その23.外伝:小夏、動く ――sight of Konatsu――
夜。
海人宅の一室。
九条姉妹は2人で布団を並べ、共に布団の中に入っていた。
「……お姉ちゃん?」
「……ん?」
静かな暗闇の中に二人の静かな声がぽつりと広がった。
「お兄ちゃん……今日も帰ってくるの、遅かったね……」
「…………」
「また、篠辺野さんと一緒だったのかな……」
「知らないわよそんなの……」
その話題を小春から振られると、小夏は寝返りをうつように体を動かして小春に背中を向けた。
「そっか……。お兄ちゃんは……篠辺野さんのこと好き……なのかな……」
「…………」
「篠辺野さん、凄く綺麗な人だったし、優しくて楽しい人だった……」
「…………」
「胸も大きくて、魅力的な人だったよね……」
「…………」
「お兄ちゃんは……やっぱり篠辺野さんのこと、好きなんだよね……。篠辺野さんも、お兄ちゃんのこと好きなのかな……」
「知らないわよ……。なに? あんたまさか本気であいつのことが好きだったりするの?」
どうしてそんな話題を小春が急に振ってきたのか、その真意を聞こうと小夏は再びゴロンと体を動かして小春と向き合ってそう聞く。
「好きだよ。お姉ちゃんと同じくらい好き。お姉ちゃんはお兄ちゃんのこと好きじゃないの?」
「…………」
小春にそう聞かれ、小夏は言葉を探すように仰向けの体勢になった。
そしてふぅと溜息をついてから、やれやれといった感じで言葉を発する。
「好きとか嫌いとか、今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。あんた、今世の中の状況分かってんの?」
「えへへ……、ごめんね。でも、お兄ちゃんが篠辺野さんと付き合っちゃったらって思ったら、何だか心配になってきちゃって……。おかしいよね、お互いに好きだったらそれでいいし、お兄ちゃんにもあんなに素敵な彼女さんができたんだ~って喜んであげなきゃいけないのに……」
「…………」
「でも、もしお兄ちゃんが篠辺野さんと付き合うことになったらもう私を助けてくれなくなっちゃうのかな? 今まで私達に優しくしてきた部分は全部篠辺野さんに持って行かれちゃうのかな? って思ったら、悲しくなってきちゃって……」
小春のそんな消え入るような声に小夏はふっと立ち止まるような感覚になった。
それはまるで、小春を1人置いてけぼりにして自分だけ前を突っ走っているような、そんな感覚だった。
「…………」
小春の様子を見てみる。
普段はあまり変わらない素振りだったのだが、今は微妙に悲しそうな表情を見せている。
心配かけまいとするきらいがある小春の、そんな表情だ。
小夏は敏感に察して、慌てて小春に手を差し伸べようと考えた。
「まぁ……その辺は大丈夫だと思うけどね。あいつ、あんたにはとことん甘いから……。あんたの前だけだよ? あいつが張り切ってんの」
「……うん。でもきっとそれが篠辺野さんになっちゃうのかな~って。お姉ちゃんはそうは思わないのかな……」
「…………」
その言葉を聞いて、小夏はふと思い出した。
黒波にちょっかいを掛けられ、自分がうまく嫌というのを表現できないところを海人が手を差し伸べて助けてくれたことを。
そして、昔から頼んでもいないのに自分の前に出て壁になって守ってくれる海人のことを。
しかし今は自分のことではなく、小春のフォローに回る時だとすぐに思い直した。
「……あんたがあいつのこと好きなら、そうなる前に好きだって伝えてやんなさいよ。あいつ、あんたのこと好きだからきっとOKしてくれるわよ」
「う~ん……」
小夏がゴロッと小春に背を向けてそう勧めると、小春はしばらく考えこむ。
「私ね、ずっとずっと将来はお姉ちゃんとお兄ちゃんが結婚するんだって思ってたんだ」
「勘弁してよ……」
「私は、お姉ちゃんとお兄ちゃんが傍に居てくれるのが一番いいな。お兄ちゃんも私のこと、きっと子供としか思ってないと思うし……あはは」
「残念だけど、小春の望みは叶えてあげられそうにないわ……」
「お姉ちゃんはお兄ちゃんのこと、好きじゃないの?」
「……好きな訳ないでしょ」
「……私に遠慮してない?」
「してるわけないでしょ!! あんた、海人のことを評価しすぎてんのよ!」
少し怒った様子で小夏は再び体を回転させて小春にそう言う。
