その30.告白
最寄り駅から少し歩いて行くと少し古風な一軒家に到着。
篠辺野は少し準備をするからと言って俺を外で待たせ、1人家の中へと入っていった。
篠辺野のスパイ発言を受けた俺はとにかく混乱した。
篠辺野と出会ってからは毎日が夢のようで、俺も浮かれてへらへら幸せ気分で遊んでいたが、それを全て吹っ飛ばす程の威力があった。
俺は篠辺野に騙され続けていたのだろうか。
とにかく、どういうことなのか聞き出そうと……それこそ、厳しく問い詰めてやろうとしたのだが、俺はそうしなかった。
篠辺野が、あの篠辺野が本当に悲しい顔して涙を流し続け、自分を責め続けていたから。
時折過激な言葉を交えて自分を責め続ける篠辺野は、このまま放っておけば自殺でもしてしまいそうな雰囲気だった。
そんな様子を見て、俺は篠辺野の全てが嘘だったかもしれないと疑った自分を責めた。
騙し続けてきたことに負い目を感じたからこそ、篠辺野は今こうして自分を責め、泣きじゃくっているのだと思った。
この様子が演技で、更に俺は騙されているのかもしれない。
そんなことを一瞬思ったし俺自身もひどく混乱したのだが、それでも俺はここに来るまで何故か問い詰めるようなことは一切しないで、ただただそんな篠辺野を元気付かせてやっていた。
今まで楽しくやってきた間柄が嘘だとは思えなかったし、嘘だと思いたくなかったから。
篠辺野は真相は全て包み隠さず話すと約束してくれた。
俺は内心ビクビクしながらも篠辺野を信じ、彼女が家から出てくるのを待っていた。
程なくすると悲しい顔のままの篠辺野が玄関から顔を出す。
「ごめんね、お待たせしちゃって……。汚い家だけれども……」
「あぁ、大丈夫だ。構わんでくれ」
篠辺野は「泣けば許される訳じゃないからね」と言って、以降泣かないように努めていた。
今は顔を洗ったのか、顔はすっきりとした感じにはなっているが、一人になった時相当泣きじゃくったのだろう。
目が真っ赤に腫れていた。
篠辺野は俺と顔を合わせるのがつらいのか、幽霊のように下を向いたまま俺を家の中へと通してくれる。
篠辺野に案内されて初めて――いや、九条家には入ったことがあるので初めてではないが――他人の女の子の家に入る。
「お……お邪魔します」
こんな状況でも女の子の家に入るというのは、やはり変に意識をさせられる。
両親は不在なのだろうか。
玄関で挨拶をしてもそれらしき人は出てこなかった。
代わりに影から顔を半分くらいだしてこっちの様子を伺っている小学生くらいの小さな女の子が見えたので、俺は視線を送りつつ頭を下げる。
すると、その影はサッと隠れるようにいなくなってしまった。
篠辺野はそんな様子も無視して、俺を自分の部屋へと通す。
俺は極力冷静を装って篠辺野の案内してくれた部屋の中へと入っていった。
実に女の子らしい綺麗で可愛い部屋で、中はラベンダーの良い香りがほのかに漂っている。
茶菓子が用意された小さなテーブルに案内され、俺はそこへ腰を下ろした。
篠辺野もそれに続いて俺の正面に正座をして座る。
「可愛くて良い部屋だな。なんだか心が落ち着いてくる」
「うん……ありがとう」
全くそんなことはなく、今直ぐにでもどういうことだったのか聞き出したいところだったのだが、間を持たせるようにそう発言した。
篠辺野は俯き加減になりながらも、俺の言葉を皮切りにゆっくりと話を始めていった。
「……ありがとう、七原くん」
「……いや、正直な感想だから」
「……ううん。私に気を使ってくれたんだよね。私がスパイだって言っても、全然理由を聞いてこなかった。私……泣いてばっかだったし、変なことばっか言ってたから問い詰めにくかったのかなって……」
「…………」
「だから……そんな卑怯者の私でも、七原くんは気を使ってくれて本当に優しくて……それを思うと余計に自分が嫌になっちゃって……」
そう言って篠辺野はすっきりしたはずの顔を再び拭った。
「……事情を聞いてから判断するよ。自分で落ち着いて話せるってなるまで焦らなくていいからさ、気持ちの整理ついたらぜひ話してくれよな」
「うん……もう、大丈夫だよ。本当に……ありがとうね。そして……ごめんね」
篠辺野はもう一度涙を拭い、俺に顔を向けて無理やり笑顔を作った。
