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その28.我、菩薩也

 俺、世界を救うわ。

 マジで。


「良かった~。本当に良かったよぅ、七原くん」


 だって、こんなに軟らかいんだもん。

 こんなに軟らかいのに、世界を救わないというのはおかしい。

 故に俺は世界を救う。

 何故なら、それがマシュマロよりも柔らかくて、甘いからだ。


「威勢だけは良かったのに、情けない奴らだなホント。笑っちまうほど拍子抜けだったわ」

「師匠の努力の賜物だね。ホント、どうなることかと思ったよ……」


 篠辺野はそう言って俺の腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめてくる。

 ゲーム効果というのは素晴らしい。

 恋愛の吊り橋効果が働いているのだろうか。

 死と隣り合わせで戦うこの緊張感を、篠辺野が俺に対する恋愛と錯覚したのだろうか。

 とにかく、ゲームって凄いわ。



 篠辺野と楽しく談笑している所に、嫉妬に狂ったゴロツキ共が絡んできた。

 奴らは「オラ! なめてんのかオラ! なめてんのかオラ!」と、鶏がコケコッコーと鳴くが如く定型句を繰り返して俺達を威嚇。

 そんなことされても俺は全く動揺しない。

 篠辺野と遊ぶ約束した時は、必ずと言っていい程こういったガラの悪い連中に絡まれては俺がかっこ良く撃退するイメージトレーニングをしてきたから。

 むしろ、絡まれた時は待ってましたと言わんばかりに前に出たさ。


 口論の末に相手がクライシスゲームでぶっ殺してやるとか言ってきたので、俺も臆することなく応戦。

 篠辺野はやめなよと言ってきたが、毎日レベル上げに励んでいる俺に隙はない。

 今では雑魚クライシスを倒して上げられる上限の7レベルまでに達している。

 俺には麻莉亜先生という絶対無敵のアシストがいる為に難なくレベルを上げることができているが、一般人には常に死と隣合わせとなるこのゲームのレベル上げは難しい。

 相手が余程の戦闘狂でなければ問題なく勝てるはずだ。

 

 相手からの提案だったので、多少は腕に覚えがあるのかと思いきや相手のレベルは3。

 対戦通知が来て相手のレベルが分かった時は吹き出しそうになった。


 いざ戦闘に入ると勝負はあっけなくついた。

 ターン1で勝負を決定づけた俺がそれを説明してやると、ターン2のフォアで相手は無言の降参。

 一体何の自信があって俺に勝負を仕掛けてきたのか分からない。


 勝負もつき、VRから戻ってきた時には既に相手は背を向けて逃走中だった。

 篠辺野は無事でよかったと俺を抱きしめてくれ、俺は俺で調子に乗って「俺がいる限り悪は滅びる」的なことを高らかと宣言。

 これぞまさしくヒーローとヒロインのような構図だったので、最高に気持ちが良かった。




 そういう訳で、今日は更に篠辺野との仲も深まったことに大満足して帰宅。

 飯を食い終わると、そろそろ『時期』を考えてもいいかな何て考えながら風呂に入り、湯船の中でにやにやと色々妄想。

 そんな中突然小春がスクール水着を付けて風呂場に乱入。

 俺、鼻血が出るほど興奮。


 夕食の時もそうだったのだが、何か急に小春がベタベタしてくるようになってきたし、俺もついにモテ期がきたのかもしれない。

 篠辺野に小春と、この2人だけで何百人ものハーレムを抱える野郎すら羨む状態になっていると俺は思うぞ、本気で。

 この2人の為なら、お兄ちゃん、マジで世界救っちゃうよ!?

 いいの!? 世界救っちゃって!?

 今以上にお兄ちゃんのこと好きになっっちゃうんだよ!?


 だが、まさか小春が本当に一緒にお風呂に入ってくれるとは思わなかったので、どう対処していいか分からなくてテンパってしまったことは唯一の心残りだ。

 一緒に湯船につかって打倒エボルを語り合ったり、色々とやりたいことはあったのだが、結局背中を流してもらうだけで俺の方から「ありがとう」と告げて出て行ってもらった。

 くそう。

 チキンな俺が恨めしい。

 

 その後、のぼせるんじゃないかと思うくらい湯船に浸かって俺の興奮が冷めるのを待ち、脱水症状かって状態でふらふらになりながら麻莉亜から飲み物を受け取り、パンツ一丁のまま自室に戻った。

 そしたら。


 バシィーーーン!!!!