「……あんたには言うまいと思ってたけれども、あいつ、本当はもっともっとロクでもない奴なのよ? あんたの前で無理してカッコつけてるだけ! 本当は何にもできないくせに口だけで……」
「……知ってるよ」
小春は少し間を置いてからにこっと笑ってそう答えた。
その言葉を受け、小夏は逆に驚いてしまう。
今まで小春のことを大切に思って、夢見る海人像を崩さないようにと今まで言わなかったのだが、小春が既にそれを知っていて、それでもなおかつ海人を慕っているということに驚きを隠せなかった。
「……でも、お兄ちゃんは何も出来なくはないんだよ。結局、最後には何とかしてくれる。それに、それだけ『私達』のことを意識して思ってくれているってことなんじゃないのかな……」
「…………」
小春が自分の思っていたよりも色々と考えているということに驚き、浅はかな自分が少し恥ずかしくなってくる。
「だから、私はそんなお兄ちゃんが大好きだよ。お姉ちゃんは好きじゃないの?」
「……だから勘弁してって。もしあんたが私に遠慮してあいつに告白しないんなら、それ、完全に無駄だからね。小春があいつのこと本当に好きなら、あの篠辺野ってのに取られたくないなら、自分でそう言いなさい」
「……うん。お姉ちゃん……」
「……なに?」
「……そっちに行ってもいいかな……」
「いいわよ。来なさい」
「うん」
小夏は小春が来やすいように布団を開けて小春を迎え入れる。
少し恥ずかしそうにもぞもぞ動きながら来る小春は、小夏の布団に入るとギュッと小夏のパジャマを掴んだ。
そしてその手がぶるぶると震えていることに小夏は気がつく。
それを安心させるように、小夏は小春をそっと抱き返した。
「あんたは何も心配しなくていいの。全然大丈夫だから」
「うん……。ごめんね、お姉ちゃん……いっつも甘えてばっかりで……ごめんね」
「何も謝ることじゃないでしょ。私はいつだってあんたの味方だから。あいつもきっとそう思ってる」
「うん……」
父親が亡くなった報道を聞いた時の小春の様子を、小夏は知っている。
また、母親が自殺して亡くなった時の絶望した小春の様子を、小夏は知っている。
どちらの時も小夏はずっと小春のそばに居て、大丈夫だからと元気づけていた。
だから小春はこれ以上自分の元から誰かいなくなることを過敏に心配しているというのが、小夏にはよくよく理解できた。
海人の家にやってきたのも、少しでも小春が楽しく安心して暮らせるように、海人の傍に置いておきたいという狙いがあった。
それなのにこの現状はそれが逆効果として働いてしまっている。
「お兄ちゃんには内緒にしておいてね……。私、お兄ちゃんがあんなに可愛い彼女さんと一緒だってことの方が嬉しいから……。お兄ちゃんの邪魔だけは絶対にしたくないから……」
「大丈夫大丈夫。海人はいつでもあんたのこと思ってるから、安心しなって」
「…………」
そう言って小春を安心させるが、実のところ小夏は打倒エボルを掲げてゲームに全てを捧げていた為、海人の現状がよく分かっていなかった。
普通に考えれば、海人は小春をないがしろにするようなことはしない。
ただ、小夏には海人にそうしてくれる自信と信頼がそこまである訳ではなかった。
昔こそ小夏も小春と同じように海人に絶対の信頼を置いていたのだが、二人が成長するに連れて段々海人とは疎遠になっていた。
そうしているうちに今の海人が何をどう思っているのか、いくら幼馴染と言えど小夏には把握できなくなっていたのだ。
もしかしたら、本当に海人は篠辺野に持って行かれてしまい、自分たちはまた孤立してしまう。
自分はともかく、そうなったら小春がとてもじゃないけれども可哀想だ。
自分がなんとかしてやらなければならない。
小夏はそんなことを思いながら小春の不安を聞いていた。
次の日。
小夏はいつも通り小春と海人と一緒に登校をしていた。
海人と小春が楽しそうに話しながら歩くのを、1人微妙な距離を空けているのもいつもと同じ。
ただ、その小春が海人と楽しそうに話しているのを見る小夏だけは、いつもと心情が違った。
「でさ、そこでポッコロがだぞ? あのポッコロ大魔王がゴランを庇って死ぬんだよ。死に際に涙を流しながら『死ぬなよゴラン……』って台詞を言ったのを見て、もう涙『ダァー』ですよ。ポッコロさんは俺の憧れなんだわ」
「お兄ちゃんの憧れなんだー! 私もほらごんぼーる読んでみようかなぁ……」
「オススメオススメ! マジ神漫画だから読んでおけって!」