そしてゆっくりとした口調で話を始める。
「私ね……本当は七原くんの敵……だったんだ」
「敵……か。そりゃまた、恐ろしいな。篠辺野は黒波のチームの幹部なんだもんな。やっぱりそうだったのか……」
「私ね、自分の意志で黒波君のチームに入ったの。純粋にエボルを倒して欲しいって思って、自分から黒波君にお願いしたんだ。そしたらすぐに幹部に取り上げられちゃって、最初に幹部が把握しておくべきチームの方針について久志川君から色々説明をもらったんだ。エボルを倒すためには経験値が必要で、経験値を集めるには仲間が必要で、仲間を集めるためには宣伝が必要だ~って感じで……」
「なるほど……」
頭脳派の久志川らしい、納得の行く合理的な筋道だ。
「宣伝する為にはどうすればいいかってなって、私も色々案を出してみたんだけれども、案のうちの1つに『人類から恨みを買っている七原くんを倒すこと』っていうのがあったの」
…………。
さすが久志川というべきか何と言うべきか。
標的にされているのは俺だというのに、妙に感心してしまった。
確かに俺を倒せば『エボルを創りだした元凶を倒すことが出来た』と外向きに言えるだろうし、やり方次第では大きな宣伝効果となるだろう。
冷静に考えれば俺を倒したところで事態は何も好転しないのだけれども、『あなたの七原に対する恨みを代理発散します』みたいな感じなら十分効果が出そうだ。
黒波が執拗に俺に勝負を挑もうとしているのもそれが理由か?
いや、よく分からんな。
エボルが出現する前からあいつは俺を異様に敵視していた訳だし。
「七原くんをゲームで倒すにはどうすれば~みたいなことを言っていたんだけれども、本当に私はそれに疑問を感じていたんだ。もちろん、そんな危ないことは相手が誰であろうとやるのはおかしいって思って。でも、チームに入りたての私にはそういう風に反発する勇気がなくて……」
「まぁ……仕方ないよな。新人がお偉いさんに意見するなんていうのは誰だって出来ないことだと思うし……」
「…………」
俺がそうフォローすると、再び篠辺野が泣きそうになってしまう。
良くないフォローだったか。
あんまり慰めてやると余計に篠辺野が自分に負い目を感じちゃいそうだ。
「……うん。でも、私、その時は本当にエボルを倒してくれるのであれば自分にできることは何でもしようって思ってたんだ。でも、日に日に黒波君のやり方には違和感を覚えるようになっていって……。そんな時に七原くんが守島君達に絡まれている現場を目撃したの」
「あの時か」
俺が里見と守島に絡まれた時。
あの時既に篠辺野は俺の肩を持ってくれていた様子だったと思ったが……。
「その時は守島君達が明らかに七原くんを悪者にしようと思っていたのがよくわかったし、七原くんを助けてあげたいって思ったのは本当なんだけれども、心のどこかでもしかしたら私も七原くんに近づいてチームの為に何かできるかもしれないなんて思ってたんだ……。色々考えているうちに、とにかく七原くんとコンタクト取って損はないって……。本当に……ごめんね」
「…………」
いきなり俺をエムバに連れて行ったのはそれが狙い……か。
色んな思いが交錯したんだろうな。
今の語りぐさなら、俺を助けてやろうとした意志は本物だったみたいだ。
俺を利用しようと考えていたのも事実みたいだが。
でも、俺が想像していた1から10まで騙されていた……ということではないと分かり、少し安心した。
俺は黙って篠辺野の話を聞き続ける。
「でも、七原くんの話を聞いているうちに、やっぱりチームのやり方は間違っていると確信できるようになってきたし、七原くんが悪い訳でもないっていうのは分かってきたの。だから私は思い切って黒波君に『七原くんを倒すのなんてやめよう』って進言したんだけれども、黒波君はそんなこと受け入れてくれなくて……。むしろ逆に黒波君は私に七原くんのゲームのステータスを聞き出してこいって言ってきたの」
「…………」
ゲームのステータス……。
俺は篠辺野とアシスト関係を結んで、ステータスを全てばらしている。
それは俺からアシストを結ぼうと提案したことだったので、篠辺野にとっては思わぬ収穫だったんだろう。
篠辺野は黒波のスパイとなって、俺のステータスを全てばらした……?
