その27.外伝:増える悩みの種 ――sight of Konatsu――
小夏は公園にたった一人取り残されていた。
海人と篠辺野は対戦を行っており、麻莉亜は対戦してもいないのに意識を飛ばしている。
一歩間違えれば死ぬ対戦を行っている海人も心配だが、突然倒れた麻莉亜の方も心配だ。
必死に麻莉亜の名前を呼んで意識を取り戻させようとするも、麻莉亜からの返事は返ってこなかった。
先に目を覚ましたのは海人達の方だった。
海人がVRから戻ってきて動き始めたかと思うと、傍にいたガラの悪い二人組の方が逃げるようにその場から去っていく。
海人は逃げ行く二人組を指さし、勝ち誇ったように高らかに声をあげていた。
篠辺野も海人に体をぴったりつけて、海人の勝利を祝福している。
海人が篠辺野を守るように篠辺野の体を抱きかかえる姿は、昔見た海人のそれそのものだった。
隣にいる人間が違ったが――。
何はともあれ、海人は死ぬことなく無事にゲームに勝利したんだと理解して、小夏はひと安心する。
しかし、すぐ隣で呼吸もしないで眠る麻莉亜は依然として目を覚ましてくれていない。
そうしているうちに海人と篠辺野は移動を始め、その場からいなくなってしまった。
「……もう、何のなよ……」
地面に倒れて眠る麻莉亜を見る。
アンドロイドが気を失うことなんて充電以外にまずあり得ないことなので、小夏にはどうしたらいいか全く分からない。
どこか異常を抱えているのではないかと心配になるのだが、このまま放っておいても何も進まない。
仕方なく小夏は海人達の尾行をここで諦め、麻莉亜を背負って帰ろう決めた。
「おもっ……」
麻莉亜を抱えて帰ろうとするが、その重さが尋常ではない。
自分の体重よりも重い麻莉亜を抱えて移動するのは並大抵の力では難しく、まして体の小さな小夏には体を持ち上げることすら困難だった。
それでも麻莉亜をこのままにしてはおけないと、小夏は根性を出して麻莉亜を背中にのせ、ゆっくりと足を進めていった。
小夏は麻莉亜を背中にのせて歩いている間も色々と海人のことを考えていたが、考えているうちに一つの結論に達した。
海人と篠辺野の仲を裂こうとするのは野暮だ。
そのやり口は間違っている。
海人も篠辺野も互いに好き同士ならそのままにしていればいい。
うまくいってる2人をわざわざ自分が邪魔してやるのは、海人にも篠辺野にも悪いと思った。
しかし、全てを諦めた訳ではない。
2人はかなり親密な仲にまで進んでいたようだが、まだ付き合っていないと言っていた。
それならば変に裏で工作なんかしないで、正々堂々と小春がそこにぶつかっていけばいいだけなんじゃないかと思い始めた。
海人のことなら小春を見捨てるようなことはしないという願望のようなものも込めて。
だから、小夏は小春にその旨を伝えてみようと思った。
問題は麻莉亜だ。
麻莉亜はあれ以降意識を取り戻すことなく、小夏の背中でぐったりしている。
小夏の知る限りではこんなことになる麻莉亜は初めてのことだ。
恐らく海人のことが関係しているのだろうが、直接的な原因は分からない。
海人が原因だとしても、こんな状態になるのは明らかに異常だ。
小夏は小春のことも含めて、家に戻ったら海人に全部打ち明けて相談してみようと決めた。
自分より重たい麻莉亜を根性出して背負い、休憩を挟みながらも家に運んでいく。
その途中、不意に後ろから声が聞こえてきた。
「小夏さんは……愚かですね」
「麻莉亜!?」
麻莉亜は意識を取り戻すと、自力で小夏の背中から降りる。
麻莉亜が降りた瞬間、小夏は力なくドサッと地面に倒れこんでしまった。
「……すみません」
「……いいんだけど……はぁ、はぁ……あんた、一体どうしたのよ……」
全身が痙攣して動くことすらままならない。
自分よりはるかに重い麻莉亜を背負うのは、小夏の体に相当の負担をかけていた。
そんな小夏を見て、麻莉亜は静かに小夏を背中に乗せる。
「いいから……大丈夫……だから……」
「…………」
