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その26.外伝:麻莉亜の異変 ――sight of Konatsu――

 次の海人と篠辺野のデートがある日。

 早速小夏と麻莉亜は海人のデートを尾行することになった。

 小夏は学校が終わると直ぐに帰宅して麻莉亜と合流。

 麻莉亜は小夏が帰ってくるとすぐに、事前に海人の制服に仕掛けておいた発信機と盗聴器を頼りに海人を追って小夏と一緒に家を出た。


 海人は学校が終わるとしばらくしてから街に繰り出している様子で、麻莉亜も小夏をそれを追う。

 2人が見つけた時、海人は既に篠辺野と並んで街を歩いていた。


「……いいんだけど、あんたそれ本格的すぎない?」


 小夏は麻莉亜の格好を改めて見てそう言う。

 麻莉亜は男子生徒の制服を身にまとい、メガネをかけ、髪型も爽やかなスポーツ選手のような短髪という出で立ちをしている。

 顔はそのままなのだが、パッと見た感じではこれが麻莉亜だとわからないくらいの豹変ぶりだ。


「海人さんにバレるようなことがあってはいけませんから。……胸が邪魔ですね。小夏さんが羨ましいです」

「放っておいて」

「やはり小夏さんもしっかり変装してくるべきだったと思うのですが?」

「距離を取って動けば平気でしょこんなの……」


 対して小夏は普段着に麻莉亜から渡されたキャスケットを深くかぶっている程度だ。

 2人は望遠レンズのオブジェクトをそれぞれ視界に出しており、麻莉亜に限れば盗聴器と繋いだスピーカーのBPSオブジェクトも出している。

 その為相当な距離を開けても見失うようなことはないので、小夏も変装なんて必要ないと思っての格好だった。


「それにしても仲良さそうね……」

「…………」


 海人は車道側を歩いており、それに従うように篠辺野は半歩後ろをぴったり歩いているのだが、2人の距離は恋人と同じ程度に近い。

 二人共笑顔で話しながら歩いており、時折海人からも篠辺野からも相手にツッコミを入れるような感じでボディタッチもしていた。

 遠目から見れば恋人そのものだ。


 そんな中、海人達の後ろから自転車が通りかかろうとしたところで、海人はサッと篠辺野の腰を引き寄せた。

 篠辺野は会話に夢中で気が付かなかったらしく、不意の海人の行為に体を全て海人に預けるような形になる。

 自転車が空いた場所を難なく通り過ぎて行くと、篠辺野は苦笑いしながらも上目遣いで海人に詫びを入れていた。


 そんな優しい海人の行動に小夏は感心していたのだが……。


「少し前かがみになっていますね」

「前かがみ……?」


 そう言われて海人のことを見てみると、確かに麻莉亜の言うとおり海人がほんのり前かがみになっていた。


「だから……?」

「あの女性の胸が海人さんの男心と男性器を刺激したのでしょう。あざとい女性の作戦ですね。小夏さんも覚えておくと良いです。男性を前かがみにさせたら勝ちと」

「最っ低!!」

「小夏さんも海人さんに同じことをしてみては? 一生負け続けそうですけれども」

「する訳ないでしょ!!」





 海人達はしばらく歩いた後アイス屋へと入っていった。

 麻莉亜と小夏も2人にバレないように細心の注意を払いながら、それぞれもアイスを買って2人の死角に入るように着席する。

 海人と篠辺野はアイスを食べながら楽しく談笑しているようだった。

 さすがにこの距離では海人達の声は聞こえてこないので、盗聴している麻莉亜に2人の様子を尋ねてみる。


「麻莉亜……あいつら、何話してる?」

「……どうやら漫画の話のようですね」

「また漫画……。ホント、つまんない。あの篠辺野って子も呆れてるんじゃないの?」

「むしろ、篠辺野という女性の方から話題を振ってますね。彼女も漫画が好きなようです」

「…………」


 小夏は改めて楽しそうに話す2人の様子を見てみる。

 2人共本当に自然な笑顔で会話していた。

 その海人の顔がだらしなく鼻の下を伸ばしているように見えた小夏はイライラを募らせる。