海人は楽しそうに漫画の話をしている。
それを聞いている小春もニコニコ楽しそうに相槌を打ちながら色んなリアクションを取って、本当に楽しそうに聞いている。
小夏はそれを見て小春の心情を察し、複雑な思いを抱えていた。
「どうした小夏? なんかいつもに増して不機嫌そうだけど……」
「別に……」
それを察したのか、海人が不意に小夏に話しかけてきた。
小夏は色々考えていることを、主に小春の方に悟られまいと平静を装う。
それでも海人はその微妙な小夏の様子に違和感を覚えたのか、立ち止まって小夏の顔を見てきた。
「……どうした? 何か元気ない?」
「別に!」
「何怒ってんだ? アノ日か?」
その海人の言葉にカッとなり、小夏は持っていた鞄を振りかざし、海人の側頭部をバシンと殴りつけた。
「ほげぇ!!」
「お姉ちゃん!! もう……。でも、今のはお兄ちゃんも悪いよ? そんなデリカシーのないこと言ったらダメ!」
「は~い……」
「…………」
小夏には何でこんなモテなさそうな海人に篠辺野がくっついているのか全く理解できない。
これは一方的に海人が篠辺野に惚れているだけで、篠辺野の方は嫌がっているのかもしれないと、小夏は考えた。
小春と離れたら直接海人にさり気なく篠辺野のことを聞いてみようと思っていたのだが、それだとあまり聞きたくない返事が返ってくる可能性がある。
それよりも篠辺野に海人をどう思っているのか聞いたほうが付け入る隙はあると小夏は思い始め、小夏は学校に着いたら少し篠辺野と会話をしてみようと心に決めた。
学校も終わって放課後。
小夏はホームルームが終わると直ぐ様3年C組の教室の所に足を運んだ。
休み時間もトイレに行く振りをして何となく声を掛けるタイミングを伺っていたのだが、結局篠辺野に話しかけることができなかった。
でも、小春の為にここは自分がしっかり聞いておこうと意気込み、今度こそは篠辺野に話しかけてみようとやってきた。
「…………」
C組の教室の中をさり気なく覗いてみると、篠辺野は楽しそうに友達と会話をしている。
その会話が終わったら勇気を出して足を踏み込んでみようと、その時を教室のドアの所で忍者のように待っていた。
「おい九条」
「…………」
すると不意に背後から声を掛けられた。
黒波空吾だった。
小夏は一瞬黒波に目をやるも、すぐに視線を篠辺野に戻した。
「俺に会いにきたか?」
「……違う」
「なぁ、俺のチームに入れよ。俺はお前を待ってるんだ」
「触らないで」
黒波は馴れ馴れしく小夏の肩に手を置くが、小夏はそれをすぐに振りほどいた。
「おぉー! やっぱこういう方が攻略のしがいがあるんだよ! ツンデレっつーの? 俺九条のそういう所好きだわ~。他の女は簡単すぎてつまらん。な? どうだ?」
「やめて」
小夏は自分の体をガードするように両手で鞄を胸に抱いて丸くなり、背中を左右に振って黒波の手を寄せ付けないようにする。
「おーおー! 元気があっていいね~。これは楽しみだぞ~」
そう言って黒波は小夏のスカートの中に手を突っ込み、お尻に触れる。
その瞬間、小夏は勢い良く黒波にタックルしてそれを払いのけた。
不意を突かれた黒波はそれをモロにくらって地面に尻もちをつく。
「何だ何だ?」
そんな2人の様子を周りが見ていて、徐々にギャラリーが集まってきてしまった。
小夏がどうしようかとオロオロしているうちに周りにどんどん人が集まってくる。
そうしているうちに篠辺野も小夏の所にやってきた。
「ちょっと、黒波君!?」
「……おい、九条、俺はいつでも待ってるからな」
「…………」
黒波は篠辺野の言葉と集まってきたギャラリーに少し気をまずくして、そんな捨て台詞を吐いてこの場から去っていく。
それで周りのギャラリーも引いていったが、篠辺野だけはこの場に残った。
「九条さん、大丈夫? 黒波くんに何か変なこと言われたりしなかったかな?」
「……別に」
篠辺野は小夏に対して心配そうな顔をしてそう聞いてくる。
小夏はそんな篠辺野から目を逸らして、そっ気なくそう答えた。
「困っちゃうよね、ホントやりたい放題なんだから……。九条さんも、何かあったら私に言ってね。私1人じゃどうにもできないけど、誰か味方みつけて何とかしてみせるから!」
「…………味方って誰? ……海人?」
「七原くん!? 七原くんは色々まずいな……。味方……味方……う~ん……」
「…………ちょっと来て」
「ん?」