小夏はそう意地を張って麻莉亜の背中から降りようとするも、体がうまく動いてくれなかった。
麻莉亜はそんな小夏をしっかりを背負い、今度は位置を入れ替えて自宅への残りの道のりをゆっくり歩き始めていった。
「……随分と重くなりましたね」
「何……? 太ってるとでも……はぁ……はぁ……言いたいの?」
「……いえ」
麻莉亜からはそんな覇気のない寂しそうな声がポツリと返ってくる。
このトーンで麻莉亜はまだ元気をなくしたままだと、小夏はすぐに理解した。
「海人は……ちゃんと勝ってたみたい。あの子も無事。相手はゲームが終わったらさっさと逃げていった」
「……そうですか」
「ねぇ麻莉亜。どうして急に倒れたりしたのか、私には説明してくれないのかな……?」
「……情報の……整理です」
「…………」
麻莉亜は少し考える間をおいた後に、自信なさげにそう答えを返してくる。
小夏には麻莉亜の言う情報整理という言葉がうまく理解できない。
それを行うことと意識が飛ぶこととどう関係があるのか色々考えているうちに、麻莉亜が言葉を続けてきた。
「人は……時の流れとともに成長していきます。海人さんも大人になれば人を愛し、ふさわしい配偶者を見つれば婚約し、子供を授かります。これは人間の極自然な人生の過程であり、それを阻害することこそ間違っているものだと、私は気が付きました。無意識のうちに私の中でそれを感じ取り、抑止がかかったので倒れたのかもしれませんね」
「婚約って……そんないきなり……早すぎると思うけど」
「時期は人によって様々です。それに、そういった経験は事前に積んで然るべきことです。残念ながら小夏さんや小春さんでは経験を積むことができなかったので、これも仕方ないことです。今海人さんはその経験を積んでいるだけだと、段々そういう風に思えてきました」
「……あっそ。じゃあ、麻莉亜は海人をこのまま放置しようって思ってるの?」
「……そうですね。私は温かく海人さんを見守ってやらなければならないと思いました」
「…………」
麻莉亜がどんな表情でそんなことを言っているのかは分からないが、それはどこか寂しそうでありながらも、毅然とした決意のあるようにも聞こえた。
「小夏さんも……いずれそのようになるのでしょうね。こうして歳を重ねて体を大きくするのと同じように、小夏さんもまた、椿さんのように落ち着きのある美しい女性になっていくことでしょう……」
「麻莉亜……?」
「私はそれを……楽しみに……ここから……この場所から動くことなく、楽しみに見守らせていただきます。どんな風に小夏さんが変化するのか、楽しみです」
「…………」
楽しみだという麻莉亜の声にはいつもの覇気がない。
その麻莉亜らしからぬ物憂げな口調が小夏の心に響いた。
「色々とご心配やご迷惑をかけてすみません。私は情報の整理も終え、この通りしっかり回復しました。今後このようなことが起こらぬよう……」
「あんた、訳分けわかんないことで悩んでるならいつでも相談しなさいよ」
小夏はそう、麻莉亜の言葉を遮る。
その言葉を聞いて麻莉亜は一瞬足を止めた。
しかし、すぐにまた止めた足を動かして前へと進み始める。
「海人に打ち明けられない悩みとかもあるんでしょ? 私で良かったらいつでも相談にのるから」
「……有難うございます。しかし、私はアンドロイド。悩むことなどあるはずがないです。小夏さんの気持ちだけは有り難く受け取っておきます」
「……全く。あんたはアンドロイドかもしれないけれども、それ以上に海人の姉なんでしょ? 姉として色々悩むことがあって当然でしょうに。それに、あんたの性能がいくら高かろうが、人生経験で言えば私の方があるんだからね。少しくらいは頼りにしなさいよ」
「……小夏さんにそこまで言われてしまうとは、私も落ちたものです。よしんば私が解決できない悩みを持っていたとしても、小夏さんにそれが解決できるとは到底思えません」