「……海人さんは本当に楽しそうです」

「全く緊張感がない! 七原ってだけで命を狙われる世の中なのに、あんなんじゃすぐ殺される! ホント、情けなくてしょうがないわよ……」

「……小夏さんは、何故そうしないのですか?」

「はぁ?」


 麻莉亜は買ってきたチョコミントもそっちのけで、海人達に視線を釘付けにしていた。

 チョコミントが溶けて滴っていたので、小夏はテーブルの上にある紙ナプキンを取って拭いてやる。


「……まるで、私は仲間外れにされているようです。小夏さんはいくらでも海人さんとあのようにできる立場でありながら、何故そうしないのかと聞いているんですが……」

「意味分かんない。別に私、あの人みたいに海人に魅力があるとか思ってないから。する必要もないし。いいからアイスこぼさないでよ」


 小夏がそう言うと、麻莉亜はようやく向き直ってこぼしたアイスに気がつく。

 そして何だか寂しそうな顔をしてこぼれたアイスを紙ナプキンで拭き始めた。


「……今海人さんがあの女性としている会話は、前に私とした話と同じ内容です。それなのに海人さんの様子はまるで違います」

「そりゃ、あいつがあの人のこと気に入ってるからじゃないの? あんただって同じ話でも海人にする時と私にする時で態度変わるでしょ?」

「…………そうですね。小夏さんは愚かです」

「なんでよ!!」


 そうしているうちに、海人と篠辺野が互いにアイスを相手の口に持っていって、味見しあうなんてことをやり始めた。

 更にそこから海人がふざけてアイスをちょいっと押すと、海人の持つアイスが篠辺野の鼻にちょっぴり付いてしまう。

 篠辺野は少しむくれつつも、海人は笑いながらテーブルの上にある紙ナプキンを取って篠辺野の鼻についたアイスを拭いてやっていた。

 そんな甘々な恋人同士のやり取りを見て、小夏は不満を爆発させる。


「ちょっと!! 何なのよあれ!! 完全にふざけてない!?」

「…………」


 慌てて大声を出さないようにそう言うも、麻莉亜はその様子を確認すると神妙な顔して俯いてしまった。


「あれは教育者として許していい行為なの!? やめさせた方がよくない!?」

「……すみません。情報を整理しますので、少し休憩します」

「え?」


 麻莉亜は何か考え事でもしているかのような顔でそう言うと、持っていたアイスを小夏に渡してくる。


「ちょっと、麻莉亜? 麻莉亜!」

「…………」


 小夏が訳も分からずアイスを受け取ると、麻莉亜は壁にもたれかかるようにして目をつぶって眠ってしまった。

 アンドロイドが活動中に自分から意識を飛ばすなんていうことを、小夏は今まで1度たりとも見たことがない。

 故障でもない限りアンドロイドが意識を飛ばすのは充電中の時だけだし、そもそも七原製のアンドロイドに故障なんて起こったことを見たことがない。

 麻莉亜ならではの特殊な事象なのかと思いながらも、海人に今聞くわけにはいかない。

 どうしていいか分からなくなった小夏は、おろおろしながら麻莉亜が目を覚ますのを待つしかなくなった。


 こっちは訳も分からず麻莉亜が突然意識を落としており、一方で海人と篠辺野はそんなの知る由もなく楽しそうに談笑している。

 仕方のないことなのだが、そんな海人が妙に腹立たしかった。



 自分の分と麻莉亜の分、2つ分のアイスを食べ終わってもなお麻莉亜は目を覚まさなかった。

 その間麻莉亜を心配しては、楽しそうな海人にイライラするだけの時間が続いた。

 そうしているうちに海人と篠辺野は席を立って移動しようとし始める。

 小夏は尾行がバレないようになんとかやり過ごすも、2人は店を出て何処かへ行ってしまった。


「何なのよもう……麻莉亜? 麻莉亜?」


 麻莉亜の隣に座り、体を揺すりながら麻莉亜が目を覚ますのを待つ。

 呆れながらもしばらく体を揺すっていると、不意に麻莉亜はゆっくりと目を覚ました。


「……ここは……どこでしょうか」

「……良かった。全く、何なのよあんた。急にどうしたの?」

