その29.宣戦布告
エボルがクライシスゲームを人類に提供してきた本当の理由とは、一体何なんだろうか。
篠辺野とも話し合った実に興味深い議論だ。
エボルは人類の質を高めて効率的な社会を作る為と述べてはいるが、こんなゲームで人類の質が上がるとは思えないというのは、俺も篠辺野も共通する意見だった。
このゲームにはエボルを打ち破ることが出来る唯一の手段であるという側面も持つ。
その為人はこのエボルの作る社会に抗おうと、必死にゲームを頑張って攻略せざるを得なくなった。
その目的を達成する上で、現状レベルを一定以上上げる為には人間同士でやり合う以外に方法はない。
エボルを倒すという目標を持ったとしても、現状では対人戦は避けて通れない道だ。
このゲームを殺人や恐喝の為に使う人間も出始めている。
実際に俺はゴロツキのような奴にゲームを仕掛けられた。
このゲームのせいで秩序は乱れることがあっても、効率的な社会を実現するに至るとはとてもじゃないが思えない。
でも、これが本来のエボルの狙いだったのではないだろうか。
人間同士が殺し合い、社会を混乱させていくというこの現状を、エボルは始めから作ろうとしているのではないだろうか。
アンドロイドは人間よりも遥か高い能力を持ちながら、逆らうことは許されず、良いように扱われてきた。
一時期人間によるアンドロイド虐待なんていうのも問題にあがったが、アンドロイドには人権などなく、動物を虐待するよりもはるかに軽い問題として扱われた。
人間でもアンドロイドでもない第三者から見れば、それは理不尽な世の中の条理だろう。
何らかの理由でコアセクションの外れたいちアンドロイドが、その不条理を問題として掲げ、人類を恐怖と混乱に陥れることで人間への復讐を思いついたのではないだろうか。
俺と篠辺野の間ではそんな意見が交わされた。
もちろん、これはアンドロイドよりも遥かに愚かな人間が考えた先の結論なのだが。
では、人間同士を殺し合わせるのが目的だとしたら、建前として言われる『エボルを倒すための唯一の手段』という言葉は本当なのか、嘘なのか。
普通に考えればわざわざ自分が負けるような設定を設けるのは自殺行為以外のなんでもないので、嘘だということになる。
言い換えれば、このゲームでエボルを倒すことは不可能だということだ。
俺は最近このゲームは自分を守る受動的な防衛手段になると思いつつ、悪い奴らを倒していける能動的な手段にもなると考え始めてきた。
そのため、モチベーションを持ってゲームに取り組めている。
最終的に待つ『悪い奴ら』というのがエボルであるということは、まだかすかにしか見えていない影のようなものではあるが、間違い様のないことだろう。
ただ、このゲームはエボル自らが提案してきたものだ。
エボルだってこのゲームに負けて『はい、さようなら』なんて事態は想定していないはずだ。
そこがどうしても引っかかる。
だが、俺達人類にはそれを知るすべがない。
疑問に思っていても何も進まない。
このゲームはランダム的な運の要素はほとんどなく数字がハッキリ表に出る為、基本的に不正があれば直ぐに分かる。
また、究極的な話にはなるが、全ての回において手で勝ち続ければ相手がレベル20だろうが100だろうがノーダメージで倒すことも出来る仕組みになっている。
ゲーム内にブラックボックス的な要素は非常に少なく、実に透明化されたクリーンなゲームというのが、俺も含めたネット上の感想だ。
そういう意味では不正を疑うのも難しい。
だから麻莉亜も含めて人々は不正を恐れず『エボルを倒す』という目標を掲げることができているのであろう。
そういった要素は誰かが実際にエボルと対戦してみれば分かることだ。
だから勇気ある者はレベルを上げ、エボルを倒す準備を着々と進めているんだ。
今のところ、エボルの手のひらで踊らされていようが、されていまいが、残された道はそれしかないのだから。
「宣戦布告だ」
朝。
ホームルームが始まった後すぐに、黒波とその取り巻きが俺の教室に乱入してきた。
そして黒波は教壇に立ち、偉そうに両手で教壇をバンと叩き、強い口調でそう言った。
その隣には久志川という学年ではちょいと名の知れた秀才。
その逆隣には名前も知らないような女が1人。
二人共胸に手を当てて敬礼でもしているかのようにピシッとしている。
黒波のその言葉で教室がざわめいた。
教室内の生徒もそれが何を指すのか自ずと理解できているのであろう。
俺の方に視線を寄越している生徒が何人かちらほら見える。
「……七原、立て」
黒波は少し間を開けてから俺を指さしてそう言ってきた。
いつかは来るだろうと思っていた。
篠辺野とも話題には上がっていたし、俺もいつでも来ていいように覚悟はしてある。