「固いのよあんた。人間だったら自分じゃ解決できない悩みくらいあって当然なの。あんたはアンドロイドとか言ってるけど、私はあんたのことアンドロイドだって思ってないからね。いくら自分が万能だからって、解決できないことはいくらでもあるんじゃないの? 相談できる相手なんていないんでしょ? いいから迷ったらいつでもいらっしゃい」
「……はい」
麻莉亜は何か思い悩んでいるようだったが、結局何に思い悩んでいるのかは分からなかった。
麻莉亜を頼って海人の様子を見に来たのに、成果を得ることが出来ず、むしろ麻莉亜が思い悩んでいることを知ってしまって余計に悩みの種が増えてしまった。
小夏はふぅと溜息をつき、ボロボロの体を全て麻莉亜に預け、この時ばかりは頭も体も休めたのだった。
家に帰ると、小夏は早速小春を部屋に呼ぶ。
とりあえず小春には今の海人と篠辺野の状況を伝え、自分もそこに割って入っていく権利があるということだけをしっかり伝えようと思った。
「って訳だから……。あんたも海人に離れて欲しくないって思うのなら、少しくらい頑張ってアピールしてみなさい」
「うん……。でも、お兄ちゃんは篠辺野さんのことが好きで、篠辺野さんと一緒にいたいって思ってるんじゃないのかな……」
「そんなの分かんないでしょ。あいつ馬鹿で単純だから、あんたが少しアピールすればすぐコロッといくわよ。別に横取りしようとか、そういうんじゃないんだから。あんたもこれだけあいつのことを思ってるって、あいつに分からせるだけ。ただ黙って見てるだけで、後で後悔することになったら嫌でしょ?」
「うん……」
小夏がそう言い聞かせるも、どうも小春の表情はスッキリしない。
その理由は間違いなく……。
「……でも、お姉ちゃんは本当にそれでいいの?」
「もう! だから私は何にも関係ないから!! 私はあんたの姉として、後悔するようなことはして欲しくないって思っただけ! あんた大人しすぎるんだから、少しは思い切ったことくらいしてもいいの! 分かった?」
「うん……分かった。ありがとう、お姉ちゃん」
無駄に自分に気を使う小春に少し呆れながらも、小夏は強引に小春の背中を押すように後押しする。
小春はかなり気の迷いがあったような態度を続けていたが、最後には納得したようで決意を固めたように返事を返してくれた。
それを聞いて小夏もほっと胸を撫で下ろす。
これで自分のやるべきことはやったし、後は流れに身を任せるだけだ。
そう思った小夏は仕事を果たした達成感のようなものを感じながら力を抜いて床に転がり、疲れた体を癒していくのだった。
麻莉亜の方はあれから何事もなかったかのように、いつもの調子に戻った。
少し気になって様子を見ていたが、海人が帰ってきても海人とは極々普通に接している様子だ。
小春は海人の方へ自分から歩み寄り、楽しそうにお喋り。
その海人の様子が篠辺野の時となんら変わらない、デレデレした態度だったので情けないとは思いつつも一安心。
いつもなら麻莉亜が怒るだろうってくらいの海人へのスキンシップを小春の方から取っても、麻莉亜が怒るような素振りを見せなかったというのは、小夏にとっては良いことなのか悪いことなのか。
どっちにしても今日麻莉亜が突然倒れたことは報告しておかなければならない。
そう思った小夏は夕食の片付けが終わった後、海人の部屋へと訪ねてみた。
コンコン。
「……海人?」
ドアをノックしてみるも、返事がない。
名前を呼んでも返事が返ってこなかったので、とりあえずゆっくりドアを開けてみた。
「……お風呂かな」
ドアを開けて部屋を覗いても海人の姿はなかった。
リビングにもいなかったので、恐らくトイレか入浴中なのだろう。
仕方なく小夏は海人の部屋で戻ってくるのを待つことにする。
「…………」
異性の部屋ということもあって少し落ち着かない様子でソワソワしながら、ベッドに腰掛けて辺りを見渡してみるのだが、小夏は見つけてしまった。
ベッドの枕の下からわずかに覗いている『発育しすぎた妹』を。
小夏は興味本位でその本を手にとって見てみる。
そこには見事に発育しすぎた女性のいかがわしい写真が次から次へと……。
ビリビリビリッ!!