それはマズイ。
ステータスが対戦相手に事前にバレるというのは、試合を圧倒的に不利に働かせる要因になる。
オンラインの雑魚クライシスは事前にステータスがある程度分かっているからこそ、安定して狩れるんだ。
事前にステータスが分かってしまえば、自分のステータスと照らしあわせて試合のシミュレーションを組み立ててしまえば、勝率は爆発的に上がってくる。
もし、篠辺野が俺のステータスを全て黒波に伝えているのであれば、明後日行われる戦いは、レベル差も考えれると俺の勝ちはほぼなくなると言ってもいいだろうけれども……。
「篠辺野は……バラしたのか?」
「…………」
俺が恐る恐るそう聞くと、篠辺野は少し間をおいた後に首を横にふるふると振った。
「実はね、私のお父さん、立尾と取引をしている小さな部品工場で働いているんだ。黒波君はそれを知っていて、言わないと取引を打ち切るって脅してきたの。私の家、こんなに貧乏だしそんなことされたら本当に一家路頭に迷うことになっちゃう。私が断れないのを知ってて、黒波君はそう言ってきたの」
「…………」
「でもね、私、嘘をついたんだ。嘘のステータスを黒波君に伝えちゃった」
「篠辺野……」
「ごめんね。今更こんなこと言っても言い訳にしかならないんだけれども、黒波君のやり方にはついていけなかったし、それよりも何よりも……七原くんが好きだから……」
そう言って篠辺野は涙を一粒頬を伝えながらも、笑顔を作って俺にそう言ってきた。
その一言が俺の全身を煮えたぎらせるような思いにさせてくれた。
嘘を付けば一家路頭に迷うと承知した上で、俺なんかの為に嘘をついてくれたんだ。
人類の敵だと言われ、周りからは冷たい目で見られ、登校拒否するようなクズの俺のことを思ってくれたんだ。
今の一言で全身がぶるぶると震えてきた。
これはどういう感情なのだろうか。
こんな時に俺はなんと声を掛けてやればいいのか分からない。
そんな俺が情けなく感じられた。
「ははは……。本当に、何様だって感じだよね。七原くんを倒そうと近づいておいて、黒波君に加担しておきながら。でも……本当はね、もっと早くこのことを七原くんに言いたかったんだ。早く全部話して楽になりたかった。でも、こんなこと言ったら絶対七原くんに嫌われちゃうって思ったら、言い出す勇気がなかなか出なくて……。結局こんな大事なことになるまで放置しちゃった。私はずっと……夢を見ていたかったんだ。七原くんには嫌われない夢を……ずっと……ずっと……」
「篠辺野!!」
俺はたまらず泣き笑顔の篠辺野をぐっと抱きしめた。
俺も何を言われるのか色々と恐れていたが、蓋を開けてみれば全然大したことじゃなかった。
むしろその真逆だった。
やっぱり篠辺野は俺の思った通り、俺の味方で、優しく素敵な俺のオアシスということに間違いはなかったんだ。
要は、篠辺野は黒波側だったけれども元々黒波をよく思っていなかったし、それどころか俺を心配してくれていたってだけじゃないか。
しかも、黒波の脅しにも屈することなく、自分を犠牲にしてまで俺を守ってくれたんだ。
それで何で俺に嫌われると思ったのか全然理解できない。
男として、こんな篠辺野の思いに応えてやらなければダメだろう。
篠辺野にこんな悲しい思いをさせたら男として終わってる!
