その25.外伝:凸凹コンビ ――sight of Konatsu――
「ただいま」
色々と複雑な思いを抱えながら小夏は帰宅。
篠辺野がもっと海人に対して悪いイメージを持っていたり、単純に嫌な奴なら自分も進んで海人から引き剥がそうと思えたのだが、直接会って話してみた感じだとそういう感じではなかった。
それどころか、篠辺野は海人に対して好意的なイメージを持っている。
小春のためにも何とかうまく海人を篠辺野から離したいところなのだが、自分の力ではどうにもできないと感じた。
そこで小夏は麻莉亜に相談してみようと、帰るなりすぐにリビングに足を運んだ。
「……麻莉亜?」
リビングではソファーで麻莉亜が目をつぶって寝転がっていた。
光を発していない所を見るに、戦闘中という訳ではなさそうだ。
夜以外に麻莉亜が電源を落とすなんてこともするんだなと思いながら、小夏は鞄を置いて麻莉亜を揺すってみる。
すると、程なくして麻莉亜はゆっくりと目を開けた。
「……小夏さんですか。おかえりなさい」
「ただいま。何してたのよ?」
「……いえ、何でもありません」
麻莉亜はそう言って自力で体を起こし、そのまま小夏を無視してゆっくりと台所へと足を運んでいった。
「ちょっと、相談があるんだけど……」
「少しお待ちください……」
麻莉亜からそう返答があると、小夏は食卓の椅子に腰を下ろした。
麻莉亜は飲み物を用意しているようだが、その動作がどこか怠慢で覇気がないように感じられる。
いつもの麻莉亜のようにシャキッとしている感じではなかった。
充電から覚めた後だとこんな調子になるのかななんて思いながら、麻莉亜が飲み物を用意し終わるのを待った。
「……海人さんは今日もあの人間の女と?」
「そう」
小夏が相談事を持ちかけるよりも早く、麻莉亜はポットを持って2つのカップに紅茶を入れながらそう聞いてくる。
「大変な世の中になっていて、海人だっていつ何があるか分からない。それなのにあんな怠けたことしていちゃダメだと思うんだけど」
「……同感です」
「麻莉亜から何か言ってやめさせて欲しい」
「…………」
小夏がそう言うと、麻莉亜は無言のまま小夏の前に着席した。
そしてティースプーンで紅茶をくるくるとかき混ぜながら、視線も合わせずにポツリと言葉を吐く。
「……私が口を出すと、海人さんに叱られてしまいます」
「叱られるって……」
麻莉亜の少し拗ねたような様子に小夏は何だか力が抜けてしまった。
小夏はここ最近、麻莉亜が篠辺野のことを聞いては海人に怒られている場面を何度か見ていた。
その中でも海人が結構キツく怒っている場面もあり、その後のしゅんとした麻莉亜の様子も見ている。
今の麻莉亜は、その海人にキツく怒られた時を思い出したかのような様子だった。
「……あんた、おじさんやおばさんの代わりにあいつを教育してるんでしょ? 何であんたが叱られるのを恐れてるのよ」
「……小夏さんには逆らうことのできない主人のいるアンドロイドの気持ちなど、理解できないのでしょうね」
麻莉亜は何処か気が抜けたような感じで、ため息混じりにそう話す。
今まで海人の両親に怒られてしゅんとなる麻莉亜を何度か見てきた小夏だったが、そういうことがあっても麻莉亜は割りとすぐにいつもの調子に戻っていたはずだ。
未だにそれを引きずっている所を見ると自分の知らない所で結構キツく言われたりしたのかなと、小夏は勘ぐった。
「あいつに何言われたか知らないけど、それじゃああんた、あいつが好き放題やってていいって認めてるようなもんなのよ? それでいいわけ!?」
「……そういうことではありません」
小夏が少し厳しくそう問い詰めると、麻莉亜は悔しそうに言葉を絞り出した。
「そういうことでしょ!? 現に今海人は何してるのよ? あんたの注意なんて無視してやりたい放題じゃない」
「……小夏さんはどうして海人さんのことをそこまで気にしているのですか? 好きなのですか? 早い所諦めて下さいね」
「違うって言ってんでしょ!! どいつもこいつも!!」
「では何故?」
「それは……その……」
威勢よく麻莉亜を攻め立てていた小夏だが、麻莉亜の一言でその勢いは止まってしまった。
自分でも余計なお世話なことをしていると自覚しているので、ここで小春の為とは言えない。
小夏は少し気まずくなってカップを一口すすりながら言葉を必死に探す。