小夏はいい具合に話が出来るタイミングがやってきてくれたと思い、2人でゆっくり話が出来る場所に移動しようと、篠辺野にそう促した。
「少し話……あるから」
「え、私?」
びっくりする篠辺野に、小夏はコクンと頷いて答えた。
「本当に!? 良かった! 私も九条さんと色々お話してみたいな~って思っていた所なのさ」
「…………」
2人は海人の家や学校で顔を合わせることはあっても、まともに話をしたことはない。
篠辺野も前々から小夏と話したいと思っていたこともあり、小夏の申し出を快諾した。
それから2人はゆっくり話せる場所へと向かっていった。
2人がやってきたのは屋上。
移動の間篠辺野は「勝手にお家にお邪魔しちゃったりしてごめんね」なんて小夏と距離を近づける為に、1人でスタスタ歩いて行ってしまう小夏とコミュニケーションを取ろうとしたが、そんな篠辺野を小夏はほとんど無視した。
別に悪い感情があった訳ではない。
単にほぼ初対面のような人とうまく話ができる器量が小夏にはないだけだった。
屋上についた2人は人が居ないことを確認してから金網を背にして適当に話を始める。
小夏はどう切り出していいか分からず、篠辺野もつっけんどんな小夏の態度にどう話しかけたらいいか分からずで、その場にしばらく変な空気が流れてしまった。
「本当に突然お家にお邪魔したりしちゃってごめんね……」
「別に……」
「大変な世の中になっちゃったよね……なんか漫画の世界みたい」
「…………」
篠辺野は深い意味はなく発した言葉だったのだろうが、その言葉に小夏は反応する。
『漫画』というキーワードは最近楽しそうな海人がよく口にして話題に出すワードで、漫画をあまり読まない小夏には親しみが持てなかった。
また、その言葉が『一体誰がこんな世界にしたのか』という意味を込めたものだと勝手に思い込み、小夏は少し敵意を表したような目で篠辺野のことを見た。
「……そう。ふざけてる場合じゃない。遊んでる場合なんかじゃない」
「……ん?」
「世の中は最悪の方向に向かっている。あいつも……海人も世間から敵として見られている。この先どんなことが起こるかわからない。それはエボルを倒さないと終わらない」
「……そうだね。今もなおエボルを倒そうと頑張っている人達がいるのに、私達も力になれることはしないといけないよね」
突然の小夏の発言にとまどいつつも、篠辺野は何とかそれに合わせようと努めた。
「……口だけ。だったら、海人の足を引っ張るようなことはして欲しくない」
「えっ……う~ん……」
小夏はそっぽ向きながらも、そう勇気を出して本題に触れた。
突然の小夏の言葉に、篠辺野は困り顔をして悩んでしまう。
「一応、私も私なりに七原くんにも被害がいかないように頑張っているつもりなんだけど、黒波君を始めとして世間の風向きを変えるのは難しいね……七原くんは心配するなって言ってくれているけれども……」
「あいつにベタベタくっつくと、あいつが勘違いするからやめて。あいつ、単純で馬鹿だからそういうのがあると本来やるべきことをすぐ見失う」
「う~ん……。本来やるべきことって……エボルを倒すこと……?」
「…………」
その問いに小夏は黙った。
小夏は別に海人にエボルを倒して欲しいと思っている訳ではない。
海人は小春を助けてくれた味方として、自分たちと同じ立場にいる味方として『こちら側』に存在するだけでいいと考えているに過ぎない。
そう言ったのは小春のために、とりあえず篠辺野を海人から引き剥がそうとする口実を取ってつけただけだったので、特別理由はなかった。
小夏が黙ると篠辺野も少し悟った様子で小夏から目を離し、遠くの空に視線を送った。
「……九条さんは、七原くんのことが好き……なのかな?」
「違う! そんなんじゃない! ……そっちこそどうなってんの? もしかして、もう……海人と付き合ったり……してるの?」
小夏は意を決してドキドキしながらもその言葉を口に出し、そう篠辺野に聞いてみた。
そう聞かれた篠辺野は少し驚きながらもにこっと笑って小夏に返答する。
「付き合ってないよ。でも、七原くんは私にとって魅力的に見える。優しいし、面白いし、話しやすいし、一緒にいて本当に楽しい人だと思う」
「…………」
この言葉を聞いて小夏の心拍数があがった。
海人が一方的に篠辺野に好意を向けているだけでくっつくようなことはないだろうと思っていたのだが、今の篠辺野の言葉を聞いてそれがもろくも崩れ去った。