「何にも心配することなんてねぇさ。何も怖がることもねぇ。負い目を感じることもねぇ。ずっと苦労しながらも、俺を守ってくれたんじゃねぇか。自分の家族を犠牲にする覚悟で、篠辺野は俺を守ってくれたんだ。それをどうか誇ってくれ!」
「七原くんは優しいよね……。ずっと騙してた酷い女なのに……。嘘のステータスを教えたということだって、それこそウソだと思われても仕方ないところなのに……」
「嘘じゃないんだろ? 今言ったことは全て本当のことなんだろ?」
「うん……ごめんね、七原くん……ごめんね」
篠辺野は言葉をつまらせてそう返してくれる。
「なら、俺はそれを信じる。篠辺野は黒波のやり方には疑問を感じていたけれども、家族のことを考えてずっと葛藤してたんだろ? どうしたらいいか分からなくて、ずっとずっと悩んでたんだろ? 辛かっただろうさ。誰かに頼りたかっただろうさ。でも、俺が人類の敵だから味方してくれる奴は誰もいなかったんだろ? すまなかったな。俺もそんなこと知らずに呑気にへらへらと。でも、もう何も悩むことはないさ。俺を頼ればいい。俺が必ず守ってやるから!」
「七原くん……七原くーん!!」
もう泣かないと決めた篠辺野だったが、俺がそう言うと俺を強く抱き返してえぐえぐ泣いた。
良かった。
最悪の告白を覚悟したけれども、それどころか最高の告白を篠辺野から戴けた結果になった。
もう、俺に恐れるものは何もない。
後はこの篠辺野の思いに報いる為にも黒波を倒してやるだけだ。
しばらく篠辺野は俺の胸で泣き続けた。
それを俺は髪を撫でて、思う存分泣かせてやる。
篠辺野はひとしきり泣いて落ち着いた後も、俺の体から離れることなくずっと抱きついていた。
「もうちょっと……七原くんの優しさに甘えさせてもらって……いいかな……」
「あ……あぁ……いいぞ。気が済むまで俺の胸で泣け」
「えへへ……ありがと」
そう言って篠辺野は俺から体を離そうとしない。
かなり緊張して動揺しながらも、周りを確認してみる。
「…………」
篠辺野の部屋に二人きり。
周りには誰もいない。
篠辺野は俺に抱きついて離れようとしない。
悩んでいたこともスッキリと解決し、心の余裕が出来たどころか篠辺野の話で色々なものが盛り上がってきた俺が『も、もしかしてこれは……』なんてよからぬことを考えてしまうのは、俺が変態紳士だからという訳ではないだろう。
男だったら誰でも同じことを思うはずだ。
段々と良からぬ妄想が膨れ上がって、違うところも一緒になって膨れ上がって腰を引かせ気味にしていると、不意に物音がした。
「…………」
その物音に俺も篠辺野も気づいて振り向く。
すると部屋のドアがかすかに開いていて、そこから視線が送られていることに気がついた。
俺と篠辺野がそれに気がついて慌てて体を離すと、ドアの外の人影は無言のままサッといなくなった。
それからタタタタタと廊下を駆ける音が聞こえるまで、俺と篠辺野は気まずそうに互いに視線を逸らしていた。
「…………」
「……くそう」
顔を真っ赤にした篠辺野が不意にそう漏らす。
くそうは俺の台詞だ!!
一旦冷えた雰囲気を再び盛り上げるのは難しいんだぞぉ!!?
ド畜生がぁぁぁーーーーー!!!