 小夏ですよ。

 般若のお面みたいな顔して待ち構えていた小夏が、部屋に入るなり有無をいわさず俺に思い切りビンタかましてきた。

 あまりに意外かつ急な展開だったので、それをモロに食らった俺は踏ん張る力も出せぬままその勢いで床に転げる。

 そのせいで持ってた飲み物をぶちまけたし、俺も小夏もびしょびしょだ。


「すいませんでした……」

「…………」


 俺は正座をし、先手を打つように頭を下げて謝った。

 謝ってはいるんだけれども、何に対して謝っているのかは自分でもよく分からない。

 何故謝ったのかと言えば、今はそういうノリだからだ。


 こんな理不尽かつ不条理な暴力をくらってもむしろ俺が謝ってもいいくらい、今の俺は心が大らかだ。

 今なら菩薩にだって負けてないと思う。

 だって今俺はこんなにも幸せなのだから。

 篠辺野との距離をグッと近づけ、小春と一緒にお風呂。

 これが幸せでないのならこの世に幸せなんてものは転がってない。

 そんな幸せは小夏の暴力なんかで崩せるほど安いものではないのだ。


 小夏は俺の謝罪に不意を突かれたようで、怖い顔しながらもしばらく言葉を探していた。


「……何に対して謝ってるのか、言ってみ?」

「……小夏さんがこんなにも美しいと、今まで気が付かなかった私めの罰でありながら……」


 バァン!!


 俺がふざけていると、小夏が威嚇するようにテーブルを叩く。


「何に興奮してんのよ変態!! ド変態!!」

「ご褒美でしょうか?」


 バァン!!


「すみませんでした……」

「あんた、本当に最っ低。小春がこんなケダモノと一緒に住んでいるなんて、危なかしくてしょうがないわ」

「いや待て! 何のことを言ってるのか分からんけど、多分それは誤解だぞ!? 小春の方から入ってきたんだ! 俺は何もしてない!!」

「1人で興奮してたでしょ!? 変態!!」

「興奮するよ!? あのシチュエーションで興奮しない男いたら、それは何かの病気だろ! 多分お前が来ても興奮してたと……ぐはぁ!!」


 パァン!! パァン!! パァン!!


 小夏が飛びかかってきた。

 そして小夏は俺に馬乗りになるような形を取り、顔を真っ赤にしながら鬼の形相で次から次へと俺の顔面めがけて手を振るってくる。

 この野郎、全く手加減なしだ。

 こんなひ弱な女の子のビンタとは言え、かなり痛い。


「スケベ! 変態!! ロクでなし!!!」

「ありがとうございます!! ありがとうございます!!!」




 両方の頬がパンパンに膨れ上がるくらい、容赦無いビンタを喰らい続けた。

 今でもひりひりする。

 俺はひとしきり小夏とのSMプレイを楽しんだ後、飲み物の換えを持ってきて再び部屋に戻った。

 部屋に戻ると小夏から服を着ろと言われたので、服を着て落ち着いた所で再び小夏と向かい合って座る。


「あんたに言いたいことが山ほどある」

「……そうですか。奇遇なことに、俺も小夏さんに言いたいことがあります」

「何? そっちからどうぞ」

「あんだけ殴っておいて理由も話さないのはおかしいだろ!? 殴るのはいいけど、せめて理由くらい話せ! 俺だって反省のしようがないだろ?」


 殴るのも良くないけどな!


「あんたが変態だからでしょ!? 今世の中どうなってんのか分かってんの!? ふざけてる場合じゃないのよ!?」

「…………」


 と、言うのはいつもの小夏節というか何というか。

 こいつはいつでも真面目すぎる。

 確かに平和な世の中ではないけれども、一瞬も隙を見せないで生きていけと言われているような気がする。

 俺は小夏のようにクソ真面目星人ではないので、大変な世の中であれ一時の休憩くらいあってもいいと思うんだが。


「そのことなんだけどな、俺、世界を救うことに決めたわ。頑張ってエボル倒します!」

「はぁ?」


 と、せっかくだし小夏の期待に添うような言葉を投げてみた。

 それでも小夏は難儀な顔を見せてくる。

 一体どう答えれば正解で、小夏様の機嫌が良くなるのか全く分からない。


「あんた、本当にそんなことできると思ってる訳?」

「お前は俺に何をさせたいんだよ!! お前の言ってることが全然分からないんだけど!!」

「別にエボルを倒せとか言ってる訳じゃないの! 誰もあんたなんかに期待してない」

「じゃあ、お前は俺に何を期待してるんだ?」

「それは……その……」


 そう言うと小夏は言葉を濁す。

 よく分からない奴だ。


「真面目に生きろって言ってんの!」

「真面目に生きてるよ!? 学校だってちゃんと行ってるだろ?」

「あのね、女といちゃいちゃしてる場合じゃないでしょ?」

「……お前、もしかして妬いてんのか?」


 バンッ!!


