その19.女神
小春が前にちらっと行っていた『黒波は既に学校を引っ張るリーダーのような存在』というのは全く間違ってはいなかった。
今日の授業妨害のようなことは俺のクラスだけではなく、1年から3年ほぼ全部のクラスで行われていたようだ。
小春のことが心配になって休み時間にBPSで聞いてみたところ、やはり小春のクラスにも同じように黒波のチームの奴らが授業に割って入ってきてアンケートを取っていたらしい。
小春は俺以上に蓮華から『絶対に入るな』と強く言われていたらしかったので、アンケートには真面目に答えたものの興味なしの旨はしっかり伝えたそうだ。
蓮華がいる限り大丈夫だとは思うが、俺が黒波から目をつけられているとしっかり伝えておいた方がいいかもしれない。
それが伝わればとりあえずは安心していいだろう。
小夏が既に言ってるかもしれないけれども。
そういう訳で学校も終わって放課後。
今日は蓮華から買い物付き合ってくれと頼まれたが、それどころではなくなってきたので断った。
今は何よりゲームのレベルを上げてしっかり黒波一派に対抗できる力を身に付けておきたい。
もうあそこまでいったら俺が何を言おうと無駄だろう。
教師が止めることさえできていないのだから、無視しておけば何とかなるとか、いたずらに勝負なんて仕掛けてこないだろうなんて甘い考えをしてたら本気で黒波に殺されてしまう。
黒波を牽制するという意味でも、レベルは一刻も早く上げておいた方がいい。
そう思ってやる気を燃やし、さっさと家に帰ろうと昇降口に降りた所で不意に背後から腕をガッチリ掴まれた。
「待てよ七原」
「…………」
何かと思って振り返ると、そこにはにやにやとガラの悪そうな感じで笑っている三人組の男がいた。
守島、里見……後1人は名前知らんな、初めて見るような男だ。
里見は1年の時同じクラスだったし割りと仲良い友達だったはずなのだが、今はそんな雰囲気は全くない。
完全に俺を敵視……いや、見下しているような感じだった。
「ちょっと俺達と遊ぼうぜ、なぁ」
「何だ? 暇してんのか? 悪いけど俺用あるから」
「まぁそう言うなよ。友達だろ? ちょっと経験値くれよ」
「…………」
里見は親しげに俺の肩に手を載せてそう言ってくる。
里見も前までは俺と同じ位置にいて一緒に居遊んでいたはずなのに、俺の知らない間に随分とガラが悪くなったもんだ。
「友達だろ?」なんて言うのは、相手が自分のことを友達と思ってないと自覚してる証拠じゃねぇか。
今のではっきりした。
俺とお前は友達でも何でもない。
そう思った俺は肩に置かれた手を振り払った。
「経験値って何だ? ドロクエでもやってんのか? 友達よりもメタルスライモに頼めよ」
「またまた分かってるくせにぃ~。対戦ゲーム! 昔はよく休み時間にトイレでやったりしたじゃねぇか。またやろうぜ。今回はクライシスゲームだ!」
「ゲームは校内でも校外でも禁止されてるんじゃないのか? 規則は守れよ!」
一方俺は自宅でレベル上げしまくってるけどな!
相手は高圧的な態度を見せてくるが、俺は里見に対して昔と同じノリで返してやる。
いるんだよな、環境が変わったからっていきなり自分の方が上だと思い込んじゃう奴って。
俺とお前は昔のまま、同等の立場だ。
「くくく。はーっはっはっは! ちぇんちぇ~に怒られちゃうから、ぼくはしませ~んってか? お前もどうせレベル2から上がってないんだろ? いいじゃねぇか少しくらい。俺を倒してレベルを上げられるかもしれないぜ?」
「…………」
里見はそう言ってBPSを操作。
数秒後に俺の所に対戦申し込みのIPが来た。
『クライシスゲーム ユウキ 格闘家Lv3 から 通常勝負:ランダム式 を 申し込まれました。 対戦を受けるか選択して下さい』
「…………」
こいつ、マジで仕掛けてきやがった。
そして、俺より弱いぞこいつ。
俺はレベル5になって新しくSSの小盾も入手したし、HP+7のパッシブスキルも取った。
普通にやれば問題なく勝てるとは思うが……。
「却下だ。お前、一歩間違えたら死ぬぞ? 大人しく黒波に経験値でも貢いでろよ」
少しだけ考えたが、俺は却下のオブジェクトを握りつぶした。
「ビビリか? やっぱお前負けるのが怖いんだろ!?」
「怖いだろ!! 負けたら死ぬじゃねぇーか。例え99パーセント勝てたとしても1パーセントの確率で死ぬんだったらやらんわ! 勝ってもお前が死んだら最悪だし」
