレベル9以下と大きな戦力差があるのは俺もよく理解できた。

 今ある俺の実力に麻莉亜の頭脳を足して、そのレベル差が埋まるかどうかって所だろう。

 俺の目算では全て込み込みで5分といったところなので、今の俺の台詞は半分が真実、半分がカッコつけといった感じになっているという訳だ。


「でも……」

「よーし、この話はやめよ! そうだ! 篠辺野漫画書いてるんだったよな!? ぜひ見せてくれよ! 俺も篠辺野の描いた漫画見てみたい!」

「え……えぇ!?」


 この話題になると、どうしても篠辺野が下を向いてしまう。

 それだとさっきのような空気にはいつまでたってもならない。

 ここはとりあえず話題を変えて空気を一旦リセットして、それとなくさっきの話題に戻れるように画策してみた。


「恥ずかしいよぅ……。私、絵、下手だし……」

「篠辺野! お前は一体何の為に漫画を描いているんだ!? 人に見せ、評価をもらい、人に感動を与えるためだろう!?」

「ぐぬぬぬ……いきなり正論を……」


 俺がそう言うと、篠辺野はみるみるうちに体を小さくさせていく。

 膝を抱えて体育座りのような格好を取り、赤くなった顔をその中に半分うずめてしまった。

 その格好があまりに無防備すぎる。


「う~……う~……」

「……ゴクリ」


 その格好のまま体をゆっくり左右に動かして、もぞもぞ動いている。

 そのせいで今にもただの布が……タダノヌノがぁああぁぁーーーー!!!

 わざとか!?

 わざとやってるのか!?

 怒るぞ!!?


「うぅうぅう……本当に誰にも言わないでね? みんなには内緒だよ?」

「…………」

「ど、どしたの?」

「え? な、何でもない何でもない!! 本当に何でもないっ!! 内緒にするする!」


 ヤバイヤバイ。

 本当に男ってのは危うい生き物だぜ全く。

 一歩間違えただけで良い感じの状況から一転、バカサイテーヘンタイシネコースに真っ逆さまに転落する危険な橋を、常に渡っているのだからな。


「……ほ、本当だよ? お姉さんにも、九条さんにもだよ?」

「あ、あぁ、言わない。約束しよう」

「…………」


 俺がそう言うと、膝の中に半分顔を隠した篠辺野はホントかなぁとでも言いたそうな表情で俺のことを凝視してくる。

 俺は後数ミリで見えてしまいそうな篠辺野の危険な映像を頭から消し去ろうと、目を瞑って一息入れた。


「……ふぅ」

「…………」


 篠辺野はしばらくすると、体育座りのまま尺取り虫のように足を動かしてお尻を引きずりながら『ずずずずず』と移動しはじめる。

 俺の横を通った時にふわっと香った篠辺野の甘い匂いが本当に殺人的だ。

 顔を真っ赤にしてもぞもぞ動く仕草も可愛すぎるので、それがギリギリの橋を渡っている俺を突き落とそうとしているようにしか見えなかった。


 篠辺野はそのまま本棚の前に移動し、そこから紐で結ばれた本の束を取り出す。

 そしてコソコソと俺から見えない位置でその紐を解き、その中から一冊薄い本を手に取り、顔も合わせず俺の方に差し出してきた。


「……はい」

「……冷たい愛の殺人機1」

「言わないでーーー!!! 音読禁止!! ダメよ!? そういうの!!」


 タイトルを口にしただけで怒られてしまった。

 表紙にはイケメンの男性がバストアップで描かれており、その男の首元にはレッドラインが消されたような痕が残っている。

 女性特有の線の細い絵だが、その辺の商業誌と全く見劣りしない画力だと、素人なりには思った。

 著者は『ののか』と書いてあるのだが、これが篠辺野のペンネームなのであろう。


「では、拝見させていただきます」

「い、今から私10分は何も見ないし何も聞かないから!! 本当に、私はいないものだと思ってね!! 声を出さないでよ!!」

「ははは。了解した」


 篠辺野は制服のままベッドに横になり、布団を被ってしまった。

 そんなに恥ずかしいものなのかと思いつつ、俺は漫画を早速読み始めた。





 読み終わった。

 案外あっさり。

 ページが少なかったし、題名に『1』とあるので続きがあるのだろう。


 内容は以前篠辺野が話していたアンドロイドが人間に復讐する話……だと思う。

 正直言って、滅茶苦茶面白かった。

 というか、絵がうまい。

 作画も構図も普通の漫画を読んでいるのと何ら変わりない自然さだったし、素人臭さは微塵も感じられなかった。

 話も面白く、冒頭では血塗られたイケメンが凄い悪い顔して人をぐっちゃんぐっちゃんに殺していると思ったら、次の話では過去に戻ってそのイケメンがかしこまったアンドロイドに。

 このギャップに何が起こったのかと、わくわくさせられた。

 人物描写もうまいし、夢中になって読んでいたらすぐに読み終えてしまった。


「マズイぞこれ、面白い」

「七原先生は優しいね」


 布団の中から篭った声が聞こえてくる。


「いやマジだって。次あるの? 本気で読みたいんだけど……」


 と、篠辺野が取り出していた本の束を勝手に漁ろうとすると、物凄い勢いで篠辺野がガバッと布団から出てきて、それを止めさせてきた。


「ダメーーー!! これは絶対ダメ!! 続きね……ちょっと待ってね……」

「…………」


 顔を真っ赤にして俺から本の束を引き離す。

 もしかしたらあの本の中に昔書いた黒歴史的な本が混ざっていたのかもしれない。


「エバンスは何で飼い犬に餌をあげなくなったんだ? 飼い犬めっちゃ衰弱してたぞ、可哀想に」


 篠辺野が続きを探している間、俺は作中の話を振ってみる。


「……エバンスは人間になりかたかったんだよ。ルーチンを敢えて行わないことによって、自分はアンドロイドじゃないって思い込もうとしたの。命令されるしかできない状況からのささやかな抵抗というか……」