 俺がそう言うと、小夏は沸騰したヤカンのごとく湯気を噴射させ、机を叩いた。

 まぁ、俺もこいつが妬いてるとはあまり思ってはいないんだけれども。


「もういい! とにかく、あんたは七原でいつ人に命狙われてもおかしくない状況だってのを理解して! だらしない顔してへらへらしてる場合じゃないでしょ!?」

「別に……だらしない顔なんかしてないけどなぁ。元々こんな顔だぞ?」


 そう言って白目むいて舌を出してみる。


「してた! あの子といる時は鼻の下伸ばしてへらへらへらへら! 人様に見せられないような顔だった」


 そんな俺のジョークも見事にスルーして、小夏は怒り節を続ける。


「してねぇよ!! 何でお前がそんなの分かるんだよ!」

「……そんなの、見なくても……見たら分かるでしょ!? この前家に来た時だって!!」

「分かった分かった。でも、大丈夫だ。お前が心配するようなことにはなってねぇから。レベルだってちゃんと7まで上げた。今日なんて変なゴロツキに絡まれたけど、返り討ちにしてやったぞ」

「知ってる」

「知ってる!?」

「し、知らない!! そんなのどうだっていい!! あと、麻莉亜!」

「今度は何だよ……」


 ツンケンしながら小夏は勝手に話を進めていく。

 こいつはいつもこんな感じでキレてるような奴なんだが、悪い奴ではないんだ。

 こんな奴なので大抵の人は戸惑うだろうけど、悪気があってこんな態度になっている訳ではない。

 ただ極端に対人スキルや会話のスキルがないだけなんだ。


 でも、そのせいで『一見突拍子もないけどよくよく話してみたらそういうことだったのね』的なことがあるので、こいつと会話するだけで体力を消耗するなんてことが往々にしてある。

 俺はもう慣れっこだし、今は太平洋のように広い心と余裕のお陰で流せているけれども。


「麻莉亜が突然倒れたの」

「はぁ?」

「今までそんなことなかったから……あんた、麻莉亜が突然倒れるようなこと、今までに見たことない?」

「突然倒れるようなこと……クライシスゲームでもしてたんじゃないのか?」

「違う。1回目は『情報整理』と事前に言って急に眠りに入って、2回目は前触れもなく突然床にドサッと……」

「えぇ!? ホントかそれ!? いつのことだ!?」


 麻莉亜が突然倒れるなんてことは、今までに見たことも聞いたこともない。

 麻莉亜はおろか、他のアンドロイドすらそんな話は聞かない。

 情報整理なんて無意識のうちに常にやっているはずで、わざわざ眠りに入ってやるようなことではないはずなんだ。


「今日なんだけれども……」

「どういう状況でそうなったんだ? 何の情報整理だよそれ?」

「……私にもよく分からない。でも、急にそんなことになったから心配で……」

「…………」


 確かにそれは心配だ。

 人間ではないので病気なんてことは有り得ないし、メンテナンスも夜中にしっかり行っていれば全く必要はない。

 その気になれば電源落とすようなメンテなんてしなくてもやっていけるはずなんだが……。


「いやでも、今は至って普通だったぞ?」

「そうなの。だから余計に心配で……。どうもあんたが関係してるっぽいんだよね……」

「俺が? どういうことだ?」

「あんたの……あんたのことを話題に出した時にそうなったから……。時に、あの篠辺野って子の話題になった時に……」

「…………」


 確かに麻莉亜は最近よく篠辺野のことを俺に尋ねてくる。

 あまりにしつこかったし、別になんてこともないことなのでつい怒鳴ったりしちまったけれども、それが影響しているのか……?