「おじさんやおばさんに……そう! おじさんやおばさんにおいつのこと頼むって預かってるから! あんたもそうなんじゃないの!? アンドロイドとか関係ないでしょ!? あんたはあいつの姉なんじゃないの!? 姉なら弟の面倒くらいきっちり見なさいよ!!」
「…………」
「あんた、それじゃあ教育者失格ね! 海人の姉でもなんでもない、ただのご主人様に尽くすメイドと何ら変わりないじゃない。あんたに任せても海人は良いも悪いも分からず好き放題。不健全な大人になっていく。おじさんやおばさんが聞いたら嘆くわ。麻莉亜になんて任せるんじゃなかった~ってなるでしょうね」
小夏がそう厳しく責め立てると、麻莉亜はハッとなって顔を上げた。
気の抜けたような麻莉亜の表情からは少し変化が見られたので、小夏はその勢いのまま言葉を通す。
「今は女と一緒に遊んでる場合じゃないのくらい分かるでしょ!? 現実をしっかり見て、それに順応して、世間と戦っていかなきゃいけない時じゃない! お願い麻莉亜、あいつを正しい方向に導いてやってよ! あんたしかあいつを正すことはできないんだから!」
「……そうですね。小夏さんの言ってることが正しいです。私としたことが、お父さんやお母さんから海人さんのことを任されているということを忘れていました。何とかしてあの篠辺野という女性を海人さんから追い払いましょう」
麻莉亜は表情を引き締め、決意を決めたように力強くテーブルをドンとカップで叩いてそう言った。
ようやく頼りになりそうな麻莉亜が戻ってきたことで小夏は安心して、ふぅと息をこぼした。
「追い払うって……どうする訳? 結構手強そうな相手だったけれども……?」
「手強そう……ですか。実際小夏さんはあの女性をご存知なのですか? 小夏さんとはかなりタイプの違う女性に見えましたが……」
そう言う麻莉亜の視線が小夏の胸の方にいった。
麻莉亜が何を言わんとしているか小夏は察したが、いつものことなので冷静に小夏は対処する。
「知らない! 私とは全然違うと思うけど」
「やはりですか……それは悲報です。きっと素晴らしい方なのでしょうね。そうには見えませんが」
「あんたふざけてんの……?」
「私は至って真面目ですが」
小夏はそのふざけた麻莉亜の態度に呆れてしまう。
しかし、これがいつもの麻莉亜節なのでむしろそれに安心感を覚えた。
さっきまで少し元気がなかった麻莉亜だがもうすっかり元気を取り戻してくれたのだと、小夏はこの言葉を聞いて理解する。
「良い人っぽかった。優しそうだったし、話しやすかったし、笑顔が……可愛かった」
「本当に小夏さんと真逆ですね」
「……うるさい」
図星をつかれ、小夏は恥ずかしそうに俯いて紅茶を口に入れた。
自分とは違い、本当に良さそうな人だという印象があるから故、小夏はこの事態をどう対処すればいいのか考えあぐねているのだ。
「しかし、いくらそう見えても現実は真逆ということは多々あります。人間は得てしてそういう生き物ですから」
「そんなもんかな……」
「そうです。きっと海人さんは人間の女性に幻想を抱いているのだと思います。もっとこう、人間の女性は臭くて汚いという所を見ることができれば、海人さんも自然とあの女性から心が離れていくのではないでしょうか?」
「えぇ~……。何か発想がひどくない……? どっちかと言えば、あの篠辺野って子が海人に幻滅するのを待った方が早い気がするけど……」
「それは難しいですね。海人さんは小夏さんの思っている以上に出来た人です。ダメだという印象から徐々に良いところが見えてくる人と、良さそうな印象から徐々に悪い所が見えてくる人と、どちらが幻滅しやすいか、小夏さんでも理解できると思いますが?」
「後者だろうけど……」
どうも小夏の頭には篠辺野が悪い所を出すビジョンが思い浮かばない。
それでも麻莉亜の言うことに一応納得して自分なりに考えてみる。
「海人があの人に幻滅ねぇ……」
そんな感じで、2人してどっちかが相手に幻滅するという方向で案を考え始めた。
色々と考えてはみるのだが、どうしても小夏の持つ篠辺野の良いイメージが離れないので、小夏からは中々いい案が思い浮かばない。
一方麻莉亜の方も人間である小夏の方を見ながら、色々と考えを巡らせていた。
「海人さんが幻滅……海人さんが幻滅……」
「……今私の胸見なかった?」
「見ました。海人さんは毎日幻滅しています」
ガチャン!