「はぇ~。そうか、なるほどな! じゃああれか!! 突然飯を作らなかったのも……」

「そう。有り得ないし、唐突な展開だよね……ははは。嫌になっちゃう」

「なるほどー! 俺は旦那が嫌いだから拗ねたのかと思ってたわ! でも、その後の旦那に対する態度がそういうんじゃなかったから、何か違和感あったんだよな~。なるほど~、そういうことだったのか~。続き、はよ続きを!!」

「七原くんはホント優しい子だよ……こんな立派な子に育って、わたしゃホント嬉しいよぅ……」


 素で褒めたのに、気を使ったと思われているっぽいな。

 でも、マジでこの子漫画の才能あると思う。

 本人は有り得ない展開とは言ってたが、そんなの気にならないくらい面白い。

 

 篠辺野はそれでも恥ずかしそうに『冷たい愛の殺人機2』を俺に手渡してきた。

 そして本の束を俺から離すように持っていき、今度は俺と向かい合う位置に座る。

 何だか1人で読みふけってしまうのも申し訳ないなと思いつつ、俺は続きを読んでいった。





「面白い。マジで」


 第二巻も見事なクオリティだった。

 1人で黙々と読んでいて篠辺野には申し訳ないと思いつつも、第三巻まで読みたくなってしまう。

 が、ようやく漫画から目を離して顔を上げるも、篠辺野は部屋の中にはいなかった。


「…………」


 そう言えば、途中でまた部屋のドアが開いてこっちを覗く視線があったな。

 篠辺野の妹のみさきちゃんだろう。

 俺も顔すら合わせていないし、後でぜひ挨拶をしておきたい。


 そのみさきちゃんがこっちを見てたようで、篠辺野は俺に「ちょっと叱りつけてくる」と言いながらこの部屋を出て行ったんだった。

 漫画に夢中で忘れていた。


 ふと周りを見渡してみる。

 恐らく続きはあの本の束の中にあるんだろう。

 勝手に触ったら怒られそうだけれども……。


1.篠辺野が戻ってくるまで大人しくしておく

2.そういえば俺も勝手にイケナイ物を見られたような気がする。俺も篠辺野の黒歴史を暴いてやれ


「…………」


 自分の中で選択肢を勝手に作って迷ってみる。

 今ここで勝手に見たらマジで篠辺野怒りそうだよな……。

 でも、俺も見られたしそれについてからかわれたし……。


「…………」


 決めた。

 勝手に見てやれ!

 これでおあいこだ!

 恥ずかしそうにしてはいたが、どうせそうでもないだろ。

 こんなクオリティの高いものですら見せるの恥ずかしがっていた訳だし。


 そう思ってソロリソロリと本の束に近づき、その本を一冊一冊確認してみる。

 そのどの表紙も同じようにクオリティが高く、全く恥ずかしがることなんてないのにと肩透かしをくらった。

 中から圧倒的に下手な絵が出てきたりするのを期待したのだが、そんなことも全くない。


 だが、その中に1つだけ怪しげなものを発見した。

 タイトルは『愛の奴隷』で、表紙には裸の男女が抱き合っているという、ややセクシャルなもの。

 少しドキドキしながら中身を見てみる。


「…………」


 やばいぞこれ。

 思った以上にやばい。

 冒頭から男女が裸で絡み合ってる。

 愛の奴隷だこれ。本当に。

 最近のいかがわしいレディコミよろしく、かなり過激だ。

 あの篠辺野がこんなこと描いていると思うだけで滅茶苦茶興奮してきた。


「…………ふっ!」


 次々とページをめくっていく。

 やばすぎる。

 愛の奴隷、ヤバすぎるぞ!

 かなりエグいことやっていらっしゃる!!

 高校三年生の乙女がこんなの書いていいの!?

 っつーか、何言ってんだこのキャラ!?

 『おまえに俺の愛のロケットを飛ばして、何も言えないようにしてやる』って、ホント大丈夫かそれ!?

 俺も何も言えなくなっちゃうよ!!

 篠辺野こんなこと想像して書いてんの!?


 慌てて本をひっくり返して著者を見てみる。

 『二階堂 勝』

 他の本の著者は『ののか』。

 他の人が描いた本!?

 でもこれ明らかに篠辺野の絵だぞ!?

 いや、篠辺野の描く絵より若干線が太くなっているか……?

 本人だとバレないようにペンネーム変えてんのか!?


 篠辺野が描いた場合もやばいし、他人が描いた本だった場合でもやばい。

 この本の内容よりも、この本を描いたり読んだりしている篠辺野を想像するだけで滅茶苦茶興奮してきてしまった。


「ごめんね……ちょっとあの子、七原くんに興味あったみたいで……あははは」

「ひぃいい!!!! 知らない知らない!! 愛の奴隷なんて全く知らないぞ!! 二階堂勝なんて知らない!! ロケットも全然飛んでないし、ホント、何も見てないし一切知らないから!!」


 篠辺野の顔が高速で赤に染まっていくその様子と表情の変わり様を、俺は一生忘れないだろう――――。

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