 いやでも、それにしてもさすがに急に倒れるなんてのはおかしい。


「分かった。ちょっと本人に聞いてみる」

「待った」

「何だよ?」

「……何て言うか……本人は倒れたことを気にしているみたいなの。だから、そのことはなるべく触れないように……」

「そういう訳にはいかないだろ。突然倒れるなんて異常だぞ」

「そうなんだけど……」


 小夏は少し視線を逸らして、ぼそぼそと言葉を濁す。

 それを見て、何かおかしいと俺の直感がそう言った。

 こいつは正直者だから何かを隠してもすぐに分かるんだ。


「お前、何か隠してないか?」

「え?」

「重要なことを隠しているようなに見えるんだけど?」

「そんなこと……ない」


 そう言う小夏は俺に視線を合わせてこない。

 間違いない。

 こいつは俺に何か隠している。


「言え。言えよ~。言わないと揉むぞ~?」


 と、少しふざけた感じで両手をにぎにぎしながらにじり寄ってみた。


「どはっ!」


 したら、腹に蹴りをもらった。


「重要なことだろ? お前だって麻莉亜が心配なんだろ? 包み隠さず全部言えって」

「……麻莉亜に聞いて。もう、麻莉亜に全部任せた! いいから麻莉亜に少しくらいは気を使いなさいよ! 麻莉亜だってあんたの家族なんでしょ? いっつもあんたのことを大切に思ってるんだから、少しくらい恩返ししてやりなさいよ!!」

「…………」


 話はそれで終わりなのか、小夏はそうプンスカ怒りながら部屋を出て行ってしまった。

 本当に良く分からない奴だ。

 でもまぁ、あいつなりに何か思うところがあるのだろう。

 本人言いたくなさそうだったし、無理やり問い詰めてやるのも野暮だ。

 『あんまりヘラヘラするな』『麻莉亜に気を配れ』というあいつの言葉は、しっかり胸に刻んでおこうと思う。





「ちょっと麻莉亜、いいか?」

「どうしました?」


 麻莉亜が食卓で紅茶を飲みながらBPSでも見ているかのように空中をぼんやり眺めていたところ、俺は声を掛けてその前に座った。

 見た感じ麻莉亜に異常はないように見えるけれども……。


「お前、今日突然倒れたらしいな」

「…………はい」


 俺がそう聞くと、麻莉亜は一瞬『ハッ』とするような顔をしたが、すぐにそれを認めた。


「原因は何だ? 麻莉亜がそんなことになったら俺心配だぞ」

「すみません。大したことではないです。少し……少しだけ情報の整理が追いつきませんでした。もう二度と同じようなことは起こしませんので、どうか心配しないでください」

「……回路のトラブルか?」

「……そうだと思います。自分で修復できましたので、同じことは起きません。ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」


 そう言う麻莉亜の表情は俺が怒った時のように申し訳無さそうだ。


 もし麻莉亜に異常があっても今直せる人間がいない。

 立尾に麻莉亜を見せる訳にもいかないし、七原以外の技術者で直せるとは思えない。

 そもそも、そういうことは全部自分で修正できるようにプログラムされているはずだから、そんなことは起こらないとは思うんだけれども。

 麻莉亜に異変が起こった所でどうすることもできなくなるので、その辺りの不安は払拭させて欲しい。


「……ならいいけど、今度何かあったらすぐに伝えてくれ。必要があれば家事は当然、俺のことも小夏や小春のことも全部無視していいからな。しっかりそこだけは直しておいてくれ」

「……はい。本当に申し訳ないです。入念にチェックも回しましたので、どうか心配しないでください」

「……分かった。麻莉亜、いつもすまんな。俺はいつでも麻莉亜を頼りにしているし、本当に姉だと思って甘えさせてもらってる。これからもずっと傍で俺を見守っていてくれよな」

「……はい。もちろんです」


 俺はそう麻莉亜に伝え、部屋に戻っていった。

 突然倒れるなんてことを聞いて心配したが、この様子なら多分大丈夫だろう。

 麻莉亜を信用できなくなったらもう他に信用できるものなんてない。

 それくらい俺は麻莉亜を信用している。

 何か異常があったとしても、それを直すだけの技術が麻莉亜には備わっている訳だし、そこまで心配することでもないはずだ。

 俺はそう思って自分を安心させ、床についた。


 さて、明日からは何をしてやろうかな。

 最近は毎日が本当に楽しい。

 早く明日になって篠辺野の顔を見たい。

 声を聞きたい。

 そんな夢見心地で明日を迎えるのだった。

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