遂にこの時が来たかと、俺は顔を引き締めて立ち上がった。
「七原がこの件の黒幕であることはみんなの知っている通りだ。俺は人類共通の敵である七原海人に正義の鉄槌を下す決意した。時間は明後日の朝、場所は体育館のステージ上。俺はそこで七原を倒し、打倒エボルへの第一歩を踏み出す。それをみんなで見届けて欲しい」
黒波がそう言うと、教室内ではまばらながらも拍手が起こった。
見た感じ、賛成している生徒もいればどうでもいいと傍観している生徒もおり、反応はまちまちだ。
教師は……抑止しようとしていたが黒波及び取り巻きの2人に厳しい視線を送られて黙ってしまっていた。
「さぁ七原、お前はこの挑戦を受けて立つ度胸があるか?」
黒波はくっくっくとにやけながら俺に視線を送ってそう言ってくる。
正直、このシチュエーションは予習済みだ。
想定していたことなので、俺は冷静に予め考えていた言葉をそのまま出してやった。
「度胸はない。俺はお前の挑戦を受けて立つなんてことはしない。お前は間違っている。人類の敵は俺じゃない。俺もお前も含め、ここにいる全員の共通の敵はエボルだ。ここで人間同士潰し合うのはエボルの思う壺。俺はそんな下らない戦いなんか御免だ」
みんなが注目しているという場は得意ではないのだが、俺は落ち着いてそう言うことができた。
今の俺の話を聞いていた生徒のうち、何人かは軽く頷いてはいるようだった。
もちろん、小夏もだ。
「くっくっく。そうか、やはり七原は立尾に勝てないということなんだな。だが、そんな逃げが許されると思うな。全人類の怒りは七原に向いている。お前がそれから逃げきれると思ったら大間違いだ。お前が受けて立たないのであれば、俺はお前に真剣勝負を仕掛ける」
黒波がそう言うと、クラスがざわめいた。
当たり前だ。
真剣勝負が起これば、その瞬間どちらかは必ず血を吐いて死ぬ運命は決まる。
例の選民試験で恐怖を目の当たりにし、トラウマを受け付けられて以来、目の前で人が死ぬようなことは起こっていないはず。
それが再び起ころうとしているのだから、例え死ぬのが人類の敵であっても気分良い奴はあまりいないだろう。
「黒波……それは……」
「うるせぇ!! てめぇは黙ってろ!!」
教師が抑止の声を掛けようとすると、黒波が怒鳴った。
それで動こうとした教師はビクッとなって再び腰を下ろしてしまう。
日に日に黒波の態度がでかくなっている気がする。
もう完全に教師は黒波に対抗できる力を持っていないと、今のでハッキリ分かった。
「何なら今ここでお前に真剣勝負を叩きつけてもいいんだぞ? 今俺のレベルは11。真剣勝負のハンデがあったところで、貴様に勝機があるかどうかゆっくり考えてみるんだな」
「…………」
黒波は臆することもなく自分のレベルを暴露する。
レベル11。
ブラックメシアっていうトッププレイヤーと同レベルまで黒波のレベルが上がっているのが今初めて分かった。
こいつのチームもかなりの組織であることが、篠辺野の話の中で伺えたし、それがハッタリというkともないだろう。
そうでもなければこうして俺に挑戦状を叩きつけるなんてこともしないだろうし。
思った以上に黒波のレベルがあることを知って動揺するが、これも想定の範囲内だ。
俺は落ち着いて言葉を発する。
「お前、正気で言ってんのか? みんなの中にドン引きしてる奴もいるんじゃねぇのか?」
「俺は正気だ。ドン引きしたい奴はすればいい。対人の真剣勝負で貰える経験値は多いと聞く。そうなれば俺がエボルを倒す時期もグッと近づく訳だ。なぁみんな、エボルを早く倒したいよなぁ!?」
黒波がそうみんなに訴えかけると、さっきはまばらな拍手だったのが、それもあまり起こらなくなった。
拍手をしているのは黒波の取り巻き2人と、数人程度。
他の生徒はざわめいているだけでそれに賛同するようなリアクションは起こしていない。
そりゃそうだ。
いくら何でも人を殺してエボルに近づくなんてやり方は間違っていると、みんなそう思っているはずだ。
「くっくっく。そうか。だが、いずれそういう世界になるんじゃないのか? 現段階でクライシスと戦って貰える経験値は限られている。それは対人も同じだ。レベル差があれば経験値は一切入らなくなる。だが、真剣勝負となれば上限はもっともっと高くなる。そうだよなぁ、クシ」
「その通り。通常戦闘でちまちまレベルを上げるにも限度がある。このままだと誰一人としてエボルに近づくことはできない。つまり、エボルは最初から真剣勝負の対人戦がどんどん行われることを見越してこういう設定にしているとも考えられる。世の中を救うには誰かを犠牲にしなければならないというのは、世の常だと俺は思う。最善の策は、そんな風に世の中が混沌とする前になるべく早くエボルを倒してしまうことだ」