雑魚クライシスならおおよそ読めているから大丈夫なんだが、対人は何があるか分からないからレベル差があっても怖い。
対人戦は尾ノ崎との一戦しか経験したことないし、それもほとんど麻莉亜に任せきりだったからな。
「大丈夫大丈夫だって! 俺がしっかり計算して、負けのタイミングを教えてやるからさ。お前が死ぬことはねぇ。お前が経験値くれないなら、九条に頼もうかな~」
「なっ――」
俺が『九条』という言葉に反応すると、三人組はやっぱりといった感じの反応を示した。
「ほら!! お前、九条に惚れてんだろ!? 九条にちょっかいかけちゃおうかな~? お前が相手してくれないんじゃ、しょうがないな~」
惚れてねぇ。
そこんとこ勘違いすんな。
俺が小夏を守るのは、昔からそうしないとダメと思ったまま今に至っているだけで、恋愛感情があるからとかじゃない。
本人はうざいし迷惑と思っているかもしれないけど、俺の中では俺と小夏は今でも勇者と一般市民の関係なんだ。
「……上等だ。俺の経験値になって泣きを見るんじゃねぇぞ」
相手の挑発に見事に載せられてしまい、俺は勝負を受けて立った。
多分勝てるとは思うし、俺も戦闘の流れが読めるようになってきたので降参のタイミングを見誤ることもないだろう。
勝てば経験値ももらえるし、こいつらも懲りてくれればそれでいい。
これを期に俺も『簡単には手を出せないな』と思われるようになれば、俺の立ち位置も上がっていくだろう。
俺が受けて立とうと言葉に出すと、三人組は俺を囲いながら「対戦はトイレの個室に入ってやる」と、俺をトイレまで連れて行く。
その間も小突かれたり、「里見の次は俺とやろうぜ」とか「こいつと戦って経験値入るのかよ」とか、俺を馬鹿にした感じで話しかけてきた。
俺は冷静にそれを無視して対戦に集中していたのだが、丁度男子トイレに入る前に後ろから声を掛けられた。
女の声だった。
「ちょっと!」
振り返ってみると、そこには少し怒ったような顔をした女子生徒の姿があった。
俺も知っている顔だ。
透明感のある綺麗な栗色の髪に、スレンダーながらもボリュームのある胸――。
篠辺野奏に間違いはない。
三人組も俺と同じように足を止めて振り返る。
「誰だこいつ?」
「篠辺野だ……一等幹部……」
「…………」
「七原くんに何かひどいことしようとしてない?」
篠辺野は少し怒った様子のままつかつかと俺たちの方に歩み寄ってくる。
三人組からは篠辺野を前にして少し怯んでいる様子が伺えた。
「別に何でもねぇよ。ちょっと連れションでもしようかと思ってた所だったんだ。なぁ、七原?」
「…………」
里見はそう言って気まずそうに俺の肩を叩く。
それでも篠辺野はここに来るまでの俺達の様子を見ていたのか、眉毛を釣り上げたまま俺と三人組の中に割って入ってきた。
「勝手なことしたら全部報告するからね! はい! 行った行った!」
篠辺野がそう言うと、三人組は舌打ちしながらもこの場から去っていった。
残された俺、ぽかーん。
せっかくやる気だったのに、こんな女子生徒1人に怯んで逃げる三人組を見て拍子抜けしてしまった。
「七原くん、大丈夫? 何かひどいことされなかったかな?」
「いや……」
篠辺野はさっきとは表情を変え、心配そうな顔をして俺のことを見てくる。
「ほら、エボルのことだったり黒波君のことだったりで七原君、今風当たり強いでしょ? だからひどいことされてないかな~って心配になって……」
「いや、すまんな。関係ないのに巻き込んじまって……」
「それが関係なくはないのよ。下の不始末は上の責任ってね」
そう言って篠辺野は苦笑いをする。
「下の不始末は上の責任……? どういうことだ?」
「えへへ。じゃーん!!」
俺が不思議に思ってそう聞くと、篠辺野は懐から何かカードのようなものを取り出し、俺の方に見せてきた。
そのカードは金色の額縁がなされており『ブラックウェーブ』『一等幹部』『篠辺野奏』と書かれていた。
「何これ……?」
「あはは。何か打倒エボルを掲げる人類解放軍みたいで、ちょっとカッコイイでしょ」
「え、篠辺野……まさか、黒波のチームに入ったのか!?」
「そうなのよ~。私もエボルを倒すためにはーって思って入ってはみたんだけれどもね……」
篠辺野はそう言うと、少し周りを気にして声のボリュームを下げた。
「何かちょっと違うなって思ってきてるんだ。でも、こんな肩書もらっちゃったからには中々抜けたいとは言えなくて……真面目に活動しているんだったら、私も協力するんだけれども……」