小夏の想像もつかないようないかがわしい痴態が見えた時、小夏の中に秘められた負のパワーが目覚める。
そして小夏はその有り余るパワーでその全てを素手で引き裂いた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
無残な姿に変貌した『発育しすぎた妹』を一欠片も残さずゴミ箱へ捨て去る。
それでも怒りが収まらない小夏は、そのゴミ箱を持って麻莉亜のいるリビングへ移動した。
「麻莉亜、これ今直ぐ燃やして」
「何ですか?」
「ゴミ。海人の忌むべき汚点」
「分かりました。他にも見つけ次第、こちらに持ってきて下さい」
麻莉亜には何も言わなくても伝わったようで、それをすぐに了解してくれた。
悪を1つ倒した小夏は、こんな世の中になっているのにあんなもの見て興奮して発情している海人が心底情けないと思いつつ、プンスカ怒りながら海人の部屋へ戻る。
その途中、風呂場の脱衣所から人影が見えた。
その人影は一瞬小夏の方を見るとサッとすぐに引っ込んでしまう。
何か怪しいと思いつつ人影が引っ込んだ所を見てみると、そこには水着姿の小春の姿があった。
このとんでもない状況に小夏は声を大にして問い詰めてやろうとしたのだが、その前に慌てた小春が小夏の口を塞いできた。
「お、お姉ちゃん!! しぃー! しぃーー!!」
小春はそう言って小夏に声を上げさせないようにし、周りの様子を伺いながらササッと近くの物置部屋へと小夏の手を引っ張っていった。
「あんた何やってんのよ!?」
誰もいない物置部屋に来たところでようやく小春が口を塞いでいた手を離す。
すると小夏は難しい顔して開口一番そう問い詰めた。
目の前にはスクール水着を着た小春。
髪の毛がしっとり濡れている所をみると、その格好のまま入浴してきたのだろう。
何でこんなことになっているのかサッパリだ。
「あのね……その……お姉ちゃんが、少しくらい思い切ったことをしろっていうから……」
「え……あんたまさかその格好のまま海人の入浴中に……?」
引きつった顔で小夏がそう尋ねると、小春は顔を赤らめて恥ずかしそうにコクリと頷く。
誰がそこまでしろと言った。
「何考えてんのあんた!!」
「えへへ……。お兄ちゃん、一緒にお風呂入りたいっていうから……」
「馬鹿じゃないの!! ただの変質者じゃない!!」
「恥ずかしかった……」
「当たり前でしょそんなの!! そんなことまでしなくていいから!! あんたまさか、変なことされたりしてないでしょうね?」
「変なこと……? お兄ちゃん恥ずかしがってた。私も恥ずかしかったけど……お兄ちゃんの体洗ってあげたよ」
「…………」
今度は我が妹の方がとんでもないことをしでかさないかという方向で心配になってくる。
何でこう色々変な方向へと物事が進んでしまうのか、小夏は頭を抱えた。
「お兄ちゃんの背中、すごく広いんだよ。本当に男の人って感じで、なんだかドキドキしてきちゃった……」
そう言う小春は恥ずかしそうにもじもじしているが、どこ嬉しそうに見える。
「はぁ……。いいから、もっと普通にアピールしなさい」
「そ、そうだよね。やっぱり変だったよね。ごめんね、お姉ちゃん」
そう言って小春は小夏に頭を下げ、麻莉亜に見つからないように再びコソコソこの部屋を出ていこうとするのだが。
「……前かがみになってた?」
「え?」
「……あいつ、お風呂場で前かがみになってた?」
「前かがみ……? う~ん……。あ、でも、確かに背中洗ってた時は前傾姿勢だったかな……」
それを聞いた小夏は怒りを爆発させ、さっさと小春に着替えるように指示。
そして小夏はそのまま海人の部屋に戻り、鬼の形相で海人が戻ってくるのを待つのだった。