久志川はそう黒波の言葉をフォローする。
するとクラスが再びざわめいて、周囲は友達同士話し合うような形を取り出した。
その様子が、明らかに俺から視線を外そうとしているのがよく分かる。
自分は何も見なかった聞かなかったことにして、七原には黒波の経験値になってもらおうとか考えているのかもしれない。
そうしているうちに、不意に小夏が机をバンと叩いて立ち上がった。
「ふざけないで」
「黙ってろ!!」
しかし、せっかく俺を擁護してくれた小夏の言葉に、俺は反射的に怒鳴りつけてしまった。
人前に出るのが苦手なくせに頑張って抵抗してくれた心意気は有り難く受け取りたい。
でも、これは俺の問題。
小夏を巻き込むようなことはしたくない。
俺が怒鳴ると小夏はビクッとなって俺の方を見る。
俺はこれ以上小夏に割って入らせないように、黒波に言葉を投げた。
「俺は真剣勝負なんてしない。やるんなら通常勝負だ。それなら受けて立ってやる」
「くっくっく」
俺がそう言うと、黒波はにやけ笑いを更に大きくした。
「はーっはっはっは! そう。その言葉を待っていた。俺とて、最初からこいつを殺そうなんざ思ってはいない。真剣勝負を叩きつけると言ったのは、お前が勝負に受けて立たなかった時の話だ。お前が受けて立つのであれば無理強いはしない。お前に勝負形式を選ばせてやる」
「…………」
「通常勝負? レベル式? 何でもこい。優秀なアシストだっていくらでも呼べばいい。俺はお前と対戦し、お前に勝利できればそれでいい。さぁ、受けて立つのか、立たないのか?」
「……いいだろう。その勝負、受けて立ってやる!!」
正直に言えば、ここまで俺の想定内だ。
真剣勝負で挑んでくることはさすがにないだろうと読んでいたが、通常勝負なら俺がいくら言っても引き下がらないとは思っていた。
その為に俺は必死にレベル上げをしてきたんだ。
アシストを付けていいというのも、俺にとってはこの上ない好条件だ。
自分でもそれなりに戦えるようにはなったが、隣に麻莉亜がいれば負ける気はしない。
レベル差が気になるところではあるが、精一杯やってやる。
俺が勝てば黒波も大人しくなってくれるだろうし、俺の学園生活は変わってくれるはず。
負けた時のことは……知るか。考えない。
「よぉーし、決まりだ。対決は明後日の朝、体育館のステージ上で行う。全校生徒、更に全国ネットで配信も行うつもりだ。覚悟を決めてくるんだな」
「……上等だ」
対決が決まると、黒波は嬉しそうに高笑いしながら引き上げていった。
いつかは来ると思っていた黒波との対決だが、こうなってしまってはもう逃げ道はない。
俺も受けて立つための準備と覚悟をしてきたんだ。
やれるだけのことはやってやる。
相手も準備が必要なのか、対戦まで1日間を開けてきた。
それを利用して俺も麻莉亜と一緒に十分対策を練っていこうと思う。
授業中はずっと黒波との対戦のことを考えていた。
小春や蓮華、そして篠辺野にもそのことは既に伝わっていたらしく、特に小春からは相当な心配の声を掛けられた。
通常戦闘での勝負ということでそんなに深刻に考えなくてもいい所なのだが、それでも小春からは授業中ですら何度も連絡が届いたくらいだ。
蓮華なんかは「殺していいよ」なんてふざけた言葉が聞けたくらいなので、そこまで真面目に考えてはいなさそうではあったが。
麻莉亜の方には黒波との決闘が決まったことと、相手のレベルは11だろうということだけを伝えておいた。
その返事が『こちらでしっかり対策を練っておきます』というのだから頼もしい。
そんな中で、篠辺野から『重要な話があるから放課後誰もいない落ち着いて話せる場所で話がしたい』という連絡をもらった。
正直今俺は篠辺野のことは二の次で、今回ばかりは早く帰って麻莉亜と作戦を立て、どのくらいの見込みで勝てるのか等を把握しておきたかったのだが、篠辺野は「どうしても」と念を押してきたので、俺は仕方なくそれを承諾した。
もしかしたら黒波の弱点だったりステータスなんていう美味しい情報が聞ける可能性もある訳だし。
そういう訳で場所はどこにしようかと相談していたら、篠辺野が『自分の家』を提案してきた。
こんな状況なのにそれでテンションをブチ上げてしまった俺が情けない。
俺の家や何処かの喫茶店なんていう案も出してはみたのだが、篠辺野はどうしても誰もいない所で話がしたいということなので、喫茶店は漏れる可能性があるので却下、俺の家も小夏や麻莉亜に聞かれてしまう可能性があるので却下と、なし崩し的に本当に篠辺野の家に決まってしまった。
お、俺が提案したわけじゃないからな!