その一言に小夏は手に持っていたカップを受け皿に強く置き、怒りを表現する。
そして怒りながらも真面目に考えた自分の案を乱暴に吐いていった。
「デートでの失敗とか!? そんな感じ!?」
「……なるほど。では、海人さんと一緒にいる所で彼女に盛大な放屁をさせてみるというのは……」
「下品!! 何なのその発想!? もっと普通にできないの!?」
「私にはデートの失敗談というのがよく分かりませんので……。残念ながら小夏さんには男性とデートをする機会が今後も来ないでしょうし、永遠に理解できないことかもしれませんが」
「……わ、私だってそれくらい……いつかは……いいでしょそんなの!! 真面目に考えてよ!」
麻莉亜も小夏もそんな経験がないなりにクソ真面目に頭を捻って考える。
「……ねぇ、デート中に小春を登場させてみるとかどうかな? そうすればあいつもデートどころじゃなくなって、篠辺野って子も小春に気が向く海人に幻滅するんじゃ……?」
「却下します。それはそれで根本的な問題の解決にはなっていません。目的はあくまで海人さんを人間の女性から離すことだというのを忘れていませんか?」
「それは……そうだけど……」
小夏は気まずそうに言葉を濁し、カップをすする。
小夏も目的と麻莉亜の目的に若干のズレがあるのだが、それを口に出すことができなかった。
そんな感じでデート経験のない2人はしばらくダメな意見を言い合ったのだが、人間とアンドロイド、目的に若干のズレが有る、2人共デート経験がない、元々馬が合わないという四重苦を持つデコボココンビの話し合いは全くまとまらなかった。
結局何一つ良案が出なかったので、麻莉亜の方がこの場の結論を出すように話をまとめに入る。
「……分かりました。いくら人間とはいえ、小夏さんにはその程度のことも分からないということが分かりました。小夏さんに期待した私が愚かでした」
「何で意見を求めてた方がそんなに偉そうなのよ!! 七原研究所最高の性能を誇るのならそんくらいパッパと解決しなさいよ!!」
「私は学習型ですから。自立型の機能としてもそのようなことはプログラムされていませんし、そういったことは学習していかなければなりません」
「……じゃあどうするのよ?」
「海人さんを尾行しましょう」
「えぇ!?」
そう言う麻莉亜の表情は至って真面目だ。
これまたぶっ飛んだ提案に小夏は驚かずにはいられない。
「現段階では情報が少なすぎます。まずは海人さんとあの篠辺野という女性がどういう付き合い方をしているのか把握する必要があります。それを把握した上でどうすればあの女性を追い払うことができるか、対策を練っていきましょう」
「そんなの……いいの!? なんか凄い趣味悪いことしている感じがするんだけど!」
「小夏さんも同行をお願いします」
「私も!? 何で私がそんなことを!?」
「私からは直接アプローチを仕掛けることができないのが現状です。何をやっても海人さんに叱られてしまいます。尾行中に海人さんが過ちを犯しそうになった時、姿を現してでも止めに入らなくてはなりません。その際私が海人さんの前に出たら不自然ですが、小夏さんなら不自然さはありません」
「……本気で言ってるの?」
「本気です。海人さんの為ですから。それとも小夏さんはあの女性が海人さんに変なことをし始めてもいいと?」
「……そりゃ、ダメだけど……」
「決まりですね」
アンドロイドらしい案というべきか、人間には考えつかない突拍子もない妙案だが自分の力だけではどうすることも出来ないのは小夏も十分理解している。
その後も違う方向で海人を篠辺野から離そうと自分1人で考えてはみたものの、結局何も思いつかなかったのだから仕方ない。
「何か変なことになってきちゃったな……」
小夏は少し頑張る方向を間違えているとは思いつつも、小春の為にと思って小夏はそれをしぶしぶ受け入れたのだった。
小夏の隠密活動はまだまだ続く。