そう言って篠辺野は苦笑いをする。
何てことだ。
この篠辺野までもが黒波のチームに入っているとは、世の中神も仏もあったもんじゃない。
本当に俺と小夏以外はみんなして黒波の意志にそって、打倒エボル打倒七原みたいになってしまっているというのか。
いや、篠辺野はちょっと違うなと思っているみたいだぞ。
俺をこうして助けてくれたし、この子だけは違うと信じたい……信じたいのだが、篠辺野も黒波のチームの一員……。
どういうことか、色々聞きたいことがある。
色々聞きたいことがあるが、そういうのはこの際どうでもいい。
今の話で俺が一番気になっているのは、篠辺野は黒波と一緒にお風呂に入ったのかということだ。
一等幹部なんて黒波に近そうな位置にいるんだから、既に黒波の魔の手にかかっている可能性は高そうだよな……。
畜生……。
最悪だ……。
こんなボリュームを目の前に、嫉妬で狂いそうだ。
まずそれを今一番聞きたいところなんだが、さすがに俺と篠辺野の間柄でストレートに聞くことができないのがもどかしい。
「そんなことより七原君、ちゃんと連絡くらいは返して欲しかったなぁ。七原研究所炎上のニュースを見た時、私凄い心配したんだから! エボルと七原君は関係ないんだよね? 家は大丈夫? 黒波君に変なこと言われたりしてないかな?」
「いや……まぁ、大丈夫なんだけれども、それよりおふ……いや……」
「おふ?」
「…………」
色々言いたいこと聞きたいことはあるのに、本当にそれをまず先に聞こうとしてしまった。
慌てて俺は話を逸らす。
「おふ……オフロード最高!」
「ど、どうしたの急に!?」
逸らせなかった。
篠辺野は目を丸くしている。
「……いや、すまんな。心配かけたみたいで。助けてくれてありがとう。俺はエボルとは何の関係もないし、俺もみんなと同じ被害者だ。俺が言っても信じてくれるか分からんけれども。見ての通りちゃんと学校にも来ているし、黒波も何か打倒俺みたいなこと言って燃えてるけど、まぁ、今のところは問題なくやっていけているよ……多分」
「本当に~? 今守島君達に何かされてたよね……?」
「……まぁ」
「う~ん……」
そう言って篠辺野は俺を見ながら考え事を始める。
「よし、おっけ! 七原くんこの後暇かな? 七原くんには色々話をしておきたいこととかあるし、聞きたいこともあるんだ。立ち話も何だし、駅前エムバで少しお話しようよ!」
「えっ……」
突然の篠辺野の提案にびっくりしてしまった。
願ってもない篠辺野からの申し出だ。
篠辺野が全校生徒敵に回しているような中で出会った救いの女神様に見えた。
この子だけは明らかに俺を敵視していない。
それどころか、俺を救おうとしている様子が伺える。
黒波のチームの幹部ということが少し引っかかるが、逆にその辺りの事情を聞いてみたい。
篠辺野が何を思ってそんな提案したのかは分からないが、俺にとっては非常に有り難い申し出だった。
「ね? 随分前のことだけど、文化祭の準備手伝ってくれたお礼も兼ねて!」
「…………」
篠辺野はそう言って俺にウインクする。
その仕草に少しドキリとしてしまった。
……覚えていてくれたんだな。
あんなこととっくの昔に忘れていると思ったのに。
長い期間登校拒否をして更には人類の敵だって立場にいるのに、こうして俺のことを気にかけてくれていたというのには感激した。
家に帰ってレベル上げをしようとは思っていたが、レベル上げなんていつでもできるし、ここは篠辺野の厚意を素直に受け取っておこうと思う。
「でも、いいのか? 黒波のチームの幹部なんだろ? よりによって俺、七原だぞ?」
「気にしない気にしない! ね?」
そのあっけらかんとした篠辺野の笑顔は、俺にこの学校で生きる希望を与えてくれるまさしく女神の微笑みのようだった。
【Tips】
篠辺野奏
17歳 女 高校3年生 160cm 49kg AB型
黒波空吾と同じ3年C組に所属、クラブは美術部。
割りと恥ずかしがり屋の気があり、積極的に前に出ていこうとする性格ではないが、表裏がなく友人思いの性格をしている為友達は多い。
公の前では引っ込んでしまうものの少人数の前、特に顔の知ってる友達が多い前では割りと素を出して喋れる。
漫画やゲームのようなサブカルチャーが好きだが、それが恥ずかしいことだと思って他人にはあまり話していない。
年の離れた妹岬がおり、とても可愛がっている。