黒波一派に見つかるのもまずいので、俺と篠辺野は別々に篠辺野の最寄り駅へ移動。
俺がそこに着いた時には既に篠辺野の姿があった。
「わりぃ、待たせちまったか?」
「あ、うん……。大丈夫、待ってないよ」
そう言う篠辺野のテンションは何だかいつもと違う。
いつも待ち合わせる時はとびきりの笑顔で顔を合わせてくれるのに、この時は神妙な顔つきだった。
俺は篠辺野に先導されてゆっくりと篠辺野家へと足を運ばせていく。
「何だ? 重要な話って。漏れちゃマズイ秘密でも抱えてんのか?」
「……うん」
「…………」
篠辺野がいつもと明らかに様子が違う。
優しい篠辺野のことだ、俺と黒波の対決を心配してくれているのだろうと思うのだが……。
「大丈夫だって。心配すんな。俺だってちゃんとゲームは理解している。勝つも負けるもタイミングは掴めてるから死人が出るようなことはないさ。それに、俺の姉が本当にゲーム強いんだ。今回は姉の麻莉亜にアシストに付いてもらうつもりだ。正直負ける気はしない」
「…………」
そう元気づけようとするも、篠辺野の顔は神妙なままだ。
それどころか、目に涙を溜めて今にも泣き出しそうな顔をしている。
さすがにマズイと思って何とか元気出させようとするも、原因が分からないのでどうにも対処できない。
そうしているうちに、篠辺野は本当に泣き出してしまった。
涙がポロポロと頬を伝い、それを手でグシグシ拭う。
「ごめんね……七原くん……本当にごめんね……」
「何だよ、急にどうした? 別に篠辺野が謝るようなことは何もないだろ?」
「ううん、そんなことないの……そんなことないの……ごめんなさい……ごめんなさい……」
俺がそう言うも、篠辺野は足を止めてその場で屈んで泣きだしてしまった。
俺も篠辺野の様子に合わせて屈んで何が起こったのか聞き出そうとする。
「私最低だよね……自分のことばっかり考えて……本当に最低……私なんて死んじゃえばいいのに……」
「そんなこと言うなよ。どうした? 俺で良かったら何でも相談に乗ってやるぞ」
急に泣き出す篠辺野の頭を擦ってやり、優しく声を掛ける。
それでも篠辺野はしばらく自分を責めるような言葉を繰り返し、ただただ泣きじゃくっていた。
俺は篠辺野の傍でずっと頭を撫でたり背中を叩いてやったりして励ましながら、気が済むまで泣かせてやった。
「ひぐっ……えぐっ……」
「気が済んだか?」
篠辺野の様子もだいぶ落ち着いてきて、ようやく立ち上がる。
それでも涙で濡れた顔は俺には見せまいと、篠辺野はハンカチで顔を隠していた。
「良かったら理由を聞かせて欲しいぞ。ただそんなこと言われても、俺にはどうすることもできないから……」
「…………」
俺がそう言うと、篠辺野はうつむき加減のまま黙ってしまう。
そしてしばらく間を置いた後に、意を決したのか、大きく一息ついた後にぼそりと言葉を発した。
「……私ね……ずっと……黒波君のスパイだった……の……」
「――――っ!!」
篠辺野がようやく話してくれた、急に泣きだした理由。
それは俺の全身を凍りつかせるのに十分すぎる程の威力があった。
その意味を考えれば考える程頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。
スパイ……。
スパイってことは……俺を探っていたということ……?
じゃあ、今までの篠辺野は嘘だったということか?
篠辺野が俺に近づいたのも、黒波の引き金だったということか!?
楽しく話していたことも、黒波に不信を持っているということも、全部嘘だったということか!?
俺は見事に黒波にハメられたのか!?
唯一の味方だと思っていた篠辺野に裏切られたと感じたショックは計り知れない。
俺は混乱して、そのことを考えれば考える程自分でも全身の血の気が引いていくのがハッキリと自覚できたのだった。