「あ……なるほど。海人さんの様子を見に来たんのでした。海人さんはどちらに?」

「麻莉亜……?」


 麻莉亜は勝手に1人で納得すると、海人を探すように周囲を探しキョロキョロ見渡し始める。

 麻莉亜の様子がどうもおかしい。

 前後の記憶が飛んでいるようだ。

 そんな麻莉亜の異変に、小夏は心配そうな顔で麻莉亜の様子を伺った。


「今度はゲームセンターへ行くようです。行きますよ」

「……ちょっと待って。あんた急にどうしたの?」

「失礼しました。情報の整理をしていただけです。そのせいで記憶が少し混同してしまったようです」

「情報の整理って何よ?」

「小夏さんに説明しても、理解の得られることではありませんので」


 そう言う麻莉亜はいつもの調子と変わりはない。

 小夏もアンドロイドに関する知識は人並み程度にしかないため、一体麻莉亜に何が起こったのか推測することもできなかった。

 とりあえず今は大丈夫そうだと判断したので、先を急ごうとする麻莉亜に付いていくことにする。


「……ねぇ、あんたもしかして海人のことが好きで嫉妬してるんじゃないの?」

「私が海人さんのことが好き? 私は海人さんを守るように作られていますから、それ以上でもそれ以下でもありません。それを好きと取るのであれば、好きということになりますね」

「……そうじゃなくて……その……男女の恋愛的に……」

「下らないことを言いますね。私は海人さんの姉でありながら、アンドロイドです。そのような不要な感情は持ちあわせておりません」


「……だったら何でさっき急に『情報整理』なんて始めたのよ? 情報整理って一体何?」

「情報整理は情報整理です。海人さんの情報と、篠辺野のという女性の情報、そして2人の相互関係の情報の更新です。私は海人さんを立派な青年に育てる義務があります。そういった情報は今後必要になってきますので」

「……ならいいけど」


 そう麻莉亜に説明をもらっても、どこか違和感を覚える。

 他のアンドロイドを見ても急に情報整理の為に意識を落とすことなんて見たことがない。

 しかしそれは麻莉亜が特殊な作りをしているからなのかどうなのか小夏には知るすべもないので、黙ってそれを飲み込んだのだった。

 どうもスッキリしない麻莉亜の行動にもどかしさを感じながらも、小夏は麻莉亜について行った。





 次にやってきたのはゲームセンター。

 海人と篠辺野は2人で楽しそうに立体写真を撮ったり、レースゲームをしたり、音楽ゲームを協力プレイしたりと飽きることなく楽しそうに時間を過ごしている。

 その様子は完全に恋人同士そのもので、海人はだらしなくへらへら。

 そんな様子を小夏はイライラしながら見ていた。

 麻莉亜の方は最初こそとんでもない妨害工作を思いついては、小夏にたしなめられるようなことを繰り返していたが、段々とその口数が減っていき、ついには無言になって2人の様子から目を背けるまでになってしまった。

 

 結局2人の間に割って入るような妨害が何一つできないまま、海人と篠辺野はゲームセンターを出て公園に移動。

 既に日も暮れかかってきた頃に、2人は公園のベンチで腰を落ち着かせて楽しくお喋りを始めた。

 小夏と麻莉亜はそれを追って草むらに座り、物陰から2人の様子を見守る。


 海人と篠辺野はゲームセンターで取ったぬいぐるみの景品を鞄から取り出して会話に花を咲かせているようだ。

 その距離は近く、二人共本当に笑顔を絶やしていない。

 それとは逆に麻莉亜と小夏の方はその2人の間に割って入るような勢いは完全になくなり、無言のままその楽しそうな2人をただ眺めているだけになってしまっていた。


「…………」


 楽しそうな2人を眺めて小夏は葛藤する。

 小春は海人が自分から離れていくことを過剰に恐れていた。

 この調子では本当に小春に何かあっても、海人は知らん顔で篠辺野にべったりということも有り得る。

 平和な時ならともかく、今は世間の敵と見られている七原&九条は他の人間など信用せずにしっかりと団結して世間と戦っていっくべきだと考えていた小夏には面白く無い展開だ。