このままでは昨日の夜小春が言ってたことが現実になってしまうと、小夏は焦燥する。
「九条さんもそう思っているんじゃないのかな? 昔から七原くんのことを知っているなら、七原くんの良さだって知ってるはずだもん。だから、私を止めようとしたんじゃ……」
「違うって言ってるでしょ!! 私はただあいつが……あいつが……」
少しカッなりながら篠辺野の顔を見て否定したのだが、その篠辺野はにこっと笑っていた。
それを見たら自分と篠辺野の精神的な余裕の違いを思い知らされ、自分が恥ずかしくなった。
慌てて平静を装い、落ち着いた口調に戻す。
「……あいつのこと、その……好き……なの?」
「う~ん……。じゃ、九条さんが『本当のこと』言ったら、私も言おうかな」
「…………」
こんな子供みたいな態度を見せる小夏にも、篠辺野は笑顔で対応してくれる。
それを見て小夏はこの人は自分とは違い、本当に大人な人なんだと思ってしまった。
「あなたみたいな人が海人と釣り合うとは思えない」
「えぇー!? やっぱりダメかな……相手は七原研究所の御曹司だもんね……あんまり意識したことないけど……」
「違う! 何で海人の方が上なのよ!? あいつ、カッコつけだし変態だし、中身はスッカラカンだし、全くモテる要素のない男なのよ!? あなた、男を見る目なさすぎない!?」
「あははは。ひどい言われようだね、七原くん。七原くんが聞いたらへこんじゃうな~」
「へこむわけないでしょ」
「えー!? 七原くん、いつも九条さんと小春ちゃんのこと気にかけて心配してるし、凄い思ってるんだなって伝わってくるんだけれどもなぁ」
「…………」
そう言われて小夏は黙ってしまう。
それと同時に、篠辺野には色んな意味で勝てないと悟った。
これ以上篠辺野と話しても子供過ぎる自分が恥をかいてしまうだけで、どうやっても篠辺野を説き伏せることができないと感じてしまう。
それでも小春のために何とか事態を良い方向に運んでいかなければいけないと思い直し、必死に言葉を探した。
「私は、七原くんとも九条さんとも仲良くしたいな。七原くんが認める子だもん。それなら絶対私も仲良くなれるかな~なんて……あ、あれ、ちょっと待ってね。七原くんから連絡来ちゃった」
「…………」
篠辺野は空中を指で操作する。
小夏は複雑な思いを抱えながらも、それを黙って見ていた。
「九条さんごめん!! 私、もう行かなくちゃ……。もうちょっと九条さんとお話していたかったけれども……」
篠辺野はBPSの操作をササッと終わらせると、両手を合わせて小夏に頭を下げた。
「……今日もあいつと一緒なの?」
「うん。今日はその後予定あるからちょっとだけなんだけれどもね……。美味しいアイス屋さんあるって言ったら七原くんも食べたいって。あ、九条さんも一緒にどうかな?」
「行くわけないでしょ!」
「あら、残念」
「海人は嬉しがってるわね」
「そんなことないよ~。九条さん来たら七原くんも喜ぶと思うけど?」
「あり得ないから。さっさと行ってあげたら?」
一度出なおした方がいいと考えた小夏は、つっけんどんにそう篠辺野に促す。
「ふふふ。またお話しよ! 今度こそ九条さんの本音を聞いちゃうぞ~?」
篠辺野はそんな冷たい小夏の態度を交わし、にししと笑いながら両手で小夏の手を無理やり取った。
「だから! 私はそんなこと全くないから!!」
「九条さんの心を裸にしてやるぞ~。言わせちゃうぞ~」
「何なのよもう!!」
「あははは。ごめんね、またね。また、絶対お話しようね!」
「…………」
篠辺野は笑顔でそう念入りに小夏に伝え、駆け足で屋上から去っていった。
1人屋上に残された小夏は考える。
結局伝えたいことが全く伝わらなかった上に、変な誤解をされてしまった。
このままでは海人は篠辺野に取られてしまう。
海人が篠辺野とくっついたら小春はどうなってしまうのかと考えたら、やはりそれは阻止しなければならない。
でも、篠辺野が思った以上に話しやすくて良い人だというのも同時に理解できてしまった。
自分がうまく言いくるめることが出来ない相手だというのも理解できた。
「…………」
このままではマズイ。
でも、自分1人の力では何とかできそうにない。
どうすればいいのか帰路の途中色々考えを巡らせていたのだが、その途中あることを閃いた。
「麻莉亜に相談してみようかな……」
小夏の隠密活動はまだ続く。