 だが、2人を見ているうちに何もこんな楽しそうな2人をわざわざ邪魔してやることもないとも考え始めてしまった。

 篠辺野が嫌な奴というのであれば少しは邪魔でもしてやろうかと思ったのだが、小夏が接した限りでは本当に良さそうな人だった。

 これで自分が邪魔するようなことしたら、それはただ性格の悪い奴になってしまう。

 人の好いた惚れたは第三者がとやかく言うことではないんじゃないかと思い始めていた。


「…………」

「…………」


 自分の考えていることを相談してみようと麻莉亜の様子を見てみるのだが、麻莉亜は考え事でもしているかのように寂しそうに俯いているだけで、何となく声を掛けづらい。

 海人と篠辺野の尾行を始めてから麻莉亜の元気が徐々になくなっていっているし、口数も減ってきている。

 麻莉亜なら何とかうまく海人と篠辺野を引き離せると期待したのだが、その期待はどうやら空振りだったようだ。

 むしろこの尾行を通して麻莉亜のテンションを下げるだけの結果となってしまっている。

 麻莉亜がこんなに元気をなくしたのも海人が関係しているのは間違いのないだろうし、これは海人に直接相談した方がいいと思い始めてきた。


「……今日は一旦引き上げようか?」

「……いいえ、私は海人さんの健全な行動を監視する義務がありますから……」

「…………」


 麻莉亜は俯いたまま元気なくそう呟く。

 監視とは言っているが、思いつめた様子の麻莉亜はもはや2人の様子を監視すらしていない。

 そんな麻莉亜を見て、小夏はやれやれといった感じで溜息をつく。


「現状は十分に把握できたでしょ。一旦帰って色々考えてから出直した方がいいんじゃない?」

「…………」


 そう言って小夏は立ち上がるも、麻莉亜はいじけたように座ったまま動かない。

 麻莉亜もこんな子供みたいな状態になるんだと少し呆れながら、どうしたもんかと思っていると、不意にガラの悪そうな二人組の男が海人と篠辺野に絡み始めている場面を目撃した。


 海人は篠辺野を守るように篠辺野の前に立って二人組を牽制している。

 次第に海人は相手と口論を始め、その末に相手は海人の胸ぐらをつかみ始めた。

 海人はそれを突き飛ばして応戦。

 いよいよ喧嘩でも始まりそうな雰囲気になってくると、これはさすがにマズイと小夏は俯いている麻莉亜の顔を上げさせようとする。


「麻莉亜! 海人が!」

「…………」


 麻莉亜は小夏の呼びかけで顔を上げるも、虚ろな瞳で海人の方に視線をやるに留まった。

 そうしているうちに相手は宣戦布告でもするかのように海人を指さす。

 篠辺野がやめなよといった感じで海人を後ろに引かせようとするが、海人は上等だと言わんばかりの素振りで絡んできた二人組の前に立った。

 そこから何故か二人組は直ぐ傍のベンチに座り込み、海人も同じようにして座り込む。

 二人組と海人がベンチで座って大人しくなり、それをオロオロと篠辺野が見ているような状態になった。


「クライシスゲーム!? 麻莉亜!! 海人がゲームを!!」

「……行きます。これは私の役目です」


 小夏が声をかけると、そこでようやく麻莉亜は口を開いてくれた。

 麻莉亜はようやく自分の出番が来たと言わんばかりに、少し嬉しそうに立ち上がり、海人を助けに行こうと歩き出す。

 麻莉亜も少しは元気を出してくれたと安心したのだが、少し歩くとすぐに麻莉亜は足をピタリと止めて動かなくなった。

 何事かと思って海人達の方を見てみると、さっきまでオロオロしていた篠辺野が海人にもたれかかるように隣に座り、篠辺野も大人しくなったいた。


「…………」

「…………」


 ガラの悪い二人組と海人篠辺野の二人組が、少し距離を開けてベンチで眠るように座っている。

 端から見たら妙な光景ではあるが、その四人とも青い光を発しているので事態は直ぐに飲み込めた。

 今海人は、篠辺野をアシストに置いて二人組とゲームで戦っているのだ。

 

 戦闘中に入れるアシストは1人まで。

 既にアシストが入っている場合は他のアシストが入る余地はない。

 ここで麻莉亜が海人の体に触れても海人の助けに入ることはできない。


「麻莉亜……」

「…………」


 麻莉亜はそんな海人達に顔を向けたまま固まっている。

 そしてしばらくしてからプルプル震えだしたかと思うと、突然糸が切れたようにドサッとその場に倒れてしまった。


「麻莉亜!! どうしたのよ!! 一体何なの!? 麻莉亜!!」


 崩れるように地面に倒れた麻莉亜の気を起こそうと、小夏は麻莉亜の体を揺さぶる。

 しかし、いくら名前を呼んでも麻莉亜は目を閉じたまま人形の様に眠り続けるのだった。

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